30.死んではいけない
潔く死にますーー
デートの申し出に返事をしないでいると、国王の第四王子バーナード殿下はそう言った。
「死にます死にます」
うわごとのように繰り返し、接見室をうろうろする王子。
「死にます!!」
時々大きな声でそう叫び、私をチラッと盗み見る。
「胸が痛い!!」
国王グレゴリー7世も、発作的に大声を出す。
「おお、殿下よ! 決して死ぬなどとは言わないで下さい!」
リカルドお父様も、泣きながら大声で訴えた。
「自ら死ぬのは大罪です。なぜならーー」
「死にます!!」
父上と王子の台詞がバッティングする。
「聞いて下さい。死にますという人は、自ら死を選ぶ権利があると考えています。失礼ながら、殿下もそういうお考えのようです。しかしーー」
「死にます! 死にます!」
「胸が痛い! 死ぬかもしれない!」
ややこしいことに、国王の台詞も交錯する。
「大事なことなので聞いて下さい。恐れながら申し上げますが、殿下は遺されたご家族のことをお考えでしょうか? 殿下を溺愛するご家族のお気持ちを。そして殿下は、ご家族のみならずアラン王国の国民からも愛されーー」
「死にたい死にたい死にたーい!!」
「痛い痛い痛ーい!!」
その瞬間、父上がキレた。
「黙れ!」
なんと、国王と王子に向かって怒鳴った!
王室を誰よりも崇敬し、それゆえに私への溺愛とその崇敬の念の板挟みになって、顎が外れるほどげっそり痩せてしまった父上が……
「陛下も殿下もお聞き下さい」
父上の顔は、興奮のせいか気味悪いほどどす黒くなっていた。
「陛下と殿下は、この国でもっとも尊いお方です。しかしどんな国の王にも、許されていないことがあります」
父上は深く息を吸うと、
「それは自分勝手に死ぬことです。どんなに尊い人間でも、死んだ命は取り返せない。だからそれは許されていないのです!」
一気に言った。そして、
「たかが公爵の身で、陛下に諫言など、大それたことをしました。これを償う方法は死だけです。死にます」
「おい、コラッ!」
あまりに展開が急過ぎたせいか、グレゴリー7世が国王らしからぬ言葉遣いでつっこんだ。
「閣下は矛盾しておられるぞ。自分勝手に死なれては困る」
「でしたら、陛下と殿下も、簡単に死ぬなどと発言しないでいただきたく存じます」
国王と王子が顔を見合わせた。
やがてバーナード殿下が、
「だって、たった1回のデートも嫌そうにするんだもん。死ぬって言っても無視するし。僕、王子なのに」
未練たらしくぶつぶつ言い、グレゴリー7世も、
「私も正直驚いた。ここまで忖度してもらえなかったのは、王に即位して初かもしれない。本当に死期が早まったかもなー」
と、聞こえるくらいの声量で愚痴をこぼした。
そのとき気づいた。
父上が国王を見つめる眼つきに。
明らかにーー少し前まであった崇敬が、その瞳から消え去っていた。
「重ね重ね、失礼申し上げます」
父上の口調は冷ややかだった。
「たった1回でも、デートは重大事です。それを軽く考えるというのは、デート相手を軽く見ている証拠のように思えます。したがって、娘を大事に大事に溺愛している父親としては、そのような方に娘とのデートを許可するわけには参りません」
するとレオナルドお兄様が、横から言った。
「俺はジュリアを、お父様の1000倍溺愛しています。ですから俺は、お父様の1000倍許可しません!」
「お兄様」
弟のアンドレアも口を出した。
「僕はお兄様の、1万倍お姉様を愛しています。だから王子様が例え1万回生き返っても、絶対に許可しない!!」
「ふ……不敬な」
バーナード殿下が、怒りに拳を震わせた。
「下手に出てりゃあいい気になりやがって。お前たちに、王子の気持ちがわかるか? 気軽に恋愛もできない。いや、気軽にフラれることもできないんだぞ。国民の手前みっともないからな!」
王子の眼には、怨念の暗い炎が宿っていた。
「しかも最近の若い女どもは、いろいろと制約の多い王室に入ることを嫌がる。だからむしろ、この地位のせいで彼女ができないんだ。はっきり言って、僕は王子に生まれたことを恨んだよ!」
国王が、寂しそうに下を向いた。
「僕だって女が欲しい! 女女女! 頭の中をそればっかりがグルグル巡る。気が変になりそうだ! ええい、ちくしょう、こうしてやる!」
突然、バーナード殿下が手を伸ばし、私を力ずくで引き寄せた。
「何をする!」
父上が叫ぶと同時に、接見室の入口から、どっと衛兵が駆け込んできた。
衛兵たちは皆、ライフルを構えていた。
「どうぞ誤解しないで下さい」
まるでここが、晩餐会の席ででもあるかのように、国王が落ち着き払った口振りで言った。
「兵で威嚇するつもりはありません。しかし、私たちがあなた方を信用して手荷物検査もせずに接見室にお通ししたら、ご子息は鋏を持ち出して宦官になると脅し、閣下は大声で私たちを恫喝されました。これは通常なら、緊急事態として衛兵が実力を行使してもやむを得ない行為です。それでもまだ閣下たちが無傷で拘束もされていないことを、私の特別な寛容さによるものと認識して下さい」
国王の顔が、王子の腕に抱かれた私のほうに向いた。
「その寛容さは、我が息子の愛するあなたのために発動されました。いかがでしょう。お嬢様のほうからも、ほんのわずかな寛容さを、不肖の息子に示してやってはいただけないでしょうか?」
バーナード殿下が自信を得たように、腕に力を込めた。
父上と母上とお兄様と弟の顔が、緊張にこわばる。
(これは脅迫だ。しかもこの国の最高の地位にある人物による。どうしよう……だけど、やっぱりデートはできない。だって、私には本当に好きな人がいるんですもの。嗚呼、神様、どうかこの状況から救い出して!)
どうしていいかわからず、必死に神頼みをしたとき、奇跡が起こった。
接見室の入口付近に、いつの間にか、円盤投げをする石膏像が鎮座していたのだ。
(あれは!)
間違いない。
エドモンド・アラベスターーーエディが石膏像の術を使ったのだ!
(エディは、私を救うためにバブルガム宮殿にまで侵入してくれたのね。しかし、我が国の王宮のセキュリティの低さには愕然とするけれど、とにかくエディの大胆さが功を奏したのだわ)
石膏像は、勝利を確信したかのように、大胆不敵に赤い舌をぺろっと出した。
接見室にいる誰も、まだそれに気づいていない。
(ライフルを持った衛兵がわんさといるのに、姿を隠そうともしない勇気には恐れ入ったわ。いちばん良い隠れ方は隠れないことだという、これは心理の盲点を突いた古典的なトリックね)
「ではお嬢様。僕とのデート、どこにしましょう。遊覧船を貸し切ってのディナーなどは?」
「救けて!!」
石膏像に勇気づけられた私は、敵だらけの王宮でも叫ぶことができた。
次の瞬間ーー
石膏像の手が動き、円盤が飛んできた。




