EP・37死の山
険しい山肌。燃えるような紅葉が視界を埋め尽くす。
エリオット、アーシェ、レネ、フィンロッド、そしてフェンリル。新たな仲間たちと共に、ただひたすらに高度を稼ぐ。
傷は完治には程遠い。《重なりの法》で自重を操作し、騙し騙し足を運ぶ。
負荷を軽くし過ぎれば、急斜面でグリップを失い滑落する。かといって、重力を戻せば縫合した傷口が開き、鮮血が滲む。
絶妙なコントロールが強いられる、厄介な綱渡り。つくづく、面倒な身体だ。
◇
息も絶え絶えに、中腹へ到達する。不意に霧が晴れ、視界が開けた。
様相が一変する。辺り一帯を埋め尽くす、鬱蒼とした竹林。風が吹き抜け、無数の笹の葉が擦れ合う乾いた音だけが、静寂の中に響く。
その時。空から舞い落ちる、漆黒の羽根。肌を刺す鋭利な殺気。
見上げれば、頭上を旋回する無数の影。鴉天狗。いつの間にか、完全に包囲されていた。
耳障りな啼き声が、竹林の静寂を切り裂く。威嚇。
「バーレイグの旦那!」
エリオットの警告。
「分かってる。鴉共は俺がやる」
舌打ち一つ。数は多いが、やることは変わらない。ルシファーズ・ハンマーを構える。撃鉄が落ち、ただの鉛玉が魔弾へと昇華される。
「【キング・オブ・ディメンジョン】」
数発の魔弾が、獲物を求めて飛翔する。上空で不規則な機動を繰り返し、回避を試みる鴉たち。
だが、無意味。空間座標そのものを支配する王の弾丸に、死角も逃げ場も存在しない。
乾いた銃声が連続する。翼を撃ち抜かれた鴉天狗たちが、次々と黒い雨となって墜落していく。
同胞が骸へ変わる様を静観していた影が、動く。一際巨大な体躯。群れを統率する頭領。
手にした大団扇が、無造作に振り下ろされる。大気が悲鳴を上げる。巻き起こる暴風。
圧倒的な風圧に抗えない。傷ついた足が踏ん張りを拒絶し、身体が木の葉のように後方へ弾き飛ばされる。背中を受け止める竹の弾力。衝撃は吸収されたが、戦列から完全に分断されてしまう。
「兄さま!」
悲痛な叫びを上げるアーシェ。
「エリオットさん! 下がってバーレイグさんを!」
即座に指示を飛ばすレネ。
「フィン! 行くよ!」
「任せるにゃん!」
銀髪の聖女と、獣耳の幼女が地を蹴る。狙うは頭領の首。
「アーシェさんはエリオットさんの護衛と、私たちの援護を!」
猛然と突っ込む二つの影。レネが空間を歪める。拳に一点集中の重力を纏わせ、放つ。
「《重なりの法》! 当たれぇ——『超重力パンチ』!」
呼応するフィンロッド。獣神の力を解放し、弾丸のように跳躍する。
「喰らえぇ——『飛びつき咬牙』!」
必殺の挟撃。だが、首領は動じない。大団扇が、再び振り抜かれる。
轟く暴風。巻き起こる竜巻旋風が、物理的な防壁となって立ちはだかる。重力の拳も、獣の牙も、風の結界に阻まれる。近づくことさえ、許されない。
レネの重力操作が、辛うじて衝撃を殺す。二人は着地するが、戦況は膠着したままだ。
「レネ姉ぇ! どうするにゃ! あれじゃあ近づけないにゃん!」
焦るフィンロッド。レネは唇を噛む。
距離が遠い。重力封鎖の射程外。絶対防御【無限黒穴】は燃費が悪く、持久戦には向かない。
手詰まりか。思考する隙を与えず、首領が動く。大団扇が、空気を切り裂くように振りかぶられる。
大気の断裂音。放たれたのは風ではない。無数の真空の刃——『鎌鼬』。
「《重力レンズ》!」
咄嗟に空間を歪める。だが、圧力が桁違いだ。防ぎきれない。不可視の刃が重力の壁を削り取り、レネの頬を浅く切り裂く。
「くっ……!」
「レネ姉ぇ!」
「フィン、大丈夫! 私の後ろに下がって!」
小さな背中を庇うように立つ。レネの瞳に、悲壮な決意が宿る。
(バーレイグさんに頼ってばかりじゃダメ……!)
傷ついている。ならば、今度は自分が。仲間を護らなければならない。
だが、現実は非情。次々と放たれる真空の刃。防戦一方。ジリジリと削られる魔力。死の予感が、冷たく首筋を撫でる。
(もう……ダメなの?)
絶望がよぎった、その時。震えていた小さな獣が、顔を上げる。
「……レネ姉ぇは、わっちが守るにゃ!」
奮い立つ勇気。《慈愛の法》の発動。黄金の光が空間を満たす。
「お願い、助けて! テンにゃん!」
光の中から現れたのは、優雅な毛並みを持つ一匹の天狐。
「おやまぁ、お嬢。久しく呼ばれないと思いきや……」
艶やかな声。周囲の惨状を見回し、呆れたように溜息をつく。
「何だい、この騒ぎは」
「テンにゃん、助けてにゃ!」
潤んだ瞳での懇願。天狐は肩をすくめる。
「まったく、お嬢には困ったもんだねぇ……」
だが、その瞳には慈しみの色。
「もう、しょうがないねぇ。お嬢の頼みだ、やってやるさ」
視線が、空の首領を射抜く。優雅な姿から放たれる、研ぎ澄まされた殺気。
「どれ? どこの雑魚鴉か知らんが……」
「わらわの大事なお嬢を泣かすと、承知しないよ!」




