2-9. おもてなしの心こめてみたよき花火①
依頼していた薬ができあがったとフォルマから連絡を受けたのは、私がクリザポールに会った2日後のことだった。
私が 『進捗報告』 では会わないとわかったとたん、早いな……
おそらく、手練手管が使えないと見切りをつけたんだろうけど。
こちらをナメきった考えが見え透いて、イラつく男だ。
―― だが、それからさらに10日。
彼が創った薬はいちおう、ある程度の効果をおさめていた。
被験体たちの身体の吹き出物が、増えなくなったのだ。
その旨レポートにして送ったところ ―― フォルマからは 『いちど会って今後の方針を話し合いたい』 との返事があった。
今後の方針、ねえ……
それ話し合う意味があるといいけど (冷笑)
それに ―― 私はいま、メアリーとともに騎士団の慰労パーティーの準備で忙しいのだ。
「まさか、騎士たちひとりひとりに 『幸運の金貨』 まで用意なさっていたなんて…… なんのお祝いごとかと思われちゃいそうですね、ヴェロニカさま」
「この程度…… これまでの彼らの働きを労うのですから、当然でしょう? それに、わたくしが微妙な刺繍をした小物より 『どうすんのこれ』 という感じにならないと思いません、メアリー?」
「ヴェロニカさまの刺繍なら家宝にしますよ! 微妙さも愛しいです!」
幸運のお守りである馬蹄の形の枠に、本物の大金貨をはめたペンダントトップ ―― その枠に彫られたひとりひとりの名前を、私とメアリーは名簿に照らしあわせて確認しているところである。
大金貨は前世の感覚でいえば、1枚10万円程度。まあ、ちょっとしたボーナスだ。
「で、ヴェロニカさま。結局、フォルマ先生との話し合いはどうなさるんですか?」
「そうね…… このパーティーに、特別に来ていただこうかしら。それまでは、どうにも慌ただしくて」
「それは良いお考えですけれど…… こられますかね? 騎士たちのパーティーですのに」
「我が家の救い主として騎士たちにも紹介したい、と言えば、おそらくは…… そして、わたくしが別室で特別におもてなしするつもりと言えば、確実に。食いつくでしょうよ」
フォルマの勘どころは確実にわかる ―― 私も同じだったから。
栄光、大勢の前での称賛、そして特別扱い。
そういうものでしか心を満たされない、憐れな人間なのだ。
―― はたして、慰労パーティーの日。
フォルマはのこのこ、やってきた ……
というのは私の嘲笑混じりの目線からの感想。
実物はゲームの攻略対象らしく、なかなかのイケメンぶりである。
―― 服装は、いかにもな燕尾服ではなく外出用のスマートなスーツ。内輪の、しかも騎士たち向けのパーティー、という趣旨をよく理解しているようだ。
「フォルマ先生、よくおいでくださいましたわ」
「素晴らしい趣向のパーティーですね」
バーレント・フォルマは感心したようにホールを見回した。
ホールの壁と天井には、新作の幻術セットに手を加えた映像 ―― ヴィンターコリンズ家始祖の代の騎士団による悪竜退治の伝説が繰り広げられている。
華やかな音楽とともに、まばゆいばかりの炎をまきちらす幻術の竜をしばらく眺めたあと。
フォルマはやっと気づいたように、差し出された私の手を取って顔を近づけ、挨拶をした。
初心を装うのが、お上手だこと。
「お招きいただき、光栄です、ヴェ…… ヴィンターコリンズ令嬢」
「ヴェロニカと、名前で呼んでくださってもよろしくてよ? …… あ。あの、もし差し支えなければ、ですけれど…… 」
「…… で、では遠慮なく。ヴェロニカ…… さん …… 」
せっかく名前呼びしかけて顔を赤らめる演出をしてくださったので乗っかってモジモジしてみせると、眼鏡イケメンの恥じらい笑顔が鑑賞できた。
―― 『お嬢さまのせいで美男美女カップルのステキなシーンが、魑魅魍魎の化かし合いにしか見えなくなりました』 とは、のちほどメアリーがぼやいていたことだ。
定刻になると鍛練を終えた騎士たちが続々と集まってきた。
メイドたちはパーティーの担当以外は自由参加だ。パートナーを同伴する騎士もいるので、女性の数もかなり多い。
ホールは一気に、賑やかになった。
私は騎士のひとりひとりに挨拶をし、用意していた 『幸運の金貨』 を渡していく。
「騎士アレン。先日の大会での剣さばき、素晴らしいものでしたわね」
「騎士オズワルド。よく同僚や部下の相談にのっているそうですね。ヴィンターコリンズの騎士団を支えてくださってありがとう」
騎士たちの名前と功績は、このパーティーのために急いで記憶したものだ。
近い将来、母が亡くなれば、家庭内のパワーバランスが崩れる ―― 父の愛人であるカマラが大きな顔をしだすかもしれない。
その前に、なるべく人心掌握しておきたい。
今日のパーティーは、そのためのものでもあるのだ。
『幸運の金貨』 はホールにやってきた騎士たち全員に渡しても、手元に十数人ぶんが残った。
ほとんどは、シフトが入って来られなかった者 ―― 不可解なことに、私付きの騎士であるザディアス・レイの名を彫ったペンダントも残されたままだ。
ザディアスは騎士団では副長という立場で、私の外出に付き添う以外ではおもに、鍛練と人事管理を担っている。
このパーティーのために覚えた騎士たちの情報も、もとはといえばザディアスがくれたのだ。
その彼が私のパーティーに来ないとは、どういうことだろうか…… 正直なところ、いい気はしない。
「騎士ウィリアム。あなたの出身地のお酒はもう飲みましたか?」
「はい、まっさきに! 今日はどうもありがとうございます、ヴェロニカお嬢さま!」
私は副長補佐に声をかけてみた。短い赤い髪と瞳にすらっと背のたかい逆三角形の身体。今年、騎士科を優等で卒業したばかりで、顔立ちに少年ぽさが残っている。
「ところで、レイ副長は、よほど忙しいのでしょうか? 姿が見えませんが…… 」
「すみません、ヴェロニカお嬢さま。実は副長は、自分とシフトを代わってくださったんですよ。自分があまりに、このパーティーに行けないことを悔しがっていたものですから」
「そうでしたの。参加できないかたには、別になにかご褒美を、と考えてはいるのですよ」
「それなら副長のためにも、もう1回開いてくださいよ。こんなすごいパーティーを開けるなんて、ヴェロニカお嬢さまなら、たとえ国賓のもてなしでも完璧でしょうね!」
「あら、そうかしら」
なかなか、わかってる。
―― さて、そろそろ時間だ。
私は、背後に控えていたメアリーに目配せをした。
パーティーの司会進行は、メアリーに任せているのだ。
天井で炎を吐いていた竜が騎士たちに退治され、無数の光の粒が暗くなったホールに散っていく ―― 音楽が静かなものに変わるなか、メアリーの凛とした声が響いた。
「―― これより、このパーティーを開いてくださったヴェロニカお嬢さまより騎士のみなさまへ、お言葉をたまわります」
いよっ、とか、待ってました、とホールのあちこちから声があがり、拍手が起こる。
当家の騎士団には、前世でいう体育会系のノリに近いものがあるのだ。基本、まぶしいほどの陽キャ集団。
私も前世の 『体操の先生』 モードになって姿勢を正した。
「みなさま。日頃より、騎士としてヴィンターコリンズ家を護り支えてくださり、ありがとうございます。本日はみなさまの日頃の努力と研鑽を労うための宴 ―― ハメを外して大いに楽しんでくださいませ」
はーい、という声がまた、あちこちから上がった。
「さて、ここで、みなさまにひとつ、わたくしにとって嬉しいご報告がございます」
バカ王子との婚約破棄完了ですかあ? と合いの手が入り、場がどっと崩れた。私も笑う。
「いえ、そうではなくて…… フォルマ先生、こちらに」
フォルマを私の斜め前に立たせると、メアリーが彼にライトを集めてくれた。クリザポールから買った幻術セットはなかなかに便利で、こんな使用法もできるのだ。
フォルマの表情が満足げに輝く。
「こちらのバーレント・フォルマ先生が、わたくしの母の長い患いに、希望をくださいました…… 病に苦しむ母を救ってくれる可能性のあるお薬を、開発してくださったのです」
さすが! 天才! と賞賛の声とともに湧く拍手は、先ほどよりも大きい。
「幾度かの試験を経て、調整を終えたら…… きっと母を癒す画期的なお薬になることでしょう。みなさま、フォルマ先生に拍手を!」
ホールが揺れるほどの拍手。騎士のみなさんはノリが良くて助かる。
フォルマにとっては充実した瞬間だろう。
一見は謙虚だが、偽装した照れ笑いの陰からは自信と傲慢さが匂ってくる。まじ私と同族だわ。
―― いまのうちに、じゅうぶん味わっておくといい。
「では、わたくしはここで失礼いたします。このあとは面白い小型花火も用意していますので、ぜひ、最後までごゆっくり」
会場がふたたび幻術で明るくなった。
幻術のテーマはかつてのヴィンターコリンズ領の繁栄ぶりに移っている。
現在この国は領地制ではないので、我が家では、港と鉱山と農園とワイナリーと別荘をいくつか所有しているだけにすぎない。
だが、ホールの天井と壁面いっぱいに映されている ―― 魔石のきらめく坑道や実り豊かなぶどう畑、活気にあふれる海の町はすべて、我が祖先と騎士たちが苦難のなかで築きあげてきたものだ。
『フォルマ先生、万歳! ヴィンターコリンズ家、永遠なれ!』
騎士たちの喝采のなか、私はフォルマをともなって裏庭へと出た。
―― これから、いよいよ。
謝意を込めた最大限のおもてなしの時間だ。




