53話 カーネア
太陽もかなり下がってきた頃。真っ赤な陽に染められながら、2人の美女は立てないほどにグッタリとしていた。
「これ程度で音を上げるとか、だらしないぞ」
「……ごめ、なさ……」
「はぁ、はぁ……! もうし、わけ……」
この場合、正しい反応をしているのはフィムと龍瑠の2人だ。
なにしろ2人がグッタリしているのは宿のベッドの上であり、この宿は『カーネア』という街の中にあるのだから。
つまりタク達一行は歩いて2日の距離(約70㎞)を、組手をしながら駆け抜けてしまったのだ。タクは後ろ向きだというのにとんでもない速さで走るし、フィムと龍瑠は躍起になって追いかけるので、結局あの村からここカーネアまで休みなしである。
「とりあえず、これ舐めてろ」
「……?」
「それ、なん、ですか?」
「塩とハーブを混ぜた飴だ。一応リラックス効果もある」
「……あむ」
「いつの間に……あ、ありがとう…ございます」
実はこの飴、召喚される前から持っていたものだったりする。塩分・糖分の摂取が簡単で、その上リラックスできるからとタクも地球で重宝していた特製の飴なのだ。
もはや口を開くのもツラいという体の2人を置いて、タクは宿屋の1階にある酒場から新たな街カーネアの様子を見る。街と言うだけあって、あのメルテリアと同程度かそれ以上の賑わいが見て取れた。まぁ辺境の街と王都近郊の街とでは賑わいが違うのも致し方ないだろう。
「騒がしいな」
「なんだ兄ちゃん、知らないのか?」
「……誰だアンタは」
「あん? あ、俺はティックってんだ。冒険者やってる」
ガラスも何もない窓というか枠から外の景色を見ていたら見知らぬおっさんに話しかけられたタク。どうやらそのおっさんは同業者らしい。
見た目は角刈りマッチョだ。茶髪で、特に強面というわけでもない、むしろ農村とかで畑を耕していそうな顔立ちである。
「兄ちゃんも冒険者か?」
「まぁ、そうだな。副業程度にしか活動していないが」
「そうかそうか! じゃあ後輩だな!」
「はぁ……それで? アンタは俺に何を言いたくて近付いて来たんだ?」
「おう、そうだったな、忘れるところだったぜ。ここカーネアにな、赤の勇者様が来るんだとよ。それが明日に控えてるから街はこんな空気になってんだ」
「…赤の勇者か。名前は?」
「たしか……『ユーキ・アカイ』だったか? そんな感じのだぞ」
(2人目だな。クィトスと同じなら4人の勇者が居るだろうからあと2人……プラス俺と同じ“5人目”が1人、か)
タクが密かに狙っている『レン・ムトー』なる人物ではなかったが、ここで赤の勇者を見られるのならばそれに越したことは無い。だからタクは心の内で滞在延期を決めた。
「なぁ、他の勇者の名前も分かるか?」
「……兄ちゃん、それはちょいと無知というか、世間知らずだぜ?」
「悪かったな世間知らずで。この間までメルテリアに居たから情報が入ってこなかったんだよ」
「なんだそうだったのか。えぇと……さっき言った『ユーキ・アカイ』に、『レイコ・シンジョウ』。あとは『レン・ムトー』か。もう1人は情報が全く無いから俺も知らん」
「ふむ……そうか」
(勇者が4人居ることについては知っている口振りだな……それは常識なのか? それに4人目のことも気になる。情報が全く無いというのは……王家に処分された? ……いや、さすがにそこまで愚かなことはしないだろう。制御できないとか、言うことを聞かないとかで幽閉されている可能性の方が高い)
表情には微塵の変化も出さずに考え込むタク。本音を言うと赤の勇者なんぞどうでもいいのだが、タクの目的がアスカトリア王国の王城にある以上避けては通れない障害なのだ。場合によっては敵対することもあるだろうから情報はなるべく集めておきたかった。
「そうだ兄ちゃん。これから一緒に依頼なんてどうだ?」
「断る」
「まぁ、そう言うなって。とりあえずギルドに顔を出すだけでもしておけよ。いい仕事があるかもしれないぜ?」
「生憎と金には困ってない。他を当たってくれ」
「つれねぇなぁ……今の時期なら美味い食材が獲れるんだが……」
「――なんだと?」
タクが喰い付いてしまった。これは本当に偶然のことで、呟いた本人であるティックでさえタクの変わり様に目を白黒させている。
「詳しく話せ」
「お、おう? どうしたいきなり……分かった分かった。話すから落ち着け。……ここの近くにな、トレントの迷宮があるんだ。そこは植物系の魔物が大量に生息しているから――っておいちょっと待て! 兄ちゃん場所とか分からねぇだろ!?」
話を最後まで聞かずに酒場を出て行こうとするタク……を必死に引き留めるティック。タクとしては、最近肉ばかり食っていたのでそろそろ野菜が欲しいと思っていたところにこの話である。食い付かないはずが無かった……とはタクの弁だ。
「……チッ。場所を教えろ」
「いや待て待て。あそこに1人で挑むのは厳しいぞ? 1人じゃ物理的に抜けられない場所もあるんだ」
「仲間なら2階に居る」
たしかに居るが使い物にはならないだろう。
「……あぁ、いや。今日はやめておこう」
「お、おう。コロコロと気が変わるヤツだな……」
「ちょっとな。他にやらなきゃならんこともあるし」
何故かタクは突然意見を変えた。ティックは先ほどからタクに振り回されっぱなしで、苦笑しか出来なくなっている。
他にやることとは盗賊ギルドと娼館ギルドでの情報収集だ。最近は上空と寂れた村にしか行っていないタクであるから、どちらにも行けておらず、つまり最近の情報を仕入れることが出来ていないのだった。
初めての街、さらに言うなら王都に近いこの場所での情報不足は笑えない事態だ。少なくともタクにとってはそうなので、これを怠ることは出来ない。
「じゃあ明日は迷宮に行こうぜ!」
「アンタと行く理由が無い」
「おいおい、俺はこう見えても“金”だぜ? 足を引っ張るつもりはねぇよ」
つまりティックはゴールドランクということらしい。タクはそのランクの価値が分からないのでどうしたものかと考える。でもまぁ目の前で自信に溢れているおっさんを見る限り、ゴールドというのは誇れる程度には高いランクなのだろうと推測した。
「うん、却下だな」
「考え抜いてなお!?」
「俺のパーティーは特殊なんだよ。他人に見られたくないことも多い。たとえアンタの実力が俺よりあるのだとしても、残念ながら断らざるを得ない」
「そ、そうか。なら仕方ねぇな。だけどギルドには顔出した方がいいぞ! ここのギルド支部長は気まぐれだから、いきなり昇格試験をやらせてもらえたりするんだ」
「それでいいのかギルマス……」
気まぐれに昇格させるのもどうなのだろうか。それで昇格できるのならそれはそれで正しい判断と言えそうなところが微妙だ。それはともかく、ティックがしつこく顔を出した方がいいと言ってくる理由はそれだった。
(フィムと龍瑠も登録しておいた方がいいだろうし、明日にでも行ってみるか)
「それに迷宮の素材を採取してくる依頼もあるからな。そういう意味でも行った方がいい」
「そうなのか。……あぁ、色々と助かった。これは感謝の印だ。じゃあな」
それだけ言い残して、タクはテーブルに半銀貨2枚(2万円)を置いて階段を上って行く。ティックは半銀貨を見て感心しつつも、どうしてもニヤニヤとしてしまう顔を抑えられなかった。




