最終話 「俺は悪くない」
王都へ戻った頃には、夜になっていた。
レインは安宿の部屋に飛び込み、乱暴に扉を閉める。
「はぁ……っ、はぁ……」
呼吸が荒い。
心臓がうるさいほど鳴っていた。
頭の中では、何度もあの光景が再生される。
吹き飛ばされた行商人。
血。
《牙狼》の咆哮。
「……違う」
レインは頭を押さえる。
「俺のせいじゃない」
そうだ。
俺はただ少し誘導しただけだ。
本来なら、《銀翼の剣》が対処できた。
実際、あいつらは近くにいた。
なら問題なかったはずなんだ。
あの行商人が勝手に近づいたから――。
そこまで考えた時。
宿の外が騒がしいことに気づく。
「……?」
窓から下を覗く。
通りには冒険者と衛兵が集まっていた。
嫌な予感が走る。
その時、階段を駆け上がる音。
乱暴な足音。
「開けろ!」
扉が叩かれる。
レインの顔色が変わった。
「冒険者ギルド所属、レイン・アルヴァス! 話を聞かせてもらう!」
衛兵の声。
頭が真っ白になる。
どうして。
なんで。
「開けろ!」
再び叩かれる。
レインは後ずさった。
違う。
俺は悪くない。
これは《銀翼の剣》の責任だ。
俺を追放したから危険管理が――。
「レイン!」
怒声。
その瞬間、扉が蹴破られた。
衛兵が雪崩れ込む。
「っ……!」
レインは咄嗟に窓へ走った。
「待て!」
窓を開け、裏路地へ飛び降りる。
着地と同時に激痛が走った。
「ぐっ……!」
足を痛めた。
だが止まれない。
走る。
路地を。
雨の王都を。
背後から怒号が聞こえる。
「いたぞ!」
「逃がすな!」
どうしてこうなる。
なんで俺が追われる?
俺はただ、自分の価値を証明したかっただけなのに。
「クソ……っ!」
息が苦しい。
視界が滲む。
曲がり角を抜けた瞬間――誰かとぶつかった。
「っ!?」
「うわっ」
倒れかけた相手を見て、レインの動きが止まる。
カイルだった。
《銀翼の剣》のリーダー。
後ろにはセシルたちの姿もある。
全員、険しい顔をしていた。
「……レイン」
カイルが低く呟く。
「お前だったのか」
その言葉が、妙に静かに刺さる。
「違う」
反射的に否定していた。
「俺は悪くない」
「行商人が死にかけてる」
「俺のせいじゃない!」
叫ぶ。
「お前らが俺を追放したからだろ!」
沈黙。
雨音だけが響く。
「……まだそんなこと言うのか」
セシルが呆れたように言った。
その顔が、レインには耐えられなかった。
「なんだその顔は!」
「レイン」
カイルが静かに言う。
「もうやめろ」
「は?」
「誰もお前を追い詰めてない」
その言葉に、レインの目が見開かれる。
「俺たちはただ、一緒にやれなくなっただけだ」
「違う……」
「お前、自分が周りに何してたか分かってないんだ」
「違う!!」
怒鳴り声が雨の中に響く。
「全部お前らが悪いんだろ!」
その瞬間。
背後から衛兵に取り押さえられた。
「離せ!」
「観念しろ!」
「俺は悪くない!!」
地面に押し付けられる。
冷たい石畳。
雨。
視界の端で、カイルが苦しそうな顔をしていた。
なんでそんな顔をする。
被害者は俺だろ。
俺はただ――。
「……俺の価値を、証明したかっただけなのに」
誰にも届かない声は、雨音に消えた。




