(2)
「え、えっと……もしやロンも惹かれてたり……する……!?」
心臓をバクバクさせながら尋ねたら、ロンはキョトンとした顔で「いや、別に」と首を振った。
「惹かれるほど知りませんし」
「深く知ったら惹かれるかもしれないってこと!?」
半泣きで騎士服に縋り付くと、また慌てた顔で私を引き剥がして、ロンは首を傾げた。
「いや、分かんないですけど……ど、どうしたんですか?そんな必死の形相で」
恐る恐る聞かれた言葉に私は悲壮な顔でしゃがみ込み、頭を抱えた。
「だって……ヤバイわ……トムが主人公なら……皆、トムのこと好きになっちゃう……ってこと……!?」
「はぁ……?」
「最初は私の話で仲良くなってるのに……?私は当て馬?お助けキャラ?……それともまさか、これから敵キャラになるとか!?いやぁー!」
悲しみ嘆く私を、ロンは奇妙なものを見る顔で見下ろした。
「……マリア様は一休何を仰ってるんです?」
「トムがこの世界の主役かもしれないって話よ!」
「いや、主役というのは王太子殿下とか、マリア様とか、そういう派手やかでオーラがガンガンな方じゃないんですか?」
「そうだけど!そうじゃないのよ!こういう世界は!」
「まぁまぁ、誰もが自分の人生の主役ですから」
厨二病の少女を宥めるみたいな対応をされた!
「そういう話をしてるんじゃないのよー!」
わぁーん!と騒ぎながらしゃがみ込んでいると、向こうの方から侍女が恐る恐る様子を見に来た。
「あ、大丈夫ですよいつものストレス性の発作なので」
「ちょっとロン!適当なこと言わないで!」
「はいはい」
私を軽くあしらいながら、ロンが侍女を追い払ってくれた。
ロンは学院に通っていた少年時代、我が家で居候していて、当時まだ自分の年齢を指で示すことしか出来ないヨチヨチな私のお世話もしていたりしたので、わりと私への扱いが雑なのだ。
騎士団に入ってからも、時々我が家に顔を出してくれて、その度にお姫様と騎士ごっこに付き合ってくれた。
主家のお嬢様の我儘に嫌な顔もせず。
いや、たぶん本当に嫌じゃなかったんだと思う。
ロンは戦闘やら武闘やら決闘やら戦闘やら、闘がつく系のことには顔つきが変わるんだけど、それ以外の日常的なことは本当にぼんやりしていて興味がないのだ。
……まぁ、そこが良いんだけども。
(うっ、しまった…私は何を…!)
声に出してはいないけれども、うっかり心の中で呟いてしまって、慌てて「いけないいけない」と取り消す。
私は一応王太子の婚約者なのだから下手なことを言ってはいけない。
妙なフラグ、ダメ絶対。
……まぁ、ロンは私の初恋だったりするのだ。でも私は侯爵令嬢、向こうは傍流の子爵家の次男。
剣の腕がピカイチで、この数年であっという間に出世して、今では次期騎士団長候補とか言われて優良物件扱いだけれど、昔はただの下級貴族の次男坊だったのだ。
ほのかに憧れてはいても、賢い私は「無理だなぁ」と分かってしまった。
王太子との婚約も決まっちゃったし、「初恋は叶わないって言うしな」とか思って、センチメンタルに浸ってみたりもした。
(うっ、古傷が痛む……!古傷のはずなのに……!)
密かにしゃがみ込んだまま胸を押さえる。そっと目線を上げてロンを伺い見れば、特に急かす気もないようにぼんやりと私を見ながら待っている。
(……相変わらず懐が広い……こんな意味不明なことばかり叫んでるのに……あなたの許容範囲は大きすぎるわ、ロン……!)
くぅ、良い男だ!昔から情緒が安定していてどっしりとした大樹のような落ち着きがあって、本当に良い男だ……結婚するならこう言う男が良い、という……いや、余計なことを考えてしまった。
まぁ、とにかく。
私のロンに対する密かに思い入れは格別なのだ。だから私は非常に焦った。ロンもトムの「自然体の魅力」というものに陥落しているのではないかと。
いや、私は王太子と結婚するわけだし、実害はないんだけれども!なんとなく!嫌なの!相手が男だとか平民だとか、私の友達だからとかでもなくて!……なんか嫌だ!我儘でごめんね!
誰もがトムに惹かれてしまうのは、この世界の法則?強制力?それとも、トム本来の強い魅力?
……私ですらトムに「攻略」されてるのだから、トム自身の本来の魅力なのかもしれないけど、ロンがそれに参っちゃってるのは、なんか嫌だ!
泰然自若として風流も雅も遊びも男女の駆け引きも、イマイチ苦手な朴念仁のロンのままでいて!
酷いこと言ってるのは知ってる!ごめん!
でも口に出したり妨害したりはしないから、心で願うのはセーフでしょ!
とかなんとか思いつつ、私は膝を抱え込んでしゃがみ込んだ体勢のまま、チラリとロンを見上げ続ける。無言のアピールだ。見つめる私の瞳にロンが気づくまで、この姿勢でいよう。
……まぁ、結論から言うと無謀だった。
鈍くて朴念仁でいてくれって願ったんだから、その通りなんだけどさ。
「……えっと、つまりね」
痺れてきた足をプルプルさせながら立ち上がり、私はシレッと元の会話に戻る。
「世界に愛された人というのが世の中にはいて、その人は人々にも愛されることが多いのよ。そして、その巻き添えを食って、周りの人間が大変な騒動に巻き込まれたりするの」
「へぇ〜、そんな話は初めて聞きました」
「あら、私は幼い頃に知ったわよ」
不思議そうに首を傾げるロンを私は堂々と騙す。
「身分の高い方に特有の知識と教育なのかもしれませんね」
「……そうかもね」
適当に流しながら私はため息をついた。
「多分、トムはその『愛された人』だと思うのよ。だって皆がトムを好きになるんだもの」
「それはお兄様や弟さんや婚約者の殿下がトムさんと仲良しだからのヤキモチとかでは」
「ないわよ!だって私もトムを大好きだもの!」
「はぁ……殿下の騎士としてはどう返答して良いやら」
「恋愛感情じゃないわ!でもなぜか最初に会った時から好意を持って、親友になりたいと思ったのよ。そして仲良くなって、……トムは私の周りの人達と次々仲良しになったわ。不思議なくらい」
「ご縁ですねぇ」
「……たしかにそうなんだけど!」
「家族だから対人関係の好みとかも似てるのでは?」
うーん、と唸りつつも頭を捻って『真っ当な』理由を考えてくれるロンには申し訳ないが、それだけとは思えない。
「全員、あっという間よ?強制的に好意を持たされてるのでは?ってくらいなのに?」
「強制的?」
私の言葉に、ロンが目を細める。急に鋭くなる眼光にドキリとした。
「……それは、トムさんに、殿下を含めて皆さん、魔法か薬を使われてるってことですか?」




