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モノクロームの花  作者: 水無月波瑠
色のない少女と記憶がない少年
8/12

 成瀬は病院にいた。暗く長い廊下にポツンと一つだけある長椅子に座って手が汗で滲むのを感じながら父の手術が終わるのを待っていた。その隣には仕事場から急いで帰って来たのだろう、汗だくの状態で母が祈る様に座っていた。

 


それは突然だった。小学4年生だった成瀬は昼休みいつも通り教室で友達と遊んでいた。なんの変哲も無い、思い出すには曖昧すぎる日常というに等しい1日のはずだった。教室の扉が急に開いたかと思うと先生がものすごい表情で成瀬を呼んだ。

 「成瀬くん!今から先生の言うことをよく聞いて!_____」

そのあとの言葉は、聞き逃してしまいそうになった。普段、穏やかな先生がこんな険しい顔をしていたから気がそれた、とかではない。先生の息が切れていて聞きづらかったとかでもない。聞いたその言葉を自分の耳が疑ったのだ。

気持ちを落ち着かせ頭を整理する。

「____て!成瀬くんのお父さんがさっき事故にあって、それで今は病院に送られてるって」

そう先生は言っていた。

 お父さんが事故にあった。その言葉が成瀬の頭の中をループした。

 周りはざわざわした雰囲気になっていた。それは内容に驚いたからかも知れないが結局のところ『他人事』だったからだろう。

 成瀬は頭の整理がつかないまま、先生の車に乗せてもらい病院へと向かった。母には伝えてあるらしいが、乗り慣れない車というのはどんな大きい車でも狭く感じてしまう。密閉空間、そして車の揺れも相まって病院につくやいなや成瀬は吐いてしまった。後処理は先生がして暮れたが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

 母は成瀬の少し後に到着した。汗だくになりながらバッグをおろしそして成瀬に近づくとそっと抱きしめた。実に不思議だ。気持ちが落ち着かなかった成瀬は、母の匂いを感じ安心することができた。

 母は先生に礼を言うと、成瀬を連れ受付に行った。もう手術が始まっているとのことで二人は手術室の前に案内させられた。しばらくすると警察が来て事故の内容を追って説明してくれた。


 どれくらい待っただろうか。手術中という文字が書いた赤く光った看板を見つめる。母は祈る姿勢をいまだに変えていない。父の事故は、詳しく言えば父が悪いと言うことになる。父は車の通りの少ない交差点で、信号無視をしてそのせいで右から来た車と接触しかけたらしい。接触しかけた、ということは接触していないのだ。ではなぜ父はここまで酷い状態にあったのか。警察によると父の車は交差点の少し先にある電柱にぶつかってほとんど前の方は潰れていたという。それでも奇跡的に運転席の方は隙間が空いていて父は命をとりとめたらしい。


 しばらくして赤い光が消えた。中から医師であろう人とその助手がでてきた。こういう場面はドラマで見たことがある。医師が笑顔で「手術は成功しました」とかいうやつだ。しかしその医師と助手は暗い顔をしていた。

 母が立ち上がり「お父さんは、お父さんは無事なんですか」と聞いた。

 医師はただ一言「全力を尽くしましたが・・・・・・」と言った。

 その瞬間、母は何かの糸が切れた様ににその場に倒れこみ泣いていた。成瀬は父が死んだという事実に理解が追いつかずただ母のそばに駆け寄った。そして理解が追いついた時には嗚咽とともに目から涙が溢れていた。走馬灯というのは死ぬ間際に見えるものだと言うけれど、その時の成瀬の頭の中には父との思い出が蘇りまるで走馬灯の様だった。





 ピピピピッ、ピピピピッ。目覚ましが鳴り成瀬は目を覚ました。

 成瀬はベッドの上で涙を流していた。起き上がり涙を拭く。またこの夢か、と思う。あれからというもの、たまにこの夢を見てしまう。・・・・・・やけにリアルに。

 そして毎度の様に思う、


 『奇跡』など起きないのだと

 

「うっ」頭痛が走り頭を抑える。一瞬なにかが頭をよぎる。誰かがこちらに向かって叫んでいるが誰なのかわからない。白いワンピースを着ているが。

 そういえば、と、ふと目覚まし時計を見ると午前8時を回っていた。

 「やばっ!学校に遅刻する!」

 成瀬は大慌てで学校の支度をし、トースターに食パンを入れる。制服に着替えて、寝癖をといている間にパンが焼けた。

 パンをくわえ、玄関で靴を履く。こんな光景、漫画でしか見たことなかったのに意外とあるんだなと思う。

「行ってきます」

 誰もいない家に、いや父に向かってそう言い、家を出た。

 その日も蝉の声は五月蝿く、眩しい初夏の日差しが成瀬を包んだ。

 




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