2-11. おもてなしの心こめてみたよき花火③
【バーレント・フォルマ視点】
覆面の下から、滑らかな肌と夕空の色の瞳とが、あらわになる ――
その色合いに、フォルマは覚えがあった。
ヨハン第三王子の狩猟の館に居た "アモルス" の被験体だ ――
ひと目見て綺麗な赤い髪と乳色のなめらかな肌にそそられた、と記憶している。
かねてより、ヨハンからは 『気に入った女は好きにしてください』 と言われていたから、フォルマは躊躇などまったくしなかった。
しかし気の強いこの少女は最後まで、完全にはフォルマの言いなりにならなかった。
そこがまた、良かった。
フォルマは、抵抗する身体を時間をかけて媚薬漬けにし、うなじに少しずつ所有の証を彫りつけて、服従を教え込んだ。
―― あんなに興奮できたのは、妹に "アモルス" を試したとき以来だった……
高揚しかけたフォルマの気分を、毒による容赦ない苦痛が突き刺し、粉々にする。
「くっ…… うっ……」
うめきながらフォルマは、ふと気づいた。
あのとき、媚薬のもたらす快楽に身を投げ出しそうになりながらも、涙をためて耐えていた ―― その夕空の色の瞳に、いまは憎しみと軽蔑がたたえられている。
かつてフォルマのものだった乳白色の手に、妹がナイフを渡した。
「気をつけてくださいね、ステラ。急所は避けるように。すぐに死んでは、つまらないわ」
「手とか足でないと、ダメですか?」
「指先もオススメでしてよ。末梢神経が集中…… あら、しまったわ。毒がまわっていては、あまり痛くないかもしれませんわね。毒のほうが痛いのですもの」
「大丈夫です、やっぱり顔にしますから」
頬になにかが刺さり、ぬるりと血が流れる感触。
痛くないはずはないのに、身体のなかで暴れまわる毒が、頬の痛みを感じさせない。
―― 急性中毒にも即座に効く薬を、創るべきたった……!
フォルマの後悔はすぐに、絶え間ない苦痛に掻き消されていく。
かすんでいく視界に、復讐に染まり暗い輝きを放つ瞳が近づいた。
「フォルマ先生。わたし、今ね、先生のお顔に文字を刻んでるところですよ…… 先生が、以前わたしに、したように……!」
「き…… と …… や…… ううっ……」
「よいしょ。あーもう、難しい…… N、と……」
「や…… うっ…… やめ…… っ」
「え? やめろ? なんの冗談なんですか、フォルマ先生」
「くっ…… うううっ…… あうっ……」
「いいじゃないですか。先生、もうすぐ死ぬんですし?」
「し…… いや…… うああっ……」
「よし、A …… と…… ふう。皮に刻みこむって、割と力がいるんですね? 血が出てすべっちゃうし…… 次は、R …… あっ…… ちょっと、ズレちゃいました」
「…… やめ…… っ」
「…… R、と…… うふふ…… できましたよ、フォルマ先生」
かつて媚薬への欲求を抑えきれずに喘いでいた唇が、にいっと笑みの形に歪む。
「たしかに、モノに字を刻むのっていいですね。難しくても、達成感があるというか」
「あう…… ろ…… て、くれ …… うううっ……」
「あははははは。もう遅いですよ、先生」
いつのまにかフォルマの周囲には、樹精たちが集まってきていた。
声をそろえて、つけられたばかりの傷跡を読み上げる ――
「「「「 愚か者 」」」」
「「「「 愚か者 」」」」
「「「「 愚か者 」」」」
「「「「 愚か者 」」」」
…………
「ち、が…… うううっ……」
違う違う違う違う違う!
フォルマは、声にならない声で叫んでいた。
妹も両親もすべて自分のものにしてしまえばいいのだ、と気づくまえの、まだ少年だったころの思いが、いまさらながらに蘇る。
痛い。イタイタイタイタイタイイタイ。
クルシイ……!
―― 僕が愚か者であるはずがない!
―― 僕は本当は誰よりも才能があった、努力もしていた!
―― 僕を認めない、お父さまお母さまが悪いんだ!
―― 妹なんていたから、悪いんだ!
―― 本当は僕が天才だったんだ! 僕は、世の中に必要とされているんだ! その、はずなんだ……!
クルシイ……!
「「「「 愚か者 」」」」
「…………!」
毒がかなり回ってきたようだ。
フォルマの口も喉もすっかりしびれて、もはや声すら出なくなった。
息が、つまる。
イタイ! クルシイ……!
視界が、暗くなっていく。
―― こんなところで、僕が終わるだと? まさか、そんなはずが、あるものか……
クルシイクルシイクルシイクルシイ
タスケテタスケテタスケテ
ナンデモイウコトキクカラタスケテクレ
イタイイイイイイイ!
「そろそろですわね」
つまらなさそうな、誰かの声が聞こえる。
「量を間違えてしまったのかしら。早いわね ―― みなさま、これで、じゅうぶんに楽しめまして?」
「「「「おそれながら、まだ……」」」」
「そう言うと思いましたわ」
くすくすと上品な忍び笑いのあと、声がしばらくやんだ。
―― なにが起こってい…… アアクルシイクルシイイタイイタイイタイイタイクルシイ……
イタイ!
眼鏡のグラスが壊れる小さな音とともに、左目に強烈な痛みが走った。続いて、右目にも。
両の耳と、口にも。
なにかを、突き刺された ―― だが、抜こうにももう、フォルマの手足は動かない。
フォルマにできたのは、ただ、芋虫のようにただ転がること。そして、痛みと嘲笑とを全身に浴びることだけだった ――
※※※※※※※※
【ヴェロニカ視点】
「お嬢様! あまった花火も、てきとうに刺しといていいですか?」
「ええ、よくってよ」
ステラが、火をまだつけていない手持ち花火でツンツンと倒れたフォルマをつついた。
私がうなずくと、樹精の覆面をとったメイドたちから、きゃあっとはしゃぎ声があがる。
「ねえ、こことかどう、ほら、ここよ」
「ぷっ…… 本当にそこ、刺すの?」
「もちろん!」
一瞬の間が空き、フォルマから声にならない悲鳴が上がった。
そこに刺したのか…… 容赦なくて、まことにけっこう。
メイドたち ―― あの媚薬実験の被害者たちは、フォルマを取り囲んで楽しそうに笑い転げている。
その手にあるのは、クリザポールの作ってくれた手持ち花火。持ち手が針金のようになっているため、突き刺しやすいのだ。
「次、ここ!」 「じゃあ、あたしはこっち!」 「えーそこ? ウケる」
楽しそうでなによりだ。
―― 本当は、彼女らが 『フォルマ先生かわいそう』 などと言い出さないかと、私は少し心配していた。
復讐は、あくまで気軽に楽しくやってほしいもの。無理やりさせるようなら、虐待と一緒だからね。
けれど、ふたをあけてみれば、みんな、この趣向をおおいに気に入ってくれているようだ。
媚薬実験のせいで少々、前頭葉あたりの働きが悪くなったりしているのかもしれない。
それはそれで気がかりだが……
今この時点では、まあ良かったかな。彼女らがフォルマを正しくゴミクズと認識するのに、一役買っているようだから。
まだ覆面をしたままの、少年っぽい見た目の樹精 ―― テンが、少し離れた場所から声をかけてくれた。
「お嬢、そろそろ肉が焼けたぞ」
「わかったわ、ありがとう」
王家の影なんてやっているくせに、テンはフォルマの惨状からは微妙に目をそらし気味である。
それはテンだけではなく、フォルマの使ったワイングラスと皿を片付けてくれている、もうひとりの覆面樹精も同じ ――
私は彼のそばに立った。
「食事の支度まで、どうもありがとうございます、セラフィン殿下」
「いえ、慣れていますから」
王族とはいえ立場の弱いセラフィンは、使用人がするような仕事にもこだわりがない。
テーブルを拭くと今度は、手際よく新しい皿を並べ始めている。
その皿のうえに串焼きを次々に置いていきながら、テンが大袈裟に首を縮めた。
「いやー正直、そっちに加わるよりマシだもんでね! タマ縮むわまじで」
「あら。おふたりとも、フォルマのせいで苦労なさった面もあるでしょうに……」
「ああー たしかにそういやそうだけどな、うん。これ見たら、さすがに同情するわ」
「優しい人はわたくし、大好きでしてよ……」
ステラたちが 「ヴェロニカ様! どうですか?」 と賑やかに声を上げた。
どうやら、飾りつけが終わったようだ。
私はステラたちをテーブルに呼び戻し、代わりにフォルマのそばに行く。
フォルマは、目にも鼻にも口にも耳にも ―― いつのまにどうやったのか、スーツが脱がされ、全身いたるところに手持ち花火が突き刺さっている。針山みたいだ。
「フォルマ先生、まだ生きてくださっていますか? 生きてらっしゃれば、とても嬉しいのですけれど……」
私は花火のすきまに火の魔力石を置き、使用説明書どおりに魔導式を唱えた。
小さな火があちこちから上がり、やがて、青い炎がゴミを美しく包み込む。
―― 花火が終わるころには、あとかたもなく灰になっていることだろう。
「わたくしのおもてなし、気に入っていただけましたかしら、先生?」
フォルマのおなかのあたりから、勢いよく火花が散った。
わあっ、とステラたちが歓声をあげる。
それから私たちは心置きなく乾杯し、次々とあがる色とりどりの火花を鑑賞しながら、おしゃべりと串焼きをゆっくりと楽しんだのだった。
―― 数日後。
バーレント・フォルマが行方不明として、フォルマ家の執事から捜索依頼が出された。
だが、ほぼ同じタイミングでセラフィンとテンが、フォルマ家の家宅捜索に踏み切った。
ステラたちからとった調書から、フォルマだけでなくヨハン第三王子や聖女アナンナの罪までが明らかになった結果だ。
報告を受けた国王は、王家の名誉を守るため、すべての罪をフォルマになすりつけることに決めたのである ――
家宅捜索で明らかになった事実は、2つ。
―― 1つは、フォルマの妹、カタリナの遺体が埋葬されずに部屋に置かれていたこと。なんらかの処置を施したらしく、きれいな状態のままで、まるで眠っているようだったというが…… 個人的には、すっごく引く。
―― そして2つめは、フォルマが引き取った孤児たちに首輪をつけ、檻に入れて飼っていたこと。
フォルマは慈善家の顔の裏で、とんでもないことをしでかしていたものである。
執事が白状したところによると、こうした孤児たちは媚薬のみならず、もっと根本的な薬の素材候補の効能を確かめるためにも使われていたそうだ。
ゴミクズならともかく、子どもを実験に使うなんて、あり得ない…… 同族ながらつくづく、私とは合わない男だった。
―― 結果、フォルマは罪に問われるのを恐れて行方をくらましたのだろうということになり、捜索は早々に打ち切られた。
探さないほうが親切と、彼の執事も納得したという。
フォルマ家は取り潰し。家督や事業は親戚のクリザポールが引き継ぐこととなった。
そして媚薬 『アモルス』 は法律の制定を待たずに製造・販売ともに中止。
『バーレント・モルフェン』 は改名されて、ただの 『モルフェン』 になった。
(なぜ真の創薬者の名前を薬につけなかったのか、クリザポールに尋ねたところ ―― 『カタリナの名を無差別に他人に呼ばせるなど、とんでもないですよ!』 といわれた。このひともなかなかである)
また、ヨハン王子とアナンナについては、解毒剤の試験投与をやめることにした。フォルマを片付けたあとまで、それをする意味がないからだ。
ふたりをこのままラクにしてあげることも考えたが、ステラはじめ媚薬漬けにされた被害者たちが反対した。
いちど殺せば、もう2度と殺せない ―― 結局、ヨハン・アナンナのふたりは、地下牢に閉じ込めたまま即死しない程度に 『雪の精』 を与え続けることになった。
そして、私の日常のほうはといえば――
ヨハンとの婚約の解消が正式に成ったほかはとくに変わらず、穏やかといえるものだった。
以前にメアリーに予約してもらったテーラーで紳士服を一揃え注文し、前回の慰労パーティーに参加できなかった騎士たちのために再度パーティーの企画。
それから、いつものレッスン、適度な社交、そして寝たきりの母の世話 ――
「お母様。吹き出物が薄くなりましたのね。フォルマ先生のお薬が効いて良うございましたわ」
ある夜。
母の身体を拭きながら話しかけていると、手伝ってくれていたメアリーがけげんな顔をした。
「ヴェロニカ様は、ステラたちの復讐をするためだけにフォルマ先生に創薬の依頼をなさったのでは、ないのですか? もしかして、本当にお母様を救ってもらうおつもりで……?」
「まさか」
私は即座に否定する。
「薬ごときでお母様を救えるなら、これまでに、なんとかなったはずですもの。希望など持ってはいませんでしたわ」
「ですよね…… 失礼します、お湯を捨ててきますね」
「ありがとう」
メアリーの軽い足音が去っていく。
薬のおかげで昔の面影をわずかに取り戻した母の顔を、私はじっと見つめた。
―― 期待などしては、いなかった。
だけど、ほんの少しだけ、奇跡が起こる可能性を考えた。
どんな人間であっても、人を救えたりする場合も、確率的にはあるんじゃないかと。
この私が、転生前の記憶を取り戻してもなお、これまでのバカでお人よしなヴェロニカを完全に捨てきれは、しないように。
―― 人間は無自覚に悪をなすものだけれど、逆に、無自覚に善をなせる場合だって、あるんじゃないかと……
だからどうだって、言うんだろう?
私は母の灰色の髪をゆっくりとなでて、小さな声で歌った。
『おやすみなさい、おやすみなさい、おやすみなさい、小さな天使
どんな夢を見るでしょう?
砂糖にはちみつ、ミルクたっぷり…… 』
(第2章・了)




