ページ22 お前は違うだろ!?
ノエルを助けよう。
彼女は見込みがある。
ここで見殺しにするのは惜しい。
まずは二人で時間を稼ぐ。
そして避難民が逃げ切った後にオレ達も逃げる。
これが勝ち筋だ。
あのモンスターの動きは遠くから見ていた。
振り下ろされる巨大な腕にさえ気を付けておけばいい。
決して難しいことじゃない。大丈夫、オレならやれる!
「き、君ぃッ!?」
困惑する自衛隊の人を躱して突っ走った。
すみません。後でノエルと一緒に怒られますから。
「ノエル、時間を稼ぐぞ」
その声にノエルがにやりと頬を歪めた。
なんだよ。嬉しそうにしやがって!
彼女は無暗に突っ込んでいるわけではない。
少しでも時間を稼ぐように、じりじりと後退しながら戦っている。
改めてモンスターを近くから見るとやっぱりでかいな。
アスファルトを砕くドラム缶のように太い腕。
さらにチート並みの防御力を誇る強靭な肉体。
この世界の動物に例えるなら、巨大なゴリラってとこだろう。
攻守共に優秀過ぎて泣けてくる。
「ノエルが囮になるの。ユウトは後ろなのッ」
「わ、わかった!」
短いやり取りの後、必死に駆けた。
女の子を囮にするなんてちょっと心苦しいが、今は彼女の見せ場である。
ここはモブに徹するべきだろう。
ノエルの手から放たれた矢が巨大ゴリラの頭を捉え、反則的にも感じる無敵の防御を前に、成すすべ無くはじき返された。
『ヴォオ”オ”オオオオオオオオオオオオオオッッ』
巨大な拳がノエルに迫る。
ズシンと大地が揺れ、歪んでいたアスファルトをさらに打ち砕いた。
スピード自体はそれほどでもないが、その威力が桁外れだ。
ギリギリで躱したノエルが反撃に転じる。
あのまま躱すことに徹すれば時間も稼げるのかもしれない。
だが後で逃げることを考えれば、手傷を負わせておきたいところ。
そうした欲がいけなかったのだろう。
どこかに弱点はないだろうか。
そう思って見上げた巨大な尻。
「えいっ」
気がついたら穴に吸い込まれていた。
「さ、刺さった……」
『ヴォオッ……』
弱々しい鳴き声を上げて背筋をピッと突っぱねる巨大ゴリラ。
たたらを踏み、その勢いで短剣がスルッと抜けてしまった──直後。
「逃げるのッ!」
鼓動の音が止まるような感覚。
周囲の景色がゆっくりと流れていく──
横を見れば、すぐそこに壁があった。
巨大な壁。その壁がオレを押し潰さんと迫っていた。
まるで居眠り運転の暴走トラックが、一メートル先にある感じ。
──やべっ。
比喩抜きで『死んだ』と思った。
一度死んだと聞かされ、自分の中で命の価値が低くなっていたのかもしれない。
清々しいモブっぷりで登場から最速でフェードアウトかよ。
ちょっとふざけ過ぎたと後悔した矢先──
迫りくる壁とは逆側から、突然突き飛ばされた。
「──ッ」
地面に膝と腕を打ち付け、急いで振り返ると。
そこには宙を舞う少女の姿があった。
冷たい突風。
自衛隊の「担架ーっ!」という声が右から左へ抜けていく。
周囲から人影が集まって行く様子を、オレはただぼーっと眺めていた。
『ヴォオ”オ”オオオオオオオオオオオオオオッッ』
絶叫にも似た咆哮。
巨大ゴリラが両腕を天高く掲げ、勝どきを上げた。
奴にとってノエルはオモチャであると同時に、己の攻撃を何度も掻い潜って反撃を仕掛けてくる、好敵手だったのかもしれない。
「どいてえええ────────ッッ」
突き抜けるのような叫び声に、ハッと顔を上げた。
暗闇を掛ける足音。その声の主には心当たりがあった。
「ついて来ていたのか……」
そうした中、オレにはわからないことがあった。
命の危機に瀕した避難民を逃すため、今の今まで巨大ゴリラと大立ち回りを繰り広げていたノエルだ。
──彼女はどうして助けた。
確かに一時とは言え、オレ達は同じ釜の飯を食った仲間だ。
その仲間が危なかったら助けるのは普通なのかもしれない。
考えるより先に身体が動いていたって、よく耳にする。
物語のヒーローや英雄なら仲間を守るのは当然だろう。
……でも、でもさ。お前は違うだろ?
オレの勘違いだったのか……?
お前はオレが封印してしまった物を持っているんじゃなかったのかよ。
そりゃあ助かったのはありがたい。
けどさ……。
ここは仲間の死を嘆き、覚醒するシーンだろ!?
スーパーなサイヤ人みたいになったりするんじゃないのかよ!!?
バカ野郎。どうして助けたりしたんだよ。
お前がここで倒れたら、残されたモブはどうなるんだ。
「くそっ、くそっ、くそう……」
広場で炊き出しを食っていた時。
敵の登場を知ったノエルは、それまでとはまったく違う顔つきになっていた。
やる気と決意に満ち、オレの制止も聞かずに真っ先に駆けて行った。
あの時のノエルの気持ちは痛いほどわかる。
真の中二病患者が心から待ち望んでいる境遇だ。
きっと嬉しさのあまり狂喜乱舞したことだろう。
そして自衛隊すら手をこまねていた巨大ゴリラに対し、少しも臆することなく己の信念のままに立ち向かっていた。
妄想を乗り越えた先にある現実のガチバトル。
あの時のノエルはかっこよかった。
あの時のノエルは輝いていた。
そんなノエルを見たからこそ、オレも感化されたんだ。
危うく封印が解けてしまうところだったけど、渋々主役を際立たせるモブに徹しようと覚悟を決めたのだ。
あぁ、わかってる。
オレがドジったのがいけなかったんだ。
まだ暴れていたかっただろう。
まだ輝いていたかっただろう。
まだ……。
「──ッ」
くそっ、なんてことをしてしまったんだオレは……!!
こともあろうか、ノエルの命を賭けた一世一代の見せ場を奪ってしまった。
すまない、ノエル……。
そんな最中でも刻一刻と状況は変化していく。
「おい、君! しっかりするんだ!!」
不意にそんな声が聞こえた。
先程ノエルが飛んでいき、佐伯さんが駆け寄った場所からだ。
ざわざわと物音がし、すぐに数人の足音が遠ざかっていった。
なんだ、何が起きた。
佐伯さんがどうした……?
──ドクン、ドクンッ。
周囲の人が減ったせいか、妙に鼓動の音が大きく聞こえる。
胃の辺りがキリキリと焼けるように熱い。
早く行かなくては──
そう思い踏み出そうとした、その時だった。
ズシンッ。
すぐそこで音がした。
首だけ動かして振り向くと、ぎらぎらした眼光でこちらを見据えるソレがいた。
次はお前だと言いたげなその眼差しに、頭の中がすぅっと真っ白になっていく。
何かの糸がプチンッと音を立てて切れたような気がした。
「お前、邪魔だな……」




