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【完結】悪女と呼ばれた令嬢、望まぬ婚約寸前で剣聖皇子に奪い去られる【10月下旬に三章更新予定】  作者: しのギドラ
1章

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1話 剣聖と悪女、999回目の敗北

 夕刻のアストルシア王国。

 王立訓練場は、薄暗くなりつつある陽光と、ひりつくような魔力の残滓に支配されていた。

 大気を震わせるのは、爆鳴と金属音。

 そして、荒い呼吸の音だけだ。


「……っ、まだ、終わってないわ……!」


 私――エルレイン・ベルシュタインは、汗に濡れた髪を振り乱し、愛用の魔道杖を天に掲げた。

 私の周囲で、幾重にも重なる魔法陣が展開される。

 ベルシュタイン公爵家が誇る至高の魔法――その最上位、極大の氷魔法が空を埋め尽くし、絶対零度の冷気が訓練場を凍てつかせる。


 対するは、ただ一振りの剣を無造作に下げた男。


 大陸一の剣聖――ジーク・クロムウェル。


 彼は、騎士爵という身分からその腕一本でのし上がり、国の守護神とまで称えられる男だ。


「いいね、エル。その魔力の高ぶり……最高にゾクゾクするよ」


 ジークは、圧倒的な魔力を前に、余裕の笑みを浮かべた。

 私の放った氷のつぶてが、猛烈な速度で彼を襲う。

 だが、ジークの姿がふっと霞んだ。


「――遅いな」


「え……っ!?」


 次の瞬間、背後に回られたことに気づく。

 とっさに防御魔法を展開しようとしたが、それよりも早く、ジークの剣が私の杖を弾き飛ばした。

 無防備になった腰に、鍛え抜かれた腕が回される。


「きゃっ……!」


 重力に逆らえず、私は背中から柔らかな芝生の上へと押し倒された。

 ずしりとした重みが乗る。

 ジークのたくましい体が私を完全に覆い隠し、逃げ場を奪った。


「う……私の……負け、ね。……これで九百九十九回目……」


 私は悔しげに唇を噛んだ。

 魔道士団のエースとして、誰にも負けない努力をしてきた。

 なのに、この男にだけは一度も、手合わせ中は指先ひとつ触れることさえ叶わない。


「ああ。通算九百九十九敗。……ご褒美に、いいことを教えてあげようか」


 ジークの顔が、鼻先が触れ合うほどの至近距離まで降りてくる。

 彼の黄金色の瞳が、逃げ場のない私の瞳を射抜いた。


「さっきの魔法、最高だった。俺の気が、君の冷たい魔力に触れて狂喜乱舞してる。……わかるか? 俺の体、今エルに触れたくて、どうしようもないくらい熱いんだ」


「……っ! 変なこと言わないで!」


 私は顔を真っ赤にして彼を突き放そうとする。

 だが、ジークの腕はびくともしない。

 それどころか、彼は空いた手で私の耳元に触れ、熱い吐息を吹き込んだ。


「嘘じゃない。俺は君に、惚れてるんだ。……その魔力を生み出すこの震える指先も、勝気な瞳も、乱れた呼吸も……全部俺を狂わせる」


「この、女たらし……っ! 誰にでも、そんな甘い言葉を……!」


「誰にでも? 冗談だろ。俺をここまで本気にさせたのは、世界でエル、君だけだ」


 ジークの低い声が、私の耳奥に響く。

 彼は私の頬を愛おしげに撫で、その指先を私の唇へと滑らせた。

 戦いによる高揚か、それとも彼の言葉による熱か。

 私の心臓は、壊れた鐘のように激しく鳴り響いていた。


「ふ、ふざけないで……!」


 手合わせを終え、乱れた衣服を整えながら歩く私の背に、容赦のないささやきが突き刺さる。

 訓練場の端でこちらを見ていた令嬢たちや、ジークを崇拝する騎士たちの視線は冷ややかだ。


「……見て。悪女がまたジーク様をたぶらかしているわ」


「ベルシュタイン家の令嬢は、地位を笠に着て『剣聖』を私物化しているわ。あんな風に色目を使って、浅ましい……」


「国一番の魔道士なんて言われているけれど、本当はあの美貌でジーク様を誘惑している、物語に出てくるような『悪役令嬢』よ」


 私は前を見据えたまま、歩調を緩めない。

 彼と手合わせをするたび、こうして罵声が飛ぶのは日常茶飯事だ。

 孤高の天才、氷の公爵令嬢。

 そして剣聖、見るものを魅了する容姿をもったジークを独占する「悪女」。

 それが、嫉妬とともに周囲が私に下した評価だった。


「……エル、気にするなって言っただろ」


 いつの間にか隣に並んでいたジークが、私の肩を抱き寄せ、ぐいっと自分の体の方へ引き寄せた。

 先ほど以上に、ジークとの距離が詰まる。

 周囲の悲鳴に近い溜息が聞こえたが、彼は気にする素振りも見せない。


「気にしてないわ。……昔から、慣れているもの」


「嘘をつけ。エルは、本当は誰よりも優しくて繊細だ。そんな顔、させたくないんだがな……。いっそ、俺が全員黙らせてやろうか?」


「馬鹿なこと言わないで! 余計に私が悪女に見えるじゃない」


 私が呆れたように溜め息をつくと、ジークは楽しげに目を細めた。


「いいじゃないか。俺を骨抜きにした女として、一生語り継がれるんだ。悪くないだろ?」


 そう言って彼は、衆人環視の中、私の指先に情熱的なキスを落とした。


「ちょ、ちょっと! こ、こんなことやるから余計に周囲が騒ぎ立てるんでしょう……!」


「別にいいじゃん。良い男避けになる」


 ジークは、悪戯っぽく微笑む。

 私は顔が赤くなるのをおさえるように、歩みを早くした。


 その気になれば、魔法を使って全力で拒絶できる。

 しかし、私はジークを跳ねのけることはなかった。


(……人の気も知らないで……私は、あなたのことをずっと……!)


 鼓動が早くなる胸をおさえながら、私は速歩きで人気がない方角へと向かう。


 二人きりになった回廊。

 ジークの甘い態度に、私はいつもの喧嘩の延長で応じていたが、ふと胸の奥に澱んでいた言葉が口から出る。


「……ねえ、ジーク。もう、こんな風に戦えるのも終わりかもしれないわ」


「は? ……何で?」


「王太子殿下から、婚約の打診があったの。ベルシュタインの強大な魔力を王家に繋ぎ止めたいんですって。……お父様も、婚約を了承したわ」


 ジークの足が、ぴたりと止まり、沈黙が流れた。


 先ほどまでの甘い空気は一瞬にして霧散し、廊下に張り詰めたような冷気が漂う。

 ジークの背中から放たれる気配が、これまで私が一度も見たことがないほど、暗いものに変わっていた。


「……婚約だと……?」


「ええ。殿下の妃にという話……」


「ふざけるなっ!」


 低く、怒りに震える声。

 次の瞬間、私の視界が反転した。

 ジークが私の手首を掴み、そのまま壁へと力任せに押し付けたのだ。


「っ……、痛い! 何するの、ジーク!」


「王太子ごときが、エルに触れる? 君を奪う? ……許せるわけがないだろう。俺が、隣に立つためにどれだけ血反吐を吐いてきたか……!」


 手首にこめられる力が強まり、私は震えながらジークを見上げる。

 ジークの瞳は、怒りの炎を宿し、かつてないほど悲痛に揺れ動いた。


「すべての壁を壊すためにこの地位を得た。ようやくエルと対等に話せるようになった。それなのに……!」


「離して、ジーク! どうしたの……正気に戻って!」


「ああ、正気だよ。これほどまでに頭が冴え渡っているのは初めてだ。戦場でも経験したことがないほどにね……」


 ジークは私の抵抗を無視し、私の手首を強引に引っ張る。

 そのまま、彼は有無を言わせない力で私を連れて歩き出した。


「どこへ行くの!? 放してってば!」


「俺の部屋だ」


「な……っ!?」


「誰にも邪魔させない。王太子だろうが、国王だろうが、エルに指一本触れさせない」


「ジーク……っ、何を言っているの……!?」


 震える声で見上げると、ジークは残酷なまでに美しい微笑を浮かべた。

 そこには、いつも私をからかっていたの剣聖の面影はない。


「嘘なもんか。……エル、覚悟しろよ」


 強引に開かれた扉の向こう、ジークの私室へと私は連れ込まれる。

 扉が閉まる音が、私の逃げ場が失われたことを告げるように響いた。

ここまでご愛読ありがとうございます。


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※カクヨムにも掲載
【代表作】→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
◆累計ページビュー63,000pv超え感謝◆

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あらすじ→「全員生き残るか、一人残らず死ぬか」その二択しかない極限の乙女ゲーム。
前世の記憶を取り戻したルナリアは、自分が"全滅エンド"を招く悪役令嬢だと知る。
導き出した答えは、誰とも関わらず、孤独に生きること。
そう誓った矢先に出会ってしまったのは、攻略対象——公爵令息のグレン。
父の虐待を見抜き、どんなに突き放しても離れない彼に、距離を取ろうとするほど執着されていく。
やがて暴かれる、最初から大切な人を"殺す力"を宿していたという残酷な真実。
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虐げられた令嬢×公爵令息。
作品ページはこちら→「悪役令嬢は全員生存エンドを目指す」
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