敗北と帰還。焚き火の前の悔し涙
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開拓都市『豊穣』へと続く、作りかけの真新しい街道。
そこを歩く蒼汰たちの足取りは、鉛のように重かった。
「……すまない、ルーク。今日の街道建設の作業は、中止にしてくれ」
乃亜の肩を借り、足を引きずりながら歩く蒼汰が、隣を歩く親友に掠れた声で告げた。
ルークは泥だらけの顔で一つ頷き、苦渋に満ちた表情で蒼汰を見つめ返した。
「ああ、分かっている。あれは……軍隊の数でどうにかなる相手じゃない。
下手に工兵隊を動かしていれば、全滅させられていたのはこちらの方だった。
蒼汰、君が前に出て時間を稼いでくれたおかげで、誰も死なずに済んだんだ」
「……時間を、稼いだ……?」
蒼汰は自嘲気味に笑い、血の味が残る唇を噛み締めた。
時間を稼いだのではない。
ただ、相手が「退屈だ」と飽きて帰っただけなのだ。
道端の石ころを蹴り飛ばすのと同じように、自分たちはあしらわれ、そして見逃されたに過ぎない。
夕暮れ時。
ヘトヘトになりながら豊穣の街の門をくぐると、異変を察知した村の自警団や、ガッシュたち難民が心配そうに駆け寄ってきた。
「多目様! 一体何が……!?」
「ひどい怪我だ……おい、早く毛布と水を持ってこい!」
「大丈夫だ、みんな……」
蒼汰は気丈に振る舞い、無理やり笑顔を作って手を挙げた。
「ちょっと森で、面倒なバケモノと遭遇してな。
……悪いが、今日はもう休ませてくれ。
防壁の警備は、少しだけ手厚くしておいてほしい」
それだけを言うと、蒼汰は六人で共同生活をしている長屋の方へと向かった。
村人たちは、かつて奈落の森の脅威を次々と打ち倒してきた英雄たちの、あまりにもボロボロな姿に言葉を失い、ただ道を譲るしかなかった。
◇
夜。
長屋の裏手にある、彼らだけの野外キッチン。
いつもなら、一日の労働を終えて腹を空かせた六人が、肉の焼ける匂いに歓声を上げ、笑い合いながら食卓を囲む時間だ。
だが、今夜は違った。
パチパチと薪が爆ぜる焚き火の音だけが、不自然なほど静かに響いている。
誰も食事を作ろうとしない。
食材を見る気すら起きない。
この森に転移してきてから、どんな過酷な状況でも「生きるために食う」ことだけは欠かさなかった彼らが、今日初めて、空腹を忘れて焚き火の炎を虚ろに見つめていた。
「…………くそっ」
沈黙を破ったのは、刀真だった。
彼は手元にあった魔骨鋼のナイフを、憎々しげに地面に突き立てた。
「俺の打った武器が……かすりもしなかった。あいつの、あの女の持ってた盾に、傷一つ付けられなかった……っ!
俺の鍛冶スキルなんて、あいつらの異常なステータスの前じゃ、ただのオモチャじゃねえか!」
刀真が、両手で顔を覆ってギリッと歯を食いしばる。
「ごめんなさい……っ」
その隣で、膝を抱えていた萌音が、ポロポロと涙をこぼし始めた。
「私……みんなのレベルが見えてたのに、どうやったら勝てるか、何一つ計算できなかった……。
ただ数字の暴力に怯えて、刀真の背中に隠れてるだけで……『管理者』だなんて、偉そうなこと言ってたのに……っ」
「萌音ちゃんのせいじゃないよ……!」
楓菜が、泣きそうな顔で首を横に振った。
「悪いのは私だもん……。私の『鷹の目』が、直前まであいつらの存在に気付けなかった。
私がもっと早く気付いていれば、蒼汰くんが正面からあんな攻撃を受けることもなかったのに……っ
私の目、全然役に立たなかった……!」
楓菜の目から、大粒の涙がとめどなく溢れ落ちる。
自責の念に駆られ、彼女は自分の太ももをギュッと握りしめた。
「楓菜、自分を責めないでくれ」
理人が、静かな、しかしひどく震える声で言った。
彼もまた、いつもは知的な光を宿している眼鏡の奥の瞳を、悔しさに歪ませていた。
「僕の科学も、あの理不尽な魔法の前には無力だった。
煙幕は一言で吹き飛ばされ、化学反応の入り込む余地すらなかった。
……ただのゲームの数値が、現実に構築された物理法則を圧倒するなんて……こんなこと、あってたまるか……っ」
理人が、苛立ちに任せて近くの小石を焚き火へと投げ入れた。
「理人くん……」
乃亜は、仲間たちの痛切な懺悔を聞きながら、ギュッと胸の前で手を握りしめた。
蒼汰の致命傷を癒やした彼女の『浄化』の力。
だが、傷を治せても、彼らの心に深く刻み込まれた絶望と恐怖を癒やすことはできない。
そして何より、乃亜の脳裏に焼き付いて離れないのは、かつて一緒に笑い合っていたクラスメイトたちの、あの虚ろで狂気に満ちた瞳だった。
「……神宮寺くんたち、あんな子じゃなかった。
山城くんも、あんな冷たい目をする人じゃなかったのに……。
お薬で心を壊されて、あんな風になるなんて……あんまりだよ……っ」
乃亜の美しい瞳から、静かに涙が伝い落ちる。
仲間たちが次々と己の無力さを嘆き、涙を流す中。
蒼汰だけは、じっと炎を見つめたまま、一言も発していなかった。
「蒼汰……?」
刀真が、鼻をすすりながら顔を上げる。
蒼汰は、組んだ両手の上に額を乗せ、小刻みに肩を震わせていた。
神宮寺の圧倒的な剣戟。
そして、月城に浴びせられた冷酷な言葉が、呪いのように彼の脳内で反響し続けている。
『――あなたは現世でも、万年補欠の目立たない存在でしたね。
所詮は本物の戦士の代用品にすぎないのですよ』
「……代用品」
蒼汰の口から、血を吐くような声が漏れた。
「ずっと、それが悔しかった。
アイツらの後ろに隠れて、目立たないように笑って誤魔化して……。
この世界に来て、追放されて、それでも頑張って、やっと変われると思ったんだ。
俺の足で立って、俺の力で……みんなを守れるって……」
ポタリ、と。
蒼汰の頬から零れ落ちた雫が、足元の乾いた土に黒い染みを作った。
「でも、違った……っ! 俺の『陽炎』は、あいつの剣に傷一つ付けられなかった!
乃亜が侮辱されてるのに、言い返すこともできなかった!
俺は……俺はまだ、ただの弱えぇ『補欠』のまんまじゃねえか!!」
ドンッ!!
蒼汰の拳が地面を激しく殴りつけた。
皮が破れ、血が滲んでも、蒼汰は何度も、何度も地面を殴り続けた。
「くそっ……! くそぉぉぉっ!! あいつらの目を覚まさせてやりてえのに!
王女の理不尽をぶっ壊してやりてえのに!
俺たちじゃ……今のままの俺たちじゃ、誰も救えねえ!!」
ついに、蒼汰の目から堪えきれなくなった涙が溢れ出し、大粒の雨となって地面を濡らした。
いつも強気で、どんな魔物を前にしても諦めずに道を切り開いてきたリーダーの、初めて見せる無防備で痛切な慟哭だった。
「蒼汰くん……っ」
乃亜が、たまらず蒼汰の背中に抱きつき、その広い背中に顔をうずめて声を上げて泣き出した。
それが引き金となった。
楓菜が声を上げて泣き崩れ、萌音が刀真の胸に顔を押し付けて号泣する。
刀真も理人も、流れる涙を拭おうともせず、ただ焚き火の前で己の弱さと向き合い、悔し涙を流し続けた。
惨めだった。
自分たちが積み上げてきた自信が、たった数分で木っ端微塵に粉砕されたのだ。
だが、この涙は決して「諦め」の涙ではなかった。
ひとしきり泣き晴らした後。
蒼汰は、赤く腫れた目で顔を上げ、袖で乱暴に涙と鼻水を拭った。
「……泣くのは、今日で終わりにしよう」
その声は、泣く前よりもずっと低く、そして鋼のように硬い意志を帯びていた。
蒼汰の言葉に、仲間たちも涙を拭い、顔を上げる。
「相手のレベルが25だろうが60だろうが、知ったことか。あいつらがゲームの『数字』で俺たちを蹂躙するなら……俺たちは、あいつらのゲームの枠ごとぶち壊す」
「……どうやって?」
理人が、眼鏡の奥の瞳に鋭い光を宿して問う。
「決まってんだろ」
蒼汰は立ち上がり、燃え盛る焚き火の向こう――これまで彼らが決して足を踏み入れることのなかった、奈落の森の『本当の深淵』へと視線を向けた。
「あの森の奥には、俺たちがまだ見たこともねえ、とんでもねえ化け物たちがうじゃうじゃいるはずだ。
そいつらを狩って、狩って、狩り尽くして……一番美味い所を、残らず俺たちの胃袋に叩き込む」
蒼汰の言葉に、仲間たちの瞳に再び確かな火が灯り始めた。
「食って強くなる……俺たちだけのやり方で、限界を超えるってことだな」
刀真が、血の滲んだ拳を握り直して獰猛に笑う。
「面白そうだね。未知の魔物肉の化学変化……僕の解析スキルも、さらなる演算の果てを見る必要がありそうだ」
理人が、力強い眼差しで蒼汰を見る。
「私も、もっと感覚を研ぎ澄ます……!
今度は絶対に、誰の気配も見逃さない!」
楓菜が、力強く頷く。
「みんなのステータス管理、私が完璧にサポートするからね!」
萌音が、涙を拭って気丈に笑う。
「私は……みんながいくら傷ついても、何度でも立ち上がれるように、最高のご飯と結界を用意するわ」
乃亜が、母性すら感じさせる強い瞳で、蒼汰の隣に立った。
「ああ。……行くぞ、お前ら。俺たちの『補欠』の意地、あのクソったれな王宮と勇者どもに、腹の底から分からせてやろうぜ」
焚き火の炎が、決意を固めた六人の英雄たちの顔を赤々と照らし出す。
絶望的な敗北と悔し涙の夜を越え。
彼らは今、強大な力を求めて、奈落の森の最深部へと足を踏み入れる覚悟を決めたのだった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、圧倒的な「システム(数字)」の暴力を前に、蒼汰たちが初めて完全に打ちのめされる残酷な回となりました。万年補欠だった蒼汰のトラウマ、そして大切な仲間が侮辱されても何もできなかった悔しさ……書いていて作者も胸が苦しかったです。
ですが、彼らはここで立ち止まりません! レベルや数字で勝てないなら、食って食って未知のバフを限界突破させるのみ。
ここから始まる六人の「深淵グルメ・サバイバル(逆襲編)」を、どうか一緒に応援していただけると嬉しいです!
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