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EP27・星屑の閃き

バーレイグは再びルシファーズ・ハンマーを握り締め、思考を巡らせる。 再生を完全に断ち切る方法。それは…。


だが、獰猛なる九頭龍は思考の時間を与えない。 毒霧が効かないと悟ったヒュドラは、九つの頭の狙いを一体へと定めた。


最も巨体で、しかし最も動きの鈍いベッカー。


咆哮。 九つの頭が巨大な顎を開き、鋭い牙を剥き出しにして襲いかかる。直接牙から猛毒を喰らわせ、確実に仕留めるつもりだ。


「逃げろぉーー! ベッカーさん!」 空からエリオットが叫んだ。


「う、うおおっ!?」 ベッカーは巨体に見合わぬ敏捷さで棍棒を振るい、数本の頭を叩き落とそうとする。 だが、九方向からの同時攻撃。全てを捌き切れるはずもない。


「クソッ!」


援護しようと銃口を向けるが、間に合わない。 レネも広範囲の重力封鎖から精密操作へと切り替えようとするが、遅い。


歯噛みし、額の冷たい汗を拭う。


(どうする…!? このままじゃ、ベッカーさんが…!) (俺の力じゃ…ここまでなのか…!?)


脳裏をよぎる「敗北」の二文字。


仲間を信じろ、とレネは言った。だが、その仲間が今、目の前で喰われようとしている。 そして、自分にはそれを止める手立てがない。


絶望が心を黒く塗りつぶそうとした、その時。 左目――神器【神晶球】が、ひときわ強く脈打った。


まるで、諦めるな、と。答えは既にお前の中にある、と告げるかのように。


ベッカーの巨体が死神の顎に飲み込まれようとした刹那。 蒼い流星が、ベッカーとヒュドラの間に割り込む。


神狼の咆哮。 フェンリルだ。 その神聖なる体躯を盾とし、ベッカーを守るために九つの牙を真っ向から受け止めた。


硬質な衝突音。 そして、肉が裂け、骨が軋む生々しい音。


悲鳴。 強靭なフェンリルの口から、苦痛に満ちた声が漏れる。 ベッカーは突き飛ばされる形で難を逃れたが、代償はあまりにも大きい。


銀色の体毛は赤黒く染まり、肩口から脇腹にかけて、牙による深い裂傷が走る。 神狼の血統ゆえ猛毒には耐えているようだが、物理的ダメージが深すぎる。


フェンリルはヒュドラを睨みつけたまま、辛うじて四肢で踏みとどまった。 だが、全身を覆っていた神聖な蒼炎――【聖浄なる清めのディバイン・ブレイズ】の輝きは、急速に失われていく。


あれほどの深手を負い、血を流し続けている状態。 超高密度の浄化プラズマを再生成することは、もはや不可能だろう。


(不味い…!) 脳裏をよぎる最悪の結末。


レネは魔力の消耗で限界。 フェンリルは重傷を負い、最大の切り札も使用不能。 ベッカーは、身を挺して守られた衝撃と恐怖で動けない。


遊撃手と切り札を同時に失った。 じり貧どころではない。詰みだ。


隻眼が、絶望的な戦況を冷徹に映し出す。


ヒュドラは忌々しげにフェンリルを睨みつけ、再び九つの頭をもたげる。次なる攻撃の予備動作。 今度こそ、誰も防げない。


(…そうだ、さっき首を焼いたのに再生が始まったのは、断面が綺麗じゃなかったからだ!)


脳裏に閃く解法。


(フェンリルの炎で焼いたのは、ベッカーさんが「叩き潰した」断面。あれでは駄目だ。ヒュドラの再生能力は、中途半端な破壊を起点に発動する。完全に「断ち切る」必要がある!)


だが、どうやって? この場に、九つの巨大な首を一度に切り落とせるような鋭利な刃物は存在しない。


思考の袋小路に入りかけた、その時。 上空を旋回する灰色の梟、レーレンが視界の端を横切った。 その姿が、先ほどのエリオットの声を蘇らせる。


(…そうだ、エリオットの助言で、フェンリルは【ディバイン・ブレイズ】という新たな力を生み出した…)


仲間を信じろ、とレネは言った。 仲間の力が、新たな可能性を生むのだ。


(…なら、俺ならどうする?)


視線が、重傷のフェンリルの傍らで、必死にヒュドラの動きを抑え込もうとするレネに吸い寄せられた。


(…《重なりの法》…)


レネの力は、重力を『重ね』、敵を圧殺する力。 だが、その本質が『重力の操作』であるならば。


(…やってみるしか、無いか!)


ルシファーズ・ハンマーをホルスターに戻し、両手を広げて身構える。


「…《天の法》…いや、違う…! 俺のイメージで、この場のことわりを捻じ曲げる…!」


集中すると、辺り一帯が不気味に振動を始めた。 これまでの戦いで砕けた木片。ヒュドラの突進が砕いた石の欠片。それらが震え、ふわりと宙に浮き始める。


「な、なんだべか…?」 負傷したフェンリルを庇いながら、目を見開くベッカー。


浮き上がったのは、小石だけではない。 ベッカーの棍棒が叩き割った巨大な岩。根こそぎ倒れた大木。 森の地面そのものが、バーレイグの意思に応え、重力に逆らって天へと昇っていく。


「う、嘘だろ…バーレイグ、お前…!」 レーレンの口を通し、エリオットの驚愕の声が響く。


無数の瓦礫と樹木は上空数十メートルで渦を巻き、やがて一つの巨大な塊―――山のような、歪な『星』を形成した。


それは、ヒュドラの巨体すら容易く圧し潰すであろう、圧倒的な質量。 その破滅的な塊を、天高くに静止させる。


影が落ち、辺りが夜のように暗くなった。 その影の中心から、仲間たちに電光石火の指示を飛ばす。


「皆、この辺り一帯から急いで避難しろぉーーッ!!」


ベッカーは事態を即座に理解し、重傷のフェンリルを担ぎ上げると森の奥へと疾走する。 最後の力を振り絞るレネへ、叫ぶ。


「レネ! 俺の合図でヒュドラの拘束を解けぇーーッ!」 「…っ、はい!」 「――今だ!!」


レネが《重力封鎖》を解除した、その刹那。 圧迫から解放されたヒュドラが身をよじり、九つの頭をもたげる。好機とばかりにバーレイグに狙いを定めた。


だが、遅い。 天に吊るした「それ」を指さし、絶叫する。


「喰らえ――**【レイジング・スターダスト・クリーブ】**ッ!!」 (荒れ狂う星屑の斬撃)


大気が裂ける音。


解き放たれた「質量」が、致死的な速度で落下を始める。 それはもはや「攻撃」ではない。「天災」だ。 無数の岩石と樹木が、大気との摩擦で火花を散らしながら、一斉にヒュドラめがけて降り注ぐ。


天地を揺るがす轟音。 凄まじい衝撃波と土煙が辺り一面を覆い尽くす。森の一部が、文字通り「消し飛んだ」のだ。


土煙がゆっくりと晴れていく。 その中心には、先ほどまで獰猛な咆哮を上げていた巨獣の、無残な姿があった。


【レイジング・スターダスト・クリーブ】。 それは、ベッカーの棍棒による「破砕」とは根本的に異なる攻撃。


無数の岩石と樹木が、重力操作によって超高速度の「刃」と化し、ヒュドラの九つの首を、付け根から、まるで巨大なギロチンのように「剪断」していたのだ。


噴出音。 切断面から、間欠泉のように猛毒の血液が噴き上がる。


だが、それを見逃さない。 再生が始まる、その刹那。


(今だ!)


既に装填していた「蒼炎の魔弾」の引き金を、神速で九度引いた。


連射音。


魔弾は寸分の狂いもなく、噴き上がる血流を突き抜け、九つの切断面へと正確に突き刺さる。 焼ける音と共に、神聖なる蒼炎が断面を瞬時に焼き尽くし、傷口を完全に炭化させていく。


再生を試みる巨体が、大きく痙攣する。 だが、焼灼された断面からは、もはや肉片一つ再生しない。


やがて生命活動を維持できなくなった巨獣は、その九つの頭をだらりと垂らし……地響きを立てて、完全に沈黙した。


(…終わっ、た…)


大技の行使による眩暈めまいをこらえ、仲間たちに叫ぶ。 「皆、無事かぁ!?」


真っ先にレネへと駆け寄った。 「レネ! 大丈夫か!?」 「…はい。私は、大丈夫…です…」


気丈に答えようとするレネだが、顔は蒼白で、立っているのがやっとの状態。魔力と体力を使い果たし、身体がふらりと傾く。


「危ない!」 即座にその華奢な肩をそっと、しかし力強く支えた。


そこへ、森の巨人ベッカーが、片腕に深手を負ったフェンリルを担ぐようにして駆けつけてくる。


「お、おお…! し、死んでるべ…! と、とうとう、やっただべか!?」 巨体を興奮で震わせながら、ヒュドラの死骸を覗き込んだ。


『…フン。手間をかけさせおって…』 フェンリルが、痛みをこらえながらも誇らしげに喉を鳴らす。


「てめぇら、無茶しやがってぇー!」 茂みから、エリオットが相棒の梟レーレンを肩に乗せ、転がり込むように合流した。 「どうやら、全員五体満足…とは言えねぇが、無事だな」


仲間たちの顔を見て、張り詰めていた緊張の糸が切れていく。 安堵した瞬間、大技を使った反動が一気に押し寄せ、視界がぐらりと揺れた。


「うぉっ…」 今度は、バーレイグがよろめく。


「…! バーレイグさん!」 支えられていたはずのレネが、咄嗟に上体を支え返した。


結果、消耗しきった二人が、お互いにもたれかかるような奇妙な格好になる。 そんな状況に、思わず自嘲気味な笑みをこぼすバーレイグ。 レネも、つられて小さく笑った。


その穏やかな笑い声を聞きながら、静かに目を閉じる。


(…ああ。俺は、やれたんだ)


かつて、全てを失い、「王殺し」の烙印を押された時には、想像もできなかった光景。


(…新しい仲間たちと、共に)

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