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ー西暦2030年11月16日午前5時18分・東京都青梅市■■■■二丁目 錦織和装仕立処ー


side.桜乃 薫(警察官・怪異対策部第一課特捜班”旭”)

 千葉県から1時間と少しほど、向こうの警察から借りた覆面パトカーを走らせて、東京都西部の山奥にある、少し寂れた見た目の服飾店に来ていた。

 かなり朝も早く、まだ日も出ていない時間だったが、すりガラス製の引き戸の向こうからは独特の機織り機の音が響いていた。

 相変わらず朝が早いなぁ…と思いつつ、扉をノックする。

「錦織さん。桜乃です、今よろしいでしょうか」

 ガンガン、と扉のノック音が響き、しんとした空気が秋の時期特有の冷たい空気が頬を叩く。

 …思ったより寒いな。

 そんなことを思っていると、紅葉がさっと寄ってきて何本かの尻尾を身体に巻いてくれる。

「薫、寒いの?」

「…そんなにわかりやすかったかな」

「うーん、なんとなく?なんか今日はいつもより冷えてる気がしたから!それにその服、戦闘用だからそんなに温かくないでしょ?だからかなぁ、そんな気がしたんだ」

「ふふっ…そっか。ありがとう」

 さっき、地下で若干へこんでいたとは思えないほど元気になった紅葉が笑顔でそう言ってくれる。

 おかげで物理的にも、心も温かくなる。…まぁ、今日まだ一睡もしてないから少し眠たくなってくるんだけど…

 そんなことを思っている内に、ガラガラという音と共に引き戸が開いて一人、若い女性が姿を見せる。

「おはよう、桜乃クン…って、なに店の前でいちゃついてるんだい。人が来なくなるからやめてくれよ」

「おはようございます、錦織さん。寒かったので紅葉が助けてくれただけですよ、それに術を使ってるので普通の人に紅葉の尻尾は見えないので大丈夫です」

「遠回しにウチを人外というのはやめてくれるかな?ウチはただの半妖なんだけどねぇ」

 そんなことを、どこか気だるげながらも笑いながら話す彼女…仕立屋の錦織千鶴さんの視線が一瞬僕らから外れ、ちらっと琥珀様…というより、多分真っ黒な和服を見た後、僕の方に戻ってくる。

「で、今日はどうしたんだい?」

 さっきと声音も、表情一つも変わっていなかったが、黒・黄の細いオッドアイの目線だけが『あの子は誰?あの服は何?』と鋭く聞いてくる。

「…ここで話す事でもないですし、一度お邪魔しても?」

「ふぅん…ま、いいけどさ。とりあえず入りな」

「ありがとうございます、失礼します」

 僕の言い方でなにか察してくれたのか、錦織さんが手招きしながら店の奥に入っていく。

 それに僕がついていくと、尻尾をほどいた紅葉、後ろで琥珀様と待機していた瑠璃、それから琥珀様も続いてお店の中に入る。少しぶりにここ独特の濃い布と木製機織り機の匂いが鼻をつき、少し心が安らいだような気分になるが、そんなことを感じているうちに引き戸が独りでにスパン、と閉まる。

「ひぇっ!?」

「あ、驚かしてしまいすみません。あちこちに色々術を貼ってるもので…」

「あ、い、いえ…私、こそ…」

 真後ろでその音を聞いた琥珀様が驚きの声を上げ、一瞬振り返る間に錦織さんが琥珀様に謝る。

 そんな二人のやり取りのうちに、気づけば琥珀様が僕の真後ろに立ってパーカーの裾をつかんでいた。

 …一体、いつの間に僕と紅葉の間に立ったんだ?

「うっそ…すご。うち、今の見えなかったんだけど…」

「身体も霊力も回復したからではないかの?」

「…桜乃クン、その子何者だい?ただの(あやかし)じゃあないね。神威も若干あるが…それ以上にここに入られて気づいたよ、とんでもなく霊格が高いね。桜乃クンがヤバい子を連れ込むとも思えないけども…」

 紅葉と瑠璃がそれぞれマイペースに声をあげる一方、錦織さんが若干警戒心を露わにしつつ呟き、彼女の背中にたたまれていた鶴の黒色と白銀が映える翼が開かれる。 

 …錦織さん、かなり警戒してるな。

「わっ……綺麗…」

「そりゃどーもです。で、桜乃クン、いい加減この子何者か教えてくれてもいいんじゃない?なんで服まで邪気に染まってるのさ、荒御魂をそのまま連れてきたんじゃないだろうね」

「あ、すみません。タイミングを逃して……この方、琥珀様は千葉県の土地神様です。勿論、荒御魂ではないですし、先ほど自分が暴走状態から解放しました」

「………はい?」

 琥珀様が錦織さんの翼を見て、さっきまで警戒していたのもどこへやら、感動したように呟くと錦織さんが警戒心マックスで尋ねてくる。

 まぁここで隠す理由もないので、真実をそのまま伝えると、普段の錦織さんから考えられないほど素っ頓狂な声をあげる。

 …初めて警部たちに連れてきてもらった時みたいな反応だなぁ、と場違いながらも思っていると、錦織さんも思考の整理が済んだのか、ようやく口を開く。

「……えぇと、てことはキミ、3柱目の神様を拾ったのかい。しかも、キミが名付けて?」

「えぇ、名を失ったようでしたし。少々事情が複雑で…」

「……だろうね、その服見りゃわかる。極秘事項かい?」

「いえ、今のところは。ですので、説明はしますが…箝口令が出るようでしたら、錦織さんも守ってくださいね」

「わーってる。雛川からよく聞いてるからね」

「…そうですか、じゃあ軽く説明しますね」

 雛川警部…うちの旭・第2分班の副班長格の人なのだが、仲も良いし口も硬いとは言え民間に極秘情報を流していいのだろうか…

 そんなことも思いつつ、僕は軽く事件の成り行きを錦織さんに話し出した。


 しばらくした後、事件の顛末を聞いた錦織さんは腕を組んで、珍しく難しい顔をしていた。

「……なるほどね。黒フードに、怪しい首飾、か…わかった。宝飾やってる知り合いに何か知ってる奴がいるかもしれない、聞いておく」

「ありがとうございます」

「気にしなくていいよ…だが、まーた厄介な事件に首を突っ込んだもんだね。まぁ、キミがここに初めて来た時もそんな感じじゃなかったかい?ほら、たしか座敷童の…」

「あのときは……あぁ、でも確かに。旭に部署異動してから1件目の事件だったんですけどね…」

「やれやれ、キミは巻き込まれ体質だね…まぁでもわかった。情報収集は任せな」

「助かります」

 さっきまで気だるげに閉じられていた瞳も開き、黒・黄独特のオッドアイがよく見えるようになった真剣な表情で…錦織さんが、情報屋をしている時の顔になりつつ淡々と話してくれる。

 …いつもはどこかゆるい雰囲気だが、こういう時のこの人は頼りがいがある、というものだ。

「まぁ、そっちはわかったけども…琥珀様、だったかね、この方連れてきたのは何の用だい?」

「錦織さんのご想像通りかと。流石に邪気まみれですと、状況証拠から討滅判断が取られたら困ります。なので…」

「とりあえずその服の代わりが欲しいわけだね、わかった。特注品はまた作ってあげる、暇になったら来な。とりあえず適当なものを…そうだね、瑠璃様のじゃあちょっと大きすぎるか…うーん、紅葉様の予備を軽く手直ししようか。アレなら腰回りだけ調整すれば…そうだね、いけるだろう。紅葉様、予備を使うことになりますが…よろしいですか?」

 僕の言葉をほとんど予期していたのか、琥珀様の身体を、ほとんど僕越しとはいえ上から下まで見て、体格を想像しているのか…そんなことをしつつ、思案顔のまま呟く。

「うん、うちはいいよ〜。今使ってるのまだまだ綺麗だから!」

「わかりました。では琥珀様、採寸したいので奥に来てもらっても?」

「え、ぁ……え、と…その…」

「……桜乃クン、この子に何したのさ。離れたがらないじゃないか」

 紅葉の元気のいい返事を聞いた錦織さんが頷き、奥の扉を器用に翼で開けて琥珀様を手招きするが、琥珀様はどこか怯えたように僕の後ろに隠れてしまう。

 …いや、これ多分だけど…

「いや、なにかした…って訳じゃないんですけどね…暗いところが、多分ちょっと…」

「ん?あぁ、そっちか。ちょっと待って、電気を…」

「あ、いや……」

「…薫、違いそうじゃし、お主がついていったほうが早かろうて」

 なんか推測は外れていたらしい。

 電気のスイッチを押しに錦織さんが歩いていくが、琥珀様が更に不安げな声でパーカーの裾を引っ張ってくる、し瑠璃が呆れたような声で呟いたのが聞こえる。

「……僕に女性の服を作るための採寸についていけと?」

「いいんじゃないの?」

「良くないよ?ちょ、錦織さん、なんとかなんないですか?」

「無理言わないでくれ…サイズがわからずに服は作れないよ。キミがなんとかしてくれ」

 …長くなりそうだなぁ。日が昇るまでには終わらせないとな…

 そんなことを思いつつ、しばらく続く押し問答が始まるのだった。


ー西暦2030年11月16日午前8時48分・東京都千代田区路上 警視庁近辺ー


 気付けば、すっかり日が昇ってしまい、さんさんと輝く太陽に照らされながら混雑する東京の道をゆく。

 信号に引っかかり、ふと後ろを見ると少し緊張した面持ちで紅葉と同じ格好をしてちょこんと席に座る琥珀様がいた。

「琥珀様、あまり緊張せず大丈夫ですよ。うちの所にはちゃんと分かる人しかいないので」

「は、はい…」

「なんじゃ、元気のない返事じゃの。ほれ、朝食じゃ。とりあえず食っておれ。ほれ、薫も。開けておくぞ」

「おわ…わ、と、と…は、はい!」

「ん、ありがと」

 僕がそう言っても、未だ表情は晴れなかったが、瑠璃がさっき寄ったコンビニで買ったおにぎりとサンドイッチ、それからお茶の紙パックを投げる。

 少し驚いていたようだが、僕も鮭にぎりを受け取る頃には少し落ち着いたのか紙パックにストローを差していた。

「おにぎり…適当に梅にしましたけど、良かったです?サンドイッチもとりあえず卵にしましたけど…」

「大丈夫…です!」

「ふふっ…琥珀ちゃん、普通にお腹空いてたでしょ。ちゃんと薫に言わないとダメだよ〜?」

「は、はい」

 僕が聞く頃にはおにぎりかサンドイッチどっちかに手を付けていたようで、紅葉が嬉しそうに言っているのが聞こえる。

 前が動き出したので見れないが、まぁご飯をちゃんと食べてるならいいか。

「それにしても、流石に錦織は仕事が早かったの」

「ちょっと無理言って優先してもらったからね。それでも2時間で紅葉用のを完璧に琥珀様に合わせるのは…流石としか言えないけど」

「だねぇ、流石にちょっとびっくりしたよ。でも、琥珀ちゃんとお揃いの服着てるの嬉しいな!うち、ちょっとこういうの憧れてたんだぁ」

「あ、ありがとう、ございます…?」

 傾向的に鶴系怪異との半妖の人は手芸みたいな…まぁ手先は器用って言われてるけど、多分錦織さんはその中でも特に上手い人なんだろうなぁ。

 ま、いつか何かしらで埋め合わせるとして…紅葉がいつも以上にテンションが高い声を聞いて少し僕まで嬉しくなってくる。

 まぁ、お揃いって言っても瑠璃はそういうタイプじゃないし、僕はそもそも男だし…

「…薫が着てもいいんだよっ?」

「んぐっ!?ゲホッ、ゲホッ…し、思考でも読んだの?」

「う〜ん?なんとなく?」

 あまりにもベストタイミングで紅葉が聞いてきたので、ちょっと米が喉に詰まりかけた。あっぶ、死ぬ…

 というかすごいタイミングで聞いてきたな、ホント…

 そんなことを思っているうちに、職場が見え始める。やっと着いた…警視庁。

 いつもの流れで地下車庫に車を入れて、慎重に車を停める。…何回やってもココ狭いから慣れないんだよなぁ、車は借り物だし…

「よし、着きました。行けますか?」

「は、はい……行けますっ」

「うむ、行くとしようか」

「はーい!雛川ちゃんはもう来てるの?」

「今日から出勤のはずだからもういるとは思う。休暇、昨日までのはずだから」

 琥珀様から順に帰ってきた返事を聞いて、車から降りてエレベーターへ歩き出す。

 紅葉からの問いに答えつつ歩き、警備員に会釈しつつエレベーターの呼び出しボタンを押す。

 そしてしばらく待つと、チーン、とどこか気の抜ける音を聞いていると扉が開いて僕たちを迎える。

「えぇと……よし、行こうか」

 皆が乗り込んだのを見てから、ボタンを押すと旭の執務室がある階までエレベーターがグォーンと昇り出す。

 ぽん、ぽん、と階数数字が切り替わるのをぼうっと見ていると、琥珀様が服の裾をきゅっと掴んでくる。

「…?どうかされましたか?」

「え、えと…なんか、感覚…怖くて…」

「あぁ、昇る時は身体が押さえられるような妙な感覚があるでな。気にするでない、いずれ慣れる」

「そーですね〜、姫様。大丈夫だよ、琥珀ちゃん…あぁでも、酔ってない?気持ち悪かったら言ってね?」

「は、はい…変な感じがしてるだけなので…」

 そんなことを瑠璃たちが話している内に、またチーン、と音が鳴って扉が開く。その向こう側には、見慣れた廊下と歩く数人の刑事たちが見える。

「行きましょうか」

「わかり、ました…」

 まだ少し不安なのか、特に男の刑事が近づいてくると僕の方にキュッと寄ってくる琥珀様を見て、少し怪訝な顔をする刑事たちに会釈で通り過ぎつつ、執務室へ歩く。

 まぁ、大して遠くもないからすぐ着くわけだが。

 すぐに執務室の扉横のカードリーダにセキュリティカードを走らせて鍵を開ける。

「失礼します。桜乃薫警部補、捜査途中ですがただいま戻りました」

「桜乃くん?どうした、キミが途中で帰ってくるなんて珍しい」

 部屋に入ると、あまり埋まっていないデスクのあちこちから視線が飛んでくるが、一番最初に比較的奥の方に構えてある、少し豪華なデスクにつく男性から声が飛んでくる。

「少々厄介なことになりまして」

「それはどういう…あぁ、そういうことか。少し待て、書類を用意する」

「ありがとうございます、警視正。千葉県警の怪異捜査一課と境界課の神域保護係に請願書をお願いします」

「…厄介なことになったものだな」

 僕の言葉と、僕の後ろで不安げな顔をして隠れている琥珀様を見て、男性…ここ、特捜班"旭"総班長の巌嶽雄司警視正が立ち上がり、後ろにあるラックの中を探り始める。

「…で、その方は誰だ?見たところ土地神様だろう。瑠璃様と紅葉様とは違う…土系霊力の懐かしい匂いがする。が、その服は錦織のところで紅葉様用に作ってもらっていたやつだろう?なにがあった」

「流石ですね。実は、千葉県での討滅戦闘中に救出したのですが…」

 そのままの流れで、さっき錦織さんにした説明とほぼ同じだが、さっきよりはできるだけ詳しく説明をする。

 説明が終わる頃には、周りも若干ざわついていたが、なにより巌嶽警視正が難しい顔をしながら僕を見つめていた。

「……そうか。わかった、詳しい話は千葉県警に報告をあげた後に話そう。その黒フードの男と首飾は君が帰ってくるまでに捜査一課と"宵月"に話を上げて調べさせておく。宵月の総班長には私が話を通しておこう」

「ありがとうございます」

「いや、構わない。いつも面倒事を押し付けているんだ、これぐらいは任せてくれ。源田!雛川!」

 …やっぱり巌嶽警視正には頭が上がらない。自身も神様に関わっていた経験があるらしいのだが…その経験からか瑠璃と紅葉がいる自分によくしてくれる。まぁ、その分あちこちに飛ばされてるわけだけど…

 心の中でも感謝を伝えている内に、デスクから立ち上がった男性と女性…僕の直属上司2人がこちらに歩いてくる。

「話は聞いていたな?千葉の方に報告を通す時に付き合ってやれ、面倒なことになりそうだ」

「了解、任されました」

「了解、行ってきます」

「源田警部、雛川警部、よろしくお願いします」

 巌嶽警視正からの指示に、見事な敬礼で応えた2人…源田稔警部と、雛川陽向警部に挨拶すると、2人とも笑顔で返してくれる。

 この2人が、旭・第2分班の班長と副班長…つまりは僕の直属の上司というわけだ。

「あぁ、勿論だ。というより、久しぶりだな」

「えぇ、よろしくね、桜乃くん。大体2週間ぶりだったっけ?」

「前のヤマビコの案件以来ですので…大体それぐらいかと。お久しぶりです」

 巌嶽警視正から書類を数枚受け取ったあと、僕の方を振り返った源田警部と雛川警部と話していると、一歩後ろにいた瑠璃と紅葉も少し前に出てくる。

「しばらくぶりじゃの、源田。この頃どうじゃ」

「ちょっとぶりだねー、雛川ちゃん!元気?」

「お久しぶりです、瑠璃様。元気ですよ、ありがとうございます。瑠璃様もお元気そうでなによりです」

「お久しぶりです、紅葉様、私も元気ですよ。紅葉様…炎術、使いました?また裾が焦げてますよ?」

「えっ!?あっ、ここはまぁ…これくらいならいいや!」

 そんな瑠璃と源田警部、紅葉と雛川警部の平和なやり取りを聞きつつ、後ろの琥珀様を見る。

 …うーん、緊張してるな。流石に人が多かっただろうか。

「…警視正、そろそろ一旦千葉の中央署に戻ります。車も返さないとですし、報告書をあげないといけませんので」

「わかった。終わったら、戻ってきて詳しい話を聞かせてくれ。それと…」

 巌嶽警視正がそう言いつつ、僕の後ろの琥珀様をちらっと見てからこっちに視線を戻す。

 まぁ、保護するならちゃんと計画を教えろってところだろう。まぁ、そりゃあそうだ。

「大丈夫です。後から報告します」

「わかっているならいい。源田、雛川、上手く助けてやれよ」

「了解」

「わかりました」

 その声を聞いて、源田警部と雛川警部が荷物を持ったのを確認してから執務室を後にする。

 廊下に出て、エレベーターに乗り直す頃には琥珀様がどこか疲れ切った様子で、ほとんどこっちにもたれたたるように僕の服の裾を掴んでいた。

「……琥珀様、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫…です……」

「そうは見えぬが…」

「琥珀ちゃん、無理しちゃダメだよ?…あ、ゲンダか」

「…え?私ですか?」

 琥珀様に瑠璃と紅葉が心配の声をかけるが、琥珀様の視線を追った紅葉がポツリと呟くと、源田警部が驚いたような声をあげる。

 …もしかして、男の人だからか?

「ほら、さっき話してたじゃん。フードの男。アイツ、顔見えなかったけど男の人だったから…」

「あぁ〜…なるほど。すみません琥珀様、気づけずに…」

「あ、いや……あ、あぅ…」

「警部、それぐらいで…琥珀様も萎縮しちゃってますので…」

「そ、そうか…申し訳ない」

 琥珀様の声が元気がない、というより申し訳なさそうな声色になったのが聞こえたのと、ここ数時間で知れた彼女の性格から考えると…と思って源田警部に声をかけると、警部も少しショックを受けたように凹む。

 …警部、頼りになるのは間違いないんだけど、ちっちゃい子の扱い苦手だからなぁ…

「源田、お主この手の童に近い子や怪の扱いは苦手じゃよな」

「うっ…すみません、精進します」

「アハハ…まぁ、それは仕方ないから諦めたら?」

「雛川ちゃん…それちょっと酷くない…?」

「…ふふっ」

 瑠璃と紅葉が呆れたような、そんな声で警部たちと話しているのを聞いて、背中からかなり小さい声で笑ったのが聞こえる。

 …ま、琥珀様が笑ってるならいいか。

 そんなことを思っているうちに、エレベーターは地下駐車場に到着していた。


ー西暦2030年11月16日午前10時02分・千葉県千葉市中央区 千葉中央警察署ー


 それから僕たちと、警部たちで車を分けてまた千葉県警本部庁舎を訪ねていた。

 まぁ、流石に警部2人もいるし、中央署に行ったときみたいにトラブルはなかったけど。

「お、桜乃警部補!早朝ぶりだな」

「羽川警部、お疲れ様です。遅くなってしまいすみません」

「いやいや、この時間なら十分だ。それで、そちらの方は?」

 受付と話してから数分、僕の来た羽川警部が源田警部と雛川警部の方を見ながら言う。

「申し遅れた、旭の第2分班長を務めている、源田だ。階級は警部」

「同じく、分班副長の雛川。警部です」

「あ、旭の分班長…し、失礼しました。千葉県警の怪異対策部捜査一課、羽川です。桜乃警部補たちには助けられました」

「なに、彼らはうちのエースだからな。報告書だったか、我々も同席して構わないか?」

「えぇ、大丈夫かと。一課長が直接話したいとのことで、こちらへ」

 源田警部と雛川警部の名乗りに若干動揺していたようだったが、気を取り直した羽川警部が奥に向かって歩き出す。

 それに瑠璃たちと、僕の一歩前に行く源田警部と雛川警部と一緒についていく。

 しかし、わざわざ一課長が…?

「なにやら面倒事の匂いがするの」

「ですねー姫様。大体こういう時碌なことになってないですもん」

「大丈夫、です、よね…?」

「大丈夫です。琥珀様は自分が護ると誓ったので」

 …とは言ったものの、どうなることか。

 瑠璃と紅葉がこう言い出した時って大体ホントに碌なことにならないし…琥珀様もかなり不安そうな表情をしているしで、余計に心配になってくる。

 そんなことを考えている内に、先頭の羽川警部が『怪異対策部捜査一課長室』のプレートが貼られた扉をノックした後に、少し待ってからゆっくり開ける。

「郷田警視正、連れてきました」

「ご苦労、羽川。旭の方々、こちらにかけてください」

「了解しました、失礼します」

 扉の向こう、一課長の席に座る羽川警部より1、2回りほど年上に見える男性…多分、というか間違いなく一課長の郷田警視正が僕たちに手招きしつつ、ソファを指差す。

 源田警部が臆せず入っていったので、それに続いて僕たちも入室して、ソファに腰をかける。

 すると琥珀様がすぐさま僕の左隣にほとんどくっつくように、瑠璃と紅葉は無言で羽川警部と郷田警視正を見つつ、僕の右と左の斜め後ろに狛犬…というより守護神のように立つ。

「…さて、桜乃警部補。君を呼んだのは他でもない。そこにいらっしゃる()土地神様の事だ」

「…えぇ、でしょうね」

 …この人、嫌いなタイプだ。比較的神様に対する信仰が薄い…多分、人類に敵対した怪異を区別なく討滅対象として見ているタイプの人。間違ってはいないんだが、どうしても好きになれない。

 まぁ、"旭"の人間はそういう人の方が多いのだが…源田警部は瑠璃や紅葉への信心が深い人だし、雛川警部はそもそも人ですらない妖狐だし。郷田警視正の声に、どっちも一気に警戒態勢になり、後ろの瑠璃と紅葉も若干気配というか、神威が増したのを感じる。

 …それでも、郷田警視正は眉1つ動かさない。多分、瑠璃と紅葉からのプレッシャーを真正面から受けたら、かなり恐怖感があるはずなんだが…あのフード野郎もそうだが、神威を真っ向から喰らってこれとは…どんな鍛え方をしたんだ?

「…で、僕になにをお望みですか?ただ報告書を出せばいいのなら遠隔でも良かったはずです」

「そうもいかない。とりあえず境界課による神域保護は済んだが…その荒御魂を放置しておくというわけにもいかんのだよ」

「今、この方が荒御魂に見えるのですか?」

「…それを測りかねている。私の知る限り荒御魂が普通の神に戻るということは奇跡か…ただの夢物語だ。そして、穢れた怪異は人を殺す。"旭"がそのことを知らんとは言わんだろうな」

 まぁ…そりゃ郷田警視正が言うことも正しい。

 僕もペンダントの破壊に失敗するか、そもそも紅葉が邪気の流れに気づかなかったら討滅判断をしていただろう。だが、今回ばかりは特例であの首飾の破壊で全てを丸く終わらせることができた…だが、これをどう伝えたものか…

 反論の切り口を探していたが、迷っている内に源田警部が口を開く。

「…郷田警視正、捜査中の音声記録はお聞きになりましたか」

「…いや、まだだ。羽川が確認の必要はないと」

「……警視正、事件の顛末については?なぜ、この方が荒御魂に堕ちたかは?」

「…報告書もまだ上がってきていないからな、詳しくは知らん。とりあえずの事件概要は大まかには聞いたが…」

 雛川警部も加わって郷田警視正に問いかけていくと…そもそもの問題だったらしい。

 …そりゃあなんの捜査記録も何もあげてなければこうなるだろう。羽川警部、何やってるんだ…まぁ、徹夜で残務処理をしてもらったし、疲れてるだけかもだから文句言えないけど。

「警視正。とりあえず、捜査記録音声をお聞きいただければ事情はわかりますかと」

「…信じよう。羽川、用意してくれ」

「わかった、少し待ってくれ」

 僕がそう言うと、郷田警視正が指示を出して羽川警部がスタスタと少し歩いて部屋の横にある…多分、捜査一課の執務室に繋がっているだろう扉を開けようとする。

 しかし、音声記録ぐらい早く上げてくれていたら話も早く進められそうだったのに…

「……待て、羽川」

「はい?なんですか?」

「お前……誰だ?」

 郷田警視正がそう言うと、羽川警部の足と目を交互に見つつ、立ち上がって何の躊躇いもなく、腰から拳銃を抜いて羽川警部に向ける。

 …待て、どういう状況だこれは。

 だが、何かを察したように瑠璃と紅葉も臨戦態勢に入り、刀の柄を掴んだ小さな音と、ポーチと枝が擦れる音が耳に後ろから聞こえてくる。

「おいおい郷田。何言ってるんだ?」

「……そうか、気の所為ならいいんだ」

「おい、疲れてるんじゃ…」

「なら、なんでお前…一週間前の事件でケガをした足を当たり前のように使っている。何故、重要な音声記録を上げてこない。お前は、重要度が低いから大丈夫だと言った。俺はお前との40年近い付き合いを信じた、それを踏み躙るようなお前ではないだろう。何故だ」

「…あっ!」

 郷田警視正の声に、思わず声が出た。

 言われてみれば…というほどだったが、中央署で初めて会った時、僕たちを追い越して歩いていった時に若干だが足を擦るように歩いていた。

 正直、あの時は瑠璃と紅葉がキレかけてたからそれどころじゃなかったし、後から会った時は琥珀様の方で頭が一杯だったから歩き方なんて気にもしなかった。

 だが、確かに言われてみれば、今は扉を開けるために小距離歩いただけとはいえ…ごくごく普通に歩いていた。

「…もうほとんど治ったからな。大丈夫だ。音声記録は済まない、徹夜で疲れていて内容を覚えていなくて…」

「嘘をつけ。あれだけ肌が腫れるほどの捻挫が一週間で治るか。それに、羽川は寧ろ夜型だ。無駄な言い訳は不要、もう一度聞こう…お前は、誰だ?」

 郷田警視正の冷たく、冷静な声が、銃口を向けられた羽川警部に突き刺さる。すると羽川警部が急に感情を失ったような真顔になって黙り込む。

 嫌な沈黙が、冷え切った空気が、一課長室を支配していた。

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