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EP12・闇に蠢く者

玉座の間は、静寂に包まれていた。


雄叫びは、もう聞こえない。


倒れた王鬼たちの巨体が、死闘の痕跡として残るのみ。


「…終わった、のか…?」


エリオットは、立ち尽くしていた。


あまりにも鮮やかな虐殺劇に、言葉が出ない。


バーレイグは、硝煙が立ち上る魔銃の銃口を、静かに吹き消す。


その横顔に、疲労の色はあるが、感傷は一切ない。


不意に、エリオットがその場に膝をついた。


深く、深く頭を下げる。


「…悪かった」


絞り出すような声。


「俺は、あんたをリョウの仇だと決めつけて…。 話も聞かずに、襲いかかった。 だが、あんたは、俺たちを助けてくれた。 …本当に、すまなかった」


一瞥。


バーレイグは興味なさげに背を向けた。


「気にするな。お前たちの立場なら、誰でもそうする。 それに、仲間を想う気持ちは、安っぽい同情よりよほど価値がある」


その不器用な言葉に、エリオットが顔を上げる。


圧倒的な力。 冷静な頭脳。 そして、不器用な優しさ。


底知れなさを、改めて感じる。


「バーレイグ、さん…」


エリオットは立ち上がり、覚悟を決める。


「俺たちは、あんたに『協力』する。 仲間にはなれないかもしれない。 けど、あんたがこの街で何かを成そうとしているなら、俺たちの全てを使って、あんたを助ける」


彼は語る。


自分たちの正体──スラムの孤児たちの自警団『シャドウ・ヴェイン』。


そして、その背後にいる協力者、街の情報網を掌握する**地下情報屋ギルド『蜘蛛の巣』**の存在を。


「孤独なあんたにとって、俺たちの『目』と『耳』は、役に立つはずだ」


足が止まる。


ゆっくりと振り返り、隻眼でエリオットを射抜く。


「…いいだろう。なら、一つ調べてもらいたいことがある」


グレンから与えられた巨大な宿命。


その核心だけを告げる。


「古代に封印された、七人の『黙示録の魔女』を探している」


エリオットの表情が変わった。


情報収集と分析の歯車が、フル回転を始める。


「『封印』…『古代』…。まさか…」


エリオットは、ゴブリンの王が座っていた玉座へ駆け寄る。


台座に刻まれた、風化した紋様を指さす。


「この神殿自体、女神信仰以前の、忘れられた遺跡なんだ。 『蜘蛛の巣』の伝承によれば…この地下迷宮は、ただの迷宮じゃない」


興奮を抑えきれない声。


「ここは、古代のある強大な存在を封印するために造られた、巨大な『蓋』なんだ。 本当の『聖域』は、このさらに奥深く…地底の海に沈められている、と…!」


「海底神殿…?」


「ああ。誰もたどり着いたことのない、伝説の場所だ。 だが、『古代の封印』なんてものが実在するなら、そこしか考えられない!」


エリオットの言葉が、一本の光となって道を照らす。


グレンの「南へ行け」という言葉。


その本当の意味が、繋がる。


バーレイグは、迷宮のさらに奥、冷たい空気が流れ込む暗闇を見据えた。


隻眼に映るのは、絶望ではない。


次なる目的地への、静かな決意。


◇◆◇


その頃、遥か東の地。


聖ノルヴァキア王国、王都。


歴史が、大きく動こうとしていた。


玉座の間は静まり返っている。


喪服の貴族たちが、固唾をのんで見守る先。


玉座に座るのは、まだ十歳にも満たない、幼き新王。


小さな肩は、微かに震えていた。


その傍らに、一人の男が進み出る。


白銀の豪奢な礼装。


悪魔王討伐の英雄にして、王国最強の魔導師、ダルクニクス卿。


司祭長の宣言が読み上げられる。


「――国父の崩御による混乱を回避するため、ここに布告する!」


「幼き国王陛下が成人されるまでの間、ダルクニクス卿を宰相とし、摂政政治を執り行うことを、ここに宣言する!」


どよめきが走る。


ダルクニクスは、幼き王の前に静かに跪き、その小さな手を取った。


そして立ち上がり、朗々と語り始める。


その声は悲しみに満ち、しかし鋼のような決意に溢れていた。


「私が敬愛する国王陛下は、卑劣なる裏切り者の手によって、その命を奪われた…。 この悲しみは、未だ癒えることはない」


「本来であれば、一介の魔導師に過ぎぬ私が担うべきではない。 だが、陛下の遺志を継ぎ、この国の安寧と、幼き王の未来を守ることが、残された我々の使命だ」


言葉を切り、眼に冷たい光を宿す。


「私は誓おう。必ずや、王を弑逆しぎゃくした大罪人――堕ちた勇者ハーヴィーを捕らえ、神と法の裁きにかけることを」


「そして、彼の者がもたらした『混沌の種』を根絶やしにし、この王国に、揺るぎない『秩序』をもたらすことを、我が命に代えても、成し遂げると!」


熱狂。


「ダルクニクス宰相閣下!」 「王国万歳!」


喝采が、玉座の間を揺るがす。


その中心で。


ダルクニクスはただ一人、冷たい視線で幼き王を見下ろしていた。


忠誠心か、底知れぬ野心か。


その瞳の奥を知る者は、誰もいない。


◇◆◇


宰相就任式典の熱狂が嘘のように、執務室は静まり返っていた。


ダルクニクスは一人、窓の前に立ち、王都の夜景を見下ろしている。


手に入れたばかりの最高権力。


光の海。


だが、彼の瞳は虚ろに映すだけだった。


(…エリス…アルス…)


愛する人と、息子の名。


この手で安寧の世を掴もうとしているもののために。


(もう少しだ。この国の、いや、世界のことわりそのものをこの手に収めれば、必ず…)


思考が、過去と未来の狭間に沈みかけた、その時。


部屋の隅の影が、不自然に揺らめいた。


「――あら?」


絹を滑らせるような、氷のように冷たい声。


闇が人の形を成す。


豪奢な闇色のローブを纏った一人の女。


「ダルクニクス宰相閣下。大任を前に、感傷にでも浸っておいでで? それとも、亡き奥方様でも思い出していましたか」


からかうような響き。 全てを見透かす残酷さ。


スカーレット・ブライアの女首魁、吸血鬼ガーネット。


ダルクニクスは振り返ることなく、冷たく言い放つ。


「許しなく、我が執務室に入るなと言ったはずだ、ガーネット」


「影は、誰の許しも請いませんわ」


ガーネットは妖艶に微笑み、歩み寄る。


「それで、お話とは? 昼間の退屈な式典で、わたくしの貴重な夜の時間は、ずいぶんと無駄になりましたのよ」


「仕事だ」


ダルクニクスは短く告げ、羊皮紙をテーブルに滑らせた。


精巧なタッチで描かれた肖像画。


まだ両目が健在だった頃の、若きハーヴィーの姿。


「元・勇者、ハーヴィー・グリマルド。王都を脱走し、南方に潜伏中との情報がある」


「あら、この方が。噂の…王殺し様」


ガーネットは、楽しそうに指でなぞる。


「奴を狩れ。生け捕りが望ましいが、抵抗するなら殺しても構わん」


「ただし、油断はするな。奴の手にある魔銃『ルシファーズ・ハンマー』は、時空間を歪める。並の追手では、話にもならん」


「時空間…?」


ガーネットの瞳が、初めて興味深そうに煌めいた。


「それは、楽しそうですわね」


彼女は、夜の闇のように深い瞳でダルクニクスを見つめた。


「承知いたしましたわ、宰相閣下。 我が**『スカーレット・ブライア』**の総力を挙げて、その哀れな元・勇者殿を、夜の闇に引きずり込んでさしあげましょう」


言葉を最後に、彼女の身体は再び影に溶ける。


執務室に残されたダルクニクス。


窓の外の夜景に再び目を戻す。


その冷徹な横顔に、感情の色は、何一つ浮かんでいなかった。

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