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君と繋がれない俺は、世界最強のペアを目指す  作者: HATENA 
第1章_未接続(アンリンク)

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第2話 答えない人

 第二実技棟は、普通教室のある校舎より少し寒い。

 空調のせいなのか、床材のせいなのかは分からない。廊下に入った瞬間、足音の響き方が変わる。人の声も少ない。笑い声がないわけじゃないのに、どこかで薄く削られている感じがした。

 入口横の掲示板には、紙の告知が何枚も貼られていた。


《継続域未満での強制接続は禁止》

《リンク反動が確認された場合は即時申告》

《同期不全の自己判断による訓練継続を禁ずる》


 文字は読める。

 足だけが、少し遅れた。


「遅い」


 実技室の前で、白石が立っていた。

 腕時計を見るでもなく、端末を見るでもなく、ただこっちを見ている。待っていた、と言われるより居心地が悪い。


「時間ちょうどだけど」

「ちょうどは遅い」

「それ、かなり厳しくないか」

「厳しくない。実技前なら普通」


 返しが早い。

 早いけど、声は大きくない。怒っているというより、そう決めている人の声だった。


「悪い」


 反射で謝った。

 白石の眉がわずかに動く。


「今の、何に対して?」

「え」

「遅れたこと? 私に待たせたこと? それとも、話を終わらせるため?」


 言葉が出なかった。

 こういう時、いつもなら笑って流す。大河なら「細かいな」で終わる。花宮なら、どこかで助け舟を出す。

 でも白石は、助け舟を出さない。

 出さないまま、こちらがどう沈むかまで見ている。


「……癖」

「癖なら、なおした方がいい」

「白石に言われると、きついな」

「きつく言った」


 そこで白石は視線を逸らした。

 白石はファイルの角を押さえた。

 強く。

 すぐ、戻す。

 実技室の扉が開いた。


「来たか」


 城崎先生は中で端末を操作していた。壁際には観測用の機材が並び、床には白いラインが引かれている。ペアごとに立つ位置、移動範囲、接続開始地点。授業で何度も見た場所なのに、今日は少し違って見えた。


「仮ペア申請前の補助観測を行う」


 先生は淡々と言った。


「観測未確定が二人残っている。記録を取る」

「観測未確定って、何ですか」


 聞いたのは白石だった。

 俺はその横顔を見る。

 白石の声は落ち着いている。言葉の端だけ、硬い。

 先生は端末から目を離さなかった。


「授業で扱う範囲ではない」

「なら、どうして表示されるんですか」

「表示される必要があるからだ」


 答えになっていない。

 白石の唇が動いた。

 音になる前に、閉じた。


「白石」


 先生の声が一段低くなる。


「疑問を持つのはいい。だが今は実技だ」

「……はい」


 白石は頷いた。

 納得した顔ではなかった。

 俺は口を開きかけた。

 先生を見る。

 白石を見る。

 結局、靴の先だけが床を擦った。


「神代、白石。初期同調の確認から入る」


 先生が床のラインを指す。


「接続はしない。呼吸、視線、動作の同期を見るだけだ」

「接続なしで、何が分かるんですか」


 白石がまた聞いた。

 先生は今度だけ、少し間を置いた。


「接続前に分かることの方が多い」


 実技室が静かになった。

 俺はラインの上に立つ。向かい側に白石が立つ。距離は三メートルくらい。近すぎない。遠くもない。


「三十秒。相手の動きに合わせるな。自分の基準を保て」


 合わせるな。

 合図のあと、その言葉だけが残った。

 白石は呼吸が浅い。いや、浅く見えるだけかもしれない。肩は動かない。視線も逃げない。けれど、瞬きの間隔が一定じゃない。

 合わせない。

 なのに、息だけが先に寄った。

 耳の奥が、かすかに軋む。

 痛いほどではない。違和感と呼ぶには弱い。でも、自分の呼吸の中に一瞬だけ別の速さが混ざった。

 白石の目が細くなる。

 白石のまつげが止まる。


「止める」


 先生の声と同時に、壁際の端末が短く鳴った。

 普通の終了音ではなかった。

 白石が端末を見る。俺も見る。

 画面には波形と、数字にならない細い揺れだけが残っていた。

 先生はしばらく黙っていた。


「今日はここまでだ」

「え、もうですか」


 思わず聞いてしまった。

 先生は端末の画面を消す。


「続ける理由がない」


 それ以上は言わなかった。

 実技室を出る時、白石は俺の少し前を歩いていた。


「神代くん」


 初めて、名字にくんがついた。


「さっき、合わせようとした?」

「してない」


 言った瞬間、喉の奥が引っかかった。


「……たぶん」

「たぶん?」

「分からない」


 白石は振り返らなかった。


「分からないなら、分からないって最初から言って」


 冷たい言い方だった。

 でも、足は止まっていた。

 俺が答えるのを待っているみたいに。


「分かった」

「それも、早い」


 白石は小さく息を吐いた。

 怒っているのか、呆れているのか、どちらでもないのか。

 廊下の掲示板に、さっきの文字がまだ貼られている。


《同期不全の自己判断による訓練継続を禁ずる》


 白石はそれを一度だけ見て、それから何も言わずに歩き出した。

 俺は少し遅れてついていく。

 距離は縮まっていない。

 それでも、白石の足音だけは聞こえていた。

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