2-10. おもてなしの心こめてみたよき花火②
「騎士やメイドたちのためにあれだけ豪華なパーティーを開くとは、まったく素晴らしいですよ、ヴェロニカさん」
「当然のことですわ、フォルマ先生。我が家を支えてくださっているかたがたですもの。大切にして、損はありませんでしょう?」
「優しいのか、したたかなのか…… 興味深いかたですね、あなたは」
ははっ、とフォルマの笑い声が木々にこだまする。梢からわずかにもれる月明かりに浮かびあがるその表情は心底、楽しそうだ。
森の奥に連れ込まれる ―― それが何を意味するのかには、考えが及んでいないのかしら。
気分がアガりすぎて、警戒心はパーティー会場に置き忘れてきたみたいね。
「つきましたわ」
やがて私たちは、木々に囲まれた空き地に出た。
今日の私のドレスは青 ―― 咲き乱れる野の花のうえ、月の光を浴びた私の姿は女神のように見えることだろう。
しかし私がこのドレスを着た狙いは、別のところにある。
―― まあ、フォルマがそれを思い知るころには、ね……
私はそのときを想像し、口の両端をかすかに吊り上げてフォルマを振り返った。
「美しい場所でしょう? わたくしのお気に入りですの」
「たしかに。ヴェロニカによく似合うね、ここは」
あら、フォルマの口調が砕けてきたわね。
秘密の場所に案内したからって、親しい間柄とは限らないのに。
「今日はここでフォルマ先生を特別におもてなししようと。準備させましたのよ」
「それは、光栄だな」
眼鏡の奥で、フォルマの茶色の目が素早く動く。
この場所で、私をいつ捕食しようか考えてる ―― といったところかしら。
その前に、フォルマごときに捕食できる獲物かどうかを見極めたほうが良いのに。
―― お願いしますね。
私は風魔法にのせてつぶやいた。クリザポールを訪れたときに見かけた伝達魔術の応用だ。
ほどなく、木立のあいだから人影がいくつも現れる。
樹精の衣装と覆面 ―― この特別な宴のために、わざわざ変装させたメイドたちだ。彼女らは素早く、そして黙々と準備を始めた。
まずは、木を組み合わせて作った焚き火を用意。台の部分に金網を張ったテーブルを設置し、串にさした肉や野菜を並べていく。
ひとめで、すぐにフォルマは趣旨を見抜いた。
「 『東南ふう』 ですか」
「さすが、フォルマ先生。よくおわかりですこと」
「もちろん。さすがは公爵家ですね」
『東南ふう』 つまりはBBQ。この国では発祥の地から、そう呼ばれているのだ。
それを美食家のフォルマが 『贅沢』 と感心するのは、ここ王都でのBBQが難しいからだ。
屋外では火を焚ける場所も限られているし、そもそも、焼いただけで美味しく食べられるような新鮮な野菜は手に入りにくい――
つまり広大な敷地に森や農園まである公爵家ならではこそ、王都の真ん中でBBQできるんである。
もっとも、ここで焼かれてしまうのは、肉だけではないかもしれないけれど、ね。
「最上のもてなしに感謝しますよ、ヴェロニカ……」
フォルマがさりげなく私の手をとろうとする。気持ち悪いな、おい。
その手を避けて私はテーブルの上のグラスをとった。ワインを注ぎ、フォルマに差し出す。
「どうぞ。ヴィンターコリンズ特製のワイン 『妖精の隠れ家』 ですのよ」
「ありがとう、ヴェロニカ……」
フォルマがグラスをまわすと、独特のスパイシーな香りがほのかに漂った。
「いい香りだ。ヴィンターコリンズ家は妖精と縁深いですね」
「ええ。妖精、といいますか、正確には精霊ですけれど。精霊の加護を受けて魔物を倒し、荒れ地を開墾して豊かな土地にした…… それがヴィンターコリンズの始祖ですの」
「会場の幻術も、そのような物語でしたね」
「ええ…… 始祖からの知恵を連綿と受け継いだ 『妖精の隠れ家』 は、特別なお客様にしかお出ししませんのよ」
「そうですか……」
フォルマがグラス越しに私の目をじっと見つめる。なにげにキメ顔。
「僕は、ヴェロニカにとって特別?」
「あら、フォルマ先生は、我が家の救世主ですもの…… この程度、当然でしてよ」
「そんな。まだ、これからだよ。薬の試験は、終わっていないのだから」
「ですけれど、フォルマ先生の創られる薬ですもの。試験の結果を待つまでもないでしょう? 乾杯していただけて?」
「その信用に応えたいと、心から願っているよ、ヴェロニカ…… では」
フォルマ先生がグラスを持ち上げる。
キメ顔は持続中か…… きっといま、私からより良く見えるよう角度を工夫してるんだろうな。やば、面白い。
いえ、笑ってはいけないわね。
きっといま、フォルマは私に、恋の一大勝負を仕掛けてるつもりなんだろうから…… ぷぷぷぷぷ
「あなたの美しさに、乾杯」
「先生の才能に、乾杯」
私たちは、ほほえみを交わしてグラスをあおった。
フォルマ、なかなかいい飲みっぷりだ。
「お話をお薬の試験に戻しますと…… 先日レポートを差し上げたとおり、JとA、2名の被験体ともに、慢性中毒症状の進行を食い止められていますわ。さすがフォルマ先生でいらっしゃいます」
「そのレポートで気になったのですが、症状の改善は? まったくしていない?」
フォルマが心配そうな表情を作る。
症状が劇的に改善したりしないよう薬を創ったのは、おまえだろうが ―― とツッコむ代わりに、私は首を横に振り、ためいきをついてみせた。
「現状は毒を与え続けながら、薬を投与している状態ですもの…… 毒を与えるのをやめれば、改善する可能性も大いにあるでしょうけれど…… なにしろ被験体が少なくて」
「ああ。薬学の進歩のためとはいえ、こうしたことは、人道的とは言いがたいからね」
どの口がそれ言う。
「そうなんですの。本物の罪人ででもないと、とても被験体にはできないでしょう? どうしても少人数になってしまって。困りますわね」
「しかし、ヴェロニカ。レポートの被験体はJとA、2名だけですね。あなたは、3体を確保していると言っていたのでは?」
「そのとおりですわ、フォルマ先生」
そのとき ――
フォルマの手からグラスが、音もなく地面に落ちた。飲みかけのワインがこぼれ、花にかかる。
フォルマは胸をかきむしるような仕草をしながら、ぐらりとよろけて膝をつく。
ちょうど良いタイミングだったわね。
―― 我が家に伝わる特別なワイン 『妖精の隠れ家』 。
隠れているのはさて、なんの妖精でしょう?
「……っ。どういうことだ、ヴェロニカ……」
「ああ先生、大変ですわ。毒にあたってしまったのですね。早く、先生のお薬を試してみませんと……!」
私はフォルマの口もとに、彼自身が創った薬の小瓶をあてがった。
わざと切実な表情でささやく。
「ねえ、フォルマ先生。わたくし、母を治す薬など、注文した覚えはなくてよ? 『雪の精』 の急性期にも慢性中毒にも効くお薬を、と注文しましたでしょう? きっと効きますわよね?」
「…… そんな…… 急性・慢性の両方に、使える薬など…… つくれる、わけない……」
「あら? フォルマ先生は、天才なのでしょう?」
「………… ううっ!」
倒れた男の顔からは、さきほどまでの傲慢さがきれいさっぱり消えている。
高揚感と満足感のかわりにあらわれているのは、屈辱感と絶望、そして寄る辺なき者の不安 ―― なんてイイ表情かしら。
見ているだけでゾクゾクするわ。
まるで、踏み潰しているようで。
「そのお顔、とっても素敵ですわ、先生…… お願いです、まだ死なないでくださいね。大切で貴重な3体目の、被験体なのですから」
私は、新たな幻術セットを手に取った。
―― フォルマに謝意をこめた最大限のおもてなしをするために、特別にアレンジを施したものだ。
さあ、楽しんでくださいね、フォルマ先生。
あなただけのために作った、幻影を ――
※※※※
【バーレント・フォルマ視点】
天才ではない。僕は天才などではない ――
言葉にはならなかった己の返答に、フォルマは目を見開いた。
―― 忘れていた。
天才なのは、僕ではなかった ――
嘘だ、と叫びたかったが、口が思うように動かない。息が苦しい。
毒だ ――
いつ?
誰が?
なぜ……!
―― いや、そんなことはこの際、どうでもいい……!
タスケテクレ
全身が重い。なのに、別の生き物にのっとられたかのように、ひくひくと痙攣する。
イタイイタイイタイイタイイタイ
クルシイクルシイクルシイクルシイ……
狭まっていくフォルマの視界のなかで、樹精たちに囲まれた青いドレスの女が、ほほえんだ。
青は、妹が最期に着ていたドレス ―― 妹の亡骸にとてもよく似合っていて、それを贈った親友のセンスの良さにバーレント・フォルマはあのとき、改めて感心したものだ。
【ねえ、おにいさま…… どうしてわたくしのお茶に "アモルス" を入れたの?】
「…… あれは、 ……だと、少し渋…… 茶に、が、最……」
【わたくしが、にくかったの? 天才ともてはやされる妹が? ねたましかった?】
「ちが…… おまえ…… おもちゃ…… なに、…… いい…… 僕の……」
【では、お父様もお母様もあなたのオモチャだったというのね、おにいさま? クリザポールのおじさまたちも? 薬の実験に生徒たちを使ったのも、だからなのね?】
「あも…… みな、よろこんだ…… おまえだって…… ほしが…… 、いうこと…… きい……」
「なるほどね。わたくしも人を操り支配するのは大好きですから、まったく理解できないわけでは、ありませんけど…… そのために薬を使うのは、エレガントではなくてよ、フォルマ先生?」
妹がなにを言っているのかわからない、フォルマは思った。
だが、それより、とにかく、苦しい。痛い。
全身がちぎれるようだ。
「けれど、そうきけて、安心しましたわ。おかげでわたくしの推測が正しいと証明できましたもの」
なぜ目の前の妹が助けてくれないのか、フォルマにはわからなかった。
―― 兄が苦しんでいるなら、助けてくれて当然ではないか。
兄に妹を好きにする権利があるように、妹は兄をあがめ、助ける義務があるはずだ……
「わたくしのルールはね、フォルマ先生。社会のゴミクズは好きにしていい、ですのよ」
「ゴミ…… わからな……」
「いやだ、とぼけてらっしゃるのね、フォルマ先生。わたくし、とっても嬉しいのですよ。だって、フォルマ先生が予想どおりのゴミクズでいらっしゃったのですもの…… さあ、そろそろ代わってあげますわね、ステラ」
妹が振り返る。
『ステラ』 と呼ばれた樹精が、ゆっくりと覆面をとった。




