8.学院案内2
午後になり最初に案内されたのはプール(というらしい)だった。
今はこの設備を使った授業時間外なので誰も人が居ない。
「大きな水たまりだね。ここは何をするところ?」
「水泳や水の魔導術式の訓練に使われる設備ですよ。これは魔導術式用の共用プールです。水泳は男女別のエリアがありますので、そちらで行われます」
私は小首を傾げて尋ねる。
「なぜ男女別になってるの? わざわざこんな大きな場所をいくつも作る必要があるの?」
なんだかフィルは、私にどう説明していいか困ってるみたい。
言葉に詰まるフィルに代わり、ナディアが説明してくれる。
「未婚の貴族子女はむやみに異性に肌をさらさないものです。その為に男女別なのでしょう」
よくわからないけど、ナディアがそう言うのだからそういうものなのだろうなぁ。
私はとりあえず頷いておく。
「わかったー! それで、ここは私たちも使うことになるのかな?」
「大規模な水の魔導術式の授業では使うことになるでしょう。水泳用のプールは中等部や高等部が使う設備です。魔導学部の生徒が使うことはないでしょう。希望するなら、放課後のクラブ活動で使うことはできますよ」
「クラブ活動とはなに? 聞いたことのない言葉だね」
「簡単に言うと、同じ趣味を持つ生徒が集まってクラブという集団を作って、そのクラブで活動をするんです。水泳をしたければ水泳部がありますし、他にもいくつもクラブがありますよ。ここは貴族子女ばかりの学院ですので、社交クラブが一番人気が高く人数が多いですね」
社交クラブ……何をするところなのかな?
私が小首を傾げていると、フィルが続けて説明をしてくれる。
「社交クラブのクラブ活動はお茶会がメインですね。放課後に学食のテラスでお茶会を開きます。社交ダンスに興じるときもあります。要は貴族子女としての振る舞いを練習する場ですよ。クラブに所属していない生徒を招くこともよくあります」
うーん、なんだか堅苦しそうだなぁ。
そういうのは私に向いてない気がする。
私の表情を見たフィルが小さく笑った。
「ゲルダさんなら、白竜信仰クラブから誘いが来るかもしれませんね」
「それはどういうところ? 白竜って、創竜神様のことだよね?」
「その名の通り、創竜神への信仰を深めるクラブです。信仰を深める為ならどんな活動も許されていますが、ほとんどは祈りを捧げる時間になっている様です」
私がいつもやっている事かー。
それもなんだかピンとこないかな。
祈りを捧げるのは一人でもできる事だし。
「フィルはどこかに所属してるの?」
「僕は一応、武錬クラブに籍を置いてます。仲間内で組手をしたり、他校と交流試合をしたりですね。中等部の間は王族講義の時間が多かったのであまり参加はしていませんが、中等部を卒業すれば僕もクラブ活動に参加する余裕が出来ます――ゲルダさんはどこかに参加してみたいと思いましたか?」
クラブ活動、ねぇ……
参加してみたいような、どうでもいいような。
そもそもどんな感じか、イメージする事も出来ないし。
「よくわからないかなー。どれもこれもピンとこないというか」
「魔導学部に入学するまでの二か月間で、あちこち見て回ると良いですよ。参加は強制ではありませんが、クラブ活動は自分の世界が広がるきっかけになるものです。同じ趣味の仲間を作る場は無駄にはなりません」
同じ趣味の仲間、か。
竜の寵児である私がそんなものを作っても、宣託が来ればそこまでの関係だからなぁ。
そう考えてしまうとどんどん興味が薄れてしまう気がする。
フィルは私の表情で心情を察したのか、苦笑を浮かべて私に語りかけてくる。
「深く考える必要はありませんよ。学院を卒業したらそこで縁が切れる生徒も少なくはありません。竜の寵児である貴方もそのうちの一人だと考えて、気楽に参加してみてください」
そっか。学院に居る間だけの関係と割り切っちゃえば、寵児とか関係なく参加できるか。
なんとなく参加したくなってきたぞ?
「フィルやティナやアーネは所属してみたいクラブはあるの?」
「僕はゲルダさんと行動を共にするだけです」
「私たちが殿下から離れる訳にはまいりません。殿下と行動を共に致します」
つまり、四人ともクラブに活動するときは一緒、参加しないならそれも一緒ってことかな。
なんだか悪い気がするなぁ。
「私の事は一旦忘れて、興味を持ったクラブはある?」
三人が腕を組んで考え始めた。
「ゲルダさんが居なければ、僕は引き続き武錬クラブだったでしょうね」
「私は魔導を研究するクラブがあればそちらをやってみたいとは思います」
「私はフィリップ王子と同じく、武錬クラブでしょうかね」
ふむ。武錬クラブが人気があるのか。
ちょっと様子を覗いてみようかな。
次に案内されたのは図書室だった。
広い空間にずらーっと本が並んでる。
「凄いね、こんなに本が並んでるのを見るのは初めてかも」
「ここにあるのは魔導書が大半です。魔導学部で使うことも多いと思いますよ」
魔導技術で大量に作る事は可能らしいんだけど、本って高級品らしくて街で見かける事は少ないんだよね。
それがこんなにたくさんあるってことは、この学院はお金持ちなのかなー。
適当に本棚から一冊取り出して中身を読んでみる。
……文字は読めるけど、何が書いてあるかはさっぱり分からなかった。
大人しく元の場所に戻す。
「なんだか、私が読める本はなさそうな感じだね……」
フィルが困ったような笑みで応える。
「今は仕方ありません。魔導学部で授業を受けて行けば、読める本は増えて行くでしょう。読書クラブなんてものもあります。一部に詩集などもあって、そういった教養本を読むクラブですね」
ふーん。教養本か。なおさら縁が薄そうだ。
私は辺りを改めて見回してみる。
この壁の向こうに、今日見てきた色んな部屋があったなーとか思い浮かべる。
「これで学院の敷地はだいたい歩き回ったのかな?」
「そうですね。設備はあらかた案内できたと思います……そろそろ、生徒たちの授業も終わる時間です。クラブ活動の時間が始まります。少し見て回りますか?」
「じゃあさっき人気が高かった武錬クラブの様子を見てみようか!」
****
武錬場に行くと、さっそく数人の生徒たちが二人一組で向き合っていた(組手というらしい)。
私にはよくわからないやりとりをしてから、楽しそうに笑い合ってはまたぶつかり合ってたりする。本当に、よくわからない世界だ。
廊下から中の様子を見ていると、武錬場の中からフィルに気づいた男の子が一人、廊下に出て来た。
「フィル! 珍しいな、お前が武錬場に顔を出すなんて!」
体格の良い男の子は、紺碧の瞳を輝かせて笑顔でフィルに話しかけていた。
「今日はアデラガルト王女に学院を案内しているんだ。王女は魔導学部に入学が決まっているからな。ついでだから、クラブ活動も少し見て行こう、となってな」
男の子の視線が私やナディアたちに注がれた。
「アデラガルト王女……ああ、お前と恋仲になったフリートベルクの王女様か。今朝も朝から生徒たちに見せつけてたらしいな。昼食も一緒だったって? 学院中で噂になってたぞ」
私は顔が熱くなるのを自覚しつつ、必死に抗議してみる。
「恋仲ではないから!」
「でも、寝ている殿下を優しく抱きかかえて礼拝堂まで連れて行ったんだろう? 目撃者多数だ」
「それはっ! ……事実だけど」
最後の方は声が小さくなってしまった。
そこは誤魔化し様がない。
私はフィルに振り向いて叫ぶ。
「ほらフィル! やっぱり変な噂になってるじゃない!」
フィルはさわやかな笑顔で返してきた。
「僕は一切困りません。何度も言いましたよね? それともゲルダさんは何か困るんですか?」
「それは……別に困ることはないんだけど……」
男の子が驚いたように私を見ている。
「アデラガルト王女は先日こちらに来たばかりだと伺っていますが、フィルと愛称で呼び合う程深い仲だ、という噂は本当だったんですね――フィルお前、奥手に見えて存外手が早かったんだな」
男の子は肘でフィルを小突いている。
私は男の子に小首を傾げて尋ねてみる。
「ねぇ君、その”深い仲”ってどういう意味なのかな? ナディアもフィルも、意味を教えてくれないんだ」
即座にナディアが私の背後から声をかけてくる。
「殿下、何度も申しましたがそれは殿下が知る必要のない知識です――そこの貴方、深い仲などという噂は真実ではありませんので、誤解無きよう」
男の子はナディアの迫力にたじろいで顔を引きつらせている。
「あ、はい。わかりました――申し遅れました。私はフリードマン。シュバー伯爵家嫡男です。フィルとは同い年で、魔導学部に進みます。アデラガルト王女とも、縁があれば同じ学級になるかもしれませんね」
体格のいい男の子は、見た目とは裏腹に恭しく綺麗な紳士の礼をしてみせた。
身長はフィルより高い。同い年なのに百八十センチくらいあるのかな?
身体の厚みもあるし、腕も太い感じだ。
見るからに強そうな人、という印象だった。
なんとなく気になってフィルに聞いてみることにした。
「ねぇフィル、えーと、フリードマンさんはどのくらい強いの?」
「僕と互角くらいですね。体格は僕より良いので、アーネと手合わせしても勝ち目は多いでしょう」
互角……こんな強そうな人と互角なのかフィルは。どうやったら互角に戦えるんだろう?
体格と言えば、うちの侍女見習いは体格でとっても劣るけど、どのくらい強いんだろうなぁ。
私はアーネに振り向いて聞いてみる。
「ねぇアーネ、アーネはフリードマンさんに勝てると思う?」
アーネはじっとフリートマンさんのあちこちを見てるみたいだった。
「……苦戦はすると思います。ですが負けるとは思いません」
それを聞いたフリードマンさんが片眉を上げてジロリとアーネを見た。
「なぁフィル、この侍女の女の子が、俺に勝てると――そう聞こえたんだが気のせいか?」
フィルが肩をすくめて応える。
「動きは少し見せてもらったが、実際に僕が相手をしても勝てるかどうかわからん。そのくらい強いぞ?」
ふむ。ちょと不思議な光景だ。
私は小首を傾げてナディアに尋ねる。
「ねぇナディア。フリードマンさんやフィルはアーネの実力をすぐに分からないのに、どうしてアーネは実際に動きを見る前からフリードマンさんに勝てると断言したの?」
「自分と相手の戦力差を推し量る技術がございます。その習得度合いの差です。私共は突然現れた賊が相手でもそれが出来るよう鍛錬を積んでおりますが、未熟なフィリップ王子やシュバー伯爵子息にはそれができない、というだけです」
難しくてよくわからないけど、フィルやフリードマンさんが未熟なのね。
ふむ。そうだせっかくだし――
「ねぇナディア、ナディアがフリードマンさんの相手をしたら、結果はどうなるのかな?」
ナディアはフリードマンさんを舐めるように眺めた後、断言する。
「開始十秒以内に叩き伏せて御覧に入れましょう」
「そんなに早いの?!」
十秒って、一秒が十回だよ?! という、当たり前の事を考えてしまうくらいに驚いた。
振り返ると、フリードマンさんの顔が引きつった笑いになってるみたい。
「いくらなんでも、この俺が侍女相手に十秒で伸されるってのは信じ難いな……」
私は満面の笑みでナディアにおねだりした。
「じゃあ、実際にやって見せて!」
侍女のお仕着せを着たナディアと、動きやすい服装(武錬服というらしい)のフリードマンさんが試武台で向き合っていた。
「魔導は無し、純粋な武術の勝負だ――本当にそれで十秒以内に倒せるんだな?」
「魔導を使えば十秒どころか三秒もかかりませんよ」
冷静なナディアと、頭に血が上ってる感じのフリードマンさん……なんとなく、やる前から勝負が付いてるような?
「じゃあ私が開始の合図をするね! いくよ――」
アデラガルトの「はじめっ!」という声とともにフリードマンが間合いを詰める。
急所へのガードを固め、大きな体を小さく縮こめながら、リーチの差を生かして右手で牽制の一撃を入れる――その一撃を紙一重でかわしながら刹那で懐に潜り込んだナディアの鋭い掌打が、ガードの隙間をかいくぐってフリードマンの顎にクリーンヒットした。
立て続けに胴体の急所に肘打ちが撃ち込まれ、フリードマンの頭部が下がったところで、こめかみにナディアの裏拳が炸裂する。
姿勢を崩したフリードマンのがら空きの喉に向かって、ナディアの足刀が鋭く突き入れられ、敢え無くフリードマンが後方へ倒れ込んだ。
私が”はじめっ!”と言った瞬間の出来事だった。
近づいたフリードマンさんが、気が付いたら倒れていた――開始から三秒くらいかな。五秒も経ってないのは間違いない。
フリードマンさんは喉を抑えて苦し気に咳込んでる。
「フリードマンさん、大丈夫?!」
どうやら返事をする事も出来ないみたいだけど、手で”大丈夫”と返事をしたみたいだった。
「本当に、僕ら三人が束になっても瞬殺されるくらい強いんですね……」
フィルの呆然とした声が聞こえてきた。
フリードマンさんを蹴飛ばした姿勢で止まっていたナディアが、ゆっくりと足を下ろした。
「失礼致しました。私もまだ未熟ですね。想定よりだいぶ弱かったようです。もう少し手加減をした方が良かったかもしれません」
咳が落ち着き、ようやく喋れるようになったフリードマンさんが、感想を述べる。
「……あんた、容赦ねぇな。それは相手を殺す技術だ。何がどうなったのか、やられた俺ですらよくわからんうちに倒されてた。おそらく、魔導の腕も立つんだろう? 身体強化したら一撃で俺は殺されてる」
「賊の命を速やかに絶つ技術ですから当然です。貴方程度の技量であれば、十人同時に襲われても殿下に指一本触れさせずにお守りして御覧に入れます」
ほぇ~と私が見ていると、周囲から武錬場が割れるような拍手と歓声が聞こえてきた。
「すげーな! とんでもねーもん見ちまった!」
「動きが速すぎて全然見えなかったぞ?!」
「あのフリードマンが手も足も出ないなんてあるんだな!」
びっくりして辺りを見回すと、いつの間にか増えていた生徒たちが拍手と歓声を上げているようだった。
多分、武錬クラブに所属する人たちなんだろうな。
私はフィルに振り向いて尋ねてみる。
「ねぇフィル、フリードマンさんってどのくらい強いの?」
「僕と同じくらい――と言っても伝わりづらいですね。同年代では並ぶ物が少ないくらいには強いですよ。少なくとも、この学院の武錬クラブでは僕と一位を争うくらいです」
私が小首を傾げて尋ねてみる。
「体格はナディアの方がずっと小柄だよね。腕力も全然違うだろうし、どうしてこんなに強さに差があるのかな」
フィルが苦笑を浮かべながら教えてくれる。
「僕らが磨いているのは戦う技術です。一方でナディアさんが修めているのは相手を殺す技術――本質が違うんですよ。これは武術を修めた人間でないと分かりにくいかもしれません」
確かに、説明を聞いてもさっぱり分からない。
私の元へ戻ってきたナディアは汗一つかいていない。
「ねぇナディア、戦う技術と殺す技術って、何が違うの?」
「それを殿下が知る必要はございません。殿下の身は私共が必ずお守りする。それだけ御理解して頂ければ充分です」




