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ページ23 男は背で語れ

「ふふっ、大変だったみたいね」


「……」


 点滴を交換しながら微笑む沙希さんに、オレは返す言葉もなかった。

 炊き出しを食ったのが夜の七時過ぎで、今はあれから三時間経った十時半。

 そして、ここは病室用に建てられた天幕(シェルター)の中だ。


 すでに消灯時間は過ぎているが、未だに運ばれてくる患者や看護婦の作業、また明かりを消すと恐怖を感じる者が居るらしく、多少薄暗いが電気は付いたままになっている。


「佐伯ちゃんはきっとショックで気を失っただけよ」


 オレはすっかり憔悴(しょうすい)していた。

 さっき聞いたばかりの医者が出した結論。

 気を遣ってくれる沙希さんから同じことを聞いても右から左である。


 左右のベッドでは、今も二人の少女が眠り続けている。

 何も言おうとしないオレに沙希さんは続けた。


「それより問題はこっちの子よ。運んできた隊員によれば、『大型の怪物に殴られてかなりの重症』って話だったのに、ケガ一つないじゃないの。しかも上から詮索するなって言われるし、一体どうなっているよ」


 聞きたいのはオレの方だ。

 あの時オレも間違いなくこの目で見た。


 オレの身代わりになって即死級の一撃をもらい、殴り飛ばされてしまったはずのノエルなのだが……。


 彼女は今──

 あの時の光景が嘘であるかのように、スヤスヤと幸せそうに寝息を立てている。


 医師の調べでも、二人には取り分け異常は見つからなかった。

 そう。ケガ一つなかったのである。


 異常が無いのが異常だなんて、とても笑えない。

 まるで狐にでもつままれたよう。

 凄く嫌な予感がしてならない。


 さすがの沙希さんも、ため息しか出てこない。

 詮索するなと言った上の人が、何か知っているのだろうか。


「まあいいわ。私が佐伯ちゃんに言ったこと、覚えてる?」


 彼女が飯も食わずにオレを看病してくれた件だろう。

 無理をせずに休めということだろう。


「はい……」


「だったら今はそれでいいわ。二人ともそのうち目を覚ますだろうから、起きたら教えて頂戴」


 それだけ言って沙希さんは台車を押して居なくなってしまった。

 そして入れ替わるように現れたのがこの人。


「ざまあねえな」


 片足にギブスを嵌め、両脇に松葉杖を抱えるおっちゃんだ。

 彼は、ワザとらしく(・・・・・・)立ち止まると呟いた。


「ったく、これじゃあしょんべんに行くのも一苦労だぜ」


「おじさん……」


「あぁん? 誰だテメェ」


 ベッドの前で顔を上げたおっちゃんが訝しげに言い放つ。

 そういえば名前を聞いてなかった。


「夕方、隣のベッドに居た影山友人(かげやまゆうと)です」


「あぁそうだったな。ワシは黒田幸次(くろだこうじ)ってんだ」


 そう言ってベッドの脇に居たオレの傍までやってきた。


「こん畜生めがァ」


 声を掛けたのは失敗だったかもしれない。

 使い慣れない松葉杖でおっちゃんは早くも苛立ってみえる。

 素なのか若干声も大きく、周りに申し訳なく思えてきたよ。


「……男って、無力ですね」


「フンッ。テメェ如きが何かしたところで、何も変わりゃあしねえよ」


 佐伯さんを一瞥したおっちゃん。

 神妙な面持ちで「それより……」とオレに囁きかける。


「今なら乳ぐらい揉んでもバレねえんじゃねえのか?」


「あんた何考えてんだよ!?」


「チッ、これだからケツの青いガキは」


 ぶん殴ってやりたい。

 一体何しに来たんだよ。

 くそう、じろじろ見やがって。


「……男が無力なのは、何もテメェだけじゃねえよ」


 おっちゃんの表情がなんだか和らいだような気がした。


「ワシにも坊主ぐらいの年に家を飛び出していった娘が居る。わがままでワシの言うことなんかちっとも聞きやしねえバカ娘だったが……。それでもアイツが生まれた時は、涙が出るほど嬉しかったのを今でも覚えてらあ」


 娘さんを思い出しているのだろうか。

 佐伯さんを見つめるその視線は、とても優し気なものに思えた。


「あのバカは早産で、腹ん中で一度死にかけたんだ。急いで仕事を抜け出して来てみりゃ生きた心地がしなかった。それから結局十八時間も掛けて出てきやがって、その間ワシはずっと赤ん坊を取り上げる部屋の前で待ち惚けだ。まったく早いんだか遅いんだかわかりゃしねえよ」


 ふと母さんと父さんの顔が浮かんだ。

 電話があったらしいし、心配しているんだろうなあ。


「で、坊主の本命はどっちだ?」


「えっ」


 おっちゃん……。

 なんで少し楽しそうなんだよ。


「おい、まさか両方とか言い出すんじゃねえだろうな」


「いやいや、そんな剣幕で睨まないで下さいよ。二人ともそんなんじゃありませんから!」


「チッ。精々悩みやがれ色男。男に出来るなんてえのはな、元来そんなもんと相場が決まってんだァ」


 おっちゃんはそう毒づき、背中を向けて去って行った。

 オレにはその背中が、どうにもモンスターに恐れをなして逃げ出した情けない男の背ではなく、大事なものを守ろうとして戦った男の背に思えた。


 まったくトイレは逆方向だっていうのに……。

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