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不器用な指輪と、変わらない愛

いつも読んでいただき、本当にありがとうございます。 温かい応援のおかげで、頑張れています。どうぞお楽しみください!

 月光が、開拓都市『豊穣』を優しく包み込んでいた。


 昼間の喧騒が嘘のように静まり返った街の広場。


 その隅にある、刀真専用の特設鍛冶工房からは、数日前まで響いていた激しい金属音の代わりに、今はただ、静かな夜風の音だけが聞こえてくる。


「……萌音。ちょっと、いいか」


 工房の裏手、街を一望できる高台のベンチ。


 刀真は、隣に座る萌音に声をかけた。


 萌音は、いつものように「うん、どうしたの?」と、穏やかな微笑みを返してくる。


 二年前、日本でごく普通の高校生として付き合っていた頃から、この距離感は変わっていない。


 だが、その隣に座る刀真の身体は、深淵での戦いを経て二年前よりも一回りも二回りも逞しくなり、萌音の表情にも、数千人の運命を導く『管理者』としての気品と強さが備わっていた。


「コンテストも終わって、街も少し落ち着いたな」


「そうだね。蒼汰くんたちのおにぎり、今や街の宝物だもんね」


「ああ。……でも、俺にとっては、宝物は別にあるんだ」


 刀真は、緊張で強張った喉を無理やり動かし、懐から小さな、布に包まれた「何か」を取り出した。


「萌音。……これを渡す前に、一つ、謝らせてくれ」


「えっ……謝るって、何を?」


 刀真は、萌音の瞳を真っ直ぐに見つめた。


「二年前、あの森へ逃げ出した時。俺は細工師の『見習い』で、お前を守るどころか、自分の身を守るのにも必死だった。

 ……あの時、お前に『お守りだ』って言って、適当な鉄屑を叩いて渡したのを覚えてるか?」


 王都を追放され、奈落の森へと向かう馬車の中。


 死の恐怖に震える萌音に、刀真が「俺が盾になるから」と、そこら辺にあった錆びた鉄板を丸めて作った、指輪とも呼べないような歪な輪っか。


「あんなボロいものを指輪代わりにさせて、二年も待たせちまった。……本当に、ごめん」


 刀真が深く頭を下げようとした、その時だった。


「……刀真くん。謝らないで」


 萌音が、自身の胸元に手を当てた。


 彼女が取り出したのは、小さな革の袋。


 その中から現れたのは――茶色く錆びつき、形もボロボロに歪んだ、あの日の『鉄屑の指輪』だった。


「これね、ずっと持ってたんだよ。」


「……えっ? そんなゴミ、捨てたと思ってたのに……」


 刀真が絶句する。


 萌音は、涙で潤んだ瞳を細め、愛おしそうにその鉄屑を指先でなぞった。


「ゴミなんかじゃないよ。あの暗くて、寒くて、明日死ぬかもしれない森の中で……私が心を折らずに済んだのは、この鉄の指輪があったから。

 刀真くんが『守る』って言ってくれたその気持ちが、何百個の宝石よりも、私を温めてくれたんだよ」


 萌音の頬を、一筋の涙が伝い落ちる。


「だから、謝らないで。……私、これがあったから、今まで生きてこれたんだもん」


 刀真の胸の奥が、熱い塊で塞がれた。


 自分が「最強の鍛冶師」になろうと必死に技術を磨いてきた二年間。


 だが、彼女を本当に救っていたのは、技術でも、ステータスでもなかった。


 ただの不器用な、あの日の必死な想い。


「……萌音。……ありがとう。……でも、今の俺は、もうあの頃の『見習い』じゃねえ」


 刀真は、震える手で布の包みを開いた。


 夜の闇を裂くように、中から圧倒的な輝きが溢れ出す。


 先日、蒼汰や理人と共に命懸けで手に入れた『宝石獣』の虹星晶こうせいしょう


 それを刀真が数日間不眠不休で叩き、磨き上げ、理人の化学触媒によって永遠の輝きを定着させた、世界に一つだけの指輪。


「今の俺にできる、最高の技術と、最高の素材だ。

 ……これを、受け取ってほしい」


 虹色に煌めく指輪。


 それは、彼らがこの異世界で積み上げてきた「勝利」と「生存」の証そのものだった。


 だが、刀真はそれをすぐには萌音の指にはめなかった。


「萌音。……指輪をはめる前に。

 お前のその『管理者権限』で、俺を見てくれないか」


「えっ……鑑定するの?」


「ああ。……今の俺を、正確に読み取ってくれ」


 萌音が、戸惑いながらも空中にホログラムウィンドウを展開する。


 刀真のステータスが、青白い光と共に表示された。


『名前:遠山 刀真』


『ジョブ:深淵の鍛冶師(最上位)』


 萌音の視線が、その下にある【称号】の欄で止まった。


『称号:【豊穣の守護盾】』


 ――その文字が、萌音の見つめる目の前で、音もなく書き換わっていく。


 萌音の権限に干渉し、刀真が自らの魂を込めて、システム上の記述を強制的に上書きしたのだ。


『称号:【北条萌音を一生守り抜く夫】』


「…………っ!!」


 萌音の息が止まった。


 文字が、涙で歪んで読めなくなる。


 システムという、冷徹な数字と記号で構成されたこの異世界の理。


 その中に、ただ一つ、あまりにも熱くて不器用な「人間の意志」が刻まれていた。


「……萌音。日本にいた頃から、ずっと言いたかった」


 刀真が、萌音の手を優しく、しかし壊れ物を扱うように包み込む。


「俺と一緒に、一生、美味い飯を食ってくれ。

 ……お前の隣は、俺が絶対に譲らねえ。

 ……結婚しよう、萌音」


「…………っ……う、うわあああああああんっ!!」


 萌音は、子供のように声を上げて泣き崩れた。


 刀真の胸に飛び込み、その逞しい腕に顔を埋める。


「……ずるいよ……刀真くん……。鑑定スキルで、こんなの見せられたら……拒否リジェクトなんて、できるわけないじゃん……っ!!」


 刀真は、泣きじゃくる萌音を強く、強く抱きしめた。


 二年前の、あの無力だった自分。


 死の淵で彼女の手を握ることしかできなかった、あの日の自分。


 その全てが、今、この瞬間報われた気がした。


「……大好き。大好きだよ、刀真……っ」


「ああ。……俺もだ。世界で一番、愛してる」


 月明かりの下、最強の盾と最高の管理者が、魂の誓いを交わした。


 それは、バルカエス王国のどんな歴史書にも残らない、だがこの街で最も尊く、美しい勝利の瞬間だった。


 ◇


 数十分後。


 中央広場の宴会場――乃亜が夜食として用意した『ドラゴンステーキの余りで作ったシチュー』を囲んでいた蒼汰たちの元へ、二人がやってきた。


「……あ、二人とも! どこ行ってたの?」


 乃亜が、お玉を持ったまま笑顔で迎える。


 だが、二人の様子が明らかにおかしいことに、楓菜がいち早く気づいた。


「……あれ? 萌音ちゃん、目真っ赤じゃない? 

 刀真、あんたまさか萌音ちゃん泣かせたの!?」


「バ、バカ。違うよ、楓菜……」


 刀真が、照れくさそうに後頭部を掻きながら、萌音の背中をそっと押した。


 萌音は、まだ涙の跡が残る顔を真っ赤に染めながら、おずおずと左手を前に出した。


 その薬指には、月明かりを吸い込んで七色に輝く、見たこともないほど美しい指輪がはめられていた。


「……あの、皆。……私。……刀真と、結婚することになったよ」


 一瞬の、静寂。


「…………えッ!!???」


 蒼汰が、口に含んでいたシチューを噴き出しそうになりながら立ち上がった。


「マ、マジかよッ!! 刀真、お前……やったのか!?」


「うわぁぁぁぁ!! おめでとう!! おめでとう萌音ちゃん!!」


 乃亜が、自分のことのように歓声を上げ、萌音に抱きつく。


「……ふむ。宝石獣の素材、結晶化の安定度は完璧のようだね。

 ……おめでとう、刀真。君の執念には敬意を表するよ」


 理人が、眼鏡の奥の瞳を優しく細め、静かに拍手を送る。


 広場は一気に祝福の嵐に包まれた。


 住民たちも何事かと集まり始め、街全体が二人の婚約を祝う祭りのような空気へと変わっていく。


「……いいなぁ」


 ぽつりと、楓菜が呟いた。


 いつも明るく、蒼汰と乃亜のアシスト役に徹している彼女だったが、目の前で繰り広げられる「本物の愛の結末」を前に、隠しきれない羨望が口を突いて出たのだ。


「……本当に。……綺麗だよね、あの指輪も。二人の絆も」


 楓菜は、潤んだ瞳で萌音の指輪を見つめていた。


 二年前。


 同じクラスメイトとして召喚され、共に地獄を見てきた仲間。


 一足先に「幸福」のゴールへと辿り着いた親友の姿に、胸が熱くなるのを止められない。


 ふと、楓菜は隣に立っていた蒼汰に視線を向けた。


「…………あ」


 蒼汰もまた、泣いていた。


 豪快に笑い飛ばすかと思いきや、ボロボロと大粒の涙を流し、鼻をすすりながら刀真の肩を叩いている。


「……よかったな、刀真。本当によかった……っ。

 お前が、お前がアイツを守るためにどれだけ頑張ってきたか……俺、ずっと見てたから……っ!!」


「蒼汰……。お前、泣きすぎだろ」


 刀真が呆れながらも、嬉しそうに蒼汰の背中を叩き返す。


 そんな蒼汰の「仲間想いで、熱すぎる」涙を見て、楓菜の心臓が不規則な鼓動を刻んだ。


 いつもは食い意地が張っていて、乃亜のことになるとヘタレなこの男。だが、その根底にあるのは、誰よりも優しく、真っ直ぐな熱量なのだ。


 不意に、蒼汰が楓菜の視線に気づき、振り返った。


「…………あ」


「…………う」


 涙で濡れた瞳同士が、至近距離でぶつかり合う。


 お互いに、鼻を赤くして、顔をぐちゃぐちゃにして泣いている姿。


 それはあまりにも無様で、けれど、この二年間を共に戦ってきた「戦友」としての、飾らない素顔だった。


「……な、なんだよ楓菜。お前も泣いてんじゃねえか」


 蒼汰が、気恥ずかしさを隠すように乱暴に目を拭う。


「……蒼汰こそ、ひどい顔だよ。英雄が台無し」


 楓菜も、ぷいっと顔を背けながら、慌てて袖で顔を拭いた。


 だが、二人の間には、いつもの「アシスト同盟」の共謀関係とは違う、奇妙な熱量が漂っていた。


 刀真たちの結婚を「羨ましい」と思う気持ち。


 そして、隣にいる相手に対して抱く、微かな、けれど確かな意識。


(……私も。いつか、あんな風に理人と……)


(……俺も。いつか、乃亜に……)


 二人の想いは、まだ重なることはない。


 だが、刀真と萌音が灯した「愛」という名の光は、確実に蒼汰と楓菜、そして乃亜たちの心の中に、新たな変化の種を蒔いていた。


 宴は夜更けまで続いた。


 シチューの温かさと、仲間の笑顔。


 異世界という過酷な舞台の上で、彼らは確かに、自分たちの手で「幸せ」を掴み取り始めていた。


 豊穣の街に、また一つ、語り継がれるべき伝説が刻まれた。


 最強の盾と最高の管理者が結ばれた、この奇跡のような夜のことを。

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

【作者からのお願い】

 「刀真、最高にカッコよかった!」「萌音ちゃん、お幸せに!」と思ってくださった方は、ぜひページ下部の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価いただけますと、執筆の特大祝儀バフになります!

 皆様の応援が、二人の門出を彩ります。引き続き、よろしくお願いいたします!

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