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7 策を講じて黎明を待つ

夕暮れとともに外に出ていた静來や勇來も帰還し、再び探偵の部屋に集まった。昼のときと同じように各々が手短に報告をおこなう。月と秋人は知世と一緒にいただけで特別変わったことはなかったし、なにか情報を得たわけでもなく、報告すべきことはなかったことを報告する。だが、それは勇來たちも同じだった。


「とりあえず、中央地区をパトロールしていた騎士の人にも話を聞いてみましたが、目新しい情報はありませんでした。そう簡単に教えてくれるとも思っていませんでしたが」


「地図はだいぶ頭ん中に入ってきたけどな。空來、屋敷ではなんかわかったか?」


「うーん……とりあえずいろんな人に目潰し事件とリィスの話を聞いてみたんだけど、重要そうな話はなかったかなあ。って言っても全員から話を聞けたわけじゃないんだけどね。リィスはいなくなる直前まで屋敷にいたらしくて、別にその日も変わった様子はなかったってさ。あ、新しい情報といえば……」


「なにかあるのか?」


「雅日さんはアプリコットジャムを乗せたクッキーと、コーヒーはミルク多めの砂糖は少なめで飲むのが好きなんだって。三番街に新しくできたカフェが気になってるらしくてさ、デート誘ってこようかな」


ごつん、と空來の頭に勇來のゲンコツが落ちる。


「お前なあ、任務中に十歳も年上の相手を口説こうとするやつがあるかよ」


「いでっ……あっ、ちょっと勇兄! なんで雅日さんの歳なんて知ってんのさ? 女の子に年齢を聞くのはエチケット違反だって言ったじゃん。そうやってデリカシーがないからモテないんだよ」


「余計なお世話だ。お前みたいにあっちこっちでとっかえひっかえ声かけまくるほうが、よっぽどデリカシーないっての! この浮気男!」


「僕は女の子の友達がたくさんいるだけだし。付き合ってるわけでも手を出したわけでもないから浮気じゃないもーん」


「それくらいにしてくださいよ見苦しい」


「え、えーと、來亜くんからはなにかない? 空來くんが報告し忘れてることとか……」


話題を変えようとした秋人が來亜に問う。來亜は秋人に一瞥を返してから、目だけで静來と探偵を見た。そしてわずかにうつむいてから、目線を秋人のほうに戻す。態度や口調こそ堂々としているが、話を切り出すのに迷っているような素振りだ。


「あさぎ」


「浅葱? 浅葱さんがどうかしたのか?」


「あさぎだ。知世を見る。おれたちを追う。していた。同じの匂いだ」


「……午前中にあんたらをつけてたのが、あの浅葱って人だったってこと?」


月が翻訳する。來亜は頷いた。空來と勇來が首をかしげる。


「なんで浅葱さんが? ……あ、そっか。知世ちゃんパパがそうするように言ったのかもね。護衛って言ってもぶっちゃけ僕ら、知世ちゃんより年下だし。娘と同年代の護衛なんて、やっぱ心配だろうし」


「なんだよー、屋敷の人だったのか。紛らわしいことしないでくれよなあ。それならせめて、隠れてついて行かせるからって、前もって言ってくれりゃあよかったのに」


静來は黙っている。月も別段、同意も異見も唱えない。來亜は席を立ち、ベッドに寝転がっている寿のほうへ歩いて行った。


「じゃ、結局今日はこれといって成果なしってことか」


「でも、まだ初日だからなあ。こんなもんじゃない?」


「僕は明日の朝何時に起こされるのかだけ心配」


「帰りたくなってきた……」


「俺はもうちょいなんか収穫ほしかったけど。なあ來……ああ、シカトだ」


來亜のほうに話を振ってみた勇來だが、寿と二人で猛獣とアオサギのような声で話し込んでいるのを見て、すぐにあきらめた。秋人が苦笑する。


「まあまあ、明日からもう少し踏み込んで調べていこうよ。もともと長期戦になる覚悟で来た任務なんだし。なあ、探偵」


探偵は上着を脱いでワイシャツ姿になると、その脱いだ上着をベッドの上で丸まっている寿の上に落とした。服の下で寿がもぞもぞ動く。彼はときどきああやって寿で遊んでいるのだ。おそらく寿を猫かなにかだと勘違いしている。


「そうだな、あせる必要はない。我々は着実に前進しているとも」


「なんかいつもより機嫌いいな? あ、そういえば――」


勇來の声にかぶさるように、こんこん、と扉がノックされる。静來が返事をすると扉が少し開いて、隙間から知世が顔を覗かせた。


「知世、どうかしましたか?」


「失礼します。静來さん、ちょっとだけ私のお部屋に来てくださらない?」


「部屋に?」


静來が探偵を見る。探偵は頷いた。


「わかりました、行きましょう。なにかあったんですか?」


「そういうわけじゃないのよ。ちょっとね、お見せしたいものがあって」


静來が知世に連れられて部屋を出て行ったあと、しばらくすると今度は身綺麗な老年の男が部屋を訪れた。


「皆様、夕食の準備が整いましてございます。食堂へお集まりください」


広々とした食堂に勇來たちが移動すると、既に岳は席についていた。雅日が給仕をしており、浅葱はそれを手伝っているようだ。全員が勧められるがまま席についたころ、知世と静來が少し遅れてやってきた。


二人は服を着替えており、知世は赤と白のドレス姿、静來は青いドレス姿で現れた。十中八九、知世が静來にも着るようワガママを言ったのだろう。知世は楽しそうだが、静來はあまり乗り気でなさそうだった。


「あー、静姉、綺麗な格好してる」


「とってもお似合いでしょう? 私、静來さんを最初に見たときから、ずっとこれを着てほしいと思ってたの!」


「私は着せ替え人形じゃないんですけど……」


「たまにはいいんじゃない? 静來ちゃん、似合ってるよ」


「あ、聞いたことあるぞ。馬子にも衣裳ってやつか?」


褒める秋人とは反対に、勇來がからかうように言うので、静來はじとりと睨んだ。


「自分がいい服着てもサマにならないからって妬まないでもらえます? まあ、私は勇兄と違って綺麗な服を着ればそれだけで見映えしますけど」


「勇來さん、ひどいわ。男の子ってどうして素直にかわいいって褒められないのかしら」


「静姉の言ってることのほうがよっぽどひどいような……」


「写真撮って柴闇たちにも見せてやろうぜ」


柴闇は勇來たちと同郷の幼馴染だ。


「いいですよ写真なんて」


「あら、どうして? せっかく綺麗なのに、お友達にも見てもらいましょうよ」


「あー、動くからブレた。まあいいかこれで」


おもむろに連絡用の端末を取り出して写真を撮る勇來に静來が抗議する。


「ちょっと! 撮るならちゃんと撮ってくださいよ」


「静來ちゃ……あ、怒るところそこなんだ」


「まあまあ、まずはご飯にしようよ。僕おなかすいちゃったよ」


全員が席に着いたところで、前菜が運ばれてくる。勇來たちの普段の食事といえば、ギルドの食堂か、町にある喫茶店か、あとは適当に買い食いなどをしているばかりなので、ナイフとフォークを使い分けて食べるようなコース料理などとは縁がない。


岳や知世などはそれが毎日のことなので、すっかり慣れたものだ。探偵もこういった食事の機会は今まで何度もあったのだろう。所作は美しく、無駄がない。寿は子ども用のフォークやスプーンを使っているのでマナーもなにもない。そしてそれが許される外見なので気楽そうだ。


ちら、と他の面子の様子を見てみる。どうやらかしこまった食事の場に戸惑っているのは勇來だけではなかったらしい。秋人は隣に座る探偵の手元をチラチラ盗み見て真似しているし、零羅は盗み見るどころか普通に見ている。妙なところで堂々とした男だ。月はただただ困った様子でフォークに触れたり離したりしているし、來亜は野人なので気にしていない。


「ねえ、僕テーブルマナーとかよくわからない。これフォークとかどれから使えばいいの?」


「外側のから使うんですよ」


「これは?」


「ナプキンは二つに折って膝の上に。口元を拭くときは折ったところの内側を使うそうです」


「こう? あ、こっちか。静姉そんなのいつ勉強したの?」


「まあ……一般教養として、いずれ必要になるときがくるかもとは思ってましたから」


「あまりかしこまらずに、もっと気楽に構えてくださいな。テーブルマナーだなんて、そんなにお気になさらないで。楽しくお食事しましょう」


知世が笑顔でそう促す。岳や雅日もなんだか微笑ましそうだ。


「でも静姉の言うとおり、これから必要になる機会もあるかもしれないし。知世ちゃんがあとで教えてくれるとうれしいな。もちろん二人っきりで」


「お前さあ、親が見てる前でよくそういうこと言えるよな」


滅多に口にする機会のない高級なコース料理に舌鼓を打ち、食後にひと息つく。知世や岳が談笑する傍ら、勇來は端末にメッセージ受信の通知が来ていることに気付くと、こっそり確認した。空來が覗き込んでくる。


「あ、本当に静姉の写真送ったんだ。柴闇はなんて?」


「『俺のほうがかわいい』って」


「なにそれ」


「写真ついてる。あっははは、なんだこれ女装じゃん。なんで似合ってんだこいつ」


「あ、僕のほうにもなんか届いた。癒暗からだ」


癒暗は柴闇の双子の弟だ。


「『僕が一番かわいい』だって。…………じ、自撮りと女装がうまい……」


「気合の入りがちがうな」


「柴闇はノリが謎なだけだからともかく、癒暗は年季の入ったぶりっ子だもんね。さすが、自分をかわいく見せる方法をわかってるっていうか……」


「なんて返した?」


「野郎はノーサンキュー」


「ブレないよな、お前も」


食堂から出ようと席を立った秋人が、勇來の手の端末に気付いて立ち止まる。


「あ、それってたしか柑奈かんなちゃんが作ったっていう?」


柑奈はギルドの自称天才科学者であり機械技師でもあるギルド員だ。勇來たちが持っている端末も、秋人の言うとおり、彼女が作って一部のギルド員に配ったものだ。


「たしか秋人は持ってなかったっけか」


「うん。俺はあくまで探偵の手伝いだからね」


話を聞いていた静來がおもむろに立ち上がる。


「持っていてもいいと思いますけどね。ギルド員じゃないとはいえ、こうして私たちと一緒に任務に出ることもあるんですし。連絡手段がないと、いざというときに困りますよ」


「うーん……いや、実は柑奈ちゃんもそう言ってくれたんだけど、画面がうまく反応しなくて……でも、そういう人もいるって聞いたよ。なんだっけ、体内の魔力に阻害されて……みたいな」


「体内の、とくに指先の魔力濃度が一定以上になると、画面が反応しないみたいですね。柴闇は破魔の力で体脳系の魔力を一時的に相殺することで無理矢理使ってますが、同じく腕に能力を宿す礼架らいかや、膨大な魔力の塊みたいな存在の鬼礼きふゆは使えないですし。たしか來亜も使えません」


「静姉。これって体質によって、使えたり使えなかったりするの?」


「この端末に限らず、精密機器と能力者の相性はあまりよくないんですよ。報告書の作成が原則手書きなのも、そのためです。私たちみたいな武装系の能力者だと問題ない人が多いですけどね。だからギルド内でもあまり普及が進んでないんですよ」


「そういや、最近は魔力に左右されないような端末を作ってるって言ってたっけな。ちょっと前に試作品があがってたし、近いうちに完成すると思うぜ」


「試作品? 勇兄は見たことあるの?」


「おう。俺が見たのはボタンで操作するやつだったぜ。なんか、画面に直接触るより、そっちのほうがマシなんだとよ。折り畳み式で今のやつより丈夫になるから、四軍向きだって」


「柑奈ちゃんすごいね。天才を自称するだけあるよ」


「そういえば、如月も端末の反応が悪いって言ってましたね。使えないわけではないけど、うまく操作できないことが多いとか」


「え、そうなんだ。でも如月くんって五軍の非能力者だったんじゃ……」


「やっぱり奇術じゃなくて魔術なんじゃないの」


「ペテンだよ」


いつの間にか近くに来ていた月がため息まじりに言う。


「魔術なんて高尚なものじゃない。端末は……前に落として、画面をぶつけて、それで反応が悪くなっただけだし」


「だったらなおさら、新しいのが支給されるならちょうどよかったですね」


「それは、まあ……」


「あ、そうだ月、手品見せてよ! マジックショー!」


「いや話飛びすぎ」


「俺も見たい。そういやちゃんと見せてもらったことねえし。おーい知世、月が手品見せてくれるって!」


岳と談笑していた知世が、いっそう明るい顔で月を見た。


「や、やるとは言ってないんだけど!」


「月さん、手品をするの? ぜひ見たいわ!」


「べ、別に見せるほどのもんじゃないし……ていうか、公演用の手品、用意してないし」


「大げさなやつじゃなくても、トランプとか、そういうのでなんかできないか?」


「……すぐ用意できんの?」


「トランプね? もちろんあるわ」


「あ、あの、あと……なにか、顔を隠せるもの、ある?」


「お顔を? 仮面ならあったはずよ。どんなのがいいかしら」


「いや……別になんでも、なんなら紙袋とかでもいいし……」


「雅日、トランプと仮面を持ってきてちょうだい」


「かしこまりました、お嬢様」


「ほ、本当に単純なのしか、できないからね?」


「月ってば緊張しすぎだよー」


「う、うるさいな……もともと、嫌なんだ。人に見られるの……」


「まあまあ、そう言わずに……あれ、探偵と零羅は?」


「あら、本当。いらっしゃらないわ」


空來と知世が部屋を見まわす。たしかに、言われてみると探偵と寿、そして零羅がいない。


「零羅は部屋に戻ってると思いますよ。探偵は散歩してくるって言って今さっき出て行きました」


「ま、零羅くんはわからないけど、探偵は手品とか興味なさそうだしね」


そうこうしているうちに雅日がトランプと小さな黒い仮面を手に戻って来る。パーティーなどで使うような、目元だけを隠すハーフマスクだ。


「トランプと……仮面は、こちらでよろしいでしょうか」


「あ、ありがとう……」


月はトランプをいったん机に置くと、静かに深呼吸してから、おもむろに仮面を着けた。顔を隠した彼が一瞬前までの内気な態度から、ショーの開演を高らかに宣言するエンターテイナーに豹変することを、観客たちはまだ知らない。



*



「……なにか用でも?」


中庭を歩いていた探偵は、ふと足を止めると、背後に向けて言ってから振り返った。視線の先にいたのは一人の青年。使用人の浅葱だ。


「外に出て行かれるお姿が見えまして、勝手ながら、お部屋から上着をお持ちしました。夜は冷えますので」


「貴様はたしか」


「浅葱です」


「それは知っている。四日前からこの屋敷に住み込みで勤めているのだったな」


「はい。探偵様のことは、お噂はかねがね」


「様はやめろ、気が散る」


「かしこまりました」


一礼し、浅葱は探偵に上着を差し出した。それを受け取って羽織る。探偵の足のうしろに隠れた寿が隙間から浅葱を見ている。


「しかし気の利く男だ。今日一日だけでも貴様が勤勉かつ優秀な人間であることは見ていてわかる」


「恐縮です」


「屋敷での勤めには慣れたか?」


「他のみなさんの助けもあって、ひとまずは順調に。ですが、まだまだ不慣れな未熟者ですので、戸惑うことも多く。なにか不手際がございましたら、ご指摘いただけますと幸いです」


「謙遜か、ただ謙虚なだけかは知らんが、十分すぎるほど優秀な従者だとも。うちの秋人にも見習ってほしいところだ」


「お褒めにあずかり光栄です。ああ、それと……」


「なんだ」


「お嬢様が探偵さんをお探しです」


探偵はため息をつくと、足もとをちょろちょろしていた寿を片手でひょいと持ちあげる。


「わかった。あの小娘はどこにいる」


「談話室にいらっしゃいます。ご案内を――」


「構わん。屋敷内の構造は把握済みだ」


「かしこまりました」


もう一度頭を下げる浅葱の横を通り過ぎ、探偵は屋敷の中へ戻る。談話室に向かう途中で秋人を見かけた。なにも話すことはないので素通りしようとするが、秋人は探偵に気付くと声をかける。


「探偵、どこ行ってたんだ? 月くんの手品すごかったよ。仮面を着けた途端に人が変わったように饒舌になったのはびっくりしたけど……」


「ただの散歩だ」


「あ、そういえば知世ちゃんが探してたよ。探偵とお茶したいんだってさ」


「あの小娘が私を探していることは聞いている。だが……そんなことで私を呼んだのか。あの小娘は」


「探偵にとってはそんなことでも、知世ちゃんにしてみれば重大なんだよ」


「まったく……」


「探偵も罪作りだよなあ。十代のカワイイ女の子をたぶらかしてたって、涼嵐りょうらん先生に言いつけよっかな」


探偵が黙って片足を上げると、秋人はあわててあとずさる。


「わわっ、じ、冗談だって! 蹴るなよ! 銃で撃たれたときより、お前に蹴られたときのほうがダメージ大きいんだぞ!」


「なら私が蹴りたくなるようなことを言うな」


「とんだパワハラ上司だな……」


「なにか言ったか?」


「なにも言ってません! じ、じゃあ、俺は先に部屋に戻ってるから」



*



探偵と別れて部屋に向かうため二階の廊下を歩いていたとき、冷たい風が流れてくるのを感じた。どこかの窓が開いているのかと思い確認に行くと、バルコニーに続くガラス戸が開いている。誰かが閉め忘れたのだろうか。歩み寄り、戸を閉めようと手を伸ばそうとしたとき、バルコニーに人がいることに気付いた。その人もまた、秋人に気付く。


「あ――」


しまった、と思った。


「浅葱……」


浅葱もおどろいたような顔で秋人を見ている。すぐに話を切り上げて、さっさとこの場を去ろうと思ったが、探偵の言葉を思い出す。余計に不審がられたくないのであれば、彼を避けるべきではないと。


「な、なにしてんの? こんなところで……」


すんでのところで踏みとどまり、秋人もバルコニーに出る。浅葱は耳からイヤホンのようなものを外すと、胸ポケットに仕舞った。


「はい。今日はもうあがりなので、ここで少し休憩していました」


「ふうん……」


数秒の沈黙。手すりに肘を置いた浅葱が小さく息をついた。


「……びっくりしたよ、秋人。まさか君と、こんな形で再会するなんて」


「やっぱり……浅葱、なんだよな」


桧季ひのきさんたちからは、君は死んだって聞いていたんだけど」


ぎくり、と気持ちがあせりそうになる。落ち着いて。あわてる必要はないと自分に言い聞かせ、つばを飲んで間を稼ぐ。その一瞬の間に、それらしい言い訳を考えた。


「でも現に、俺は生きてるだろ。それは……なんていうか、そう思ってほしい……っていうか、そういうことにしておいてほしいっていうか」


「つまり、どういうこと?」


「ほら……あの、俺って今は探偵と一緒にいるんだけど、そうなるともうライニには戻れないから。いっそ死んだものと思って、俺のことは忘れてくれ……的な?」


無理があるだろうか。


「でも桧季さんは」


「あの子の話はやめてくれ」


「……そうか、そうだった。ごめん」


「いや……。俺も、浅葱を見たときはびっくりしたよ。ライニの工場では焼却炉の前で何度か話した程度だったけど、覚えてるもんなんだな」


「俺はもともと短期の予定で働いていたから、君ほど急な退職ではなかったけどね。でも、生きてたならよかったよ。わざわざそんなひどい嘘を広めなくても……とは思うけど。君は知らないだろうけど、みんな真に受けて泣いていたんだよ?」


「う……ま、まあ、ちょっとは俺も、そう思ってるけど」


「後悔はないのか?」


「……あるよ。後悔だらけだ」


「だったら、なんでそうまでしてライニを出たんだい。桧季さんを捨て置いてまで、探偵さんと一緒に行かなければならない理由でもあったのか?」


「それは」


「あの子を愛してたんじゃなかったのか?」


愛して……。


「……愛してたに……決まってるだろ」


秋人とて、出て行きたくて出て行ったわけではない。できることなら、ずっとそこにいたかった。ずっと一緒にいたかった。それでもライニを出たのは、そうせざるを得なくなったからだ。桧季桜の目の前で事故死した秋人には、今までどおり暮らすという選択肢はなかった。……真実を話して、拒絶されるのが恐ろしかった。しかし、ここでそのすべてを浅葱に説明するわけにはいかない。二度目の沈黙のあと、浅葱が頭を掻いた。


「……ごめん。無神経だったね。君には君の事情が……いろいろあったんだと思うし、他人には話したくないことだってあるだろうに」


「浅葱……」


「ひとまずは、お互いにこれ以上は詮索しない、ということでどうだろう」


「……そうだな。それで頼むよ」


「でも、それとは別の話として、また会えてうれしいよ。できれば、君とは肩の力を抜いて話せる友人でありたいな。ここではなにかと気を張りっぱなしだからさ」


「もちろんだ。そうしてくれると俺もうれしい。改めてよろしく」


「ああ、こちらこそ」


まだ若干の気まずさと、打ち明けられない秘密を胸に抱えながら、二人は仮初めの友情に握手を交わしたのだった。

次回は明日、十三時に投稿します。

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