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探偵

「お早うっス! 云話事町TVです!」

 藤元が美人のアナウンサーの後方から自転車で大急ぎでやって来た。

「藤元さん。遅刻っす」

「おっけー」

 いつもの住宅街を背に美人のアナウンサーがマイクを握り直して、

「今日の天気は?」

「えーと?」

 藤元が空を見つめる。

「多分……曇りです。」

 美人のアナウンサーも空を見つめたが、藤元に視線を戻し、

「そして、今日の運勢は?」

 藤元が小さな本をポケットから取り出し一読みし、

「うーんと、今日は……危険が迫っています……」


 105号室。今日は休みなので、少し仮眠を取ったら、食事は奈々川さんとラーメンショップへと行った。外にはまだ総理大臣の手下は来ていない。……嵐の前の静けさなのだろうか。スケッシーははしゃぎ過ぎでぐったりしていた。

「今度こそ百杯目のラーメン。きっと……」

「うーむ。そうだといいが」

 店内は相変わらず客がいない。

 カウンター席に座ると、無愛想な女性バイトが「何にする」とメニューを渡す。

 もし、ハイブラウシティ・Bが進行したら、ここの調理人は職を失い。ここでも安価なアンドロイドがラーメンを作るようになるのだろうか。

 そんなことを考えていると、注文したチャーシューメンとラーメンと餃子が届いた。

「ふー……。百杯目じゃないですね」

 私は落胆する奈々川さんの横顔を見つめた。箱入り娘なのに現実を受け止める心の強さ。悲しい人生を送っていたようだが、それでも人を愛してくれている。きっと彼女も私たちA区の人たちと同じく今の時代を強く生きようとしているのだろう。

「夜鶴さん。今日は休みですよね」

 チャーミングなホクロを見ながら、私は、

「ああ。どこかドライブに行こうか。……俺の愛車で」

「ええ……。明日の朝には父に会います」

 奈々川さんが俯いた。

「俺も一緒に行くから、きっと大丈夫さ。君の父親は優しいところもあるって言ったじゃないか」

「ええ……」

 女性バイトが御冷やの御代わりを持って来た。

「夜鶴さん。銃は置いてきましょう」

「え。それはヤバいんじゃ……」

 奈々川さんが強い眼差しをこちらに向ける。

「……解った」

 美味いラーメンを食べながら、銃も持たずに戦地に行くのが……正直怖かった。


 ピンクのクマのキーホルダーをズボンから取り出し、愛車に乗る。奈々川さんが喜んで助手席に座った。

「すごい。私、車に乗るの初めてなんです」

「きっと、素晴らしい夜になるよ」

 私は愛車を小道から大通りに滑らす。この車は排気量が少ないがスピードとパワーはかなりのものだ。

 対向車が滑らかに車窓を滑る。

 目の前を走る車はいない。

奈々川さんが窓を開ける。9月の夜風は涼しい。助手席の奈々川さんと二人だけでのドライブは、決して醒めたくない微睡みの中にいる。そんな感じだった。

 私はA区の大通りをぐるりと回り、B区の小道からB区の大通りに入った。一番安全な道のりだ。そして、一番のデートスポット。云話事シーサイドを走る。

 云話事シーサイドには、無数のホテルが夜景を彩り、淡い波の音の聞こえる海が広がっていた。緑の蛍光塗料の付いた服を着た若者たちの真上には、僅か数百メートル上にあると思わせる数多の星たちが浮かんでいた。

「夜鶴さん。あなたと出会えて……本当によかった……」

 私はハンドルを自然に回し、今度は云話事シーサイドからそれて、海の道を走る。海の道は両脇に広がる大海原の中央を道路が伸び、一っ直線にパラダイスに続いている。

 予約は取っていないが……。


次の日。

 値段も手頃なホテルのベットから、起き出した。隣で寝ている奈々川さんをそのままに、私はクローゼットの自分の服を取り出した。

 中にはピースメーカーという大型拳銃を宿していた……。

「おはようございます」

奈々川さんがゆっくり起き出し、テーブルに置いてある朝食を見て喜んだ。

「夜鶴さん。これって?」

「ああ。食べよう」

私は奈々川さんと向かいの席に着くと、早速料理を吟味した。

幾つものスライスされたフランスパンにシーザーサラダ。洋ナシのヨーグルト。グレープジュース。それと、一番高かった最高級のチーズをふんだんに使ったチーズフォンデュ。

いつものコンビニ弁当ではない。……奮発した…………。

「いよいよ、今日ですね……。私、どれくらい父の顔を見てないのかしら……」

「ああ」

奈々川さんが真剣な表情で私を見つめる。

「もう、君は決して一人ではないよ……」

「……そうですね。私には夜鶴さんがいます」

「それと、島田たちもいる……。結婚を何とか成功させよう」

「そうです。ハイブラウシティ・Bがもう進行してしまっているかも知れないでしょうけど……私たちで何とかしないといけません。今から行きましょう……首相官邸へ……」


 車中。

「そういえば、君のお母さんはどうしているの?」

「ええ……小さい頃に亡くなったのです……」

 助手席の奈々川さんが下を向く。

「私は一人っ子でもあります」

「ああ。それは悲しいことだよね……俺も一人っ子さ」

「でも、夜鶴さんには島田さんたちがいます」

「ああ……」

 車は云話事シーサイドから国道30号線を走る。

 首相官邸はまだまだ先だ。


 恐らく、警護が厳しく中に入ることは簡単には想像できない。けれど、奈々川さんが何とかしてくれるだろう。

「夜鶴さん。もし、私が上手くいかなかったらですけど……逃げて下さい」

 奈々川さんは車の前方を見ながら語気を強めた。

「え?」

「私……父とあまり接していないのです。実は……」

「君は父親には優しいところがあると、前に言ったじゃないか?」

「ええ。嘘ではないです。でも、父は時々、私にはまったく解らない目をする時があるんです」

 奈々川さんが私の方を向いた。

「怖い?」

「いえ……。とは言えないですね。正直、怖いです。父は厳しいところもあって、たまに人の命を顧みない時もあるんです。でも、きっと解ってくれるとは思いますけど……。」

 彼女は箱入り娘だからか? きっと、父親を美化してしまっていたのだろうか? いや、現実を受け止める心の強さがあるはず……どちらにしても、危険を承知で行くしかないか。

 途中、ガソリンスタンドで休憩をした。

 電話で仕事先と島田に連絡をして、しばらく仕事は休むことにしたと言った。

「夜鶴―! 俺も連れていけー!」

 と島田だ。

 田場さんにも同じことを言われたが、無理だった。

 ガソリンスタンドの喫茶店には、背広姿の客が二人いた。カウンター席にいる。私たちは窓際のテーブル席に落ち着いた。

 ネズミを思わせる髭面のマスターにコーヒーを注文すると、私は口を開いた。

「奈々川さん。君は何時頃家出したの?」

「確か二年前です」

 奈々川さんが俯いた。

「あの家は君の?」

「ええ。空き家だったので、大屋さんを呼んだら契約してしまって」

「お金は家から持って来たんだ?」

 奈々川さんが頷いた。

「私……家から貯金を一億ほど父に内緒で下ろしてきたんです」

 い……一億も……。か……金って、一体?

「そういえば、奈々川さんはハイブラウシティ・Bのことをどこで知ったの?」

「何年も前です。夜、父にコーヒーを淹れて、父の書斎へ行ったら机の上で父が感心していました。都市開発企画書類を見つめて、この方法なら私の目的も達成できると……」

「その都市開発企画書類が……」

「ええ……。ハイブラウシティ・Bです。それと矢多辺さんにも言われたんです。父と目的が一緒になったと言ってました。今の都市開発プロジェクトが一変するとも言っていました」

 コーヒーがきた。


 熱いコーヒーを一口飲むと、

「奈々川首相と矢多部の目的って、一体何だろうか?」

「私にも解りません……。父は自分の目的だとか政治のこととかは一切話さないのです」

 確かに、奈々川さんが政治の知識をあまり持っていないのはそのためなのであろう。

「?」

 二杯目のコーヒーを頼もうと、店の奥に視線を向けると、喫茶店のマスターがいない。二人の客がこちらに近づいていた。

「奈々川首相の娘さんですね?それと、夜鶴 公さん。首相がお待ちかねです」

 私たちははたと気が付いた。

 首相の情報網に引っ掛かった。

 私は銃を取り出そうかと思案した。相手はたかが二人だ。私なら1秒もしないだろう。

 しかし、確かにこれから首相に会いに行くのだから、今撃っても仕方がない。

「解りました。父に会います」

 よく見ると、だいぶ前に島田とガンショップで会った。あの銃を見ると恍惚になる男がいた。嵐が吹き去った頭をしている。もう一人はごく至って普通の男だ。

「夜鶴さんとやら……抵抗するなよ。死ぬぞ」

 銃を見て恍惚になる男ではないもう一人がニコリと言った。

 腰には銃を携帯しているようだ。

「それでは、行きましょうか?あ、その前に」

 銃を見て恍惚になる男が私に手を出した。

「危ないもの持ちましょう」

「解った」

 私は上着のホルスターからピースメーカーを取り出した。

 その銃を見て男は恍惚な表情になった。

「夜鶴さん! 銃は持って来ちゃダメです!」

「……すまない」

「さあ、では行きましょう」

 銃を見て恍惚になる男が先導し、私たちは愛車ではなく彼らの地味な車に乗った。


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