自己紹介
書類にいくつか署名をした後、私は横島先生とともに教室の前まで来た。そう、前まで。
横島先生曰く、一緒に入るよりも後から入った方が盛り上がる、らしい。だから呼ばれるまで私は、廊下で、教室内の話を聞くでもなく聞かないでもなく待っていた。
「今日からこのクラスの仲間が一人増えます」
教室の中から聞こえてくる唸るような野太い声。もちろん横島先生のものだ。
しかしまぁ、高校二年生にもなってその紹介の仕方か。小学生じゃあるまいし。
私は廊下の前でフッと笑った。
「それじゃあ、入って来て下さい」
ガラガラと音を立てて扉を開くと、クラス中の目が一斉に私に向く。一気に体がこわばった。
緊張を悟られないよう、自己紹介の前にこっそりと深呼吸をした。
「は……、初めまして。西園寺詩織です」
ザワッと、教室内の空気が変化した。
直前まで私に向いていた目、好奇心に溢れたものも、そうでなかったものも、その全てが一様に同じ方向に向いた。
窓際の後ろから二番目の席へ、と。そこにはよく見慣れた姿があった。絡まることを知らないサラリとした黒髪、涼しげな目元。単体で見ても美しいと思ってはいたが、教室という比べる相手が何人もいる中で見ると一層その美しさを際立たせていた。
「昴君?」
同じクラスだったのか。
一言言ってくれればいいものを。そうすればもう少し緊張せずに済んだかもしれないのに。緊張しすぎて、今の今まで昴君に気がつかなかった私も私だけどさ。
しかしそれにしても、同じ名字だとは言ってもそんなに驚くことだろうか?
「はいはい、静かに」
と、先生は手を叩きながら言った。
その先生の言葉を合図に一斉に私語を止めた生徒達。
「学校生活で分からない事があったら、西園寺君に訊いて下さいね。じゃあ、西園寺さん――」
そこまで言った後、たっぷたぷの二重顎に手を添えて首をかしげた。
「うーん、詩織さんの方が良いでしょうか?このクラスには同じ名字の西園寺昴君が居ますしね」
そうしましょう、と自己完結してしまった横島先生。
「さぁ、詩織さん。あそこが貴女の席です」
指差す先は、窓側の一番後ろ。すなわち昴君の真後ろの席だった。