対決、勇者一行。
三話連続の投稿です。
勢いってすごい。
我輩は猫、魔王様である。
我輩は猫、今は昼寝中である。
玉座の上は日当たりがよく、元魔王の配下に持って来させたクッションのふかふかも合わさって最高である。
「魔王様、よろしいのですか?」
「仕方あるまい。俺はやつに負けたのだ。っていうか、そもそも俺は、やつに近づくことすらできん」
「そんな…あんなに弱そうなのに…」
「お前たちには分かるまい…ともかく、やつの前では俺の力が微塵も発揮できぬのだ」
「強者にしか分からない、真の強さってやつですか…」
「うむ…まぁなんか違う気もするが、概ね間違ってないだろう」
なんだか外野が騒がしいが、ねむねむ、なのである。
魔王を降してからというものの、我輩は魔王城の玉座にて、至れり尽くせりの生活を送っている吾輩。
子分一号であるトカゲは玉座の傍で、我輩と同じく昼寝をしていた。
元魔王は我輩のいる玉座の間を避けるように生活し、時々、元魔王の配下が我輩らの要求を伺いにくる。
元魔王は玉座の間に入れぬことを除き、我輩らに害が無いことを確信したらしく、もう放置状態である。
まぁ我輩からすれば、望んだとおりの喜ばしいことなのではあるが。
ちなみに、元魔王は我輩の子分二号である。
「魔王様、我らの領域に勇者一行が足を踏み入れたとの報でございます」
「…ふむ、これは良い機会だ。やつの実力を知るには調度いい」
「…といいますと?」
「勇者一行には手を出すな。部下どもに無用の傷を負わせる必要はない」
「承知いたしました」
むふー、いい気持ちである。ねむねむ。
我輩は夢を見ているのである。
これは我輩の昔の思い出。大切な記憶なのである。
我輩が見知らぬ森へやってくるよりも、ずっと昔のこと。
我輩がまだ生まれたばかりの頃。
最初の記憶にあるのは、寒さと飢えであった。
とても寒くて、寒くて、お腹が空いて、とても悲しかったのである。
泣いても、叫んでも、誰も助けてくれなかった。
そして、体力が尽き、もはや死を待つまでとなった時、我輩は何者かに抱き上げられるのを感じた。
後に理解するが、その者はヒトという生き物の幼生体、つまりは子供であった。
その子供はとても暖かかった。幸せな匂いがした。
我輩はその子供に住処へと連れていかれたが、紆余曲折あって、結局は元の場所に戻されることになった。
しかし、それからの生活は劇的に変化した。
まずはお腹が空かなくなったのである。子供が毎日乳を持ってきてくれるようになったのである。
最初はほとんど口にできなかったが、少しづつ飲めるようになった。
次に、寒さを感じなくなったのである。子供がどこからか暖かい毛布を持ってきてくれたのだ。
我輩の住処に屋根ができて、雨に打たれることも無くなった。
やがて、子供が複数になり、我輩はとても可愛がられた。
手の平をやたら触ったり、尻尾や耳に悪戯するのは困りものであったが。
今でも思う。我輩は幸せであった。
一度、子供の後を付いていこうとしたこともある。
まぁ子供の悲しそうな目を見て、すぐに取りやめたが。
そうそう、我輩がヒトの言葉を理解できるのも、子供たちのおかげである。
子供たちが本を読んだり、話しているのを聞いていて自然と覚えたのだ。
それから、別れは突然であった。
子供たちが作ってくれた、我輩の住処が、なんだか偉そうなやつらに撤去されてしまったのである。
火事の原因とか何とかもっともらしく言っていたが、ようは嫌がらせである。
子供たちに可愛がられる我輩に嫉妬したのであろう。
あの偉そうなやつに見つかると碌なことにならないと感じ、我輩は姿を消すことにした。
子供たちと別れるのは嫌だったが、あの偉そうなやつは危険だ。危険が危ないのである。
この頃の我輩は、もうすっかり自立した成猫になっていたので旅立つのに何の支障もなかった。
心残りは沢山あったが、危険な予感も沢山あったので泣く泣く旅に出た。
住み慣れた場所を離れ、気分の赴くままに、色々なところを歩いた。
危険はヒゲが教えてくれた。
食べ物は、愛想を振りまけば自然と集まった。
そして…
「…親分、親分。起きてくだせえ」
うむぅ、せっかく良い夢を見ていたというのに。
まったく空気の読めないトカゲである。
まあ我輩はできた親分であるから、こんなことでは怒らないのである。
気づけば玉座の間には魔物が集まり、遠巻きにこちらを伺っている。
「お休みのところ、すいやせんが、勇者とやらが来たみたいでさあ」
勇者とな。確か、元魔王とその配下がそんな話をしていた。
はて、勇者とはなんぞや。
「勇者ってのは、俺たち魔物の天敵でさあ。勇者自身も強いんですが、やつの持ってる聖剣ってのが特に厄介で」
ふむふむ、それで?
「何でも女神の力が宿ってるとかで、斬られた魔物は一瞬で消し炭になっちまうらしいです」
おぉお、なんと恐ろしい。でも我輩、魔物ではなく猫ですから。
まあ大丈夫でしょう。
「すげぇぜ親分。その自信はどこから湧いてくるんですか」
親分たるもの、子分の前では決して弱気になっちゃならんのですよ。ふふふ。
「さすが親分!聞いたか、おぃオメーら、勇者一行をここまで誘導しろぃ!!」
トカゲの一声に、ざわざわと騒がしくなる玉座の間。
遠巻きに様子を見ていた魔物の中から数名、その場から去っていくのが見えた。
「ふむ、流石に俺を降しただけのことはある。大した自信だ」
「魔王様、これは期待できますね」
「だが、まだ分からんぞ。今代の勇者は歴代でも随一と言われる実力者だ」
「なんと!先代でもあの強さ。今代の勇者はどれほどなのか…」
ふむん、勇者というのは、なかなか強いらしいのである。
しかし、我輩は親分。子分の前でみっともない姿は見せられんのである。
きりりと姿勢を正して玉座に君臨する我輩。
「ここかっ!魔王!!」
ばん!と大きな音を立てて蹴破られる扉と、玉座の間に飛び込んでくる勇者一行らしき者たち。
「ここまで、刺客の一つも寄こさないとは舐めた真似を!その首っ…うん?」
血気盛んに捲くし立てる勇者は玉座を見て唖然とする。
後ろに並ぶ一行の面々も同じくだ。
勇者は玉座の間を取り巻く魔物たちを見回して、トカゲに目をつける。
「お前か!見るからに凶悪そうだ。お前が魔王だろう!玉座のその愛らしい生き物はトラップか何かだな!!」
トカゲに剣を向ける勇者。
「…いや、違いやすぜ。俺は親分…こちらにおわす魔王陛下の一の子分でさあ」
向けられた剣に動揺するが、きりりとした我輩の姿を横目で見て、平静を取り戻すトカゲ。
「なんだと!?それは本当なのか!」
トカゲの言葉に大きく動揺する勇者。
その様を見て「流石親分だぜ!」とでも思っているのかどこか自慢気なトカゲ。
「…本当だ。俺は元魔王だった者だ。俺はこやつに確かに負けた。お前には分からんか、この寒気というか威圧感というか、底知れぬ気迫的な何かが」
カツカツと壁際から前に出る元魔王。全身真っ赤でいかにも痒そうである。
勇者を前に全身掻き毟りたくなる衝動を押さえ込み、脂汗を滝のように流しながら語りかけている。
「…キミ、大丈夫か?顔色がすごく悪いぞ。こっちに僧侶がいるけど回復魔法いるか?」
思わず、勇者が気を使ってしまうほどである。
「…いや、結構だ。俺にとってこの空間は非常に辛いものでな。すぐに立ち去る」
「ささ、魔王様、早く行きましょう!」
そう言って、玉座の間から逃げるように去っていく元魔王と気遣うように付き添うその配下。
その様子を心配そうに見送る、魔物たちと勇者一行。
「…はっ!そ、それはともかく、その愛ら、げふん!その生き物が魔王で間違いないんだな!!」
我に返った勇者は、玉座にいる猫に向かって剣を向けようとし、しばし葛藤。
剣を下ろして、反対の手で吾輩を指差す。
「さっきからそう言ってるぜ、勇者様よぉ」
呆れた様子で勇者を見やるトカゲ。
もう完全に勇者に対する畏怖は消え去り、余裕綽々である。
「くぅ…あんな可愛いものが魔王だなんて、全く想定してなかったぞ」
「でも勇者様、あんなに可愛くても魔王。小さくても魔王なんですよ」
「そうだぜ。魔王を倒すのは勇者の役目だぞ」
「ぐぐ…それなら勇者を交代しよう。僕にはあれを斬れない!」
「そんなの前代未聞ですよ!それに私だって!」
「俺っちも無理だ。あれは殺せねぇ」
勇者がくるりと反転。
一行は我輩たちに背を向けて何やら会議を始めた。
「親分、これってチャンスじゃないですか?」
ふふん、甘い、甘いのだよ。ここはまだ待ての一手である。
ここで動けば我輩たちに勝機は無いのである。
「ぐぐぅ…やるしか、ない、のか…」
会議が終わったらしく、我輩らへと向き直る勇者。
勇者は痛いほどに剣を握り締めており、表情には苦渋の色が濃く表れている。
背後の面々も表情が暗い。
我輩はきりりと姿勢を正したまま勇者を見つめる。
見つめる。見つめる。
「ううぅ…」
目が合い、勇者が激しく動揺した。
見つめる。見つめる。そして…
「にゃー」
「ううぁあああああっ!」
突然、叫びだした勇者に、玉座の間にいた面々が、何事かと騒ぎ出す。
「…」
勇者の叫びが潰えてしばしの静寂。
ガランという金属音が玉座の間に響き渡る。
「くぅ…負けだよ。僕の負けだ…」
突然の勇者の敗北宣言にざわざわと魔物たちが騒ぐ。
勇者は剣を手放し、膝をついている。
後ろの一行も仕方ない、という様子で諦めた表情を浮かべている。
ふふん、そろそろとどめである。
我輩は、玉座を飛び降り、トトと近づく。
「親分、どうするおつもりで…?」
まぁ任せたまえ。
我輩は勇者の下まで近づくと、おもむろに擦り寄った。
「にゃーん」
すりすり。全身を余すことなく活用し、擦りつける。
一方の勇者は、わなわなと震えている。表情は我輩からは見えない。
しかし効いている。これは効果抜群だ。
そして…
「もうっ…我慢できないよ!可愛いよ!これ可愛いよ!!」
我輩は勇者に抱きしめられた。
ふふん、我輩の勝利。
「ああっ!ずるいです勇者様!私にも触らせてくださいっ!」
「…お、俺っちも後で、いいっすか」
勇者の抱擁を皮切りに、後ろの面々も我輩へと集まってくる。
「す、すげぇぜ親分。勇者相手にやりたい放題だぜ」
トカゲは目を輝かせ、我輩を見つめている。
「なんと…一太刀も交えずに勇者を降すとは」
「凄まじい力ですね、魔王様」
「うむ、流石、俺を降しただけのことはあるな」
「あぁ…魔王様、私もあそこに混ざってきて良いでしょうか」
「む…うむ、ほどほどにな」
元魔王とその配下は玉座の間の外側で、感嘆の声を上げていた。
ふふん、我輩にかかれば勇者など敵ではないのである。
元魔王…
実は部下思い。友好的な魔物の筆頭でもある。
魔王の座を追われた後も変わりなく、魔物たちから魔王様と慕われて続けている。
猫のおかげ(?)で、魔物とヒトの関係に光明が差し、思わぬ福次効果に驚愕。
最近の悩みは、側近が猫のオーラを纏わせていること。
元魔王の配下…
元魔王に付き従う優秀な側近。魔王を降した猫に一目置く。
最近は元魔王と猫の間で調整役のような仕事を兼ねている。
猫を観察しているうちに猫好きに目覚めた。
勇者襲撃以降、猫好きに拍車がかかり、無自覚に元魔王を苦しめている。
もちろん原因は猫の毛。
勇者…
魔物の天敵。女神の加護を受けた聖剣の使い手。
魔法の才能にも恵まれ、歴代随一とも称される実力者。
公然の秘密となっているが、かなりの可愛いもの好き。
魔王討伐には何の問題も無いとされ、対処法無く魔王城に乗り込んだが、それが仇となる。
猫を相手に一度は剣を向けるものの、猫の愛らしさに惨敗。
勇者の資格を返上し、一剣士として再スタートを切った。
以降も度々、魔王城へやってきては、猫相手に癒されているとか。
ちなみに一行のメンバーは、勇者、僧侶、盗賊、戦士の四人。
僧侶…
勇者一行の一人。女神を祭る神殿の巫女でもある。
回復魔法の使い手で、一行を支える縁の下の力持ち。
猫を取り巻く魔物たちを見て、友好的な魔物の存在に気が付く。
後に魔物との共存を唱え、論文を発表。世界を騒然とさせた。
異端者として処刑されそうになるが、元魔王とその配下らによって救出される。
以降は魔王城に根を下ろし、共存への道を探る日々を送る。
盗賊…
勇者一行の一人。元はスラム出身のゴロツキだったが、勇者に懲らしめられて改心。
勇者らと過ごすに連れ、人間として成長していった。
一行の中では遊撃やトラップの対処などを任されていた。
魔王城襲撃以降は僧侶の思想に共感し付き添う。
異端者として僧侶が捕らえられると、すぐさま魔王領へと亡命。
元魔王らと共に僧侶を救出する。
現在は僧侶の隣で共存への道を探る日々を送る。
戦士…
勇者一行の一人。寡黙な人物で、勇者を除けば随一の実力を誇る剣の達人。
一行の中では勇者と共に前衛を勤めていた。
作中では一言も喋らない、三点リーダすら出さない影の薄さだが、実はちゃっかり猫の取り巻きに混ざっていた。
一見強面で近寄り難いが、その内面は穏やかで懐が深い。
数少ない友人である勇者らには全幅の信頼を寄せている。
魔王城襲撃以降は、他の面々とは異なり、彼はヒト側に残ることを選ぶ。
勇者の資格返上の際には、共に説得して駆け回った。
僧侶が捕らわれた際には盗賊の亡命を助け、僧侶救出の際には脱出経路が手薄になるように手配した。
魔物たちの助けもあり、勇者らとの交流は今も密かに続いている。