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竜の寵児は祈りを捧げる~無垢な王女とコーヒー好きの王子/祈っていればいいだけの人生です~  作者: みつまめ つぼみ
第1章:竜の寵児

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20.救出ミッション

 朝、気が付くと客間でパッチリ目が覚めた。

 視界の中に赤竜おじさまが立っている。


「どうだい? 疲れも眠気もばっちり抜けたろう?」


 とチャーミングなウィンクを飛ばしてきた。

 どうやら、疲労回復と眠気覚ましの魔導術式までサービスしてくれたみたい。

 同行はしてくれないけど、それ以外のフォローは物凄い手厚い気がする。


 みんなで神官が用意してくれた朝食を食べながら作戦会議が始まる。


 もぐもぐぱりもしゃとパンで挟んだ野菜やお肉を胃の中に納めつつ、私はナディアたちの話に耳を傾ける。


「学校側には、殿下は神殿の祭事で欠席、という事を連絡すればよろしいでしょうか」


「それでいいと思うよ。無断欠席は潜伏している悪魔崇拝者に気付かれてしまうからね。病欠よりは、竜の寵児らしい理由だろう」


 私は朝食を食べながら片手で≪水竜の水鏡≫の術式を展開し、地図と映像を広げている。

 フィルの様子は昨晩と変わらない。位置も動いていない。


「この位置は……南西の森の奥ですね。特に何もない場所だったと思いますし、捜索の手がここまで伸びていないのも頷けます。ここに、このような地下牢のある建物があるのでしょうか?」


「おそらく、悪魔崇拝者の隠れ家だろうね。他の子もここに囚われているかもしれない。ちょっと見てごらん?」


 私はもぐもぐしてるので返事をせず、無言でフレドを映し出す。


 フレドは何か厳しい表情でどこかを見つめてる。

 位置は……同じあたりだ。


 次にクラインさんを映し出す。

 ……クラインさんも牢に繋がれて項垂れてる。

 汚れて疲れ切ってるけど、ブツブツ言ってたりはしないみたい。

 この位置も変化はないように見える。


 赤竜おじさまが目を細めて所感を述べる。


「……おそらく、同じ建物の別の場所、ぐらいだろう。二番目の少年は外に居るようだった。途中で出会うかもしれないから気を付けるんだよ?」


 私はごくんと飲み込んでから赤竜おじさまに質問する。


「気を付けるってどういうこと? 私たちはフレドも助けに行くつもりなのに」


「彼に限らず、相手の身内を敵に仕立てるというのは、悪魔崇拝者の常套手段だ。その可能性を常に忘れないようにしておくんだ――今回は、ナディア。君が付いているから大丈夫のはずだね」


 ナディアが静かに頷いた。


「殿下の護衛は私が居る限り万全でしょう。悪魔崇拝者は未知の敵ですが、殿下から加護の支援を頂ければ十分戦えると判断できます。遊撃はティナ、アーネ。貴方たちに任せます。貴方たちで手に負えない相手の場合、私と貴方たちが入れ替わります。そうなったら貴方たち二人が死ぬ気で殿下を守りなさい」


「はい!」

「……承りました」


「まずは建物を目視で確認次第、周辺の様子を探ります。モフィス侯爵子息と外で遭遇した場合、保護、或いはその場で無力化を行います。その後、フィリップ王子を優先しつつ、同時にモフィス侯爵令嬢も捜索します。三人の身柄を確保し、我々は速やかに撤収し神殿に戻り、作戦を終了とします――以上、質問がありますか?」


 私、ティナ、アーネが頷き、赤竜おじさまは楽しそうに微笑んでいる。


「……結構、では食事を完了次第、出立します。この位置であれば徒歩で二時間から三時間といったところでしょうが、加護で走破する手もあります。殿下はどちらを選ばれますか?」


私は両手を挙げて意見を述べる。


「はーい! 食後の腹ごなしに加護で走るに一票! ついでに昨日のおさらいにもなるし!」


 ナディアが微笑んだ。


「殿下の本音は”一秒でも早く駆け付けたい”でしょう? ――ですが、最初から加護を受けた状態なら奇襲に即時対応できます。決して悪くない選択です」


 ばれてた!

 だってあんな状態のフィル、今すぐ救い出してあげなくちゃだし!


 赤竜おじさまは少し思案して意見を述べる。


「そうだね、おそらく一番加護が弱いティナの速度で走る事になるから、三十分かからないくらいかな? ゲルダの魔力は桁違いだから、今日は魔力切れを心配する事も多分ないだろう。ただし、戦闘が二時間を超えるようであれば一時撤退も視野に入れなさい」


 ナディアが頷いた。

 今回、戦闘に関係する事は全部ナディアが取り仕切る。ナディアが把握していれば、私たちはそれに従うだけだ。





 朝食を食べ終わった私たちは神殿の裏手に出た。街の外に続く道が見えている。

 私たちが着ているのは昨日の服だ。ちょっと特訓で汚れちゃったかな? お風呂も入れてないし。

 ……汗臭いかな。これからフィルに会うのにこの姿か。緊急事態だけど、乙女としては複雑な心境だ。



 ――と、思っていたら突然爽やかな瑞々しい風が私たちの身体を包み込んだ。

 ”何事?!”と思っている間に、淡く爽やかな花の香を残して風は消えて行った。


「はっはっは! 大切な人に会うのに、身奇麗にしていかないのは気になるだろう? ≪水竜の浄水≫と≪風竜の爽風≫の合成術式だよ。汚れは全部落として爽やかな香りを付与する、ちょっとしたおしゃれ術式だね!」


 うーん、ほんと赤竜おじさまは至れり尽くせりだな……

 私は元気に右手で天を突いて赤竜おじさまに挨拶する。


「では、行ってきます!」


「ああ、行っておいで。私はここで待ってるよ」


 早速私は四人に加護を付与し、地図の示す場所へ走り出した。





****


 私がナディアの手元に水鏡の術式を展開しつつ、ナディアが先頭で地図に従って真っすぐ目的地へ疾走する。

 私の左右をティナとアーネがそれぞれ守りつつ駆け抜けていく。


 ティナが昨日から引き続き、溢れる力に感動しているみたいだ。


「殿下! これで本当にまだ一割に満たないんですか?!」


「うーん、昨日より力を込めてるから、多分もう少しあると思うよー? 一割強くらいじゃないかなぁ?」


「いやそれにしても殿下が私たちの速度に付いてこれるのが驚きなんですけど……なんでその走り方でその速さなんですか……」


 ナディアたちはスカートをはためかせながら凄い格好よく走ってる。まさに”疾走してます!”って感じで、身体を前に倒して綺麗に手足を動かして走り抜けていた。訓練された動きという奴なのだろう。

 一方私は、普通の身体を動かすのが苦手な女の子が、街中を走ってるのと変わらない姿勢だ。走り方なんて習ってないし。転びそうだから身体も傾けてない。ちょっと巫女のローブが身体に纏わりつくけど、走るのに邪魔に感じる事はないみたい。

 こんな私でもみんなに付いて行けるのは歩幅の違い――つまり、加護の強さの違いだろうなぁ。

 多分、この中で私が一番速く動けるはずだ。私の存在容量は他の三人とは比べ物にならないくらい大きい。込められる魔力もずっと大きくできる。心の相性も関係ないから、それもあるんだろうな。


「私は自分の分だけ少し強めに加護をかけてるからじゃないかなー。私は普通の女の子だし、きっとこれで丁度いいんだよ」


 息も切らさず言葉を交わして走りながら森を駆け抜けていく。昨日の特訓のみんなの動きを考えると、私たちの姿は普通の人には見えていないはずだ。

 私たちの感覚では、ただ森の中を走っているのと変わらない――ちょっと(?)歩幅が大きいこと以外は。


 二十分を過ぎる頃、ナディアが「そろそろお静かに」と言ったので私たちは黙る。

 ナディアが立ち止まるのと同時に、私たちも足を止める――創竜神様の加護が凄いなって思うのはこういう時。物凄い勢いで走っているはずなのに感覚通り普通に止まれてしまう。急に止まったからって、勢い余って通り過ぎたり転んだりする事が無い。んーさすが神様パワー。


「……ありますね、石造りの建物です。では殿下、加護の力をそれぞれに八割程度で。その後殿下は私と共に、ティナとアーネは逆方向へ回り込んで周囲を確認します。反対側で落ち合いましょう」


 四人で頷きあい、私は割り振る力をみんなの存在容量の八割に設定する。十割はまだ怖いけど、八割くらいなら特訓でできるようになっていた。

 同時にナディアが右方向へ行くので私はその後ろへ、ティナとアーネは左方向で回り込んで二手に分かれて建物の裏手を目指した。



 私は水鏡にフレドを映す――まだ外に居るみたいだ。風を受けてるので、森の外なんだろうな。私たちはまだ、森の中だ。

 森の外の様子を見ているけど、フレドの姿は見当たらない。

 そのまま裏手に回り、ティナ、アーネと合流した。


 私が二人に「フレドを見かけた?」と尋ねたけど、ティナとアーネは首を横に振った。


「地図のスケールをもう少し変えてみるよ」


 建物を中心としたスケールに変更する――フレドの大まかな位置は、この先、五十メートルくらいだ。

 木の陰に隠れてたのかな?


 ナディアが真剣な目で語る。


「殿下、御身で確認を取られるか、ティナとアーネに確認させるか、どちらが対応できると思われますか?」


 私は少しだけ考える。

 ティナとアーネじゃ、フレドが敵に回ってるかは分からない。結局、私が確認する事になるはず。

 今は加護の力があるから、加護の力を持たない人間に負ける気もしない――なら答えは簡単だ。


「んー、今の私ならフレドくらいどうにでもできるし、まっすぐみんなで近づいていいんじゃない? 何かあっても今なら全員、フレドの目に見えない速度で動けるでしょ?」


 フレドは格上という訳ではないはず。悪魔崇拝者って感じもしないし。

 加護の力を得たナディアより格上って、相当強くないと言えないはず。だからフレドと戦う事を恐れる必要はないと思う。

 ”相手の身内を敵に仕立てる”がどういう意味かは、私が直接話をすれば分かる事だと思う。


 私の考えを了承したナディアが頷いた。


「では、私を先頭にその後ろに殿下、左右を二人が挟んでください――行きますよ」





****


 森を抜けると、木の陰になるようにフレドが木にもたれかかっていた。


「フレド、こんなところでなにしてるの?」


 私たちの気配に驚いたようにフレドが姿勢と表情を崩した。


「お前ら! なんでここに?!」


「なんでって……フィルとフレドとクラインさんを助けに?」


 呆気に取られたフレドが、バツの悪そうな笑みを浮かべた。


「……そうか、俺たちを助けに来てくれたのか。だが、悪いがゲルダ。お前には死んでもらわなきゃならん」


 そう言ってフレドはナイフを取り出した。


 私はきょとんとして小首を傾げる。


「君は誰だい? フレディ・モフィス伯爵子息、将来私の夫になると宣言した男の子じゃないのかい? 殺してしまったら、夫にはなれないよ?」


 フレドが歯を食いしばる。

 顔をしかめ、苦しそうに言葉を吐き出す。


「そんな男は……もう死んだんだ。俺は、必ずお前を殺さなければならない!」


「んー、どうしてそうなったのか、理由を教えてもらえるかな? 力になれると思うんだ。一緒にクラインさんを助けようよ」


 フレドが何も応えず動き出し、私に向かって駆け出していた。

 その手のナイフは、確実に私の胴体の急所を狙っている。

 フレドが敵意を持ってこちらに向かってくると同時に、私にはその動きがゆっくりに見えていた。どうやら加護の力は、必要な時に勝手に感覚を調整してくれるらしい。神様パワーは便利だな?

 私を狙って駆け出しているフレドの姿を暢気に眺めながら、指を顎に当てて考えてみる。


 んー、一度”無力化”ってやつをしないと話をしてくれそうにないかな。

 とりあえず、突き飛ばせばいいのかな?


 私は草の上をサクサクと歩いて行って、フレドの持っているナイフを掴んだ。フレドが私の動きに気が付いた様子はなさそう。多分見えてないんだな。

 そのまま肩でフレドに体当たりした。のんびりと。ゆっくりと。やさーしく。”とん。”って感じで。

 その瞬間にフレドの身体が弾き飛ばされた――世界の速度が元に戻った感覚だ。


 ナイフを私に奪われ、大きく吹き飛ばされたフレドは三メートル以上先の草の上を転がっていった。

 私は草の上をサクサクと、三メートル以上の距離を二歩で歩いて、フレドの前に立って話しかける。


「あ、ごめん。私はまだ力加減が巧くできてなくてさー。怪我、してない?」


 もちろん、私の背後には三人の侍女が控えている。

 多分私たちの動きを、フレドは全く見る事も感じる事も出来ていなかったはずだ。

 フレドはそんな現実を信じられず、呆然と私を見上げている――うんうん、その気分はよくわかる。私たちも昨日、たくさん経験したから。


 私はフレドに微笑んだ。


「ね? 私たち、フレドの力になれると思わない? だから事情を話してよ」





****


 木の根元に座るフレドの周りで、私たちは立って話を聞いていた。


「俺はお前に相談された日に、犯人の目星がついたんだよ」


「えっ?!」


 驚きの新事実である。あの日のあの会話だけで、犯人が分かったの?


「俺はそいつの当日の行動を追った。そいつの直近の行動も追いかけるために、学校も欠席して探ってた。ようやくここを見つけたときには、姉さんが幽閉されていた」


「ああ、フレドが欠席した日のお昼から行方不明だったからね……」


「俺は”姉さんの命を助けたければ、俺がお前を殺せ”、と命じられた。お前を殺せば、姉さんは解放するという約束でな。できなければ姉さんの魂を悪魔に食わせると脅された……お前らはいつかここに来るから、それまで息を潜めて味方の振りをして殺せと言われた」


 私は小首を傾げた。


「味方の振り? 最初からしてなかったよね?」


 自嘲気味の笑みを浮かべつつ、フレドが肩をすくめる。


「俺の名前を知ってるか? フレディ・モフィス侯爵子息。味方の振りして後ろからナイフで刺すなんて真似は、悪魔に魂を売ってでも御免だね」


 私は思わず笑いが漏れた。


「……ふふ。やっぱりフレドはフレドだったね」


「……うるせー。ところで、なんでお前がそんな化け物みたいに強いんだよ?」


「これ? 創竜神様の加護の力だよ。ようやく私も、竜の巫女として加護の力を使う許可が下りたんだ。戦う準備が出来たから、みんなを助けに来たの」


 フレドが俯いて考え込んでいる。


「その力は、俺にも与えられるのか?」

「殿下?! おやめください! それは早計です!」


 ナディアの制止の声を私はスルーしてフレドに応える。


「お姉さんを、自分の力で助けたいんでしょう? いいよ。フレドにも加護の力を与えてあげる」


 私はフレドにも存在容量の八割で加護の力を与えた。

 おー、思ったより魔力が持っていかれた気がする。割り振る魔力とは別に、加護の影響の強さに応じて魔力を消耗するのかな。この感覚にも慣れないとだなー。


「……すごいね、もしかしたらフレドは私と相性がいい方なのかも? 多分、今のナディアより強いよ?」


 フレドは自分の力に溢れる力に戸惑ってるみたい。

 両手を見ながら困惑してる。


「クラインさんの居る位置はすぐわかるよ。さぁ、まずクラインさんを助けに行こう!」


 フレドが意外そうな顔で見上げた。


「お前はフィルを助けに来たんだろう? フィルを優先すべきだろうが」


 私はにっこり笑って返す。


「今、目の前にお姉さんを助けたくてしょうがないフレドが居る。それなら、私はそちらを優先するよ。フィルなら大丈夫。後少しくらいなら耐えてくれるはずだし、助けたときに目一杯私が癒すから」


 私はニコニコとフレドの顔を見ながら微笑んだ。

 フレドは毒気を抜かれた顔で、呆然としてるみたい。


「ほらほら、のんびりしてると見つかっちゃう。早く立って――行こう。加護の力にもすぐに慣れてもらわないといけない。最初は戸惑うと思うから気を付けて」


 私は水鏡にクラインさんを映す。


「クラインさんはここに居るよ。これ以上位置を調べるのは難しいかな。先頭はフレドが進む。それでいい?」


 フレドは力強く頷いて立ち上がった。


「その位置なら、おそらく西棟の三階だ。ついてこい」





****


 フレドの案内で石造りの建物の中に入っていく。

 加護の力を初めて受けた割には、フレドはすぐに力の使い方に慣れたみたいで戸惑う様子もない。


 小声で小さく話しかける。


「すごいね、もう慣れたの?」


「ずっと我流だ喧嘩殺法だってやってたからな。新しいものに慣れるのは早いんだ」


 三階に到着して進んでいく。水鏡に変化があった――私たちの姿がある!

 すぐ傍の牢屋にクラインさんの姿があった。


「多分、そのまま力でこじ開けられるよ」


 フレドは私に言われるがまま、力任せに扉を強引に引き開けた。バキンと鍵が弾け飛んで床に落ちていた。

 急いでみんなでクラインさんの手枷を引きちぎっていく。

 自由になっても、クラインさんの意識はないみたいだった。


「殿下、癒しの加護は使えますか?」


「んー、普通の加護と同じ要領でいけるはずだからやってみるね」


 ――創竜神様、クラインさんの負傷や疲労を癒してください。


 クラインさんの存在容量を超えないように加減をしつつ、魔力を流し込んでいく。

 手首についていた手枷の跡が消えて行くのが分かる。


「――ふぅ。傷や疲労は癒したから、意識もそのうち戻ると思うよ」


 フレドがクラインさんを背負いながら私に告げる。


「次は本命、フィルの場所だ。地図を見せろ」


 私は水鏡にフィルを映す。地図の場所を見たフレドは「間違いなく地下だな。こっちだ」と先導していった。





****


 地下に降りて行った私たちは、注意深く進んでいく。今までもそうだったけど、いつ悪魔崇拝者に出会うか分からない。

 そちらの対応はナディアとティナ、アーネにすべて任せることにした。彼女たちが私の代わりに、周囲に注意を払ってくれている。

 私はただ、フィルを助ける。それだけ。



 フレドが通路の先を指さした。


「その奥だ。本当に一人で行くのか?」


「そうだよ? 囚われの王子様を助けるお姫様だよ? 私は。かっこよく助けてくるよ」


 私はみんなが警戒する中、慎重に進んでいく。

 こつり、こつりと足音が響くと、奥から怒りと哀しみが滲んだ叫び声が聞こえてきた。


「今度は誰だ! もうやめてくれ! 頼む! 彼女だけは……」


 ”今度は誰だ”? なんだか嫌な予感がする。


 牢屋の前について、フィルの姿を目で確認した。


「フィル! 助けに来たよ!」


 その声に反応するフィルの目は、ひどく怯えていた。


「やめろ! 頼むから止めてくれ! もう彼女の姿で俺を責めないでくれ!」


 ……俺? もしかして、フィルって自分の事、本当は”俺”って呼ぶ人? それとも混乱してるだけ?


 酷く疲れ切って混乱して、何が現実か分からなくなるほどの拷問を受け続けていたんだ――それぐらい、私にだってわかった。

 ムカムカと怒りがわいてきて、力一杯目の前の牢屋の扉を引きちぎった。

 扉は柔らかい飴みたいに簡単にひしゃげながら外れて、私の手にあった。

 そのまま扉を床に投げ捨てる。

 金属の鈍い音を響かせながら、扉は床に転がった。私の前には、もう障害物はない。



「……え?」


 フィルの呆然とする声が聞こえるけど、構わずずかずかと近寄っていってその頬を両手でつかむ。


「フィル! 助けに来たよ! 君は私の名前を、まだ言える? どう?」


 フィルは呆然としながら「ゲル……ダ」と呟いた。

 私は目一杯の微笑みで返し「ちょっと鎖を引きちぎるから待ってて」と言いつつ、既に全ての鎖をこれでもかと引きちぎり終わっていた。なんか壁が抉れてたけど気にしない事にする。

 分厚い鉄の手枷も、ちょっと指で捻るだけで壊れて外れた。

 そのまま「よいしょ」と言いながらフィルを背中に背負い、牢屋を歩いて出ていく。


「……夢、じゃないのか?」


「夢の中の私は、こんな爽やかな香りをしていた? 私、こんな香りを身にまとうの初めてなんだけど?」


「……確かに、いい香りだ……本物……なのか……今度こそ……」


「そっか、偽物の私に、散々いじめられたんだね。この借り、百万倍にして返すよ。フィルもそのつもりでいてね」


 私は燃え滾る怒りを胸に、ずかずかと廊下を進んでいく。

 ナディアが「代わります」といったのを私は首を横に振って断った。

 そして「敵が出て来たらナディアたち三人で対応して。私たちは背負ってる人を守って走って逃げるから」と告げた。

 地上に出る――今の所、悪魔崇拝者の気配はないみたい。


「ナディア、全力で戻るよ! ティナ、遅れるだろうけど焦らず付いてきて!」


 返事を待たず、私は全力で駆けだしていた。


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