39.素晴らしい兄弟
バブルガム宮殿の正門前に着いたときは、もう夕暮れ時になっていた。
鉄のフェンスの外側に、外周を警護する衛兵隊の姿があったが、私たちはあえてそちらを見ないようにした。
「バーナード殿下との騒動があってから、まだ3か月しか経っていないからな。わしらのことを知ってる衛兵に気づかれたら、文句でも言いに来たのかと疑われるかもしれん。まったくエドモンドの奴、なんでこんなところを決闘場に選んだのか……」
リカルドお父様は、まだ気づいていないらしい。
エディは、私が騒動に巻き込まれた舞台を巡っているのだ。
ニタイの森に始まって、無名戦士の墓場、アボニーの丘とくれば、次はバブルガム宮殿しかない。そしてここが最後だ。
(エディの行動は、去年の春、夏、秋、冬に起きた騒動を、私たちに鮮明に思い出させている。さらにその騒動の陰で、いつもエディが変装して私を救けてくれようとしたことも、順々に明かしている)
それを知って、父上やお兄様や弟の気持ちは変わるだろうか?
いや、無理だろうーー悲しいけれど、その結論は変わらない。
溺愛が治療不可の宿痾であるかぎり、どんなことをしても無駄なのだ。
「あ、見て。あれ、接見室の窓じゃない?」
アンドレアが、あまりそっちをじろじろ見ないようにしながら、宮殿のほうを親指で差した。
「あのとき僕、宦官になって後宮に仕えようと思って、鋏であれをチョン切ろうとしたんだよね。お姉様の身代わりになろうと決心してさ」
自分のいささか斜め上な「溺愛」思い出させようとしてか(というより、今思えばアンドレアは女だらけの後宮に入って、お妃様のそばに侍りたかっただけのような気もするが)、弟が私にアピールするように言った。
「そうそう。なんせ相手はそれまでと違って大物中の大物、現国王の第四王子だからな。男を捨てるくらいの覚悟でなきゃ、到底ジュリアを諦めてもらえないと考えたんだ。よーし!」
レオナルドお兄様が、またまた興奮して鼻の穴を膨らませた。
「今回男を懸けるのはこの俺だ。溺愛する妹のため、あれをチョン切る覚悟で決闘してやる!」
「待って下さい、お兄様。決闘するのは僕です!」
「馬鹿馬鹿馬鹿! わしの番だーっ!!」
リカルドお父様が額に血管を浮かせて怒鳴りつけると、
「いえ、自分です」
と、突然円盤投げの石膏像が寄ってきて、無表情のまま口を利いた。
「だあっ!」
父上とお兄様と弟がのけ反る。
「……しゃ、しゃ、しゃ、しゃべった!」
(あれは……)
目を覆いたくなった。
大胆にも(てか、いい加減みんな驚くのをやめい!)、エディが今度は全裸の石膏像のオブジェに変装して現れたのだ。
「僕、見憶えがある!」
アンドレアが叫んだ。
「ほら、お姉様がピンチのときに、バーナード殿下にホントに円盤を投げた機械仕掛けのオブジェがあったでしょ? きっとこれ、そのときと同じ石膏像だよ」
「わたくしも思い出しましたわ」
と、パトリシアお母様が言った。
「王子様は、これを機械仕掛けだとおっしゃいました。でもわたくしは、どう考えても生きている、つまり機械タイプの魔獣か、【石化】された冒険者なのだと思いますわ」
お母様もノッてきた。
(完全に正体をエディだと見抜いていながら、あえてお父様たちをミスリードする。これはもう、エディの応援を超えて、家族を騙すのが大好きだと断定して間違いない)
「僕、聞いてみるね。あなたは機械タイプの魔獣ですか、それとも【石化】された冒険者ですか?」
「冒険者です」
アンドレアの質問に、石膏像がぬけぬけと嘘を答えた。
「私はSランクパーティーの勇者だったのですが、仲間の讒言によって隊長から追放されまして。1人あてもなく荒野を彷徨っていたところ、ランク90のメデューサににらまれて石膏像になってしまいました。まあ、全然動けないわけではないのですが、服を着られなくなったのが不便です」
もう、エディったら……ガチでノリノリ過ぎるのよ!
「勇者である私は、もともとこの国を護るのが務めです。そこで石膏像と成り果てても、王家の人々の近くにいて、邪悪な敵がお姫様を拐おうとしたらすぐさまバトルできるようにしているのです」
よくもまあ、口から次々と出任せが出るものである。
「なるほど、立派です。ですからあのときも、迅速に接見室に現れることができたのですね」
でたらめを次々と受け入れるお兄様も、わかっちゃいたけど相当のガチだ。
「あの場で妹が、機転を利かせてあなたのことを好きだと言いました。バーナード殿下に完全に諦めてもらおうとしてのことですが、正直、妹の発言を聞いてどう思いました?」
「びっくりしましたよ」
石膏像がうかつにも肩をすくめるポーズをしかけて、おっといけないと股を閉じた。
「失礼しました。見苦しかった点をお詫びします。えー、あのときは、びっくりはしましたけど、悪い気はしませんでした。悪い気はしないというより、有頂天になりました」
馬鹿。私は心の中で呟いた。そして、頬が赤く染まっていくのを感じて、誰も私の顔を見ませんようにと祈った。
「ほう、勇者でも有頂天に? やっぱりジュリアの魅力はすごい。しかしあの芝居を、国王も人形愛だと信じ、王子は人形に負けたと思い込んで逆上しました」
「そうでしたね。逆上した王子はライフルをぶっ放し、その勢いで後ろにひっくり返って気絶してくれました。めでたし、めでたし」
お兄様と石膏像が、まるで10年来の親友のように揃ってケタケタと笑った。
(この2人、絶対に感性が同じだ。これだけ笑いのツボが合うのに、義兄弟になれないなんて、嗚呼……)
「それはそうと、ぜひ礼を述べさせて下さい」
すっかり勇者と信じ切ってか、リカルドお父様が丁寧な言葉遣いをした。
「お陰で娘が救われました。まあ、最終的に娘を救ったのは、レヴォワール家に代々伝わる溺愛の力でしたがーー」
「いや、お父様。僕がお姉様にプレゼントした、必ず幸福になるゴールデンスフィアの力ですよ」
「いえ、そうではありません」
と、石膏像に変装したエディが、真剣な口調で言った。
「あのときお嬢様を救ったのは、皆様の勇気です。特にお兄様と弟さんは、後先のことを考えずに、王宮に一直線に凸しました。この勇気は賞賛に値します。国が国なら、即座に消されてもおかしくない行為です」
「いやあ」
と、レオナルドお兄様とアンドレアが、照れ臭そうに互いの顔を見た。
「俺たちは、父上ほど王室を尊敬してなかったっていうか、特別に崇敬する気持ちはなかったから。どうせ同じ人間じゃないかって。それよりも、ジュリアへの溺愛に突き動かされただけなんです。だから勇気なんかじゃないですよ」
お兄様が手を振って否定すると、石膏像は「謙遜、謙遜」と言い、
「皆様の愛は素晴らしいです。世界一の家族だと思います。皆様の溺愛は紛れもなく、国よりも重かったのです!」
その場がしんとした。溺愛は国よりも重いーーという、まさにレヴォワール家の男子が涎を垂らして悦ぶような言葉を、誰もが反芻して快感に浸っているように見えた。
「そこでお願いですが、ジュリアお嬢様の夫として、私も家族に迎えていただけますか?」
エディはそう言うと、石膏像の変装をかなぐり捨てた。
「あっ、貴様!」
父上が反射的に回転式拳銃を抜くと、
「すみませんが、決闘は中止です。今はそれどころではありません。見て下さい!」
エディの指差した先を振り返った。
そこにはパトリシアお母様の姿があった。
(……え? どうしたの?)
いつからそうしていたのだろう。母上は、お腹を抱えて舗道にしゃがみ込んでいた。




