このゴミクズあふれる素晴らしい世界
結婚式が終わり、記念に地方を巡行しているうち、1年以上が経った。
夏も終わりに近づいたある日 ――
「ヴィンターコリンズ卿が亡くなりましたが…… 遺体は確認しますか?」
やや物騒な話題をセラフィンがふってきたのは、午後のお茶の時間だった。
湖の見える木陰で、魔法の風をそよがせて涼みながらの優雅なお茶会 ―― にはまったくそぐわない内容の話だが、私たちにはもはや通常運転である。
「遺体の確認は必要のうございますわ…… あのひとにはもう、なんの興味もなくてよ」
父が亡くなったときを、私は正確に知っている。
なぜならその瞬間、幼いころの記憶が解放されたから ―― 以前、グレン術師が指摘していた通りに。
いちどによみがえった記憶の端々に、まだ元気だったころの母の姿があった。
私のおてんばで苛烈な性格を、母は自分に似たのだと笑っていた。
それから、セラフィンと出会ったころの記憶も ―― ナサニエルやヨハンが気弱な銀髪の男の子をいじめているのが気にくわなくて、彼をかばったのだ。
どれも、あまりに他愛なくてベタすぎて ―― なくてもまったく問題ないし、そんなものにすがるのは、みっともないとすら感じる……
けれども、そっと抱きしめたくなるほど大切な思い出だった。
そして私は初めて、心の底から泣くことを知った。
その気持ちがなんだかあまりにも私らしくなくて……
セラフィンにはまだ、思い出したことは言っていない。
「それにしましても…… 餓死にしては、よくもったほうでしたわね」
―― 父は結婚式のあと宰相を辞任し、公爵位も私に譲って脱け殻のようになっていた。
だがいっぽうで、公にはしないまま進められた国王の毒殺未遂事件の捜査には、協力的だった。
すっかり善人になった父は、うなだれ何度もうめき声をあげながらも、父とマルガレーテのおかした罪をすべて自供して厳罰を乞うたのだ。
―― 父が、メイドのリザと前王母マルガレーテを操ってセラフィンを毒殺しようとさせ、マルガレーテが罪を負うよう画策していたこと。
愛人を使い、長年にわたり私の母に毒を盛らせて殺害し…… それを前王母が支援していたこと。
余罪としては、王の愛妾と子の殺害やマルガレーテの不義、その噂をした貴族たちの殺害など。
一部は証拠不十分で追及しきれないこともあったようだが、それでも、父とマルガレーテ両名を罰するには十分な罪状である。
審判に先立ち、マルガレーテのほうは故国に送り返すことも検討された。しかし、フェリーチェ側から拒否される。
『マルガレーテは罪人であり、もはや我が国の王族ではない。そちらの法に従い、処分してほしい』
この論理でフェリーチェは損害賠償金をケチると同時に、シャングリラ側の心情を傷つけない道をとったのだ。
ちゃっかりしているが、まあ国家としては当然の選択かもしれない。
この返事を聞かされたときマルガレーテは 『どうして…… わたくしは、ただ運命に従っただけですのに』 とつぶやいたという。
そうして決まった、父とマルガレーテの処罰は ――
ふたりをともに身分を剥奪したうえで西塔に幽閉し、死ぬまで水だけを与える。
そういうものであったのだ。
(ちなみに毒盛りメイドのリザ・カツェルは、鉱山に送られ、1日パン1コと水だけで、死ぬよりツラい労働に死ぬまで従事することとなった)
「マルガレーテは? まだ生きていますの?」
「それが…… 」
セラフィンは少々、顔色を悪くした。
言おうかどうしようか、迷っているようだったが、やがて口を開く。
「マルガレーテはまだ生きています…… 彼女は、ヴィンターコリンズ卿の屍肉を食べていたようなんです」
「まあ! 素晴らしい地獄ですこと」
「今は動けないように身体を拘束されていますが、もはや正気は保っていません。司法の関係者からは、邪悪な者として生きたまま火あぶりにするようにとの声が上がっていますが…… 少々、あわれですね」
「ラフィーは優しくていらっしゃいますわね」
「彼女は操られていたようなものですから…… ロニーなら、どう判断しますか?」
「そうですわね…… わたくしなら、あのかたは…… 人の住んでいない離島にでも送りますでしょうね」
「離島、ですか」
「ええ…… お考えになってみて? 侍女のひとりもおらず、便利な魔道具もなく、自身ですべてをせねばならない生活でしてよ? そこで亡くなろうと生きのびようと、あのかたには、じゅうぶんな罰になりますでしょう?」
「なるほど…… それもそうですね。火あぶりよりはマシでしょうし…… では、司法には、そのようにアドバイスしてみましょう」
セラフィンの顔が少しだけ明るくなる。
私の旦那さまは本当は、とても優しく、とても善良な人なのだ。
だから、まったく想像できないに違いない。
自分で選ぶことなく育った者が、自身で選び、決めねばならなくなったとき ―― どれほどの苦痛を味わうかを。
目に浮かぶようだ。
いっそ殺してくれと嘆きながら死ぬこともできず、少しずつ朽ち果てていく ―― すべてを周囲のせいにし己をあわれな被害者だと信じきって生きてきた王女の、かわいそうな末路が。
「この世界はクズが多くて、ほんとうに素敵ですこと」
私は濃いブラックコーヒーを口に含んで、ほほえんだ。
※※※※※※
【テン・メアリー視点】
「孤児院長ゲルフ・グレゴール! 孤児の殺害と人身売買、補助金の水増し請求の罪で、逮捕する!」
「げふぅぅぅっ! なんですかな、いきなり!」
郊外の某孤児院 ―― 立派な院長室の扉をいきおいよく蹴破ったのは、黒髪に黒い瞳、少年っぽい面立ちの小柄な男。それに、侍女ふうのドレスのすらりと背の高い若草色の髪の美女。
テンとメアリーである。
メアリーが腰に手をあてて、院長の前に立ちはだかり、王妃直筆の令状をつきつけた。
「そちらで補助金申請している孤児の年間引き受け数は50名! しかし、ここ3年ほどの卒院者は毎年、40名から45名! 病死との報告は虚偽だとバレてますよ!? 実態は乳幼児のうちに世話しきれない者5名程度を夾竹桃の毒で殺し、残りの数名は変態金満野郎に売り払ってるんですよね!」
「ふふふふんっ! しかし! 証拠はないはずだ! 裁判になれば…… んげふうっ!」
テンの跳びげりが、孤児院長のほおに決まった。
「裁判? んなもん、役にも立たねえブタの吐瀉物相手にするわけねーだろ?」
「ななな、なんですと!?」
「俺らはなー、ある頭のちょっとイカれたお偉いさんから、俺らの結婚祝いにあんたを譲り受けてるんだよ! 好きにしていい、ってな」
ずい、とテンが孤児院長に顔を近づける。
「ためこんでんだろ? いま、財産を全部出せば、命は助けてやらないこともないぜ?」
「はひぃぃぃ……! 出します出します出します!」
「ほい、じゃ、これがあんたの財産目録と譲渡契約書な。さくさくサインしちゃって」
「ぜ、ぜんぶ…… まじにぜんぶ?」
「イヤなら、永遠にあばよ 「サインしまふぅぅう!」
孤児院長は震える手で、テンの差し出した書類にサインした。
「よっし。ありがとよ。じゃあ…… 」
テンがにやりとし、メアリーが呼ぶ。
「ウィッグ隊ー! 出番です!」
「「「はーい!!!」」」
扉から入ってきたのは、若い侍女ばかりの集団。彼女らはあっというまに院長を囲み、しばりあげた。
夕空の色の瞳の優しい顔立ちの侍女が、メアリーに尋ねる。
「新しい訓練道具ですか?」
「そうですよ、ステラ。命の保証はしちゃったから、死ぬまできちんと使ってくださいね!」
「「「はーい! 死なない程度に大切にしまーす!!!」」」
元気よく返事をする彼女らに、かつての媚薬ジャンキーの面影はいっさい見られない。
規則正しい生活と訓練の日々でクスリの影響から抜け出した、ウィッグ隊1期生…… いま彼女らは、王妃ヴェロニカの手足として、シャングリラ王国にはびこるゴミクズを次々と片付けているのだ ――
「や、約束が、違…… 「「「クズだらけの世界、最高!!!」」」
おーーっ!!!
こぶしを振り上げて気合いを入れる侍女たちの耳に院長の抗議は、いっさい入ってきていなかった。
(おわり)
本編はこれにて完結です。
読んでくださったかた、感想・誤字報告・応援★くださったかた、どうもありがとうございます!
大変励みになっております!
次回はいただいたFAを公開。
ヴェロニカとバーレント・フォルマの仮想バトルシーンです!
※画像が多数出てきます。苦手なかたはご注意ください。




