ページ16 幸せをありがとう
お好み焼き屋『五十嵐』。
この店と出会えたことは本当に運がよかったと今でも思う。
あれはまだ冬の寒さが残る三月のこと。
福岡から単身広島に着いたオレは、重い荷物を抱えたまま寮に向かう前に、腹ごしらえをすることにした。
「広島と言えばお好み焼きだな!」
時刻は午後一時半。
駅を出てすぐの商店街を直歩く。
お昼は過ぎているはずなのにどこも行列だった。
商店街を端から端まで歩いて、結局最後の店で渋々列に並んだのである。
今日はこの冬一番の寒さらしい。
毎日のように更新される『この冬一番の寒さ』が風に乗って顔面に直撃する。
「寒っ」
まったく見せつけてくれるものだ。
オレの前に並んでいるカップルは、途中で彼氏が買ってきた一本の缶コーヒーを、いつまでも飲まずに交代でにぎにぎして微笑み合っている。
あれが幸せの温もりというやつだろうか。
斜め向かいの店に、心移りしたくなるぜ。
そんなことを考えていると、がらがらと古めかしい扉が開き、中から店員さんが顔を出したのである。
オレはその定員さんに衝撃を覚えた。
何だろうと眺めているとその店員さんは前のカップルを放置して、オレのところにやって来るではないか。
「あのぉ、よかったらこれどうぞっ」
紺の作務衣に白い肌。まだ幼い顔立ちは多分年下なのだろう。
長い髪を一つに束ね、清潔感の漂う爽やかな声。
そして、手には大きめの湯飲みが握られていた。
オボンの上ではなく、手渡しだ。
その瞬間寒さなど吹っ飛んでいった。
いや、もう心はぽっかぽかだ。
「──ありがとう」
思わず両手を差し出して掴んでしまった。
温かい湯飲みとそれを包んでいる、定員さんの手を──
「っ……!」
一瞬時間が止まった気がした。
手を握られて驚いたのか、オレの手があまりに冷たかったのか。
恐らく両方なのだろう。
ビクッと肩を震わせ、ぽかんと口を開けた店員さんが見事に固まってしまった。
「あっ、ごめん」
「い、いえっ……」
それから凄い速さで一礼すると店に引っ込んで行った。
訂正しよう。
衝撃を覚えたのは定員さんの方だったかもしれない。
ホントごめんなさい。
でも幸せをありがとう!
それから待つこと二十分。
あっという間だったとだけ付け加えておく。
逮捕されるかもとビビってたけど、さすがにそこは大丈夫だった。
店の中に案内された時は、まだ少しドギマギしていたようだけど、それもまた可愛かったのでオレから言うことは特にない。
そして、待ちに待った広島風お好み焼きがオレのところへやって来た。
──そう。オレのところへやって来た。
引越しで荷物の多かったオレは、座敷席を選んでいた。
作ってるとこ見たさに、カウンターを正面。
鉄板を挟んで壁に背を付けた位置で腰を下ろした。
どうやら従業員は店長と定員さんの二人だけだった模様。
しばらくして注文した広島風お好み焼きが、あの可愛い店員さんによって厨房からオレの席へ運ばれてきた。
胸を躍らすオレ。
だが、事件はその時に起きた。
専用のトレイにお好み焼きを乗せて運んで来てくれた店員さん。
その足に滑り込むように、さっきオレの前に並んでいたカップルのうち、女性の方がトイレへと椅子を引いて席を立ったのだ。
店員さんは豪快に転んでしまい、お好み焼きは宙を舞った。
座敷の鉄板を飛び越えその一部始終を見ていたオレのところへ。
いやホント引越しの荷物に着替えが入ってて助かったよ。
火傷したかと思うほど熱かったけどね……。
その後定員さんと店長に何度も謝られ、なんで着替えを持っているという話になり、たまたま募集していたバイトに店長が誘ってくれたのだ。
元々バイトを探すつもりだったこともあり、オレは棚から牡丹餅で飛びついたというわけさ。
決してやましい気持ちが合ったからではない。
ないったらないっ。
そんなバイトも二ヶ月もすれば慣れてくるというもの。
今やオレは洗い物マスターだ!
どんな汚れも一瞬で片付けてくれる。
とは言っても、初めの頃は本当に大変だった。
店長は人使い荒いし、鉄板は熱いし、洗い物なんて洗い終わるより早く次が追加されていく光景を見た時には、正直言って逃げ出したくなったものだ。
どうにか続いているのは、店長が作ってくれる賄いのおかげだろう。
これがうまいのなんのって。
その日の食材と店長の気分でメニューは変わるんだけど、中でもオレのオススメは『チーズインライスコロッケ』だ。
揚げたてを一口頬張ると、ケチャップライスの中からチーズがとろ~り。
涙しながら食ったさ。熱すぎて。
それ以外にも西京焼きも美味かったし、海鮮丼もまた食べたいなぁ。
あぁ、考えただけでも腹が減ってくる。
あと今日はいいのが手に入ったと、それいくらすんのってぐらいのマグロを捌きだした時には本当にびびった。
刺身にから揚げ、マグロの頭で作ったカブト煮まで出てきて、これが本当に賄いなのかと目を疑ったものである。
メニューに魚介類が多いのは、店長行きつけの朝市が故だ。
なぜお好み焼き屋をやっているのか甚だ疑問だけど。
店長曰く、採算を考えなきゃならないから好き勝手出来ないらしい。
その分賄いに全力を注いでくれるのだから、嬉しい限りである。
料理を作ることが大好きらしい。
オレも食べることが大好きなのでウィンウィンな関係と言えよう。
初めての一人暮らし。
知らない土地で寂しさを感じずに済んでるのは、一重に店長のおかげだと思う。
何でも相談に乗ってくれ、不器用だけど本当の息子のように接してくれる。
これで後は可愛い彼女でも居てくれたら──。
いや、高校生活はまだ始まったばかりだ。
モンスターなんかに負けてられない。
オレは憧れのリア充ライフを手にするんや!
こんな日もある。
影山「店長、今日の賄いは何ですか?」
店長「おう、今日は友人の好きな『広島風お好み焼き』だ」
影山&楓((手抜きだあああああ!!))
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