31.狂気のライフル
空気を切り裂いて飛ぶ石膏像の円盤。
それを固唾を呑んで見守っていると、
「痛ーっ!」
見事に、バーナード殿下の後頭部にヒットした!
(チャンスだわ)
王子の腕から逃れて、石膏像の後ろに走り込んだ。
衛兵隊のライフルが、一斉にこっちを向く。
「待ちなさい」
グレゴリー7世が冷静に衛兵隊を制した。
「お嬢様に当たっては困る。せっかく王子がデートを楽しみにしているのだから」
この期に及んでまだそんなことを……
「陛下に申し上げます」
意を決して言った。
私のために、命を懸けて不法侵入してくれたエディに対して、そのくらいの勇気を出さねば女が立たなかった。
(溺愛に守られてきた公爵令嬢だって、やるときはやるのよ!)
「残念ながら、私が殿下とデートをすることはありません。それは、愛する人への裏切りであり、自分の心を殺すことですから。なのでその申し出を受け入れるくらいなら、ライフルで蜂の巣にされたほうがましですっ!」
国王の眉がピクリと動いた。
王子の顔は、カエルのような緑色になった。
「……ば、ば、ば、馬鹿にしやがって」
王子がゆっくりと近づいてくる。
「おかしな機械仕掛けの石膏像を持ち込んで、僕の頭にコブをこさえただけでは飽き足らず、言葉責めで辱めを加えてくるとは、きみは我が母以上の女王様だな!」
本物の王子に投げつけられる言葉として、これはなかなか重みがあった。
「おい! そこまで言うなら、思ったことを全部吐き出してみろ!」
「わかりました」
もはや私の腹は据わっていた。
「殿下は卑怯者です。陛下とグルになってロイヤル・パワーをちらつかせるだけならまだしも、王子に生まれたせいで彼女ができないなどと、贅沢すぎる悩みで泣き落とそうとするなんて……世の中のほとんどの人は、殿下よりずっと不自由です!」
少なくとも、自由恋愛をする上で、家族の溺愛に縛られた私より遙かに障害は少ないはずだ。
「なーにーをー? もっと言ってみろ!」
「殿下は、最近の女性は王室の制約を嫌がるから、自分との交際を渋るとおっしゃいました。でも私から言わせると、殿下のようなイジけた性格の男性とは、どれほど制約がなくても決して一緒になりたいとは思いません!」
王子は身をよじって絶叫した。
「もっと言え!」
「申し上げます。その性格を直さないかぎり、彼女ができる見込みは皆無です。でももし奇跡的に、その救いようのない性格が直ったとしても、私は気持ち悪いから絶対に絶対に付き合いません!」
王子は過呼吸になったように、はっはと速い息をした。
「もっと、もっと言ってくれ!」
あれ? と思った。
よく見ると、王子の瞳がハート型になっている。
あれは……
(そうだ。私に罵倒されたときの、レオナルドお兄様の瞳とそっくりだわ)
そっとお兄様の様子を窺うと、お兄様は羨ましそうに指をくわえて、はあはあ言っているバーナード殿下を見ていた。
(駄目だ。王子はお兄様と同類みたい。ということは、罵倒すればするほど悦んでしまう)
ふとグレゴリー7世を見ると、罵倒されて悦んでいる息子を見て、国王もなぜか瞳を輝かせていた。
(まさにこの父にしてこの子あり。息子が言葉責めされるのを見て眼をキラキラさせるなんて、私には理解不能の倒錯だわ。何だかアラン王国が心配になってきた……)
「さあ、もっとないのか!」
「もうありません。というか、これ以上口を利きたくありません」
なぜなら気持ち悪いから、と言えばまた悦ばせてしまうだろう。変人相手の会話は実に難しい。
「口を利いてくれなくてもいい。だって僕はツンツンした女性が好きだから。僕をこんなに好きにさせた責任はとってもらうよ……ん? その石膏像は邪魔だな」
私が石膏像の後ろに身を隠すようにすると、王子が唇をねじ曲げた。
「いやらしい。全裸の石膏像がお好きなようだね。こんな大きなものをバブルガム宮殿に持ち込むとは、きみもなかなか大胆だな」
王子はエディの変装を見抜けず、私が運んできた機械仕掛けのオブジェと勘違いしていた。
「その機械には、さっき頭に円盤をぶつけられた恨みがあるんだ。衛兵よ、ライフルをこっちへ。この若い全裸の男を粉々に砕いてやる」
王子の手にライフルが渡ったとき、私は叫んだ。
「やめて下さい。それを撃つなら私を撃って!」
石膏像の後ろから前に回って、両手を広げて立ち塞がった私に、王子が不審な眼差しを向けた。
「何だ。これがそれほど大事なのか? たかがオブジェが」
「そうです」
私は自分でもびっくりするくらい、大胆になっていた。
「なぜならこれが、私の好きな人だからです!!」
大声で叫んだとき、ほんのわずかに、石膏像が揺れた。
ああエディ……
ついに言っちゃった。
まさかのシチュエーションで、一世一代の告白を。
ねえ。
いつか返事を聞かせてね。
逆上した王子に、この場で撃ち殺されずに済んだら。
長い沈黙のあとで、王子が口を開いた。
「……この機械が、恋人だというのか?」
「まだ恋人ではありません」
自分の頬が赤くなるのを感じた。
「だって、たった今、告白したばかりですから」
王子は振り返ってグレゴリー7世を見た。
すると国王は冷静に、
「息子よ。昔から、人形愛というのは知られている。命のない人形を、本気で愛してしまう男女がいるのだな」
「なんと……」
王子の瞳の中で、ハートが砕け散るのが見えた。
「僕は人形にも負けたのか。クソッ! こんな下品極まるオブジェに……こいつは大問題だ」
ハートの消えた眼の中に、今度は凶暴な光が宿った。
「もし僕が、人形に女を奪られたなんて噂が流れたら一大事だ。王室は嘲笑され、この不名誉を背負った僕は生きていられない。よし、決めた。僕は自分自身と王室を護るため、これを知った人間をすべて排除することにする。すなわちこいつら一家の皆殺しだ!」
狂気に駆られた王子が、ライフルの銃床を肩に当てて構えた。
「やめて!」
願いは狂人に届かず、銃声が轟いた。
その瞬間、意識を失った。




