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マドレーヌは結婚したくない 12

――あれから早くも二年が経っていた。

17歳だったマドレーヌはとうに成人を迎え、現在はもう19歳だ。

そして実家の領地、シャルトルーズへと帰って来ていたのだった。


「…それで、マドレーヌの様子はどうなんだい?」


父であるシャルトルーズ伯爵は、王都への出張から帰ると真っ先に、息子でありマドレーヌの兄であるカヌレに彼女の近況を尋ねた。


「変わりません。――まあ、前々からぼうっと気ままに過ごすのが好きではありましたけど、“あれ”以来、ぼんやりしている時間が長くなったというか…」


カヌレは溜息交じりに報告した。

マドレーヌは今日も一人、愛馬に乗って湖の見える丘の上に行き、特に何をするでもなしに景色を眺めていた。


ここシャルトルーズはいつものどかで、静かだ……





オードゥヴィ公爵家の合同見合いパーティーに招待され、まさかの婚約者に選ばれたというマドレーヌは行ったきり、向こうの屋敷で暮らすことになったと報せが来た。そしてそれから本当に一度も帰って来ることなく、しばらくの月日が経った。

シャルトルーズと王都との距離は遠く、そう簡単に会いに行くことは出来ない。そのため次の報せ…まあ恐らくそれは結婚式の案内になるのだろうと予測して、その時に顔を合わせれば良いだろうと伯爵家の面々は思っていた。何より、あのマドレーヌが婚約を受けたという事が嬉しく、また、マドレーヌだけでなく伯爵家自体がのんびりとした家風だったために彼女の状況には無頓着でもあった。


そんな娘が、ある時突然、何の前触れもなく実家へと戻って来たのだ。


驚いて本人から話を聞くと、一家はその内容にまた腰を抜かしかけた。


なんと、「婚約者になった」というのは、見せかけだけのフェイクだったと言うのだ。正式な婚約者を見付けるまでの目くらましだった、と…。道理で、()()マドレーヌがそれを受け入れた訳だ、と皆妙に納得した。


「先日、公爵家で夜会をしましたの。…一応、名目はわたくしたちの婚約披露という事でね。たぶんその時に、次期公爵様は正式なお相手を見付けたのだと思うわ。詳細は聞いてませんけど。」


やけにあっさりと、マドレーヌは帰って来ることになった経緯をそう語っていた。まあ、元からそういう約束だったそうだし、マドレーヌだって結婚は嫌だと前々から言っていた。いやにドライだとは思ったが、何も不思議ではなかった。何かいつもよりも元気がないように見えるが、役目を終え疲れているだけだろうとカヌレたちは思った。


それから二年―――。


マドレーヌは気が抜けたように、日々をただぼうっとして過ごしていた。

…いや、そう思うからそう見えるだけなのかもしれない。元々、王都へ行く前からマドレーヌは勝手気ままに生きていた。森や丘、山に行って一日中何もせずにひっくり返っているのが好きだったし、その時と同じと言えば同じだ。何も変わっていない。

それなのに、今の彼女を見ていると何だか不安になるのだ…。



「マドレーヌ!またここにいたんだね。」


風に吹かれ、ぼんやりと湖を眺めていたマドレーヌのもとにカヌレがやって来た。兄は馬から降りると妹の側に行って、草の上に腰を下ろした。


「はは…見てごらん。シューがすっかり飽きて、草を食んでいるよ。」


カヌレが、少し離れた場所に括られているマドレーヌの愛馬を指差して笑った。


「そうね。」


馬なのだから、草くらい食べるだろうとマドレーヌは思った。


「父上がお帰りになったよ。マドレーヌはどうしているかと僕に聞くんだ。顔を見せに戻らないかい?」

「…わざわざ今戻らなくても、お食事の時には会えるでしょう?面倒臭いわ。」

「面倒臭いって……」


――少しは大人になったからなのか、マドレーヌは以前のように快活ではなくなってしまった。考える事はのんびりしているものの、きゃっきゃと喋るのが妹だったのに…。

でも、もしそれが、大人になったせいではないとしたら――…


「…ねえ、マドレーヌ。ここへ帰って来て、君は本当に幸せなのかい?」


兄の言葉に、マドレーヌは目を見開いて振り向いた。


「――当たり前でしょう⁉私、ずっとシャルトルーズに帰りたかったんだもの。あのお屋敷にいた時は、毎日本当に大変でしたのよ!振る舞い方だとか、ダンスだとか、他にも色々…お稽古ばっかりで疲れましたわ……。」


マドレーヌは、あの日の事を思い出した。


婚約披露の夜会で、自分は一仕事を終えるといつの間にか気を失って倒れたらしいのだ。

診断は、極度の心労と緊張、それに栄養不足による貧血だったそうだ。…栄養不足については心当たりがある。公爵家で偽の婚約者として暮らすことになってからずっと、食事は()()みんなで集まってしていた。その時、嘘を吐いている後ろめたさやら、公爵夫妻から何か聞かれたら何と答えればいいのだろうかなどと色々悩み、ストレスで食欲が一向に湧かなかったのだ。そしてすっかり小食だという事になるほど食事量は減っていた。…お茶ばかりはがぶがぶと飲んでいたが…

その結果、あの令嬢を追って行くガナシュの後姿を見た時、緊張の糸が切れたのだろうか崩れ落ちてしまったというわけだった。


『…幸せだわ。もう、何の気苦労もしなくていいんだもの…。こんなに自由を満喫しているのに、どうしてお兄様はそうじゃないと言いたげなの⁇それに…』


そうじゃないとして、どうしろと言うのだろうか?


「そういえば…。次期公爵様は、いつご結婚なさったのかしら。…ここにいると、本当に何にも情報が入って来ませんわねぇ。」


気の無いような声で、マドレーヌは独り言のように兄に尋ねた。実家の場所がこんな所で良かった、と改めて思っていた。

――あの夜会で、ガナシュの相手にと目を付けた令嬢と彼は上手くいったはずだ。だからこそ、自分は早々に実家に帰されることになったのだ。

もう二年が経つ。二人はとっくに式を挙げたに違いない……。


王都には自分の戻る場所など、どこにもない。


「ガナシュ様が結婚??それはどういう事⁇」


感傷に浸っていたマドレーヌの耳に、カヌレのとぼけた声が入った。


「………おにいさま、帰ってすぐに色々と細かく説明しましたわよねえ??」


うんざりとしたようにマドレーヌは言った。すると、思い掛けない答えが返って来た。


「覚えているけど、ええと…。とりあえず現状だけ言うと、あの方は結婚なんてなさっていないよ?」

「えっ…嘘よ!!ナゼ!?!」


マドレーヌは思わず身を乗り出して大声で兄に尋ねた。至近距離で叫ばれたカヌレの耳が、一時(いっとき)遠くなった。


「…………父上が…王都で噂を聞いたそうなんだ…。」

「噂?」

「そう。“婚約者が療養のために実家に戻っているから式が先延ばしになっている”って…。あと、マドレーヌの具合はどうなのかって、向こうで何人にも聞かれたそうだよ。」


“婚約者が療養のため実家に戻っている”?!?…この状況的に言い得て妙だが、一体なぜそんな事になっているのか……


「だからもちろん、新しい婚約者なんて探してすらいないようだよ。」


では…あの時の令嬢はどうなったのか⁇マドレーヌが帰った後、急にご破算にでもなったと言うのだろうか…??

頭の中がグルグルとして、考えがまとまらない。


「ど、どうして…⁉」

「さあ…僕にもさっぱり…。ガナシュ様に直接聞いてみるでもしない事にはね。」


…正式な婚約者が決まるまでは、自分がいないと困るのではなかったのか…?それとも、その噂があれば、自分がそこに実際にいようといまいと関係なかったという事なのだろうか??

だったら、今まで自分がしてきた事は、努力は、苦労は、一体何だったと言うのだろうか……?


「……何だか、段々腹が立ってきましたわ…。」


――そうだ。偽の婚約者になれと言われた時も、次期公爵夫人らしくなるための勉強が必要だと言った時も、…ここへ帰ることになった時も……。初めからずっと彼は自分勝手で、マドレーヌはそれに振り回されてきたのだ。

全て、決めていたのはガナシュだった。マドレーヌの意思は、どこにもなかった。


なぜ最後までずっと、言いなりのままでいなければならないのか!!


「⁉マドレーヌ??」


カヌレの横で、マドレーヌが俄かに力強く立ち上がった。


「…お兄様。私、王都へ行って来ますわ。」

「えっ…⁉急に?どうしたの??」


意味が分からないという顔をして、カヌレはマドレーヌを見上げた。


「あそこにはやり残している事と…忘れ物がありますのよ‼」


そう言って愛馬の方に近付き、颯爽と乗ると兄を置いてさっさと屋敷に帰ってしまった。

すべきことが分かった今、マドレーヌの顔には生気が戻っていた。









―――あれ以来、オードゥヴィ公爵家の屋敷の中は何とも言えない気まずい空気で満ちていた。


「…ガナシュ‼一体いつになったら、マドレーヌ嬢は帰って来るんだ⁉」


普段は滅多に声を荒げることの無い現公爵が、息子に向かって強い口調で尋ねていた。我慢も限界となったらしい。


「…ここには戻って来ません。何度も言ったでしょう?彼女はシャルトルーズへ帰したのだと。」


一方のガナシュの方も、毅然とした態度で父親に対峙していた。

そして両者は睨み合った。


「〰〰ならば、早く新しい婚約者を探さないか!!いつまでそうしている気だ!?」

「…その内、決めますので。」


そうして膠着するのがここ最近の流れとなっていた。全く、居心地が悪いと言ったらありゃしない。


「…まーまー、二人とも落ち着いて。その辺にしようぜ。ほら親父も、そんなに頭に血を上らせてたら体に良くないぞ?」


使用人たちが不安そうにするので、一々ジャンドゥーヤがこうして仲裁に入るのが定番だ。…自分は一体、何をさせられているのだろうか…。ジャンドゥーヤはもう何度、そう思ったことだろうか。




その後、気分転換にと弟は兄を庭へ連れ出した。


「あーあ。()()も、無駄になっちまったよなあ…。」


遠くを見詰め、おもむろにジャンドゥーヤが口を開いた。


「そんなことは無いさ。」


心ここにあらずといった感じでガナシュは答えた。

連れ出された方にも拘らず、ずんずんと先を歩く兄の後ろを弟はのんびりと付いて歩いた。


「――なあ兄貴。本当にこのまま諦めるのか?」

「…仕方ないだろう。それが彼女の望みなんだ…。」

「フゥン…」


ガナシュは下を向き、芝生を見詰めながら歩いていた。

…あの夜会で、マドレーヌが突然倒れたと聞いた時は血の気が引いた。


外に出ていたガナシュは、騒然とした会場の様子に気付き急いで中へ戻った。その途中、マドレーヌが倒れたというのが耳に入った。そして人だかりの真ん中で横たわっているマドレーヌを見付けた。

すぐ側でジャンドゥーヤが介抱していたようだったが、それを押しのけるとマドレーヌを抱きかかえ、急いで部屋へと運んで医者を呼んだ。


その結果、極度の心労と緊張、それに栄養不足による貧血だと診断された。

愕然とした。

自分はそんなにも、マドレーヌに対して負担を掛けていたのだと、その時に初めて思い知らされた。


…これ以上、彼女をここに留めておいてはいけない…。

ガナシュは決断した。


「…―――ああ、いいんだ。もう…。マドレーヌは………シャルトルーズに帰す。」


――それしか、自分がマドレーヌにしてやれることは無い。彼女もずっと、帰りたいと言っていたじゃないか…。

マドレーヌが元気でいられるのならば、自分の我儘を通すことは、もうしない――…。


…あれから二年が経った。彼女は今頃、どうしているのだろうか…。元気で幸せにやっているだろうか…?

ガナシュはそればかりを考えていた。



「ハァ…」


項垂れているような兄を見ながら、ジャンドゥーヤは溜息を吐いた。


「…だったら、あの時の事をわざわざ“体調を崩しておかしくなっていた”なんて弁解してやることは無いだろう?」

「それは、彼女の名誉のためだ!」


――例の夜会で作戦と称して、わざと数々の失態をして回っていたマドレーヌの事を、ガナシュはあれから必死でフォローしていたのだった。このまま婚約解消となれば、彼女がどんな誹謗中傷を受けることになるか分かったものではない。そうならないようにと、「あの乱心は体調不良のせいだった」と触れて回った。折しも、あの場では大勢の人間が倒れたマドレーヌを見ている。そのため信憑性は増し、おかげで今、マドレーヌは療養中だという噂までが出回っていたのだった。

そこまでしていて、“諦める”などとどの口が言うのだろうか。


こんな状態だから、当然ガナシュは他の令嬢に見向きもしないどころか、最近ではすっかり夜会にも出席しなくなっていた。一体いつになったら、この景色は変わるのか…。


「――じゃあ兄貴は、本当にもう、マドレーヌの事はいいんだな⁉」

「ああ。そう言っている。」

「分かったよ…じゃあ!」


ジャンドゥーヤはガナシュの正面に回り込んで顔を合わせた。


「俺はシャルトルーズに行く。言ったよな?前に。マドレーヌが向こうに帰ったら、追いかけて行くって。」


それを聞くとガナシュは顔を歪めた。


「…彼女が困るようなことはやめろ!」

「さあ?困るかどうかは、直接聞いてみるよ。もし困らないなら――俺はもう、ここには戻らない。親父たちにもそう言っておいてくれ。じゃあな!」


手を振りながら言い捨てるように背を向けると、ジャンドゥーヤは歩き出した。


「おい待て!ジャン‼ジャンドゥーヤ!!」


ガナシュの声に返事もせず、ジャンドゥーヤは進んで行った。

恐らく、弟は本当にシャルトルーズへ行くつもりだろう。そういう人間だ。…だからと言って、自分にどうしろと言うのか――…!


ガナシュはその場にどさりと膝を突き、頭を抱えてうずくまった。


「―――僕は!もうマドレーヌに無理強いはしないと決めたんだ!!!」


押し殺した声で、ガナシュはジャンドゥーヤが去って行った方向へと叫んだのだった。

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