マドレーヌは結婚したくない 13
アントルメ川。王都の船着き場から船に乗り、行ける所まで行って後は馬車での移動。そうするのが最速でシャルトルーズ領へと着く方法だ。
オードゥヴィ公爵家の屋敷を出て川を遡り、今日で三日。ようやく風光明媚な地が見えてきた。
「――これがシャルトルーズかぁ――…。初めて来た。凄いなこりゃ…」
ジャンドゥーヤは馬車の窓から、青々として迫り来るような山脈を眺めた。
王都とはえらい違いだ。本当に同じ国か、と思うほど異なる風景に、彼はいい年をして釘付けになっていた。
実家の屋敷も庭には緑があり、それなりに自然に近い景色だと思っていたのだが、とんでもなかった。森にしても山にしても、とにかくスケールが大きいのだ。木一つとっても、屋敷にあるものとは比べ物にならない。
…こんな所で、あのマドレーヌは生まれ育ったのだなとジャンドゥーヤは思った。
「――坊ちゃま!大変でございます‼」
シャルトルーズ伯爵家では、自室にいたカヌレの元に血相を変えた屋敷の執事がやって来た。
「…あのさ、そろそろその呼び方は…って、どうしたの⁇」
「…っ、それがで、ございますね……」
息を切らせた初老の執事は、カヌレの話を半分しか聞いていなかった。
…それから息を整えると、彼は改めて慌てたように話し出した。
「王都のオードゥヴィ公爵家からご子息様がいらしているのです‼マドレーヌお嬢様をご指名なさって!!」
「何だって!?」
今日は父である伯爵が不在だ。執事と同じように慌てながら、カヌレは急いでオードゥヴィ公爵家の子息が案内されている部屋へと向かった。
『…もしかして、ガナシュ様がマドレーヌに会いにいらしたのか⁉でも今……』
慣れた我が家で、いつものようにいきなり扉を開けそうになったカヌレは直前で思い止まり、一つ深呼吸をすると決意したようにそれを叩いた。
「はい。」
中から返事が聞こえた。
「お待たせして申し訳ございません。」
一言断りを入れてカヌレは中へ入った。部屋の奥にあるソファで、若い男が座ってこちらを見ている。ああ、本当にガナシュが―――
では無かった。
『エッ!?あれは……誰⁇』
以前、寄宿学校時代に見かけたことのあるガナシュは、あんな顔ではなかったはずだ。…確かに、似ているような気はするが……。
違う、と、思う………
カヌレは困惑したような顔でその男に近付いて行った。
…もしかして…詐欺師では…⁉
ダラダラと冷や汗を掻き、そんな疑いすら持ってしまった。
すると彼は、詐欺師とは思えないほど快活な顔をして口を開いた。
「アレ?マドレーヌじゃ……。ええと失礼ですが、貴方はマドレーヌ嬢のお兄様、ですよね?」
「そ…う…ですが……」
カヌレの訝し気な表情を見た男は悟った。
「あっ!これはすみません!申し遅れました、私はジャンドゥーヤ・フィグ・オードゥヴィ。公爵家の次男です。」
それを聞いた途端カヌレは青ざめ、とっさに平伏してしまった。
「…もっ申し訳ございません――‼私はマドレーヌの兄で、子爵のカヌレ・ミュール・シャルトルーズと申しますっ!公爵家のご次男様とは思い至らず、大変失礼いたしました!!!」
「……。」
…平伏した拍子に「ゴン!」という音が聞こえたが…大丈夫だろうか?
カヌレのあまりの勢いに、あのジャンドゥーヤでさえも閉口してしまった。
「いや、あの…連絡もなく突然押し掛けてしまったのはこちらですので…。とりあえず、立ってくださいお兄さん…。」
ジャンドゥーヤはカヌレを何とかなだめて立ち上がらせると、向こう側のソファへ座らせた。
…それからしばらくしてやっと落ち着くと、カヌレの方が本題を切り出した。
「それで、あのう…。弟様がなぜ、マドレーヌに会いにいらしたのでしょう⁇」
「まあ、色々ありまして…。それで、マドレーヌ嬢は今どこに?」
きょろきょろとしながらカヌレは部屋を見回した。どうやらやって来る気配は無さそうだ。
「それがですね…」
するとカヌレは、今度は言い辛そうな顔をして答えたのだった。
「…―――“王都へ行った”!?それも昨日!??」
簡単な説明を聞くとジャンドゥーヤは身を乗り出し、ソファの前にあった低いテーブルに両手を突いた。その迫力に、カヌレは思わずのけぞってしまった。
「は…はい。それまではずっと屋敷や、近くの丘なんかで一日を過ごしていたのですが…。思うところがあったようで、昨日の朝早くにオードゥヴィ公爵家へ向けて発ちました……。」
身を乗り出したままジャンドゥーヤは口を開け、カヌレの話を呆気に取られたような顔で聞いていた。
それからドサッとまたソファに腰を落とし、腿に肘を突くと下を向いて大きく溜息を吐いた。
「…ハア――…。ここまで来たってのに…入れ違いとはな…。二年だぞ?二年も経ってて、こんな偶然ってあるかよ⁇」
顔を片手で覆い、ジャンドゥーヤは独り言を呟いていた。そして真面目な表情をするとぼそりとこぼした。
「――こういう事なんだよな。俺とマドレーヌじゃ、縁が無いって事だ。分かってんのか?兄貴…」
一人敗北感を感じているようなジャンドゥーヤに、カヌレは全く状況が呑み込めなかった。頭の上は疑問符だらけである。しかし、どうやら気落ちしているような彼に何か言わなければと思った。
「あの、ジャンドゥーヤ様…?」
カヌレは恐る恐る声を掛けた。するとジャンドゥーヤは突然顔を上げるとこちらをじろりと見て、力強く喋り出した。
「子爵‼今日はお時間ありますかね⁉」
「へェあ!?」
びっくりしたカヌレは、思わずよく分からない声を発した。
「聞いて頂きたい事が山ほどあるんですよ!付き合って貰えません!?」
据わった目でそう言われると、嫌とは言えない…
「…あ、ハイ……」
――それから夜更けまで、カヌレはジャンドゥーヤの愚痴に付き合わされることになってしまった…
『この人、結局一体何しに来たんだろう……』
そんなカヌレの疑問を残し、彼はその日屋敷に泊まると、翌日帰って行ったのだった…
――馬車に乗り、それから出来る限りの舟運を使って二日。マドレーヌは王都へと向かっていた。今回の荷物はごく少ない。ほとんど手ぶらと言っても過言ではない。
屋敷で彼女を見送った父親である伯爵は、遠くなる馬車を見詰めながらしみじみと言った。
「…あの子はもう、ここへは帰って来ないかもしれないなあ…。」
そんな呟きを知ってか知らずか、マドレーヌは軽装で侍女一人だけを連れてここまで来た。そこに迷いは一切無い。
ガナシュに会ったら、言ってやろうと思っている事が沢山ある。文句と文句と文句と、それから文句である!
――家出とは少し違うが着の身着のままのような状態で飛び出し、速度重視で早くから船を使って来たので、王都で使える実家の馬車は無い。もちろん迎えの馬車もあるわけが無い中、やっとの事でそれを手配すると、マドレーヌはオードゥヴィ公爵家の屋敷へついに辿り着いた。
マドレーヌが何の前触れもなくやって来た事で、屋敷の中は騒然となっていた。使用人たちは二年前、彼女が来てから帰って行くまでの一部始終を、ほぼ全て把握しているから当然だ。
戻って来ることは無い、と息子から散々聞かされていた公爵夫人は、彼女の突然の“帰還”に舞い上がった。そして喜んでマドレーヌを邸宅内に招き入れると、もてなした。それから逃がさないようにと手を握り、隣に座ってどうにか言い包めようとしている…。
そんな状況に、後になって帰って来たガナシュも気付かないわけがなかった。
屋敷内の異様な雰囲気…。それまで行動を共にしていた執事のジェノワーズにも詳細は分からない。
二人は訝し気に顔を見合わせると、ジェノワーズがサッと動こうとした。
「確認して参ります。」
「いや、いい。――そこの君!何があった?」
ガナシュは近くにいた使用人を捕まえると尋ねた。するとその使用人は彼の帰宅に気付き、頭を下げて挨拶をした。それから困ったような顔で答えた。
「実は…シャルトルーズからマドレーヌ様がいらっしゃっていまして…」
「何だって!?」
話を聞いたガナシュは驚き、急いでマドレーヌがいるという部屋へ向かった。
なぜ、突然ここへ戻って来てしまったのか…。おまけに母に捕まっているというのは厄介だ。とにかく、早く行ってやらなければ!
ガナシュは勢いよくその部屋の扉を開けた。
「あらガナシュ!帰って来ていたのね。ほら、見て頂戴!マドレーヌが戻って来たのよ‼」
にこにこと満面の笑みで隣にいるマドレーヌを見せる母は、がっちりと彼女の手を掴んでいた。ガナシュはそれを強引に離すと、マドレーヌの腕を引いた。
「あっちょっと!ガナシュったら、どこに連れて行くの‼」
「すみません、彼女と二人で話がしたいので。」
そう言うと、不満そうな母を部屋に残し、ガナシュはマドレーヌを連れて出て行った。
…気持ちの整理が全くついていない…。
マドレーヌは一体、何をしにここへまた来たのだろう…。もしかして、数日前にシャルトルーズへ行ったはずのジャンドゥーヤと何か関係があるのだろうか…。いや、それだと日にちの計算が合わない。弟が出たのは二日前。今日で三日だ。シャルトルーズからはどんなに早くても、丸二日は掛かる。たった一日で向こうに着くことなんて有り得ないし、それからすぐに出掛けるなんてことは出来るはずもない。
…だが…。もし、途中で二人が待ち合わせをしていたとしたら……?
ガナシュは嫌な想像ばかりがどんどん膨らんで行った。
「……あの、手を離してくださいません⁉早くて付いて行けませんわ!!」
その声でガナシュはハッとした。マドレーヌの腕を掴んだまま、早足でずんずんと歩いてしまっていたのだ。それにやっと気付き、慌てて手を離した。
「す、すまない…」
いつの間にか邸宅の外へ出て、庭園にまで連れて来てしまっていた。そんなに周りの事が見えなくなっていたとは…。ガナシュは反省した。
そして、マドレーヌと向き合った。
――二年振りに見る彼女は、あの時よりも大人っぽくなった気がする。…そして、少々怒っているようだ。
「…全く、二年振りだというのにずいぶんなご挨拶ですわね。」
「本当にすまない。」
ムスッとしているマドレーヌに、ガナシュはもう一度謝った。
しかし次の瞬間、やっと回り始めた頭が大事なことを思い出した。
「それより、どうしてここに来たんだ⁉ジャンは⁇」
「…ジャンドゥーヤ様??懐かしいお名前。どうかなさったの?」
きょとんとしてマドレーヌが聞き返してきた。どうやら要領を得ないようだ。
…そりゃあ、そうだ…。普通に考えれば、さっきの想像は無茶だと分かる。考え過ぎなのだ。手紙のやり取りをしているという話も聞いたことが無いし、“待ち合わせしていた”なんて、荒唐無稽だ。
「私、貴方に言いたい事があって来ましたのよ。」
「僕に言いたい事…?」
マドレーヌの言葉を、今度はガナシュがきょとんとして聞き返した。
「ええ。もう、沢山あってどれからにしようかしら…。あっ!そうだわ!どうしてまだ結婚なさっていらっしゃらないの⁉あの時の方はどうなさったの!?!」
マドレーヌは腰に手を当て、仁王立ちのようにしてガナシュに詰め寄った。
「あの時の方って⁇」
そう聞きながら、ガナシュは自分でその事を思い出した。たぶんマドレーヌが言っているのは、彼女が倒れた時の夜会で、自分にあてがおうとした令嬢の事だ。もう、顔すら覚えていないが――…。
「ほら!私に意地悪された可哀想なご令嬢のことよ‼貴方、慰めに行ったでしょう⁇」
「ああ…あれは、慰めには行っていないよ。」
ガナシュは気まずそうに視線を逸らした。マドレーヌは意味が分からなかった。
「はあ!?どうして…だって、追いかけて行ったじゃない!」
「あれは…――」
――あの時、確かに追いかけては行った。だがそれは、慰めて仲良くなろうなどというためではなかった。
泣きながら走って行く令嬢を呼び止め、なだめると彼女に頭を下げた。
“マドレーヌは今、緊張でおかしくなっている。悪意があってやっている訳ではないから、どうか今回だけは許してやって欲しい…”
…そう言って、代わりに謝罪していたのだ。
理解して貰えたかは分からないが、その事は何とか穏便に済ませてくれることになった。
「なんで…そんなこと…。私、あの時物凄く頑張りましたのよ⁉」
「それは分かっているが、あんな事、僕は望んでいなかった!」
「まああ!!何て言い方‼」
マドレーヌはガナシュに食ってかかった。この際だから、言いたい事は全て言ってしまおうと口を開きかけた。――するとそうするより前に、何かを気にしたガナシュが、マドレーヌをどこかへ行かせようと背中を押して歩き始めた。
「――それより、こんな所は早く出て行った方がいい!今度こそ、シャルトルーズへは帰れなくなるぞ‼」
「はい⁉」
…どうやら、自分を追い返そうとしているらしい事に、マドレーヌは気が付いた。その時本気で腹が立ち、拳を握り締めると震わせた。
「…貴方って、いつもそうだわ。」
「え?」
「帰さないと言ったり、帰れと言ったり、あれをしろこれをしろ、そればっかり…。もううんざりよ!」
マドレーヌはガナシュに逆らい、背中の手を振り払うと向き直った。そして彼の顔に向かって指を差した。
「この先、貴方の言いなりにはなりませんわ!いいこと?よく聞きなさい‼――まだ結婚していないのなら、どうせまだ困っているのでしょう?だったら私が協力して差し上げるから喜びなさい。」
「協力って…何を言っているんだ⁉」
「何って、私、ここでの仕事を放置して来てしまったから、最後までやり遂げると言っているだけよ。」
“ここでの仕事”……。それは要するに、正式な婚約者が見付かるまで、婚約者の振りをするという話の事だ。だがそんなものは簡単に…否、他に見付かるわけがない。それに――…
「――駄目だ。帰りなさい!君はもう、19になったはずだろう?それがどういう意味か、分かるはずだ!」
「…ああ、“成人したら結婚させられる”というお話よね。分かっています。別に結構よ!」
「エッ!?」
マドレーヌの返答にガナシュは心底驚いた。
「だって、いざとなれば離縁してしまえばいいのだもの!大したお話じゃありませんわ。それまで奥様でも何でもして差し上げる。これは、私の意思で決めたことです。嫌なら今すぐ、正式な結婚相手でも連れていらしたら?」
マドレーヌは腕を組み、大きな態度でそう言い放った。
「………本当に?…本当に、それで君は後悔しないのかい??」
ガナシュにしては珍しく、怖気付きながら慎重に、マドレーヌに確かめた。
「私、これでも一度決めたことはやり通しますのよ!何度も言わせないで。“その時”まで、仮の奥様になって差し上げるわ‼」
フン!という鼻息と共に、マドレーヌは偉そうに答えた。ガナシュは、何だか泣きそうになってきた。
その時、何かを思い出したようにマドレーヌが付け加えた。
「――あ!でも、これからは私、我儘をさせて貰いますから覚悟して頂戴!」
「………ああ。ああ、いくらでも許す。だから―――戻っておいで、マドレーヌ。」
そう言って、ガナシュはマドレーヌを抱き締めた。
「!そうだわ‼もう一つ、忘れている事があるのを覚えています⁇」
また思い出した事があったマドレーヌは、ハッとして言った。
「“ご褒美”のことです!!」
…再会してから話した中で、一番切実な様子なのがどうも気に障るが、彼もその事は忘れていなかった。
ガナシュは微笑みながらマドレーヌの方へ手を差し伸べた。
「もちろんだよ。――来て。」
マドレーヌはその手を訝し気に見詰めた。
お願いしたのは「森」だ。「森がいい」と言ったのだ。まさか、これから森を見に連れて行こうとでも言うのだろうか…?
少し躊躇いながらも、マドレーヌはその手を取ってみた。
そうして手を引かれ、植木が整えられた庭園を抜けると、芝生のある庭の方へと連れられて行った。
「――そうだ。いいと言うまで、下を向いていて貰えるかな?」
「?ええ。…」
おかしな要求だが、そのくらいなら大したことではない。マドレーヌは言われた通りにして付いて行った。
それからそのまましばらく歩いた。
「いいよ。前を見て。」
「―――…!!」
マドレーヌは驚いた。顔を上げると、そこには木々の生い茂った森があるではないか。
…いや、よく見てみれば、“森”と言うにはかなり小さいようではある…。だがしかし、中に入ればそんなことは気にならないような規模だ。
「…えっ、えっ⁉……このお屋敷、こんな所、ありましたっけ…???」
明らかに自分は動揺している。マドレーヌはそれを感じていた。
外には出ていないはずだ。だからここは、屋敷の中だ。…確かに、とんでもなく広い敷地のある屋敷だった。だが、それでもそれなりに見学はしていた。その記憶の中に、こんな“森”は無かった。
一体、何が起きていると言うのだろうか…⁇
「王都の近隣には森と呼べるものがあまり無いんだ。それに、シャルトルーズと比べたらどこも大して変わらないだろう。だから、屋敷に作ったんだ。これならいつでも好きな時に来られるだろう?」
「………………」
マドレーヌは呆れてしまったあまり、口を開けたまま絶句した。
――つまり、ここは、自分のためにわざわざ作られた“森”だったのだ!
……大貴族の考える事は分からない……。マドレーヌは本気で頭が痛くなったのだった。
―――あれから二十数年。
この日、オードゥヴィ公爵家では長女の結婚式が行われた。その夜、皆寝静まった頃、ガナシュとジャンドゥーヤは兄弟二人だけで酒を飲みながら、昔話に花を咲かせていた。
「――ところでジャン。」
「何だ、兄貴。改まって…」
ガナシュはずっと聞きたかったことを、この機会に弟に尋ねてみようと心に決めていた。
「………お前はあの時、本当はどう思っていたんだ?」
その質問を、ジャンドゥーヤは即座に理解した。
シャルトルーズへマドレーヌに会いに行った時、本当はどうしようと思っていたのか。―――
「…流れのまま、だよ。」
「流れ?」
「そう。あの時、マドレーヌがそこにいたら、俺は言った通りにしていた。でも、そうじゃなかった。義姉さんが行ったのは、兄貴のところだ。それだけの事だよ。」
要するに、“そういうつもり”があったという事か……。
「昔の事な。ハイ、この話は終わり終わり!それより兄貴、今はどうなってるんだよ?」
二十年以上も経って聞くような事ではないが、ジャンドゥーヤはニヤニヤとしながら聞いた。
「どうもこうもないさ。彼女はまだ、“仮”のつもりでいるよ。少しでも余所見しようものなら、嬉々として帰ってしまいそうだ。」
「ハハ!さすが義姉さん。」
それからもう少しだけ話をして、二人は別れた。
……だからいつまでも機嫌を取りながら、自分は一生マドレーヌを騙してここに留めておくつもりだ。死ぬまで「正式な相手は見付からなかった」、それでいいじゃないか。
あの時何度も確認したのに、「後悔しない」と言った彼女が悪い。
そんな事を思いながら、ガナシュはもうすでに寝入っているマドレーヌがいる寝室へと、戻って行ったのだった。
―――マドレーヌは結婚したくない・完―――




