4.ポテトチップスの味
レーゾーコには、いつもおいしそうなものが入ってる。あたしは食べたくて仕方がないが、サトルはいつも「ダメ」という。
「おい、ダメだぜ」
悪魔が言った。
「え、何で?人間になったんだから、人間の食べ物だって食べていいじゃん」
「人間になったのは見た目だけ。中身は犬のままだよ」
「どういうこと?」
「だから、魔力で見た目をごまかしてるだけで、体は犬のまま。人間の食べ物を食べたら毒になるんだよ。特にチョコレートは・・・」
「あっ!」
「次は何だ」
「あったー!あたしのごほうびのワンワンビスケット!これならいいんでしょ」
「んー、まあ、それなら」
「あっ!」
「いちいちうるさいな」
「ポテトチップスだ!」
いつもワンワンビスケットが入っている棚を開けたら、隣にサトルのポテトチップスが入っていた。サトルはいつも美味しそうに食べるくせに、あたしが食べたいとせがむと、いつもダメと言う。ズルい!
「ねえ、このポテトチップス、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけなら食べてもいいでしょ?どうせもう二度と食べられないんだから」
「うーん、それはそうだが。でも、塩分が多いからほんのちょっとだけにしろよ?」
「うん!わーい!!・・・ねえ、これどうやって開けるの?」
「この袋の真ん中をこうやって・・・」
バリッと音を立てて、袋は開いた。
おおっ!目の前に憧れのポテトチップスが!!
いっただっきまーす!!
パリッ!
「おいしーい!!」
「だろうな。オイラのおススメはうすしおよりものりしおだけどな」
「悪魔さんも食べたことあるんだ!・・・!!サトルが帰ってくる!」
サトルのにおいがする!もう帰って来たんだ!
「早く戻らなきゃ!」
「おう!すぐに戻す!」
悪魔さんが何かを唱えると、あたしはモクモクと白い煙に包まれて、見える景色がだんだん元通りになっていった。どうやらあたしは犬の姿に戻ったらしい。
「じゃ、オイラは帰るぜ。あばよ、もう二度と呼ぶなよ。でも、悪魔を呼びたいって言う犬がいれば、オイラの名前を出してくれ。オイラの名前は、『パグぞう』だ」
「うん、ありがとうパグぞうさん」
そうして、パグぞうさんは目の前から消えた。
そのあとすぐにガチャっと音がして、サトルが部屋に帰ってきた。
「ただいま。リリィ、いい子にしてたか?」
「ワン!」
・・・いい子にはしてなかったな。
案の定、あたしはサトルに怒られた。棚は開けっぱなし、台所には袋の開いたポテトチップス。決定的な証拠は、あたしの口の周りにポテトチップスのカスがついていたことだ。言い逃れしようとも話せないので、あたしはただ怒られた。ごめんなさい、もう盗み食いはしません。
「それにしても、こんなに高い棚、どうやって開けたんだか・・・しかもこんなにきれいにポテトチップスの袋が開いてるし、でも泥棒が入った形跡もないし・・・」
まだサトルがブツブツ言っているので、あたしはノロノロと、自分の寝床に戻った。
すごく怒られたから、すごく落ち込むなあ。あたしは丸くなって、早々に眠ってしまった。それにしても、ポテトチップス旨かったなあ・・・
そして、次の日。
朝の散歩の途中でハナに会った。あたしはハナに昨日のことを報告した。それを聞いたハナの第一声はこうだった。
「何か、変な夢でも見たんじゃない?」
「本当だもん!二十歳くらいの人間の女の姿になったんだよ。ポテトチップスも食べたし!」
「人間の食べ物なんて食べたの!?」
「うん、美味しかったよ」
「人間の食べ物は犬には毒だから食べちゃダメだよ」
「うん、それは昨日も言われた」
「とにかく、夢でも本当でも、もう悪魔を呼ぶなんてしちゃダメよ。サービスするなんて言ったって、ウソついて寿命をとってるかもしれないでしょ?」
「そんな悪い犬には見えなかったけどなあ」
あたしは昨日の悪魔さんの姿を思い出していた。いろいろ親切にしてくれたけどな・・・
そして、数日後の夜。
今日もサトルの帰りは遅い。あたしはおもちゃのぬいぐるみをガジガジかじりながら、ただサトルの帰りを待っていた。
サトル、今頃誰といるんだろう?女と一緒にいるのかな、だとしたらイヤだな。でもいつか、彼女ができてケッコンとかするんだろう。
そんなことを考えていたらすごくイライラしてきたので、サトルが買ってきてくれたおもちゃをおもちゃボックスからくわえて引っ張り出してそこら中にポイッと投げた。
その次の日の夕方。今日も帰りが遅いのかと考えていたらまたイライラしてきた。こんな時、玄関のドアを開けてサトルを迎えに行けたら・・・
その時、急にアイデアが浮かんだ。
「そうだ!イートマキマキ、イートマキマキ、ヒーテヒーテトントントン!」
すると、パグぞうさんが現れた。
「まいど!悪魔出張・・・ってまたあんたか!」
パグぞうさんは言った。
「あのな、営業妨害するんなら、こっちもそれ相応の対応をさせてもらうぞ」
「エーギョー?何それ?それよりもこれあげるから、あたしをまた人間にしてほしいの」
「これって?」
あたしは部屋中に散らばったおもちゃを見渡して言った。
「これ、あたしのおもちゃ全部」
「おもちゃなんか役に立つかーい!オイラを何だと思ってるんだ。こんな物、仕事の対価になるかい!もう帰るぞ!」
パグぞうさんは怒って帰ろうとした。
「待って!どうしても人間になりたいの!」
「この前人間にしてやったろうが。人間の食べ物を食いたかったんだろ?まだ食い足らないのか?」
「違うよ!もっとマジメな理由」
「マジメ?」
「うん、それはね・・・」
あたしは理由を説明した。するとパグぞうさんが笑いだした。
「アーハハハ!」
「何で笑うのよ?」
「笑わずにいられるかってんだ。人間になって、飼い主に近づく女を追い払いたいなんて、バカバカしい!
マジメな話だって言うから聞いてやったのに」
「マジメな話だよ!」
「だいたい、飼い主のどこがそんなに好きなんだか」
「えっ?それはいっぱいあるよ!優しい所でしょ、いいにおいがする所でしょ、イケメンな所でしょ、いつものメガネ姿もキリッとしててカッコイイけど、メガネをはずすとちょっとカワイくなるんだよね。あと」
「おい、おい・・・」
「声もいいし、あの声でリリィって呼ばれるのが毎日幸せで」
「おい、なあ」
「あとね、背が高くてスマートで、あたしを見つめる目がキレイで」
「もういいわ!」
「えー、まだあるのに」
「もういいわ。十分わかった。つまり他の女にとられたくないっていう嫉妬深いメス犬ってことか」
「シット?」
「そんなに飼い主が好きなら、そのするどいキバで女にガブリと噛みついてやればいいじゃん」
「それができないから頼んでるのに!いつもあたしはこのカギのかかった家から出られずにサトルの帰りを待つしかないんだから」
「なんだカギぐらい」
ガチャッ。
「え?」
振り向くと、玄関のカギが開いて、ドアも少し開いていた。
「パグぞうさん、あれって」
「これで女をとっちめてやれよ。まあ、そこまで執念深く想われる飼い主も幸せなんだかどうなんだか・・・ってもう行くのかよ!」
あたしは玄関に向かって走り出していた。