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マドレーヌは結婚したくない 11

「マドレーヌ・ミュリエ・シャルトルーズですわ。皆様、どうぞお見知りおきを!」


さあ、ここからが本番だ。まずは作戦の確認をしよう…。

マドレーヌは小さく深呼吸をすると心を落ち着けた。


まず自分がすべきなのは、悪役を演じる事だ。高慢で嫉妬深い、鬱陶しい令嬢だ。そして他の令嬢たちに悪態を吐いて回り、これはというお相手候補を見付けたら徹底的に…イジメ…る…。何の罪もない令嬢に対して心苦しいが…。しかし、ガナシュのヒロインになって貰うためには仕方がない、ここは心を鬼にしなければ!


…そこまで考えて、マドレーヌはハッと気付いた。

先日ガナシュに、当日自分は何をしたらいいかと聞かれた時、何もしなくていいと答えてしまったのだが、彼には一つ大事な役目をして貰わなければならなかったのだ。その事を忘れていた。

それを思い出したマドレーヌは、急いでガナシュの腕を引くと耳打ちをした。


「お願いしたいお仕事、一つありましたわ!」

「おっ“お願いしたい仕事”…⁇」


急に腕を引っ張られ、耳打ちをされたガナシュはドギマギとした。彼女の方からそんな事をしてくるなんて、初めての事ではないだろうか…?近い…


「わたくしがどなたかに意地悪をしますから、その方の事を助けてあげてくださいね!」

「意地悪?…どなたかって、誰⁇」

「それは…まだ決まっていません!これから良さそうな方を探しますわ。」


また大雑把な…。計画性があるのか無いのか分からないような事を言い出した。

それに、「意地悪をするからその相手を助けろ」と言うのがまた、なかなかにズレている。まあ、その類いのお話に則るのなら、流れとしては正しいのかもしれないが…。

しかし本来この計画を立てるとするなら、今現在目当ての令嬢がいて、その彼女を落とそうとする時に使う手のはずだ。だが、自惚れというわけではないが、そんな事をしなくても自分が声を掛ければ令嬢は大概喜んで付いて来るだろう。一体、()()を紹介しようとしているのか…。根本的に、方向性が間違っているのだ。


「…あらっ!()()、良いんじゃないかしら⁉」


ガナシュが考え事をしていると、耳打ちをするために引っ張ってから、ずっと両手で掴んでいたその腕を見たマドレーヌが突然気付いたように言った。


「面倒な婚約者の感じが出ますわ~!わたくししっかりしがみ付いていますから、このまましばらく一緒に歩きましょう。嫌そうになさってね!」


彼女はまたも思い付いてしまったらしい。にこにこと満足そうに提案している。その顔は、目的と計画と手段が色々と破綻している事に気付いてもいない様子だ。…本当に、抜けている子だ…。


しかし、こうしている状態は悪くない。それが嫌ではなかったガナシュは言われるがままにすることにした。…ただそれだけに、彼女の望み通り嫌そうな顔が出来るかどうか、自信は無かったが。




そうやって二人はがっちりと腕を組んだまま、色々な相手のところに挨拶をして回った。

それはもちろんオードゥヴィ家の仕事関係だけではなく、わざわざ招いた令嬢たちのところへも、だ。


「――今日は来てくださって、ありがとうございます。」


招待客の内、令嬢の前へ行くとガナシュはにこりと笑い、挨拶をする。そんな笑顔を向けられた令嬢たちは皆、ほうっと見惚れてしまう…。そこですかさずマドレーヌがガナシュの腕を引っ張り、“嫉妬している”というアピールをする。牽制するように。


「ちょっと、どうして他の女性に笑いかけるんですの⁇わたくし傷付きましたわ!」


わざとらしく騒ぎ立てると、マドレーヌはむくれてそっぽを向いてみせる。するとガナシュは困ったように取り繕うのだ。


「ただ挨拶をしただけだよ。機嫌を直して。」

「…もう行きましょう!」


彼女はそれから令嬢の方を見て「フン!」と大袈裟に顔を逸らし、ガナシュの腕を引いてその場を立ち去って行く。一方、取り残された令嬢は『自分が一体何をした?』とばかりにそれをポカンと見送る……。これが一連の流れだ。


そんな事を何度も何度も繰り返した。…茶番だ。そんな事、二人ともよく分かっている。

しかしその一連の作業に、マドレーヌは一人演技の手応えを感じ、満足していた。


『どう⁉これで立派な悪役の出来上がりよ!さすがは私‼』


鼻息荒く自信満々なその様子は、本当の悪役に見えなくもない。実際、厚かましさにおいては本物と言っても過言ではない仕上がりだ。

それは、どうせそのうち社交界からはまた遠ざかるのだから誰にどう思われてもいい、と思っているからこそ出来る所業だった。


――ここにいる客たちにはそれがどう見えているのか、はっきりとは分からない。だが恐らく、マドレーヌという令嬢は相当おかしな人間に見えている事だろう。しかし、彼女が何をしようとしているかを知っている自分からすると、そんなところが可愛らしくも見えてしまっている。もう重症だと、ガナシュは自分でも思っていた。



「それにしても…。こうしてみると、改めて気付かされますわね。」


マドレーヌがしみじみと口を開いた。


「何が?」

「貴方がご令嬢方に人気があるって事にですわよ!」


…今までは半信半疑だったのだろうか、とガナシュは思った。この間も一緒に王宮の夜会へ行ったというのに…


「わたくしが目の前で貴方に我儘を言うと、露骨に気に食わないという顔をされる方もいれば…傷付いたような顔をなさっている方もいましたわ。わたくしのお薦めとしては、傷付いたような顔をなさっている方のほうですわね!奥ゆかしくて可愛らしいもの!公爵夫人にはそういう方がいいと思います。貴方でもきっと気に入るはずだわ。」


そう言うとそれまでがっちりと掴んでいた腕を離し、マドレーヌはガナシュと向かい合った。そして自分の頬の辺りへ両手を持っていくと口元を隠し、ガナシュに耳を貸すようにと促した。


「…さっきお話ししていた作戦、実行しますわ!」

「ええと…“意地悪”の話?」

「ええ、そうです!」


マドレーヌは自信ありげな様子だ。どうやら目当ての令嬢を見付けたらしい。


「立派に意地悪してきますから、良い頃合いでお相手を助けて差し上げてね!ちょっと大袈裟にわたくしを非難されると、より良いと思いますわ。それでは‼」


そして彼女は一人、目当ての令嬢の姿を探し、行ってしまった。





「――ああすみません、お騒がせしていて…。彼女が兄嫁になると思うと、本当に心配になりますよ。」


――…マドレーヌに言われた通り、夜会の招待客を相手にジャンドゥーヤは将来の義姉について嘆いてみせていた。

彼女の作戦は一応、今のところ成功してはいるらしい。令嬢たちのところへ挨拶をして回っては嫉妬して怒り出し、情緒不安定というか…とにかく、お騒がせなかんじだけはよく表せている。マドレーヌを見る人の目はあまり良くなく、その印象は下降の一途を辿っていた。


『…それにしても…。あそこまで自分を貶める必要はないと思うけど。…たぶん、そこまで深く考えてはいないんだろうなあ…。』


遠くから二人の様子を目で追っていたが、さっきまでずっとくっついて行動していたのにマドレーヌがガナシュの側を離れ、一人でどこかへと行ってしまった。

…また何か企んでいるんだな。マドレーヌの行動は、ジャンドゥーヤには容易くそうと推測されていた。


「失礼。他の方にも挨拶を、と…。」


ジャンドゥーヤは、それまで話していた客らに断りを入れてその場を離れると、距離を取ってマドレーヌの後を追った。


彼女はキョロキョロと何かを探している。一体、何を探しているのだろう?

そう思って見ていると、どうやら目当てを見付けたらしい。目的を持った足取りでずんずんと進んで行く。その先には――…令嬢が一人、いるではないか。


ツカツカとその令嬢の前まで行ったマドレーヌは腰に手を当て、踏ん反り返ったような姿勢をして彼女に声を掛けた。その様子はまさに、絵に描いたような意地悪令嬢そのものだ。


「あの…何か…??」


令嬢は困ったようにマドレーヌに尋ねた。マドレーヌははたと気付いた。…第一声は、何と言うべきか⁇

とりあえず悪態を吐き、イジメるという目的を持っては来たが、何を言うかまでは考えていなかった…


「…………。」


マドレーヌは困り、その格好のまま無言で令嬢と対峙していた。謎の気まずい時間が流れる……

何か…何か言わなければ…。こういう時は…たしか……


脂汗を掻きながら頭をフル回転させたマドレーヌの脳内に、何かで読んだ台詞が突然降りて来た。


「――貴女ね、さっきわたくしの目の前で彼に色目を使っていたでしょう!!」


これだ‼これこそ悪役らしい台詞ではないか!とマドレーヌは内心、悦に入った。


「い、いえそんなことは……」


相手の令嬢は当惑して、おろおろしながら答えている。…当然だろう。いきなり難癖を付けられたのだから…。


「今さら彼とどうにかなるとでも思っていらっしゃるのかしら?婚約者はわたくしですのよ!立場をわきまえなさい!」

「も、もちろんですわ……滅相もありません!」


思い切り指を差し、マドレーヌは令嬢を謂われなく責めた。可哀想に、彼女は顔色を悪くして首と両手を同時に振っている。

理不尽だ…。理不尽過ぎると、マドレーヌは自分でも思っていた。思ってはいたが、こうするしかない。とにかく理不尽に責め立てれば、ヒロインが出来上がるはずなのだ。そうすれば今後、彼女も良い思いが出来るだろう――…


『…あ、貴女もきっと、彼に少しは気があるのでしょう⁉この後ちゃんと慰めて貰えるのだから…今は許してちょうだい!!』


マドレーヌは心の中で言い訳しつつ謝った。

そして、謝りつつも悪役としてとどめの一言を放った。


「貴女なんかに絶対、彼は渡しませんから‼」


その問題行動に、周りもざわざわとし始めた。もう後戻りは出来ない。

大丈夫、目の前にいる令嬢は、内なる性格が悪くはなさそうだ。公爵夫妻だって、こんな厄介で恥を晒すような令嬢(じぶん)よりも彼女の方を気に入って受け入れるはず。それにこれだけ大勢の人の前で騒ぎを起こせば、婚約破棄となっても周りだって納得をするだろう。そうすれば全員が幸せになれるのだ―――


『…だから次期公爵様、さあ早く助けに入って来て‼これ以上はもう、何を言えばいいのか分からないわ…!!』


そんな思いでマドレーヌは令嬢を指差したまま、強い目で睨みつけた。


「…わたくし…そんなつもり……」


おあつらえ向きに、彼女は目に涙を浮かべ始めた。…本当に、ただ苛めているようで心苦しくなってきた…。良い人そうだったばかりに、自分に目を付けられてしまって…不憫だ。


「――ごめんなさいっ」

「あっ…⁉」


すると、想定外の事が起きた。例の令嬢が居たたまれなくなって泣きながら逃げ出してしまったのだ。彼女はどうやら、会場の外の方へと向かっているようだ。これではもしかしたら、このまま帰ってしまうかもしれない――


『待って!助けがまだなのに…!』


呼び止めようと手を伸ばし掛けたマドレーヌのすぐ側を、人が通り抜けて行った。


「待ってください!!」


…遅い。――どうして、もっと早く来てくれなかったのか…

彼女を追いかけて行く、ガナシュの後ろ姿が見えた。


ああ…これで、自分の役目も終わるのだ。そう思うと、何だか力が抜けてしまった。…大仕事がやっと片付いた。その感想は……どうしてか空虚だった。

その理由を考えようとすると、心の中で無理やり閉めている場所を開けなければならないような気がして、やめてしまった。


マドレーヌはぼんやりと、二人が消えて行った方向を見詰めていた。


そんな、黙ったままその場で立ち尽くすマドレーヌを、招待客らは遠巻きにするように見た。彼女の近くにいた者たちは皆、避けるようにその周りに空間を作った。注がれる視線はもはや、完全に悪役に対するものだ。計画通りだ。

…だが、今、マドレーヌにとってそんな事は全て、どうでもいい事になっていた。なぜかは、分からない…。


「……つかれた……」


マドレーヌはぽつりと呟いた。


次の瞬間、少し離れた場所から全てを見ていたジャンドゥーヤは何かに気付き、走り出した。


「――ちょっと、どいて‼」

「キャ――ッ!」


その途端、マドレーヌの近くにいた女性が悲鳴を上げた。

わずかにゆらゆらと揺れたと思ったら、その場にマドレーヌが倒れ込んだのだ。


「マドレーヌ⁉おい、大丈夫か!?」



誰かが呼んでいる気がする…よく、分からないが……


――そのまま、マドレーヌは意識を失った。













ふと目が覚めた。

明るい。ここは…どこだろう。確か、今はもう夜だったはずなのに。

目を開けたまま、しばらくぼうっとした。


すると段々、頭がはっきりとしてきた。

ここはベッドの上だ。思い出せないが、いつの間にか寝かせられ、朝になっていたのだ。


少し離れた所で、人の声がする。これは…

ガナシュの声だ。


「…―――ああ、いいんだ。もう…。マドレーヌは………

シャルトルーズに帰す。」


マドレーヌの耳には、彼の声ではっきりとそう聞こえた。

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