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空想未来小説  作者: 宇多瀬与力
11/11

跋・納め口上

 その夜、江戸川区内にある俺の勤める病院の処置室では、数十分前に救急搬送された患者の蘇生処置が行われていた。

 患者は、中沢菜々。偶然にも担当した俺の妹と同い年の17歳の女子高校生であった。

「先生、まもなく限界時間です」

 時計を確認した看護師の女性が、胸骨圧迫心肺蘇生法を患者に続ける俺に告げた。

「わかっている! 電気は?」

 額から汗を流しながら胸骨圧迫を続ける俺は声を荒げた。彼女はチャージが完了した電気ショックを一瞥するが、俺に言う。

「しかし、既に一度使用しています。患者は頭部を強打しています。万が一、これで障害が残ってしまったら………」

「俺を信じろ! 俺達はこの子の将来を含めて救うんだ!」

「……わかりました!」

 俺の必死な目を見て、彼女は運命を俺に託す決心をした様だ。

 彼女は知っていたのだろう。俺の妹はかつて救命処置の遅れで一命をとり止めたものの、今も障害を残している。それはAEDが普及する前であった。一次救命でAEDがあれば避けられたことであったということも知っていた。私情を仕事に持ち込むのは良い事とは言えないが、俺は患者を蘇生させたいという強い思いを持って今、この患者に向き合っていた。

 そして、それは彼女も理解したのだろう。彼女は、俺に電気ショックの端子を渡した。その目は、俺と同じ、脳裏に過ぎる全てのことを受け入れる覚悟をした者の目であった。

 俺は彼女の覚悟と共に端子を受け取った。

「離れて!」

 俺は注意を促すと、電気ショックを患者に行った。

 刹那、患者の体は反射的に弾んだ。そして……。


 一ヶ月半後、残暑が続くある日、都内の一角にある墓地を私は喪服を着て歩いていた。

 墓地を管理する寺の住職に教えてもらった墓所へ、私は位置を確認しながら進んだ。日差しは深めに被る黒いツバ付きの帽子で防げているが、暑さから逃れることはできず、じんわりと滲み出た汗が首筋を伝う。

「あ……ここだ」

 私は目的の墓を見つけ、立ち止まった。墓石は他の墓に比べて一段と年季が入っており、苔によって薄っすら緑色に変色している。

 私は墓石に水をかけ、白く粉になった線香のカスと、茶色に萎れた菊、リンドウ、百合の花を捨てると、新たに線香と花を供え、墓前で手を合わせた。

 墓石に刻まれた文字は、歳月の移ろいで読みにくくなってるものの、岩倉家之墓と書かれている。

「……見つけるのに時間がかかっちゃったわ。ごめんね。……でも、私の命日に間に合ってよかった」

 手を合わせて俯いていた私は、顔を上げて墓に眠るなな子さんに言った。

 私は、中沢菜々。そして、ここに眠る岩倉なな子も短い間ではあったけれど、私だった。

 心肺蘇生処置は成功し、私は死の淵から蘇った。障害も奇跡的になかったけれど、退院までに時間を要し、更に自宅療養も続き、実際に岩倉邸の場所を訪れることができたのは事故から一ヶ月以上が経過してからだった。

 岩倉家は、地下鉄白山駅から歩いて直ぐの場所にあった。しかし、すでに岩倉邸は無く、代わりにマンションが建設されていた。周辺で聞き込みをしたものの、戦前の、しかも大正時代のこととなるとその存在すら知る人はいなかった。

 しかし、周囲の寺を片っ端から聞きまわった末、空襲で焼けて移築した寺が古い名家の墓をいくつか管理していたという情報を得て、そこに電話で確認すると確かに移築した墓の一つに岩倉家の墓があるという返答があったのだ。

 そして、私が岩倉なな子として死去した命日である今日、この墓を訪ねた。あえてこの日を選んだのは、僅かな期待があった為だ。

 しかし、寺の人に聞くと、不規則に現れる中年女性が花と線香を供えて直ぐに帰る以外に、この数年間墓を訪ねた人間はいないという。

「……やっぱり、生きてる訳ないわよね。賀集さん、あなたもそこにいるの? 賀集さんに話したいことがあったんだよ。……賀集さんのお陰で、夢ができたんだ。私、編集者になる。……また、一緒に小説を作りたかった」

 墓石に手を添えて呟くと、じわっと目頭が熱くなるのを感じた。

「また……来るわ」

 手の甲で涙を拭うと、私は笑顔で言った。そして、桶に残った水を流すと、それを持って墓から立ち去ろうと身を翻した。

「え……」

 陽炎で歪むものの、足はあった。茶色の杖をついた老紳士がそこに立っていた。

「まさか……」

 私が声を漏らすものの、蝉時雨にかき消される。老紳士は、黙って皺が深く刻まれた片手を自らの懐に入れた。

 彼が懐の中から抜き取った右手の中には、最新機種の携帯電話が納まっていた。

 優しく微笑んだ彼は、小さい穴が開いた口をゆっくりと動かした。しわがれた声が私の耳に届いた。

「約束を果たしに来たよ」



                     「終」



〈納め口上〉


 斯くして長い時間を隔てて再会を果たした、中沢菜々と賀集一喜。岩倉なな子死した後、賀集一喜の半生は、岩倉ゆきとの行く末は、此れ如何に。然れど、誠に残念ながら此れにて、空想未来小説の閉幕と相成ります。本編中にて語れず仕舞いとなりました事柄ではありますが、中沢菜々が岩倉なな子の体に如何なる理由で憑依したか、大正明治が気付くことのできずに死したこの謎。此れこそ賀集一喜の半生を紐解く手がかりとなりまする。手がかりはもう一つ御座いますが、それは序と跋を拝読して頂きました皆様ならば、既に御承知の事でしょう。これより詳しきは、是非皆様の想像にて納めて頂きたいと、作者よりお願い申しつかまつります。

 それでは、まいどご拝読誠に有難う御座いました。また何処かでお会いしたしますその時まで、失礼つかまつります。

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