19.スパルタ教室
私たちは神殿の応接間から机やソファなど邪魔になるものを、神官たちにも手伝ってもらい外へ運び出した。
神官たちが去り、がら空きになった部屋の中央で、赤竜おじさまを前に私たち四人が並んでいた。その間は四メートルぐらい離れている。
赤竜おじさまが微笑みながら告げる。
「まずナディア、君が全力で私の身体を打ち抜いてみなさい」
ナディアが戸惑いながら尋ねる。
「全力、ですか? いくらレッド公爵でも、そのお姿では……」
なんだか赤竜おじさまの姿がどう見ても人間だからと、躊躇ってるみたいだ。
私はナディアを見上げて聞いてみる。
「仮に赤竜おじさまが普通の人間だったら、ナディアが全力で殴るとどうなっちゃうの?」
「人間は案外柔らかいですから、殴った部位だけが飛び散ります。もっと固い岩などであれば、全身を砕きつつ数メートルは吹き飛ばせると思いますが……」
赤竜おじさまが楽しそうに笑う。
「ははは! 心配いらないよ! 人間の姿に見えるけど、本当は竜だからね。人間が素手で傷をつけられる訳が無いんだ。いくらナディアでも、素手で竜の身体に傷をつける自信はないだろう?」
ナディアは頷きながら、どこか納得したみたいだ。
「はぁ、そういうことでしたら――いきます!」
次の瞬間には、ナディアの身体が赤竜おじさまの前にあった。
四メートルぐらいの距離を、瞬きより早い時間で移動したみたいだった。
その右拳は赤竜おじさまの胸で止まっていた。
微動だにしていない赤竜おじさまを、ナディアは呆然と見ている。
「そんな……今の一撃でピクリとも動かないなんて……」
赤竜おじさまは楽しそうに笑う。
「そりゃあそうだよ! 私は四十メートルを超える竜だからね! そんなものを拳一つで動かせたら、それは人間じゃないさ! ――”今の姿が人間に見えるだけ”、この意味がわかったかね?」
ナディアは頷きながら私たちの元へ下がってきた。
「じゃあ次、ゲルダだ! 君が殴ってみよう」
「はっ?! 私、武錬はやったことないよ?!」
「もちろんそのまま殴るんじゃないよ? 加護の力を拳に乗せて殴るんだ。魔力を込め過ぎないようにするコツは、掴んでるはずだね? 自分の身体が壊れないように、創竜神様への祈りで身体に魔力を込めてごらん」
む、難しいことをいきなり要求された……
えっと、自分の身体が壊れないように、創竜神様への祈りで、身体に魔力を込めるの?!
水に魔力を込めるときは、創竜神様の代わりに水に向かって祈ったんだけど?! 同時にやるの?!
赤竜おじさまが大きく笑った。
「はははは! 難しく考えることはないんだ。魔力を込めるとき、創竜神様に力を貸してくれるように祈る――その手順を加えるだけだ。とりあえずやってごらん?」
な、なるほど?
自分の身体に向けて魔力を込めつつ、創竜神様に祈ればいい、だけなのかな?
えーと、
――創竜神様、私に赤竜おじさまを殴る力をお与え下さい。
目を瞑って祈りを捧げながら、同時に自分の身体に向けて魔力を巡らせていく。
――ん、なんだか力がすごい湧いてきた気がする!
目を開いて、赤竜おじさまに向かって走り寄っていき、右拳を「えい!」と思いっきり叩きつけた。
赤竜おじさまの身体が大きく吹き飛び、壁際ギリギリで止まった――魔導術式の網で身体を受け止めたみたいに見えた。
「えっと……なんか私、今すごい勢いで走ってなかった?」
四メートルの距離を、私は二歩で駆け寄っていた気がする。
気が付いた時は目の前に赤竜おじさまがいたから、とりあえず拳を当てたんだけど……
赤竜おじさまが口から血を一筋流しながら大笑いしていた。
「はははは! 初めてでそれだけできれば上出来だよ! 武術の心得もない、魔導の心得もないに等しいゲルダが、これだけの事をやってのけたんだ」
私は意味がよく分からず、ナディアに振り向いてみた――ナディアは私を見て愕然としていたみたいだった。
私はナディアに近づいていって、どういうことか聞いてみた。
「ねぇナディア、私、なにがどうなったのか全然わからなかったんだけど?」
ナディアが我に返って、戸惑いながらも教えてくれた。
「――え、ええ。私の目でも追いきれない速さで動いておいででしたから、推測でしかありませんが……殿下がレッド公爵に駆け寄って、拳で殴りつけられたのだと思います。私にはピクリとも動かせなかったレッド公爵をあそこまで吹き飛ばし、血まで流させる――人間業ではありません」
………………
私は小首を傾げて尋ね直す。
「え? 目で追いきれなかった? ナディアが? そんなに速く動いてたように思わなかったんだけど……」
歩幅が信じられないくらい大きくなってたのかな? とは思うんだけど、速く動いてた実感はまったくなかった。
赤竜おじさまが遠くから笑いながら解説をしてくれる。
「身体に加護の力が巡った時に、ゲルダの感覚もそれに対応したものに変わるんだよ! だから普段と同じ感覚で動けるんだ! そこが身体強化術式と違うところだねー!」
解説しながら、赤竜おじさまは私たちに歩いて近寄ってきていた。
そして今度はティナの肩を叩く。
「じゃあゲルダ。次のステップだ。ティナに加護の力を加えてみなさい。失敗すると破裂して死んでしまうから、加減を間違えてはいけないよ?」
「ヒッ! 死にたくないです! ……あれ? 私、レッド公爵に名乗っておりませんよね? この部屋に来てから名前を呼ばれてもおりませんし」
破裂して死ぬ、という言葉に一瞬蒼褪めた後、不思議そうな顔でティナは赤竜おじさまを見上げていた。
「はははは! 高位の竜種相手に名前を隠せると思わない方がいいね! 見ればわかる事だからね! ――さぁゲルダ、やってごらん」
「はーい!」
私は元気よく右手を挙げた後、再び祈りを捧げ目を瞑る。
――創竜神様、ティナの身体にとっても強い力をお与え下さい!
ティナの存在容量を見極めながら、魔力を加減してほんの少しだけ与える。
目を開くと、ティナが自分の両手を見て感動してるみたいだった。
「なんだか……ものすごい力が全身に漲ってるんですけど……これが加護?」
「そのまま、ナディアと組手をしてみなさい。ナディアは全力を出しても勝てないくらいになってるよ」
ナディアは「そんなばかな」と言いながらティナをまじまじと見つめ、目が真剣になっていった。
「……ティナ、本気でやります。貴方も本気で動きなさい。油断すれば死ぬ。そう思いなさい」
「えっ?! いきなりなにを?! 私がナディア様に……あれ? なんだか私、勝てそうですね……」
次の瞬間、二人の姿が私の視界から消えていた。
応接間のあちこちでバチンバチンと音がするし、あちこち走り回る音が聞こえるから……きっと部屋中駆け巡ってるんだろうな……
呆然と不思議な空間を眺めていたら、突然ナディアが上から降ってきて床に叩きつけられていた――今度も、魔導術式の網がナディアを受け止めているようだった。
ナディアに続いて空から降ってきたティナが、楽しそうに声を上げる。
「すごいです! 加護の力って、あんなに力が上がるんですね! しかも身体強化術式も載せられるとか、反則技じゃないですか?!」
赤竜おじさまが「ははは、今ので多分、一割も加護の力は出せてないよ」と伝えると、ティナとナディアが愕然としていた。
私も驚いて赤竜おじさまに食って掛かる。
「一割も出せてない?! まだ何か足りないの?!」
「まず、ちょっと怖がり過ぎだね。もう少し力を込めても大丈夫だ。ただ失敗すれば殺してしまうからね。慣れるまではそのくらい怖がる方がいいね。次に、加護を他人に与える場合は心と心の相性が出る。今のゲルダとティナの相性では、最大でも二割くらいが限界かな。簡単に言うと、信頼すれば信頼するほど相性がよくなる。この中では、ナディアが一番相性が良いだろう。多分五割くらいはいけるはずだ」
ナディアはそれを聞いて更にショックを受けているみたいだった。
「私が……殿下から五割しか信頼頂いてない……のですか……」
肩を落とすナディアに私が思わず突っ込む。
「そこショック受けるところかな?! 充分凄くない?!」
赤竜おじさまが微笑みながら補足する。
「信頼は一つの目安でしかないよ。もっと色んな感情が複雑に関係してくる。例えば心から愛し合う男女なら、十割を超えた力を出すこともできる。だから相性次第で、かなりの格上と戦うことも可能だ――だがここに落とし穴がある。加護を受けると気が大きくなる。さきほどのゲルダやティナも、自覚があっただろう? ついつい強い敵と戦いたくなる。そして負けてしまうんだ。決して格上と戦おうなどと考えてはいけないよ?」
「はーい!」
私の右手は元気よく天を突いていた。
****
「さぁ、今ので自分と仲間の護身術、その基礎は覚えられたはずだ。できれば祈るとき、目を開けたまま祈れるようになるといいね。今日はその練習をしてみよう。つまり、目を開けたまま、自分とナディアとティナとアーネに加護を加えてごらん。最初は失敗しないよう、少ないくらいの力でいい。慣れてきたら少しずつ力を上げて行きなさい。加護を受けたナディアとティナ、アーネで組手でもしてみるといい。時々ゲルダを殴りつけても構わないよ。ゲルダもいつ殴られてもいい様に、決して自分の加護を忘れてはいけない――さぁ、はじめよう!」
赤竜おじさまが大きく手を鳴らしたのに合わせて、私は目を開けたまま四人に魔力を巡らせるよう頑張る――複数を対象に魔力を巡らせるのなんて初めてだけど、要は魔力を込めるのと祈るのを同時に行う、それとやる事は同じはず。それならできる気がする。
四人の存在容量がバラバラだから、確かに最初からギリギリまで力を籠めるのは無理だな。
弱いくらいでいいって言うし、一番容量の低いティナと同じ魔力を四人に配る――と同時に創竜神様へ祈りを捧げる。
途端に三人が組手を初めて、応接間はどったんばったん大騒ぎである。
時々私も肩や背中を張り手で叩かれるので、それに耐えられるように自分の分だけ先に配分を上げて行く。
叩かれても平気になったら、三人の容量の余裕を埋めるように少しずつ分ける配分を増やしていく。そうするとまた叩かれて痛いので、自分の配分も上げて行く。
そんなことを一時間くらい繰り返すうちに、だいぶ慣れたのか――すでに三人の姿は影すら見えない。多分、楽しく組手に興じている気がする。
私も時々バチンバチンと叩かれるけど、存在容量は私が一番大きいからかビクともしない。
目を開けながら祈るのも慣れてきて、感覚はかなり掴んだと思う。
赤竜おじさまが楽しそうに笑っている。
「ははは! すごいね! もうそこまでできるんだな! これなら一日も要らなかったね。後一時間もやれば充分だろう。そこで一度休憩を取ろう!」
「はーい!」
****
一時間後、動き疲れた三人が床でへばっていた。
どうやら気が大きくなるという言葉通り、強い力を得た事で興奮してしまって動きすぎてしまうみたい。
二時間も全力で動き続けていたら、そりゃあ体力も尽きるよね……
私は祈りながら叩かれていただけなので、体力は全く減っていない。
「さぁ、これで護身術の基礎は完璧だ。加護の力は、今はこれだけでいいだろう。時期を見て次のステップも教えられると良いんだが、どうなるかねー」
「”どうなるかねー”って、どういうこと?」
「ははは! ゲルダみたいに活きの良い子は、勝手にどんどん次のステップを覚えてしまうんだよ! 思いついたから試してみた、そしたらなんだかうまくいったーってね。それはそれで、創竜神様の加護の一つだ。加護の強い子ほどその傾向があるからね」
うーん、私にそんな咄嗟のアレンジ能力あるのかな……
それにそんな活きが良かった覚えないんだけどな……
私が小首を傾げていると、赤竜おじさまは大笑いをしていた。
「自覚がないみたいだね! ゲルダは本来、とても活きが良い子だよ! ――さぁ次のステップだ。術式をいくつか教えよう。本来は明日の予定だったが、今日はまだ時間があるからさっさと覚えてしまうとしよう」
私は大きく右手を挙げながら質問する。
「どんな術式ー? それって難しい?」
「竜の寵児であるゲルダにとっては簡単さ。普通の人間にとってはとてつもなく難しい術式だ」
小首を傾げて考える。
竜の寵児なら簡単? どういうこと?
『ははは! つまり、竜の魔導術式だ。これは寵児だけが教えてもらえる秘密の術式だ。教える時期も竜が見定める。だから人間であるゲルダが他人に教えてはいけないよ?』
赤竜おじさまが突然竜語になった。つまり竜語が分からない人間には聞こえないように教えるつもりなのかな?
『よくわかんないけど、わかりましたー!』
私の右手が勢いよく天を突いた。
……こうして元気に振舞ってるだけで、心の奥から力が湧き上がってくる気がするな。なんでだろう?
武錬クラブから帰るときは、あんなに暗く惨めな気持ちだったのにね。人間って不思議。
『それが人間の”生きよう”とする力、創竜神様の加護とも言える力だ。暗い気持ちはその逆、”死んでいこう”とする力、悪魔の加護だ。人間の中では常に二つの力が争っている。それを忘れないようにしておくといい』
『はーい!』
『ではまず、最初の術式だ。これは≪火竜の息吹≫。文字通り、火竜の吐く炎の息吹だ。竜たちも本質的には、この魔導術式と同じことをしている。火竜の炎は浄化の炎。悪魔や悪魔崇拝者と戦う時に、大きな力となるものだ。これは必ず覚えておいて欲しい』
「はーい!」
私は赤竜おじさまとマンツーマンで魔導術式の基礎からきちんと教わっていき、一時間後には自分の口から小さい炎を吐けるようになっていた。
赤竜おじさまは大喜びで自分も口から大きな炎を出している。
『すごいね! 魔導初心者の段階から一時間でそこまでいけるのか! あとは術式に込める魔力の大きさや細かい設定を調整する事で、様々な応用が出来る――が、本質はもうマスターしている。暇があったら自分で工夫してみるといいだろう』
『えへへ……』
べた褒めに思わず頬が熱くなる。
赤竜おじさまはなんでも大袈裟に褒めてくれるので、教えられてる側もなんだか気持ちよくて調子づいてしまって、ついついやり過ぎてしまう気がする。
『いいね! いい表情だ! じゃあその調子で次の術式も行こう。今度は≪水竜の浄水≫だ。穢れを洗い流す水を生み出す魔導術式だ。狂気に囚われた人間を正気に戻したり、悪魔が化けた姿を暴くことができる。悪魔崇拝者を見分けるのにも使えるよ。崇拝者がこの水を浴びると火傷するんだ。飲んでもいいし、普通の汚れもよく落ちる、とても便利な水だ。』
――悪魔崇拝者を見分ける力。それは今、一番求めている力だ。
更なるやる気に燃える私は、赤竜おじさまとのマンツーマン指導でわずか十分で術式を修得していた。
指先からぴゅーっと水を吹き出している私を見て、さすがの赤竜おじさまも呆気に取られていた。
『すごいなゲルダ……なんでこの難しい術式を十分で習得できるんだい? おいちゃんにも理解できないよ……ともかく、本質はそれでマスターだ。あとは自分でいろいろ工夫して試してみるといい』
『はーい!』
私の両手が天を突いた。
満面の笑みが浮かんでいるのが自分でもわかる。
待望の! 誰かを疑わなくて済む力だもの!
赤竜おじさまもとても嬉しそうに目を細めている。
『気持ちはよくわかるとも。その気持ちの強さが、習得の速さに繋がったんだね――では最後、これも水竜の術式だ。≪水竜の水鏡≫。見たいものの現在の様子を投影する術式だ。これに地図を投影する術式を組み合わせる事で、探し物の場所を大まかに知ることが出来る……どうだい? やる気が出るだろう?』
見たいもの――フィルの今の状況?! しかも大まかな場所まで?!
私は右腕をブンブン振り回し始めて宣言する。
『赤竜おじさま……五分で覚えるね!』
『はははは! その意気だ! じゃあいくよ!』
そうしてマンツーマン指導の元、私は宣言通り四分五十八秒で水鏡を作り出すことに成功していた。そこには確かにぼんやりとだけど、ぐったりと項垂れたフィルの姿が映っている。地図はスケールが合っていないので、場所まではわからなかった。
赤竜おじさまはお腹を抱えて笑っていた。
『あっはっはっは! 本当に宣言通りに五分で習得したね! じゃあ残り五分で調整のやり方を指導しよう!』
『はい!』
赤竜おじさまの言う通り術式を調整していき、フィルの姿がはっきりと映し出された。かなり汚れているし、疲れ切っているようだ。何かをブツブツと呟き続けている。もしかしたら正気が危ういかもしれない。
地図の方はスケールが合った。街から南西に四キロメートルの辺り。ナディアに見てもらえばもっと詳しい事が分かるかもしれない。
『よし、これで彼らを救い出す準備は整った。今日はもう夜も遅い。一度寝て、朝から出発すると良い』
『えっ?! 今すぐじゃダメなの?!』
『悪魔崇拝者が居れば、そこで戦うことになる。ゲルダは自覚がないだけで、もうかなり魔力を消耗している。ナディアたちも今夜は疲れ切っている。こんな状態で救いに行って失敗したらどうする? 最初に言っただろう? 焦らず、手順を踏んで行こうと』
そうか。失敗したら元も子もない。
時計を見る――気が付いてなかったけど、もう夜の零時を回ってた。夕方から今まで、赤竜おじさまとの会話と特訓ばかりして、ほとんど休憩らしい休憩をした覚えもないや。
食事すら忘れてた。今は興奮状態で、空腹や疲労がわからなくなってるんだ。
これじゃあ危険が迫っても、体力も魔力も持つ訳がないよね。
数時間眠るだけで確実に救出できるなら、ここは我慢しないといけないところなんだ。
『……はい』
赤竜おじさまが私の頭を優しく撫でた。
『よし! いいこだ! では軽食と睡眠を取ったら、明日の朝、改めて場所を特定して、そこにゲルダたちは向かうんだ』
『……えっ?! ”ゲルダたちは”って……赤竜おじさまは?!』
『教えるべきことは全て教えた。今なら、お前たちの力だけで成し遂げられる事のはずだ。ならば、お前たちが成し遂げねばならない。救いを求める大切な人を、自分の手で救いだしてくるんだ。大丈夫。ゲルダならできるさ。自信を持ちなさい! 言ったろ? おいちゃんの言葉を信じなさい!』
赤竜おじさまの瞳はとても優しくて、とても厳しかった。
私たちだけで出来る事に、手を出す気はないんだと悟った。
でもそれは突き放すだけじゃなく、信頼して見守る人の目だった。
自信を持ちなさいと、私たちならできると、全幅の信頼を寄せる目だ。
遠い記憶で、お父様やお母様が私に向けていたような気がする、そんな目だった――物心つく頃から寵児だった私にとっての、数少ない両親の記憶だ。
私たちは神官が用意してくれた軽食をお腹に入れた後、神殿の客間でベッドに潜り込んだ。
興奮状態で寝付けないのを察したのか、客間に赤竜おじさまが現れた。
”おいちゃんが眠れる魔法をかけてあげよう”と赤竜おじさまが術式を使い、私たちの意識はすとんと暗闇の中に沈んでいった。