54.わたしは……(世界の終わりから2年8か月前/4)
あと一度だけ、一度だけでいい。
夢を信じて。
あなたの中の、心の中の、
オモイデの中の、夢を。
──わたしを。
─詩亜鹿・メイリーン─
前回のあらすじ!
魔王皇帝トーヤの「指パッチン」で
飛ばされた先は、今朝までいたあの安宿で。
そこで寝ていた謎の男に襲い掛かる暗殺者!?
危ない! とその瞬間、神視点のはずのわたしも
なぜか見知らぬ女性の姿に!
部屋にいた謎の男と、見知らぬ姿の女。
お互い疑心暗鬼の中、
二人してその正体の探り合い。
これはこれで大人の駆け引き、みたいな?
……始まります!
「きみは、誰だ」
見知らぬ女の人の体に入り込んでしまった「わたし」。
寝台に腰を下ろしたまま、じっと小さな拳銃を向けている男。
肩幅の広い上半身を無造作に覆うしわだらけのシャツ。
もじゃもじゃ頭に無精ひげ。
でもわたしを見上げている赤みがかった茶色の瞳と、微動だにしない銃口だけはとても鋭くて。
「わたし……わたしは──」
どうしよう、本当のことを言っても、とても信用してはもらえないだろうし。
ていうかわたしたちのことは──ゲームの外の世界から来ていることは、「ゲームの中の人」にほいほい話しちゃいけないような気がするし。
けどなぜかこの人にはウソを言っちゃいけない気もする。
ていうかつきたくない。
それはきっと、彼が本気だから。
返答次第では、本当にその引き金を引く。
その覚悟がはっきり見えるから。
それで「わたし」が(ゲームとして)死ぬかどうかは別論としても。
自分を殺しに来た年若い刺客たちをあっさり見逃し、あまつさえその後の心配までしてみせた彼。
その同じ彼が、(手にはまだあの波打つ刀身を持つ短刀を持っているとはいえ)圧倒的に無力に見える女を──わたしを、本気の殺意が宿る瞳で見つめている。
とはいえ間違ったことを言えば、ウソを言えば殺される──から、じゃない。
銃を突きつけられているから、じゃない。
ただ彼が、この女を心から、真摯に思っていることがわかるから。
わかってしまうから。
間違いなく、彼にとって彼女はとても大切な人で。
大切だった人で。
でもその中に、別の「誰か」がいる。
そんなの許せるわけがない。
「だんまり、か?」
「……」
ふう、とため息。
「じゃあ質問を変えよう──なぜその短剣を持ってる? そいつをどこで手に入れた?」
「短剣? ……これ?」
手にしていた短剣を見る。
その中心に赤いラインの入った青黒く光る波打つ刀身を持った短剣。
このゲーム──『ガルドアース・ウォーテイル』の最終章にどさくさでエントリーした後、改めて正式に登録した時、最初にあった序章イベントでわたしが持っていた「姫殺しの魔剣」。
「それがなんだか、知ってるのか?」
短い柄を両手で握りながら、ぶんぶんと首を振る。
謎の組織によって「刺使徒」──使い捨ての暗殺者に仕立てられていたわたしにその魔剣を授けた男が、そういえば何か言っていたような気がするけれど、よく覚えていない。
背中で、長いもっさもさの髪が大きく揺れる。
ああブラシしたい──違うて。
「魔聖剣ケリス・ルーンテイカー」
空いてる方の手を口元へ持って行って、でも途中でタバコをくわえていないことに気づいたように、また戻す。
まるで煙を吐き出すようなため息ひとつ。
「そいつは、刺した相手の心を奪う」
「心? 命……じゃなくて?」
「二つに一つだ。心か、命か──」
こらえきらなくなったのか、銃はそのままに、空いた手を先のカバンに手をのばし、サイドポケットを探り出す。
「そいつはな、そうして刀身に封じた心を通じて、相手の持っている力を行使することができるんだ」
またもや潰れかけの紙タバコを引っ張り出して口にくわえる。
銃が使えないので、ついでに出した一本のマッチを、履きっぱなしだったごっつい革靴の底にこすりつける。
「たとえば──そう、あくまでたとえばの話、この世界で唯一ドラゴン──星竜たちを操れる力を持ったお姫さまの心を、その剣に籠めれば……あれ?」
何度かマッチをこするが、火がつかない。
彼はちらちらっと足元を見ながら、
「そうすれば──くそ、くそくそ! ただのNPCにだって、その気ならこの帝都にいる人食い星竜をも──うりゃ! 好きに支配できるん、だ──おお!」
え? NPC──って?
でもその疑問がはっきり形になるよりも先に、マッチにやっと火が着いた。
とろが次の瞬間、どこぞから吹き込んだすき間風のせいで、あっさり消えてしまう。
「クッソ宿め!」
自分からその安宿に泊ってるくせに。
「……まあいい、タバコは体に悪いからな!」
とっても悔しそうに、でもそっとタバコをまたポケットに戻す。
もうこらえきれず、ぷっと噴き出す。
「笑うな。タバコだってタダじゃないんだ」
「でも、だって……」
燃えカスになったマッチを灰皿に捨てつつ。
ちょっと情けなさそうな声で、彼。
「特に帝国はこの手の嗜好品にバカ高い税金かけてるからな。ものによっちゃ、この銃の弾よりも高いんだぞ!」
「そうなんだ」
そんな彼を見ていて、小学生の頃に読んだ物語に登場する、ちょっとドジだけど憎めない探偵さんを思い出した。
豪華客船専門の探偵だった彼は、実は──って、そか、そんな場合じゃなかったっけ。
「──いいか。オレは本気なんだ」
改めて顔を引き締めて、彼。
「わかってる」
笑みを戻して、頷くわたし。
「じゃあ続きだ。教えてくれ。なぜその短剣を持ってる」
「知らない」
「鞘はどこだ?」
「持ってない」
ウソじゃない。
「この人が最初から持ってたの。抜き身のままで」
「この人──か」
ちょっと考えるようにして、
「なぜだ、シア──シアジカ?」
「──はい?」
「すまん、ちょっと言ってみただけだ」
「もしかして、今の名前って」
「きみの──その人の名前だよ」
シアジカ。
詩亜鹿・メイリーン。
「シアジカ……ちょっと不思議な響きかも」
「オレもそこが気に入ってる──気に入ってた」
ああ、そうか。やっぱり。
「死んでるんですね、彼女……この人」
最初に幽霊だと思ったのは、あながち間違いでもなかったわけだ。
「その話は長くなる」
銃を構えた手の下で、タバコを探っていた手をこちらへとのばす。
「とにかく、そいつは返してくれないか」
わたしが両手で握りしめている短剣──魔聖剣ケリス・ルーンテイカー。
「そいつはきみが持っていていいようなものじゃない」
さあ、と大きな手を広げて、彼。
その柄を握りしめている手の力がふっと抜ける。
──だめ!
声がした。
左右に視線を走らせる。
彼の背後、もうひとつの寝台との間。
あの時間を告げる鳥の前に、ひとりの女の子。
ピンクの髪に、猫の耳。
それは──
「どうした?」
はっと我に返る。
緩みかけていた手に力が戻る。
その柄を握り直す。
小さく、ちっと舌打ちする彼。
「今、わたしに何かした?」
「……すごいな。わかるのか?」
わたしは答えず、もう一度彼の背後を見た。
あの女の子はもういなかった。
「不意打ちは悪かった。でもそいつが危険なシロモノなのは本当だ。きみが持っていていいものじゃない」
「わたしのこと知らないのに、そんなこと言えるの?」
「じゃあ教えてくれ。知りたいんだ。きみのこと」
「まるで恋の告白みたい」
「だったら二度目か」
「二度目?」
「その彼女にしたのを含めて、二度目──って、何言ってるんだオレは」
笑う。
全然おかしそうじゃない笑顔。
銃を持った手が下がる。
「なんにせよ、いろいろありそうだな、きみは」
「あなたもね」
「わかった!」
言って、立ち上がる。
手にしていた銃を、これも履きっぱなしのジーンズっぽいパンツのポケットへねじ込むように突っ込む。
そのタバコに比べてずいぶんと雑な扱いにちょっと驚いて、
「それ、高価な品じゃなかったの?」
「どこぞのお坊ちゃん王子からカードで巻き上げただけさ。オレ自身は1ガルムも払ってない。タダみたいなもんだよ」
カバンに寝台横の「時告げ鳥」も押し込み(「もっとやさしく、かも?」「ならもっと役に立て!」)、
「そういう意味じゃ、この役立たずバードよりも安もんだ。オレの中じゃな!」
言って、すたすた歩き出す。
「ねえ待って、どこ行くの?」
「メシ!」
ちょっと振り返って、
「知ってるか? この宿、見た目はこんなだけど焼き立てのパンが食い放題なんだ!」
そしてこちらが返事をするよりも早く扉を開けて外に出る。
「ほら行くぞシア! さっさと──」
勢いのある声が、でもそこで途切れる。
「──あ、悪い」
「優樹南」
「え?」
「わたし。ユキナ。よければそう呼んで」
「わかった──ああ。ユキナ」
なぜゲームキャラの「ユナキ」じゃなく、本名の「ユキナ」を名乗ったのか。
ウソが嫌だったから?
それともまた何かの魔法?
ま、いいか。
「うん……でもわたし、こんな格好だし」
髪は枝毛まくりのぼっさぼさ。
着ているのも、まるでおばあちゃんの寝間着みたいなワンピース。
おまけにできそこないのバレエシューズみたいな靴。
幸い、長いスカートの裾に隠れてほとんど見えないけど。
「オレだって似たようなもんだ」
自分の頭に手をやって、ガシガシとひっかく。
「でもそうか。だったら──」
いったん部屋に戻り、寝台にカバンを置く。
「ええと確か……ほい!」
大きなバックルのついた幅広のベルトを差し出す。
「こいつを腰に巻けばいい。後は──」
さらに何本か飾り紐を出して、
「これで髪、くくれないか?」
「大丈夫。貸して」
腰の上でベルトを締め(ウエスト細っそ!)、紐を受け取る。
扉横の水差し台の上にかかっている鏡を見ながら、さっとポニテにする。
できれば100回、いや300回くらいブラッシングしたいとこだけど、それはガマン。
さらに彼から、厚手の丈夫そうな布を受け取る。
「魔導帆船用の帆布の切れ端さ。風の加護と、雷雨除けの魔法がかかってる。普通の布よりはマシだろ」
どうして男の人のカバンって、こんなに余計なものが入ってるんだろ。
受け取った布で抜き身の短剣をぐるぐる包んでベルトに差し込み、残りの飾り紐で落ちないように結んでおく。
化粧は……そこまで彼に望むのは酷か。さすがに。
最後にその場でくるりと一回転。
「どう?」
「見違えた」
いつの間にかくわえていたタバコのまま笑う。
「どんな魔法を使ったんだ?」
「それ定番の口説き文句?」
「やめてくれ。オレは思ったやつひとりだけだ。こう見えても一途な『人間』なんだぜ?」
悪戯っぽく笑う彼の言葉尻に、でもちょとした違和感があった。
けれどそれを確かめる前に、彼は後ろ手にカバンを肩にひかっけたまま、またあの銃を出してタバコの下に当て、引き金を引く。
バーン!
開けっぱなしの扉から廊下じゅうに響き渡る銃声。
「近所迷惑!」
思わず耳をふさぎながら叫ぶ。
「はっは! こんな時間まで寝てるやつなんかいないって」
「いるじゃん。てかいたじゃん目の前に。約一名」
「そいつは大物だぞきっと。ちゃんと顔、覚えとけよ」
ほれほれ、とその顔を左右に振ってみせる。
「自分で言うか……って、その銃?」
「ん?」
「最初の弾を使ってそのままだから、二発目だよね? それって竜殺しの銃弾じゃないの?」
「さすがにドラゴンは殺せない──けどよく見てるな」
くわえタバコのまま、鼻からふーっと煙を出しながら、
「残念ながら、今こいつの中に入ってるのは、全部着火用の空砲さ」
「じゃあさっき、部屋に来た賊に向けたあれは──」
「どうせ見ただけじゃわからないだろ?」
「でも本当に襲われてたらどうするの?」
「あんな小僧の一人や二人、素手でじゅうぶんだ」
銃を持った手で力こぶを作ってみせる。
もっとも、こちらも残念ながらシャツの袖越しにはわからないけど。
けどまあ、全体としていい感じに引き締まってるのは確か。
ゲームキャラだしね(だよね?)。
「だいたい対ドラゴン用の銀製魔導実包なんて、いくら金を積んだところでそう簡単に手に入るもんか」
さっさと銃をしまう。
「じゃあ、わたしにそれを向けたのも?」
「その顔に実弾入りの銃を突きつけるほど狂っちゃいつもりだよ」
まだね、と。
そして歩き出す。
「さ、とにかく行こうぜ。腹減った! パン、まだ残ってりゃいいけどな!」
そういえば無限に出てくるそれをわんこそばみたいに食い散らかしてた底なし胃袋の老戦士がいたっけか。
くんくんと鼻を鳴らず。
朝と同じ、あの香ばしい匂いがする。
「大丈夫みたい」
たぶんお昼時に備えて、またパンを焼いているのだろう。
「よっしゃ!」
まるで子どものような声を上げて、どたばたと階段を下りてゆく。
「なんだかなー」
体の違いか、いつもより高い視点のわたしは、ちょっと注意しつつ階段へ向かう。
「早く来いよ、ユキナ!」
「気安く呼ぶな! ええ──」
「ヤン! ヤン・マッキー!」
その声と笑顔に、一瞬胸のどこかがずきん! とうずいた。
まさか?
まさかね?
☆
食堂はガラガラだった。
朝と昼の間の中途半端な時間だし、そんなものだろう。
朝用のパンはもうなくなっていたけれど、でも思った通り、お昼用のパンを焼き始めていたところで、宿屋の主人は気前よくそれを出してくれた。
「今日はユート皇子の立太子式典があるからな! 特別だ!」
円卓の真ん中に、ホカホカのパンを入れたバスケットをドン! と置く。
「さらに今回は、あの葬竜の儀もあるっていうじゃねえか。どこぞの王さまだか姫さまだか知らねえけど、竜に食われて終わる人生なんて、おれはまっぴらごめんだけどな!」
「とても崇高な儀式だって聞きましたけど?」
「ドラゴンさまに食われてそのクソになることがか? ──とこりゃ失敬!」
がはは、と笑う店主。
「ま、どっちにしてもおれたち庶民にゃ関係ねえ話だけどな!」
いや臣民だったっけか! と。
「主人は、どこか別の国から?」
昼用ということでソーセージを挟んだパンをほおばりながら、彼──ヤンが聞く。
「ミラメルからだ。ひのふのもう20年前になるか。政治にゃ興味ねーし、毎日まいにちパン焼いて、客の面倒みてるだけだからな。未だに慣れねーわ!」
「20年……か」
「ほひは(どした)?」
手の止まったわたしに、ヤンが自分もソーセージパンにかぶりついたまま、
「んんぐ! もう喰わないのか?」
「え? うん、まあ。朝も食べすぎちゃったし」
口先だけで答えつつ、思う。
20年、とこの『人』は言ったけれど。
でもこのがるどあができたのは、歳矢たちの手で作られてリリースされたのは、わずか一年前。
最終章の時間線からみても、まだ4年しかたってない。
20年なんて歴史も、その過去も。
どこにもないんだよ。ご主人。
あなたの「人生」は──
わかってる。
彼もまたNPCで、それはただの用意されたセリフでしかなくて。
このやりとりも第二章のイベントシナリオの一環で──
顔を上げる。
眼の前の彼を見る。
「NPC……」
「うん?」
「さっき、ヤン、あなたが言った言葉」
NPC。
ノンプレイヤーキャラクター。
主にロールプレイング系のゲームに登場する、プレイヤーが操作しないゲーム内キャラクターたち。
それはただゲームを進めるためだけに作られた存在。
与えられた役割をこなすだけの、人の形をしたプログラム。
「どうして、あなたがその言葉を知ってるの?」
それはあらかじめ用意されたシナリオ?
もしくは「わたし」の干渉で新たに発生したアドリブイベント?
それとも──それとも、あなたも……
「その質問をそっくり返そう」
歯型のついたパンを皿に置いて、その上で手を組んで、真っすぐこちらを見る。
「きみこそ、なぜオレのその言葉に気がついた?」
表向きはにこやかに笑いながら、
でもそれはどこかさみし気で。
「きみがただのNPCなら──この半端にリアル化した世界で、まだ自分のことをただのゲームキャラだと思ってるなら、それを演じているだけなら、『外』の世界から操られてるだけの存在なら、そんなこと、気にもしないはずだ」
「……それ、どういう意味?」
「茶番は終わり、ってこと」
お互いにね、と。
そしてふう、と大きくため息をつく。
「タバコ、吸いてーな……」
次回予告!
お互いのことはさておき、
遅刻寸前で立太子の式典へ!
そこで始まる古の儀式──って、
それってお芝居?
しかも役者はみんな、わたしの
知り合いや仲間だち?
そこまで書けるかどうかは別論(^^ゞ、
一応お話だけは決まってる(はず)の
「ラグナ・リリティア編」に期待せよ!
(って誰それ!?( ̄▽ ̄;))
お楽しみに~




