9.学院案内3
「あ、いたいた! アデラガルト王女! ちょっとよろしいですか!」
武錬場の外から声がかけられ、生徒が数人駆け寄ってきた。
私は小首を傾げて応える。
「貴方たちはだーれ? 私に何か用かな?」
深い栗色の、長い髪で眼鏡をかけた女性が話しかけてくる。
アーモンド形の目をした、どこか好奇心旺盛な印象のある人だ。
中央に居るから、この人がリーダーかな?
「私たちは白竜信仰クラブの者です。私はモフィス侯爵家令嬢のクラインと申します。竜の寵児である王女が来期から本学院に所属すると聞きましたが、本当ですか?」
「そうだよ? もう魔力検査も終わったし、あとはフィルが全部手続きを進めてくれるって」
クラインさんは小首を傾げた。
「フィル……ああ、フィリップ殿下のことですか! まさか噂通り、お二人は深い仲――」
「そのような噂は真実ではありません。事実を正しく認識してください」
クラインさんの言葉を遮るようにナディアが訂正を入れた。
クラインさんはたじろぎつつ、話を元に戻した。
「わ、わかりました――それでですね! 本クラブで王女から話をお伺いしたいと、そういう流れになりまして! こうしてお願いに上がった次第です。いかがでしょうか、これから本クラブで、創竜神様のお話をお伺いする事は可能でしょうか?」
創竜神様のお話? 何を話すの?
白竜教会に正式に所属した神官や巫女以外の人には、教えちゃいけない事もあるとは聞いたことがある。
何をどこまで話していいのか、私は知らない。
私はナディアを振り返る。
「どうなの? ナディア。私はそれをしてもいいの?」
「時間には余裕がございますし、問題はございません」
そうか、していいのか。
ナディアが言うのだから問題ないのだろうし、駄目なことはすぐに止めに入るだろうし。
でも……うーん、何を話していいか分からない。まぁ、ちょっと様子を見る事ぐらいはしてもいいかな?
私はクラインさんに向き直って応える。
「クラインさん、だっけ。ちょっと顔を出すくらいならいいよ? ――フィル、それでいいかな?」
「今日の僕は、ゲルダさんに着いて行くだけですよ。問題ありません」
「じゃあ行ってみようか! 場所はどこ?」
クラインさんがパァッと明るい笑顔になって応える。
「ありがとうございます! 本クラブの活動場所は礼拝堂です! 我々一同、王女がお見えになるのをお待ちしております!」
****
私たちが礼拝堂に姿を見せると、祭壇前に集まっていた生徒たちが興奮して立ち上がった。
こつり、こつりと近づくにつれ、生徒たちの目が輝いてるのが分かるようになる。
……うーん、なんかすごい期待されてるけど、私は加護の力も使えない、言わば半人前の巫女。期待には応えられないと思うんだけどな。
その場にいる生徒は二十人に届かないくらい。これが多いのか少ないのかは、私には基準が無いのでわからない。
男子生徒より女子生徒の方が多いかな?
クラインさんがこほんと咳払いをしてから話し始める。
「本日、本クラブのゲストとしてアデラガルト王女殿下をお迎えすることが出来ました! みんな、有意義な時間を楽しみましょう!」
静かに、だけど興奮を隠しきれない生徒たちの視線が痛い。
うーん、どうしよう……
「えーと、アデラガルト・ノル・フリートベルクです……それで、私は何をしたらいいのかな?」
生徒の一人が手を挙げて尋ねてくる。
「竜の寵児は、この礼拝堂でも創竜神様のお声を聴くことが出来るというのは本当ですか?」
「うん、そうだよ? なに? なにか創竜神様に聞きたいことがあるの?」
「特にこれと言ってお伺いしたいという事はないのですが、その様子を直に拝見できればと!」
”聞きたいことはないけど聞いてみてくれ”とか、それは無茶振りじゃないだろーか。
何を聞けばいいんだ……
こちらはっ! 選択肢を提供しろといっているのにっ!
できれば一択、せめて二択か三択ぐらいに絞って欲しい!
私は困った顔で応える。
「えっと、できれば何を聞きたいか指定してくれないと、そんなむやみに話しかけるのも、創竜神様に悪いから……今夜の献立でも聞く?」
周囲の生徒が「えっ?」と呆気に取られたのが分かった。
クラインさんが恐る恐る私に尋ねてくる。
「創竜神様は、そのような些末な事も応えてくださるのですか?」
「聞けば答えてくれるよ? でも”んー魚料理じゃね?”とか”多分肉料理じゃねーかなー”とか、そんなアバウトな答えになる事が多いかな。”わっかんねー”って応えられることもあるよ?」
周囲の生徒たちが凍り付いたように動きを止めて、なんだか戸惑っているみたい。
んー、だって創竜神様ってそういう神様だしさぁ。
フィルが苦笑しながら私に説明してくる。
「僕らがそうだったように、ゲルダさんが知る創竜神と、僕らが持つ創竜神のイメージが余りに違い過ぎるんですよ。それで戸惑うんです」
そっかー。竜種ってみんな明るいし、その神様である創竜神様も明るいってだけだと思うんだけどな。
竜種と会話できないからイメージしづらいのかなー。
クラインさんがおずおずと語りかけてくる。
「さすがに今夜の献立は畏れ多すぎます――そうだ、本クラブに王女が参加した方がいいのか、お伺いしてみて頂けませんか?」
「私が? このクラブに参加? うーん、多分”好きにしてー”って言われそうな気がするけど……他に聞くこともないなら聞いてみようか」
私は祭壇に向かって跪き、祈りを捧げる。
――ねぇ創竜神様、私はこのクラブに所属するべきかな? それとも止めといたほうがいい?
『あー、そんなことより、今お前の後ろに居る緑の髪した男、そいつ悪魔崇拝者だから捕まえといて』
――え? 悪魔崇拝者? それはなんですか?
『説明は後でするわー。ナディアに耳打ちすればよろしくやってくれるっしょ。後はナディアの指示にしたがっといてー』
私は目を開けて立ち上がり振り返る。
「ねぇナディア、ちょっとこっち来て?」
怪訝な顔のナディアに、ちょいちょいと手で招いて耳打ちをする。
ナディアの顔が急に深刻になり、緑の髪の男子生徒を見定めた瞬間、気が付いたらその子が組み伏せられていた。
唖然とする周囲を無視して、ナディアがフィルに声をかける。
「フィリップ王子、今すぐ兵士を呼んでください。悪魔崇拝者です。殿下はこちらへ近づかない様に」
私の前にはいつの間にか、ティナとアーネが壁を作ってる。
周囲の生徒も、ナディアの言葉を聞いた瞬間、緑の髪の男子生徒から大きく距離を取った。
フィルが慌てて駆け出して手近な兵士と話をすると、兵士は外に向かって駆け出していった。
戻ってきたフィルに私は尋ねてみる。
「ねぇフィル、悪魔崇拝者ってなーに? 創竜神様は”後で教える”って言ってたんだけど」
「……創竜神と敵対する勢力、とだけ教えておきます。貴方に危害を加える可能性がある存在です。決して近寄らないでください」
そっかー。創竜神様の敵なのか。
そういえば悪魔がどうとか、そんな話を前にナディアから聞いたような気がするなぁ。
「なんでそんな人が、創竜神様を信仰するクラブ活動をしてたのかな?」
「白竜教会の中にすら、悪魔崇拝者は紛れ込む事があります。同じようなものでしょう」
私たちは兵士たちが到着するまで、黙って男子生徒を見守っていた。
男子生徒は取り押さえられた瞬間から、とても怖い顔で私を睨み付けていた。
兵士たちに連れて行かれる間も、男子生徒は私を睨むようにこちらを見ていた。
「なんかわからないけど、怖い子だったなぁ。悪魔崇拝者ってなんなんだろ……」
「僕らが説明するより、創竜神から直接聞いた方が正しく知ることが出来るはずです。聞いてみてはどうですか?」
それもそうだ。後で教えるって言ってたんだし。
私は改めて祭壇に跪いて祈りを捧げる。
――創竜神様、これでよかったの? 悪魔崇拝者ってなにかな?
『あーうん、上出来。んで悪魔崇拝者ってのは、神じゃなくて悪魔を信仰する奴らのことなー。俺が押さえつけてる悪魔を解放して、人間を殺して回るような奴らのことー』
――創竜神様が悪魔を押さえつけてるの?
『ぶっちゃけ、直接押さえつけてるのは、お前たち竜の寵児なんだよねー。俺は遠い場所に居るから、あんまし力が届かなくてさー。寵児を使って悪魔を抑えてるってわけー』
――えっと、それはどういうこと? 私たちが?
『説明端折るけど、悪魔を解放する為に、お前たち寵児の命が狙われるって事だよー。寵児を穢せば、その分だけ悪魔の力が強くなるしなー。だから気を付けなー。そこには強い悪魔が封印されてっからなー』
――もしかして、何年かここに居ろっていうのは、その強い悪魔を押さえつけておいて欲しいってことなの?
『そういうことー。倒せるなら倒してもいいけど、相手も強いからなー。俺もできればお前たちを危ない目に合わせたくないしさー。相手の力が弱まるまでそこに居てー』
――はーい、わかりましたー。
「――って創竜神様が言ってたんだけど、私はどうしたらいいのかな?」
話を聞いていたフィルとナディアが深刻な顔で俯いて考え始めた。
クラブのみんなは、まだ戸惑ってるみたい。
ナディアがようやく口を開いてくれる。
「かつて魔族の王が大陸に現れたとき、人類を救ったのが創竜神様です。ここまではご存じですね?」
あー、そうそう、そんな話だ。
私は黙って頷いた。
「その時、倒しきれなかった悪魔が各地に封印されました。創竜神様の加護は悪魔を弱体化させるといいます。竜の寵児はおそらく、創竜神様の加護を地上に伝える役割を持つのでしょう。各地を転々とするよう指示されるのも、その時点で強い力を持つ悪魔を弱めるために適材適所で移動させられている――そう考えれば辻褄が合います」
えーとつまり、強い悪魔の所に強い寵児を置いて弱らせたら、弱らせた悪魔をさらに弱らせるそれほど強くない寵児と交代する、ということかな……
それでみんなが各地を移動してまわる形になってる、ということかなぁ。
一番強い寵児は忙しそうだな。
「じゃあ、今まで私が移動してきた場所にも悪魔が封印されてたってことなのかな?」
「そういうことになります。そして創竜神様が”強い悪魔”と仰るからには、この地には相当強力な悪魔が封じられているのでしょう。殿下が何年間も滞在して祈りを捧げなければならない程、強力な悪魔が――ですがご安心ください。我々が必ず御身をお守りいたします。殿下は心置きなく学院生活に御励みください」
そんな怖い土地なのかー。
特にそんな感じはしなかったけどな。
それだけ普段から寵児や巫女が巡礼してるからなのかな。
「創竜神様は”倒せるなら倒してもいいけど”って言ってたから、私でも倒せない相手じゃないって事だよね?」
フィルが険しい顔で私に意見を言う。
「”危険な目にあう”とも、”弱まるまでそこに居ろ”とも言いましたよ。少なくとも、命の危険を伴う程強い相手という事です。貴方が敵に殺されれば、最悪相手の力が強大になるとも言っています。出来る事なら、相手の力が弱まるまで待つべきでしょう――なにより、今の貴方に戦う力があるのですか?」
戦う力か……私にはないかな……
悪魔の倒し方なんてそもそも知らないし。
「うーん、じゃあ素直に予定通り、次の宣託が来るまで学院に通うかな」
ようやくフィルが優しい微笑みになった。
「それが良いと思います。敢えて危ない橋を渡る必要はありません」
ふと気が付くと、私の目の前でクラインさんがふるふると体を震わせていた。
これは……興奮?
「クラインさん? どうしたの?」
クラインさんは私の両手をガシっと握り、勢いよく縦に振り始めた。
「まさか! 伝承に在る通りの出来事が我々の目の前で見られるとは! 私、感激いたしております!」
女子としては少し背の高いクラインさんに両手を振られていると、私は振り回されてしまって目が回りそうだ。
「えーとあの……クラインさん? 少し落ち着いて――」
「この地に魔族が封じられているという伝承が真実だったとは! 竜の寵児の宣託をじかに見ることが出来ただけでなく、その存在意義まで知ることが出来た! 本日のクラブ活動は実に有意義でした!」
振り回される私を見かねて、ナディアがクラインさんの腕を素早く叩き落とし、私を抱え込んだ。
ようやく私は解放されて一息つく。
ナディアがじろりとクラインさんを睨み付ける。
「モフィス侯爵令嬢、殿下にあまり無礼を働かぬようお願いいたします。それと本日の宣託の内容は口外しない様に」
その剣幕に圧されたクラインさんは、すぐに冷静になって半笑いになっていた。
「あ、あはは……申し訳ありません。つい興奮してしまいまして……」
ナディアが溜息をついて懐中時計を確認した。
「――そろそろ良い時間ですね。今日はもう王宮に戻りましょう」
****
私は帰りの馬車の中で、外の景色を眺めながら今日の出来事を思い浮かべていた。
学院は思ったより面白そうなところだなって思ったけど、悪魔の存在を初めて知った事の方が衝撃だったかな……
そんな危ない存在が封印されてる土地なのかー。なんか怖いな。
ここに来るのは、私以外の巫女や寵児じゃダメだったのかな。
「ゲルダさん、学院の印象はどうでしたか?」
「え?! ――あーと、そうだね。良い所だと思ったよ。でも最後の印象が強すぎて、なんか色々かすんじゃったかな」
フィルの顔が少し深刻そうだ。心配させちゃったかな。
「……明日は気分転換に、街を歩いて見て回りませんか。僕が案内しますよ。またカフェテラスにでも行きましょう」
「大丈夫だよ! そんなに心配しなくても! ちょっとびっくりしただけだからさ!」
私は、にへらっと笑ってみせた。
――それが寵児の使命だというのなら、私はただ勤め上げるだけだ。
馬車は真っ直ぐ、王宮に向かって駆けて行った。
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「捕縛者が出たらしいな」
薄暗い応接間に声が響いた。
声の主はマントを着込み、フードを目深に被っている。
室内の出で立ちとしては異様だろう。
「新入りの子供が一人、捕まった。何も知らん子供だ。何かが漏れる心配はない――侯爵はなんと言ってるんだ?」
応える男の姿が薄暗がりにうっすら浮かび上がる。
上等な貴族のスーツを着込んだ、年老いた男だ。それ以上はわからない。
「”あの寵児は邪魔だ”と仰るが、簡単に手出しできる状態ではないようだな。”今は外堀を埋めろ”と仰せだ」
「そうか……わかった。こちらは寵児を監視しつつ、動きは最低限で押さえておこう。そちらはお前たちに任せる」
マントの男が身を翻す。
「寵児の傍には未だ奴が居る。近付きすぎると勘付かれるぞ。気を付けておけ」
そう言い残し、マントの男は部屋から去っていった。
残った年老いた男は、溜息をついて背もたれに体重をかける。
「――ふぅ。巧く行けば千載一遇の好機、ものにしておきたいものだがな」
テーブルの上から酒の入ったグラスを手に取ると、年老いた男はグラスを煽り、テーブルに叩きつけた。




