★見破られた執着、あるいは恋着【義弟4】
トムは本当に、何に関しても許容量が大きい人間だった。
些細なことは気にせず、相当大きな話でも、あっさりと受け入れてしまう。
そんなトムに憧れて、彼に好かれたくて、俺はつい良い子ぶっていた。
まるで義父たちの前にいる時のように、自分のことを「僕」と呼んでしまうくらいだ。
トムの前では借りてきた猫のようだと、アランに嘲笑され、つい腹を立ててしまった。
図星だったからだ。
俺は気に入られたいと思うと猫をかぶる。それが生きる術だったからだ。
そして、それが通用しなかったのは、ある意味アランだけだった。あいつは何故か、最初から俺の醜さを見抜いてしまっていたから。
「家を出る?」
「あぁ」
ある日ぽろりと、いつか家を出なければと思っていることも話してしまった。
トムはひどく驚き、目を丸くしてから、くしゃりと顔を歪めた。
「レオン様の存在が、侯爵家の皆さんを不幸にする?そんなことはないでしょう」
「あるさ。あそこは、僕みたいに汚れた存在がいて良い場所じゃない」
自傷行為のように自虐する。俺の醜さは俺が一番わかっているのだ。
「それに、貧民街で生まれたんだ。俺はどこでも生きていける。むしろ、気障ったらしくてかったるい貴族社会なんか、さっさと抜け出したいくらいだよ」
格好つけて薄く笑う俺をじっと見つめて、トムはゆっくりと一度瞬きをした。まるで何かを見極めるように。
「うーん……それだけ、ですか?」
「え?」
「侯爵家にいたくない理由、それだけなんですか?」
「……嘘なんか、ついてないさ」
視線を逸らして、曖昧に肯定する。俺の下手な誤魔化しを見抜くように、トムはふわりと目を細めて笑った。
「それだけなら、考える必要はありません。あなた一人でどうこうなるほど侯爵家はヤワじゃありません。カール様もマリアンナ様もアラン様も、したたかで優秀で有能な方々です。多少あなたの過去に微瑕があったとしても、笑って飲み込み、なんなら利用すらしてしまえるでしょう」
他人のくせに、平民のくせに。
俺よりよほど彼らを知っているかのように、自信満々でそう言い切って、トムは笑った。
「なにせ、あの方達は根っからの貴族ですから」
その通りだ。
彼らはとても強く、賢く、容赦がない。
俺という汚点をも利用できてしまうほど。
「……ふん。なんだか、トムの方が侯爵家のことを知ってるみたいだな」
「外から見てるとよく見えるだけですよ」
悔し紛れに呟けば、トムは苦笑して肩をすくめた。それもまた一つの真実なのだろう。外から見た侯爵家は、きっと圧倒的に強大なのだから。
「だから、レオン様」
優しく俺に呼びかけると、静かに目を見て、トムは続けた。
「あなたの存在は彼らの負担になることはないと思いますよ。それこそ……貴族の子弟として、侯爵家の政略結婚の良き駒となれば良いではありませんか」
びくり、と肩が跳ねた。しまった、と思っても遅い。トムは淡々と話していただけだったのに、過剰反応を示してしまった。
「それがお嫌なんですね?」
「い、や、そんなことは」
確信を持って問いかけるトムに、俺は必死に首を振った。
「恩を返せるならば、もちろん」
「でも、嫌なのですね」
バクバクと鼓動を打つ心臓を押さえて否定するも、トムは断定するように告げた。
「平民の価値観からは、まぁ、少しばかり受け入れ難いでしょうが。それだけではないのでしょう?」
「うっ」
明確な意図を持って核心を突いてくるトムに、俺は降参するように呟いた。
「……見たく、ないんだ」
「見たくない?」
膝に落とした視線はゆっくりと彷徨って、そして浮かぶシミで止まった。瞼の裏に浮かぶ皮肉っぽい笑顔が恋しくて、胸が苦しくなる。ぽとぽとと音を立てて広がる涙のシミを睨みつけて、俺はうめくように絞り出した。
「アランが、妻を迎えるところを、……俺は、見たくないんだ」
短いですが、書けたところまで公開してお尻を叩く方式で頑張ってます。




