第7話 第二ボタンをゲットせよ
時刻は午後四時を回っている。
窓からは、海へ落ちていく夕景が美しく、だれもが見惚れていたい時間。
ここ、生徒会室には、珍しく全員が集まって、それぞれが真剣に何か思案している。
今日の会議は、『生徒会自体の予算増』についてだ。
生徒会は、生徒の各部活動やその他の学校行事で必要な予算を決定し、その予算に基づいて生徒に活動を促している。
例えば、野球部の成績は去年よくなかったので、今年の予算は◯◯しかやらん。という単純なもので、この予算増を巡って、各部同士で熾烈な争いが勃発し、また、各クラスも何かと理由をつけて、学校祭などの行事に必要な予算を獲得しようと息巻いてくる。
ただ、あまり一般の生徒には分からない部分であるが、その全体予算の中に、生徒会自体の予算も組み込まれている。つまり、生徒会という組織が組織として運営する為の予算で、これは、残り滓みたいなもので、文化部の半分にも満たず、それゆえ
「だから、つまらん!ってことさ」
さっきから何回言ったかわからないこの言葉を、生徒会長である俺・西嶋シンは繰り返した。
「だったら、何か案を出しなさいよ」
副会長の袖野まいは、同じ事の繰り返しの俺の言葉に辟易してそう言った。
その言葉を待っていた俺は、得たりというしたり顔で、
「みんなからの案がないんだったら、俺からの提案だ」
と勿体ぶった言い回しで、みんなの顔を見渡した。
なるったけ早くこの会議を終わらせたいと思っている他の生徒会役員達は、待ってましたとばかり、俺に注目した。
「第二ボタンをゲットせよ・・・作戦を行う」
みんなは、ポカンとした顔で俺を見ている。
「俺たちの制服を見てみろ。男子の制服は、ファスナー式だ」
男子のいわゆる学ランは、ボタン止めではなくて、下から上までファスナーで前を閉める物になっている。
男子の役員達は、いまさらながら自分の制服を見つめている。
「これでは、世間で一般的に行われている恒例行事の、第二ボタンください!。っていうやつ、俺たちは永遠にできないだろ」
「・・・・・・」
役員達は男子も女子も何言ってるんだろって感じで、俺を見ている。
「そこでだ。生徒会公認の第二ボタンっていうのを作って、これを三年生男子に買ってもらう」
「・・・・・・・」
「三年生男子は約百五十人。こいつらに一個二百円で第二ボタンを買わせて、売上は三万円になる」
「はぁ・・・なるほど。その売上を生徒会の会費にしようということですか」
生徒会第一書記の男子がつぶやく。
「いやいや、第二ボタンというか、ただの学ランのボタンだが、これを仕入れるのに一個百円になる。だから、売上から仕入れ値の一万五千円を引いた、一万五千円が生徒会の会費として使えることになる」
「なるほど・・・」
話の方向が分かりはじめた第一書記がしきりに頷いている。
「それでだ。期間を決めて、その期間内に女子が男子が持っている第二ボタンをくださいと言えば、それが生徒会公認の告白になる。女子達は、告白のハードルを下げられるんだよ」
「バッカみたい」
副会長の袖野まいは、呆れ顔で俺を見つめている。
「いやいや、これがなかなかバカにできないぞ。お前ら保険を知ってるだろ、あれは何かあった時の保険、つまり不安を売り物にした商売だ。進学を予定しているやつは大抵予備校や進学塾に行くよな。あれもそこに行ったからといって必ず進学できるからではなくて、少しでも不安を解消したいから行くんだよ。つまり不安を売り物にしている商売だ」
「なるほど」
第一書記が感心の程で頷いている。
「それと、第二ボタンがどう結びつくのよ」
副会長が突っ込んでくる。
「いいか。三年生男子達は、希望を抱くんだよ。俺なんかに女子が告白してくるはずは無い。だけど、もし来たらどうする。そん時第二ボタン持ってなかったらどうする。いや、俺にだってチャンスはあるはずだ。生徒会が後押しするなら俺にだってチャンスはある。・・・てな感じで、持っていないことに不安を感じるんだよ。んでもって、女子からすれば、第二ボタンくださいとう言葉だけで全てを伝えられるし、みんなが同じことやってるんだから、ハードルが低くなる。ようするに告白に対する不安が解消するわけだ」
「なるほど・・ふむふむ・・」
もう一人の男子の庶務係が、ソレな・・・という感じで頷く。
副会長の袖野まいは、また始まったかという顔でウンザリ顔でこう言う。
「バカな男子はそうかもしれないけれど、女子はそんなに単純じゃないわよ。それに、生徒会が公認したって、それに乗る女子なんていないわよ」
俺は、なるほどというワザとらしい顔をしてこう尋ねた。
「そうなんだ。そうかもな。んで、袖野だったらどうする?」
その問いに一瞬キョトンとして黙ってしまった袖野は、
「・・・そんなのに参加するわけないでしょ・・・」
とソッポを向いて怒り声でそう言った。
「そか・・・いや、残念だ。ちなみに俺は十個買って、十人の女子の気持ちに応えるぞ」
「バカみたい!」
副会長・袖野まいはそう言い放って黙ってしまった。
袖野の場合、明確に反対の意思を表明しない限り、とりあえず協力してくれる。
有無を言わさず、俺の企画を実行に移すことになった我が生徒会は、その後、企画案の作成に取り掛かり、数日を経て以下の案となった。
企画名 第二ボタンをゲットせよ
期間 年明けから卒業式当日まで
実行項目
生徒会
企画のポスターを校内要所に貼り出し認知させる。
前年度十一月末までに一定量の学ランボタンを仕入れる。
男子生徒(学年に関係なく)
前年度一二月中に生徒会から第二ボタンを購入すること。
学ランボタン 一個二百円。購入量に制限無し。
尚、生徒間の売買、転売は禁止する。
女子生徒
年明けから卒業式当日の間に、男子に対して「第二ボタンをください」
と要望できる。この言葉をもって告白とする。
附則
生徒会は、女子から男子への告白を第二ボタンの譲受によって実現することを手助けするが、それによって告白の先行きを保証するものではない。
かくして、『第二ボタンをゲットせよ』は実行された。
生徒会は、当初三年男子をターゲットとして、余裕をもって二百個のボタンを仕入れた。
ところが、予想に反して三年生男子は一人で二、三個買うのが普通で、運動部の部員などは五、六個買うのが普通になった。また、三年生以外にも二年生、一年生が、一人二、三個買う者もいて、追加注文を繰り返し、結局、年明けから三月半ばまでで、六百個が売られるしまつとなった。
副会長の袖野まいは、他の女子役員の第二書記と会計の子と、企画に向けての作業を黙々と行なっていたが、企画そのものには興味無いという態度を取り続けていた。
ただ、他の女子役員は、なんだか楽しそうに作業をしていて、実際に始まってからの企画が意外に評判が良いことに素直に喜んでいる。それと、副会長を含めて、女子の役員達は、企画が進につれて、見るからにそわそわし始め、なんだか、互いに、・・どうする・・・などと相談しあっている様子も伺えた。
生徒会第一書記の男子、庶務の男子は、それぞれ三個ボタンを購入して、全て引き取り手が出たと自慢しあっている。
俺は見栄を張って十個も買って未だに誰も取りに来ない状況で、虚しく生徒会室の会長の机の引き出しに仕舞い込んだままだった。
最終日の卒業式。
無事に式が終わり、生徒会室で談笑していた役員達はそれぞれ帰宅していった。
一人残った俺は、会計の役員が作成した、今回の企画の総売上と諸経費、差引の利益が集計された決算表を見て、ニヤニヤとほくそ笑んだ。
いやはや、予想以上の成果だ。これであの計画が実行できる。
企画・『第二ボタンをゲットせよ』は、実は、それ自体には何の意味もなかった。
高校三年生の最後の学校祭。そこで、俺は前代未聞のロックフェスティバルを強行し、生徒会・会長としても優秀の美を飾るという夢を持っていた。
学校祭二日目、午前十一時から午後五時の学校祭終了までの六時間。
体育館で何組ものバンドが演奏して行く。そして、最後に、そのノリのまま、学校祭全体の打ち上げも行なってしまう。この為、生徒はじめ、教師やご来賓のジジ、ババも全て体育館に集まり、大騒ぎの中で終焉させる。
その為には、本格的な音響システムや巨大なスピーカー、PAなどの音響管理装置が必要で、そのレンタルにかかる資金がどうしても必要だったのだ。
企画・『第二ボタンをゲットせよ』はロックフェスティバル強行の為の資金集めだったのだ。
窓から海へ落ちていく夕景が美しく、そのオレンジ色を見つめていると、この数ヶ月の忙しさで、疲れがどっと出てきて、俺は自分の机の椅子にどかりと座り込んだ。
ふと、忘れてしまっていた机の引き出しを無意識に開けた。
そこには、十個あったボタンが一つ減って九個になっており、小さなメモが置かれていた。
『ボタン・・・一つ頂きます。 まい』
俺は、初めて『第二ボタンをゲットせよ』の威力を知り、思わず微笑んだ。
おわり
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