ページ42 外さないで下さいね
──プランB。
瞬時に全員がその言葉の意味を理解し駆け出した。
私達はもし見つかった場合の行動も決めていた。
その場合は、六人全員での脱出を諦める。
捕まることを承知した上で、一人でもここから脱出し助けを連れてくるという、全員の覚悟の下に決められた捨て身の決死行だった。
あの男の強さは異常だ。
あれを相手にしてはいけない。
森先輩が殴られた時のことを先生方は見ていなかったけれど、生徒達全員が断言したことで渋々納得してくれた。
今ならまだ相手は一人だ。
誰か一人でも逃げ出せれば活路を見いだせる。
全員が同時に男の先にある裏門に向かって駆け出した。
「うぉおおおおおおおおおおおお!!」
先頭を駆ける森先輩が雄叫びと共に、両手を広げて男に掴みかかる。
掴み技で少しでも時間を稼ぐつもりなのだろう。
そんな彼の背中を見ながら、私は胸が熱くなるのを感じていた。
プランBを言い出したのは森先輩だった。
先輩は初めから自分が犠牲になるつもりだったのかもしれない。
本当に不器用な人だと思う。
けれど、彼の狙いは二重に叶わなかった。
「かはっ……」
一人で男に突っ込んだ森先輩は、前回同様尋常じゃない速さでねじ伏せられ、地面に叩きつけられてしまったのだ。
男が森先輩の横顔を踏み潰すように足を乗せる。
「見覚えのある顔だな。お前は簡単に意識を失えると思うな」
「く、そがッ……」
見ちゃダメだ。
足を動かすんだ。
森先輩が稼いでくれた時間を無駄にするな。
そう何度も自分に言い聞かせた。
それぞれが全力で二人の横を通り抜け、そして──。
「えっ?」
突然、前を走っていたジャー先がクルリと身を翻した。
「生徒一人守れないで、何が教師だああああッッ!!」
絶叫にも似た叫び声を上げながら、男に背後からタックルを決めたのだ。
体制を崩した男に、そのまま縺れるようにして二人は倒れた。
「森、いけええ──────────ッッ」
「あ、ああああああああッ!!」
ジャー先の叫びに応えるように、森先輩が奮い立つ。
私はハッとなり、いつの間にか止まっていた足を動かして先輩に駆け寄ると、彼の腕を肩に回した。
森先輩は、一体どんな怪力で地面に叩きつけられたのかと不安になるぐらい全身から血を流していた。
だけど、今はそんなこと口にしてる暇はない。
「人間風情が調子に乗るなッ」
「ぐふッ──」
覆い被された無理な体制から男がジャー先の横っ腹を殴りつけ、嘘みたいに吹っ飛んで身体を壁にぶつけた。
「先生っ!?」
無茶苦茶だ。
身体を押さえつけられ、碌に肘も引けない体制からの一撃。
あんな体制から大人一人を吹っ飛ばすなんてありえない。
「ゲホッゲホッ……。早く、行くんだ……」
血を吐きながら、立ち上がろうとするジャー先に私は目をギュッと瞑り顔を反らした。もう見てられない。
それでもどうにか足を進めようとして、
「お前だけでも逃げろ」
「え……」
突然森先輩に突き飛ばされた。
さして力の入っておらず、数歩で足を止めて逡巡する。
──どういう意味。
ふと嫌な予感がした。
私、だけでも……?
暗闇の中で正面に見えるはずの裏門に目を凝らし、愕然とした。
プランBの掛け声で心を鬼にして掛けて行ったはずの三人。
その三人共が門手前で倒れていた。
近くには薄っすらと数人の人影が見える。
そんな私の動揺を見透かしたように森先輩が声を上げた。
「早く行けッ!」
何処に行けばいいのよ!
逃げ道なんて何処にもないじゃない!!
自分は立っているのもやっとの癖にカッコつけないでよ。
私は足元にあった拳ほどの石を拾いながら言ってやった。
「女だからって、バカにしないで下さい」
こう見えて私は負けず嫌いなんだから!
「……バカな女だ」
一瞬だけ目を見開いた先輩の口角が、少しだけ動いた気がした。
石を握る手に力が入る。
「話は終わったか」
とっくにジャー先を気絶させて男は待っていた。
今はジャー先の方は見ない。
見るときっと心が折れるから。
だから、今は代わりにアイツを睨む。
私は自慢じゃないけど、運動が大の苦手だ。
石なんて投げたって絶対に当たりっこないし、届きもしないだろう。
ならどうするか。
そんなのはもう決まってる。
私がやるべきことは石を投げることじゃない。
愛生がランニングで外を走り回ってる間、私はずっと勉強をしていた。
自慢じゃないけど頭はいい方よ。
「森先輩!」
「あん?」
持っていた石を森先輩に放る。
半身で難なくキャッチした森先輩に精一杯虚勢を張って言い放つ。
「外さないで下さいね」
私の意図をすぐに察した先輩がニヤリと頬を歪めた。
自分で投げれないのなら、当てられる人に投げてもらえばいい。
野球部の彼ならこの至近距離から外すことはそうないだろう。
きっと死ぬ気で投げてくれる。
そして急いで次の石を探そうと地面に視線をやった私は、
「──っ!」
突然腹部に訪れた衝撃によって、意識を手放したのだった。




