8.人間になって出かけよう
あたしは小さな声で言った。
「でも、ハナが・・・」
するとパグぞうさんは自信満々に答えた。
「大丈夫!オイラがなんとかしてそのハナって奴を説得するから!なんなら今すぐ説得に行ってくるぜ!隣の家だろ?」
「・・・じゃあ、人間になろうかな。ハナを説得してくれるなら・・」
「よっしゃ!サンキュ!じゃあ早速隣の家に行ってくる!」
そう言ってパグぞうさんはパッと消えてしまった。
そして、次の日。
「おいっす!説得してきたぜ!」
「えっ!?もう?」
長い付き合いだからわかるが、ハナは一度言いだしたらきかないガンコな犬だ。
「ホントかなあ・・・?」
「そう言うと思って、ハナに頼んどいたよ。明日もし散歩で出会ったら、そこでオイラのことをあんたに話してやってくれって。なんだか、オイラのせいであんた達、絶交中なんだってな」
「そうだよ!パグぞうさんのせいで絶交するハメになったんだよ!」
あたしは怒って言った。
「まあ、それも明日仲直りってわけでめでたしめでたし。そこで今日は、来週の月曜に実行に移す計画の内容を発表する!」
「えっ!?ちょっと展開が早くない?」
「善は急げって言うだろ。明日明後日は週末だからあんたの飼い主が家にいるだろ?だから説明するなら金曜日の今日しかない」
「なんだか強引だなあ」
「そりゃそうよ。もう時間がないんだから」
パグぞうさんが何かぽそっとつぶやいた。
「え?今何て?」
「いや、なんでも」
その後の説明はすごく長かった。あんまり長いので途中眠たくなって、うとうとして何度も起こされた。しまいにパグぞうさんは言った。
「まったく・・・一時間ともたないな。まだ計画の半分しか話してないのに。まあいいや。あとは当日にその都度説明してやるから」
「うん、どうせなら初めからそうしてくれればよかったのに・・・ZZZ」
「おい寝るな!・・・っとこんな時間だ。じゃあ月曜にな。とりあえず、これだけはちゃんと覚えとけ。一つ、人間になっても、人間の食べ物は食べるな。前も言ったが、見た目をだますだけで内臓は犬のままなんだからな。そして二つ目、絶対に正体はバレてはいけない」
「うん、わかった。・・・ZZZ」
「ハア・・・本当にわかっているのやら・・・」
また寝てしまったあたしには、パグぞうさんのつぶやきは聞こえなかった。
次の日。サトルが休みなので朝の散歩に連れて行ってくれた。そして、その途中でハナに会った。ハナはあたしをチラッと見ると、うつむきながら話しかけてきた。
「・・・この前、私の家に悪魔のパグぞうっていうのが来たわ。私は吠えて追い出してやろうと思ったけどあんまり必死だったから、つい言い分を聞いちゃったわよ。・・・まあ、いいんじゃない?あの人の頼みを聞いてあげても」
「えっ本当に!?ありがとうハナー!」
あたしはうれしくって、しっぽをブンブンとはちきれんばかりに振った。ハナはちょっとびっくりしたみたいだったけど、こうも言った。
「でっでも、人間になれるからって好き放題やっちゃダメよ。危険だって聞いたし。ちゃんとあの人の言うことを聞いて、ダメって言われてることはやっちゃダメよ。リリィは危なっかしいんだから」
うっ。痛いところつかれた。さすがはあたしのお姉さんだ。
そして、運命の月曜日がやってきた。サトルはいつも通り、会社に出かけて行った。
「行ってきます。リリィ、いい子で待ってるんだよ」
「ワン!」
(すぐあとで、会社まで追いかけるからね♡)
あたしはしっぽを振り振り、サトルを見上げた。
約束の時間まで待つのがすごく長かった。あたしは会社で働くサトルの姿を想像しながら過ごした。といっても、働くってどんなことかまったく知らないのでサトルのイケメンな姿ばかりが頭に浮かんだ。
そして、パグぞうさんがやって来た。
「おいっす!」
「やっと来たー!待ってたよー!」
「やっと歓迎してくれたな。いつもは邪険にするのに」
「そんなことより早く早く!」
あたしはしっぽをブンブン振って催促した。
「よっしゃ、わかった。準備はいいか?」
「うん!」
急にあたりがまぶしくなって、あたしは光に包まれた。目を開けると、見えてる景色が違う。パグぞうさんが言った。
「おう。人間になったぜ。今日はピンクのフリルワンピースか。まったく親バカだな。まあこの格好なら街を歩いてもおかしくはないか」
「ピンクって?」
「ああ、犬は色がわからないんだったな。気にしないでいいよ」
「ふーん」
パグぞうさんは悪魔だから、あたし達にはわからない色もわかるんだって。
「じゃあ、早速出かけるぞ。準備はいいか?」
「オッケー!」
そしてあたしは、玄関のドアを開けた。
「おいっ!靴を履け!」
◇ ◇ ◇
足にはめた『クツ』が、すごく痛くてうまく歩けない。
「パグぞうさん、これ、脱いでいい?」
「ダメだ。靴を履いてなかったら変人に見られるぞ」
「うう~~」
「それから、もっと小さい声で話せ。人間にはオイラの姿は見えないし、声も聞こえないんだから」
あたし達はマンションを出た。パグぞうさんはあたしの耳の辺りを飛んでいた。
「こっちに歩けば駅がある。そこから電車に乗って・・・」
「ねえ、エキって何?」
「ん?駅っていうのは電車が停まる所で」
「デンシャってのは知ってるよ!なんかヘンな乗り物だよね。ドッグランに行った時に乗った」
「だーかーらー、もっと小さい声で話せって!それから、オイラの方を見るんじゃない。ちゃんと前見て歩け」
「はーい」
しばらく歩くと、向こうから散歩中の犬が来た。耳が三角形の、大きな犬だ。
犬は、あたしに向かって吠えてきた。
「ワン!ワン!ワン!」
(おまえは一体何者だ!クンクン・・・犬の匂いがするのに人間の姿をしてるなんて!それに空を飛んでる小さいの、おまえは誰だ!?まさか・・・悪魔か!?)
大きな犬の飼い主は困ったように言った。
「もうっ!チャッピー!どうしたの?吠えちゃダメ!すみません。ウチの子、めったに吠えないんですが・・・」
パグぞうさんが言った。
「“いいえ、大丈夫です”って言って」
あたしは言われた通りに言った。
「いいえ、大丈夫です」
パグぞうさんが言った。
「おい、あの犬、無視して行くぞ」
そしてあたし達は大きな犬から離れた。
「あー、びっくりした」
あたしは前を向きながら言った。
「同じ犬には、あたしの正体ってバレちゃうんだね」
パグぞうさんが言った。
「そりゃそうよ。見た目と匂いがちぐはぐだからな。仕方ないから、この先吠えられても無視するぞ」
「あの犬、パグぞうさんのこと見えてたね」
「そりゃそうよ。犬の悪魔だからな」
それから、あたし達は何度か犬に吠えられながらもエキという所に着いた。パグぞうさんが言った。
「あの改札を通る。カバンの中にICカードが入ってるから」
「え、何?」
「手に持ってるカバンの中身を出して。・・・そうそう、これ」
パグぞうさんが言った『これ』は、四角い、薄っぺらい小さい板だった。クンクン・・・食べ物じゃ、ない。
「これを、右側の光ってる所に当てるんだ」
「え?どこ?」
「ここ!この光ってる所!」
そんなわけでなんとか電車に乗ることができたけど、とっても疲れた。でも、サトルのいる所まではまだまだかかるらしい。眠くなってきちゃったよ。