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ページ6 今どこ見てたの?

「それはそうと、君ねぇ……」


 急に顔を覗き込まれ、ゴクリと唾を飲んだ。

 この看護婦さんはオレを試しているのかもしれない。

 ベットの上に座るオレの顔を覗き込むという行為。

 それはつまりオレに対して前かがみになるということである。


 それが何を意味するかもうおわかりだろうか。


 ナース服が重力に従い、襟元にできる僅かな『間隙』。

 それはまさに、いくつもの条件が揃わなければ目の当たりすることのできない神秘の自然現象と言えよう。


 その僅かに開いた頂きからは、この世の物とは思えぬほどの奇跡の絶景を目撃ことが出来る。




 ──人はそれを理想郷(ユートピア)と呼ぶ。




 くっ、目が、目が吸い寄せられる。

 なんという吸引力だ……!!


 そんなオレの葛藤をよそに、看護婦さんが指差した。


「十五センチも切ったまま止血もしないで走り回るって、死にたいの?」


「じゅ、十五センチ!?」


 視線の先は、ギブスで固定された右腕。

 九十度で固定され、三角巾で首から吊るされている。

 殴ってよし、盾にしてもよしの魅力的な装備が装着されていた。


「そうよ。しかも出血が酷くてあなた、一度手術中に死んだのよ。幸い蘇生が間に合ったからよかったものの、本当に危なかったんだからね」


「マジかよ……」


「マジもマジ。大マジよ。その上昨日から重傷の患者さんが次々に運び込まれてて血も足りないっていうのに、あなた一人に一体どれだけ輸血したと思ってるのよ」


「す、すみません……」


 オレ、死んだらしい。

 いやいや、確かに死にたいって言ったけどもっ!


 本当に殺さなくてもいいじゃないか。

 ラブコメの神様、洒落になってないです。


 もしかしたら、切られた時点ですでにやばかったのかもしれない。

 でも、あの時は一刻も早くあの場を離れないといけない気がした。


 腕を負傷した状態で、あの時のような大立ち回りがまた出来るかと聞かれたら、答えはノーだ。


 だから逃げるという判断だけは今も間違ってないと思う。

 その結果大盤振る舞いに血を垂れ流して走り回ったオレは、誰もが呆れるかのように気を失ったというわけだ。


 人間、血がなくなれば死ぬんだな。

 生き返ったみたいだけど……。


「それでも佐伯ちゃんをよく護ったわね」


 あんなもの、護ったうちに入らない。

 居なくてもよかったし、場を掻き乱しただけ。

 むしろオレが助けられた方だ。


 そんな風に考えてしまうのは、多分──悔しかったのだろう。

 女の子ひとり護れない自分が情けなくて悔しかったのだ。


 奴らは武器を持っていた。

 けど、明らかな体格差があり、ここは平和な日本だ。

 本気で襲って来ないと高を(くく)って()めていた。

 子供を往なすように、簡単にやれると思った。


 現に初めの三匹までは上手くいったのだ。

 でも、最後の一匹だけは違った。


 佐伯さんによって倒されなければ、オレは今ここに居なかったかもしれない。


 それだけアイツは強かった。

 それだけアイツは脅威だった。

 それだけアイツは本気だった。


「佐伯ちゃんね、手術が終わってもあなたの傍から離れようとしなくって大変だったのよ」


「さ、沙希さん!?」


 この看護婦さんは沙希(さき)さんというらしい。

 今は無きナースキャップを頭に被せた白衣の天使スタイル、ではなく──

 肩まである茶色い髪を後ろで束ねたパンツスタイルの看護婦さんだ。

 年は二十後半ぐらいで、かなり大きいとだけ付け加えておこう。


 慌てて声を上げた佐伯さんに沙希さんが向き直る。


「でもね、いくら心配だからってご飯ぐらい食べなきゃだめ。もし佐伯ちゃんが倒れちゃったら、今度は誰が二人の面倒をみるの? 看病っていうのは無理をするってことじゃないの」


「っ、……ごめんなさい」


 沙希さんは佐伯さんの心配までしてくれていたらしい。

 手術が終わった後も、飯も食わずにオレの傍に居てくれた佐伯さんを陰ながら見守ってくれていたのだろう。


「はいっ、素直でよろしい。彼も大丈夫そうだし、もう少し休んで歩けそうなら二人で炊き出しを貰ってらっしゃいな。若いんだから自分の血は自分で作るのよ」


「「はい」」


 友達のように茶化したり、間違いをちゃんと叱ってくれ、最後には優しく諭してくれた。


 こんなことがなければ出会うこともなかったけど、高一になったばかりのオレ達にはその姿はとても大人で、眩しくみえた。


「あっ、ついでに食べ終わってからでいいから私の分も頼めないかしら。忙しくてつい食べ損ねちゃったのよね。それと、君はお姉さんをおかずにするのは、は・や・す・ぎ・る・ゾ♪」


 あっ、胸を見てたのバレてら。

 だって大きいんだもの。仕方ないじゃん。

 思春期の男の子には刺激が強過ぎるって。


「すいやせんっしたああああッ!!」






 夜の病院は、そこかしこで松明が焚かれ、病院全体を暖かな炎が包み込むかのような幻想的な光景が広がっていた。


「まったくもうっ。まったくなんだよ。影山くんはっ」


 あれから佐伯さんの機嫌がすこぶる悪い。

 頬を膨らませ前を行く後ろ姿は、なんとも愛らしいのであるが。


「あれは不可抗力だって、人が重力に逆らえないのと同じ……で……」


 しかし、オレの必死な弁解などロウソクの火を吹き消すかのように、唐突に振り返った彼女によって掻き消された。


 やだ。なにこの笑顔、怖い。


「ふぅ~~~~~~~~~ん。やっぱり大きさなのかなぁ? 影山くんは大きい方がいいのかなぁ? ねぇどう思う?」


「ええっ!? いっ、いや、オレはその……」


 そのまま視線が降りていく。

 そこには決して慎ましいとは言えない実りある物が存在し……。


「あーっ!!」


「いぃぃっ!?」


 突然駆け寄ってきた佐伯さん。


「ねぇ影山くん、今どこ見てたの?」


 ち、近い……。


「見てません。オレは何もっ!!」


 だがそんなオレの悲痛な訴えなど受け入れられるはずもなく。

 少女は会心の一撃を繰り出したのである。


「影山くんの、えっち」

どうも、ロングブックです。


会心の一撃、私も食らってみたい……。


この時影山友人は本当に死んで、医師に死を宣告されています。

ですが、その直後奇跡的に生き返りました。理由は作中で後程。


この作品が少しでも『面白い』、『続きが読みたい』と思って頂けたら、

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