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14話 お兄ちゃん

「まずは宿か。ここに定住するつもりはないし」



 所変わって街の中で一番大きな街道『メルテリア通り』。余談だが街の名前もメルテリアである。

 その大きな道をタクが歩いていた。もちろん1人ではなく、その背中にフィムを乗せている。

 そのフィムの手に契約陣はない。契約陣とは魔力で浮き出てくるものなので、タクが意図的にフィムの魔力を遮断すると消えてしまったのだ。まあ見えなくなっただけで、無くなったわけではない。



「……どこいく、ですか?」

「宿屋だよ。お前だって野宿は嫌だろ? あと、無理に言葉遣い変えなくてもいいぞ」

「……ん」



 道行く人々に微笑ましげな視線を送られている2人は、まず戦闘ギルドに入った。

 途端に集まる視線。それに怯えるフィム。殺気を撒き散らすタク。それに怯える厳つい男たち。

 その姿は完全に「うちの子を守るお兄ちゃん」だった。



「すいません」

「は、はい! なんでしょうか! ……ってタチバナ様ではありませんか」

「ああ、昼間の受付の」



 タクにビビりつつも対応してくれたのは昼間の犬耳お姉さんだった。何故彼女がただの新人冒険者であるタクを覚えていたのか。それは黒一色の装備とギルドに入ってきた時に撒き散らされた殺気の所為で、強制的に覚えてしまっただけである。



「そう言えば名前を伺っていませんでしたね」

「うぇ!? あ、えと、私はティティスと申しますです、はい」

「……むぅ…ますた、やど」

「あ、そうだった。ティティスさん、この辺りでいい宿って言ったらどこですかね? 出来ればあまり高くないところがいいのですが」



 いきなり変な声を上げたかと思えば、直後に何故か照れまくるティティス。それを見て面白くなさそうな顔をしながら急かすフィム。ティティスは知らないが、フィムの気持ちはなんとなく分かるので素直に話を進めるタク。

 タクは知る由もないが、ギルドの受付嬢に名前を聞く行為はナンパと見なされている。逆に受付嬢が名前を教えるのは、この世界なりのアプローチということだ。だけど悲しいかな、タクは本当にそんなローカルルールを知らないので、ティティスだけが無駄に意識してしまうという事態になっている。



「や、宿ですか? それでしたりゃ、ギルドを出て右に少し進んだところに『オストロの鈴亭』という宿がありましゅよ」



 ティティス・パラドレイア18歳。16歳の何も知らないガキに名前を聞かれただけで焦りに焦っていた。自分が噛んだことに気付かないくらいテンパっていた。

 周囲の人たちも最初は「あいつ新人のくせに何してんだ!」と苛立っていたのだが(もちろんこの人たちにはナンパにしか映っていない)あまりにも慌てるティティスを見て、むしろ全体が和んだ。恐るべし生娘パワー。



「そうですか、ありがとうございます」

「あ、ひゃい、またのお越しを!」

「……ますた、おなかへった」

「後で作ってやるから待ってろ。……では、また」



 そう言って出て行ったタク達。その後にティティスが先輩受付嬢達に弄られまくったのは仕方ないことなのだろう。




~~~~~~~~~~




「じゃあ2人部屋で」

「分かりました。10日間泊まると少し安くなりますがどうしますか?」

「あー……じゃあそれで。いくらですか?」

「半銀貨6枚になります」

「(6万円か。思ったより安い)えーと……あれ、ないや。銀貨でも大丈夫ですか?」

「はい。お釣りの…半銀貨4枚です」



 受付の子(おそらく看板娘)からお釣りを受け取って3階の部屋へと向かう。

 この『オストロの鈴亭』は2階が1人部屋と、10人まで入れる大部屋に。3階が2~4人部屋になっている。1階は酒場兼食事処だ。

 因みに2人で1泊が鉄貨7枚である(7000円相当)。これには朝晩の食事代も含まれている。この世界ではまだまだ1日2食が基本なのだ。



「さて、もう夕方だし今日のところはゆっくり休みますか」

「……ますた、ごはん」

「随分と自己主張の強い奴隷だことで。ちょっと待ってろ、今から厨房借りて何か作ってくるから。リクエストは? ほとんど肉しかないけど」



 なぜ肉しかないのか。それはタークァの森で狩った魔物の肉が腐るほど(物理的に)余っているからだ。

 特に描写はしていなかったが、タクはずっと片手に黒装束から奪ったローブで作った袋を持っていたのだ。それもかなり大きいやつを。



「……いっぱい」

「了解。ホントは種類が聞きたかったんだけどな。じゃあ大人しく待ってろよ」

「……ん」




 結構お待ちください………………




「じゃ、いただきます」

「? ……いただきます」



 不思議そうにしながらも、タクの真似をして目の前に並ぶ数々の料理の1つをパクつき固まるフィム。



「……? おい、どした? 不味かっ――うおっ!? ちょ、まっ…食うの早っ! あ、待てそれは俺の……あぁ…根こそぎ食われた……」



 固まったと思ったら、突然動き出してその小さな身体のどこに入るのか、テーブルに並べられていたほぼ全ての料理を食い尽くしてしまった。

 タクはタクで珍しく大声を出していた。こいつはこと食事に関しては妥協しない変な奴であり(何故かマイ箸も持っている)、そんな奴の目の前で食糧を奪うなんてことは自殺行為である。

 ……普通ならば。



「……はふぅ…ますた、おいしかった。ありがとう、です」

(ま、いっか。俺の勝手で連れて来たんだしな。奴隷としてはどうなのか分からないけど)



 物凄く幸せそうな顔をしているフィムを怒る気にはなれなかったし、自分本位な理由で連れて来たという負い目もあった。そんなことを気にする人間はこの世界にはいないのだが、それはそれ。タクとしては全力で守り、育てる所存である。

 因みに、だが。タクの料理の腕前は、地球ではどれだけ贔屓目に見ても上の下程度だった。辛口で審査するなら中の上に足を踏み入れたレベルだ。

 ではそれがこの世界でもそうなのか? ……確実に否だ。なんだかんだ言ってこの世界の人達より舌の肥えているタクは、この世界では最上級の料理人になり得る。


 つまりフィムは、4歳9ヵ月にして、三ツ星レストランで食事をしているようなものだった。素材は安上がりな物ばかりだったが。



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