17.行動力
その日は早めの時間に王宮を出た――王宮の礼拝堂で礼拝するよりも、学院の礼拝堂での礼拝に充てる事にした。
「今日はうたたねをなさらないんですね」
ナディアの言葉に、弱々しく笑う。
「起きられない時に、運んでくれる人が居ないからね。ちゃんと起きて、きちんと礼拝しないとね」
馬車が止まり、ナディアの手を取って馬車を下りる。
「ティナ、アーネ。頼みましたよ」
「はい。」
「心します」
ナディアの乗った馬車は王宮に戻っていき、私たちは礼拝堂に向かっていった。
授業が始まる直前までを礼拝に充て、急いで教室まで走っていく。
教室に入り、いつもの席に滑り込んだ。
「――はぁ。間に合った」
フリードマンさんが笑いながらからかってくる。
「お? どうした? 今日は王子様に抱きかかえてもらわなかったのか?」
「毎日してもらってるわけじゃなりませんよーだ!」
精一杯のカラ元気で返す。
目がフレドを探す――教室に居ない?
「フレドは?」
「あー、そういえば今日は見てないな。フィルは?」
「フィルは欠席だよ。風邪みたい」
適当に理由を付けて誤魔化す――フリードマンさんは「そうか、珍しいなフィルが風邪なんて」と信じ込んでいるみたいだった。
そうして午前の授業が始まった。
お昼になっても、フレドは姿を見せなかった。
****
学食で、少し寂しい昼食を食べていた。
フィルとフレドの姿がない。それだけでこんなに寂しく感じるものなのか。
私の左右はティナとアーネが固めている。
今この場に居る武錬クラブメンバー、その全員が次の容疑者だ。
フリードマンさんは……朝の様子だと違う気がする。けど演技かもしれない。
クリスさんは、フィルの体調不良を心配しているようだった。これも演技かもしれない。
「モフィス侯爵子息はどうしたの?」
クリスさんに問われたけど、私は肩をすくめるしかない。
「わかんない。何も聞いてないし」
クリスさんはしばらく紅茶を含みながら考え込んでいた。
「……後でクラインにモフィス侯爵子息の事を聞いてみるわね」
「クラインさん? 白竜信仰クラブの? ――ああそういえば姉弟なのか。知り合いだったの?」
「そうよ。私と同じ学年なの。クラスは近いから、休み時間の間に聞いてくるわ」
そう言うと昼食をさっさと済ませ、席を立ち学食を去っていった。
私はその行動力に呆気に取られていた。
「クリスさん、今決めた事なのにすぐに動ける人なんですね……」
フリードマンさんが笑いながら教えてくれる。
「言ったろう? あいつは面倒見のいいタイプだ。行動力もある。こうと決めたらやり遂げる、そんな女だ。ちょっと悪戯が過ぎるがな」
前もそんなことを言っていたっけ。
女子部のリーダーだし、面倒見は良さそうだし行動力も相応にあるんだろうな。これは嘘じゃなさそうだ。
「……フィルと特に仲が良い武錬クラブのメンバーって誰がいるの?」
「フィルと? あいつはそれほど仲の良い友人を作るタイプじゃない。薄く広く付き合うタイプだ。俺とクリスくらいじゃないか?」
フリードマンさんが悪魔崇拝者か分からない以上、この情報も嘘か本当か分からない。
慎重に、言葉を選んで……
「……他の武錬メンバーから休日に相談事があるって言われたら、フィルならどういう行動を取るかな?」
「フィルなら、相談に応じるだろうな」
「……たとえそれが、大切な人との行動をキャンセルする事になっても、相談に乗るかな?」
「大切な人? ……ああ、お前の事か。さすがにお前を優先するんじゃないか? フィルはお前にベタ惚れだ」
本当だろうか。誰かを庇って嘘を言ってないだろうか。
「じゃあ、フリードマンさんやクリスさんからの相談なら、どうかな?」
「んー、俺やクリスか。そうだなぁ。さすがに応じてくれそうな気がするな。俺たちは付き合いが長いしな」
……なんとなく、これは信用してもいい気がしてきた。
ここで嘘をつく方が不利になる。誰かを庇う代わりに自分が疑われる。
嘘をついて疑われたら、いつかは嘘がばれる。そうなったら誰を庇ってるか問い質されるはず。
――はぁ。人を疑うのって、こんなに心が苦しいのか。嫌だな。自分には向いてない。
ともかく、あの日に相談があるといって呼び出せるメンバーはフリードマンさんかクリスさん、二人だけ。
だからってこの二人のどちらかが犯人と決めつける事も出来ない。
相手は姿を偽る能力がある。私でも、言葉を交わすだけではすぐに偽物と見抜けなかったくらい、巧妙に姿を偽れる。
本人が呼びだしたかどうかも、まだわからない。
判断材料が足りない――こんな時フレドが居てくれれば、とっても頼りになったのに。なんで今日は居ないんだろ。
私たちは静かな昼食を済ませると、午後の授業を受けるために教室へ戻っていった。
****
「クラインさんが見当たらない?」
「そうなのよ。午前中までは居たらしいんだけど」
クリスさんが武錬クラブで伝えた内容は、私には衝撃だった。
フレドに続いて、お姉さんのクラインさんまでがどこかにいった?
しかも午前中は居た?
「どういうことなんですか? それって」
戸惑う私に、クリスさんも戸惑いながら返す。
「なんでも、白竜信仰クラブの子がお昼休みに会いに来てどこかへいったらしいの。誰が会いに来たのかまでは分からないって」
……まぁそりゃそうだよね、白竜信仰クラブのメンバー、結構多かったし。全員の顔と名前を覚えていられるのは同じクラブの人くらいだ。なんとなく”この人はクラブの人だな”って覚えてたってぐらいなんだろうな。
でも、なんでフレドとクラインさんが居なくなるんだろう?
クリスさんが意を決したように私に告げる。
「私、今からクラインの家に行ってくるわ。何かわかるかもしれないし」
言うが早いか、クリスさんはさっさと武錬場から出ていってしまった。
フリードマンさんが呆れた顔で眺めている。
「あいつ、ほんと行動力だけは半端ねぇよな。思い立ったら即行動って奴だ」
「ちょっと見習いたい気もするね……」
まぁその行動力が、悪ふざけにも発揮されるから質が悪いんだけど。
しかしこれで、今この武錬場に残る容疑者はフリードマンさんだけか。
変身能力を考えたら他のメンバーも外せなくなっちゃうけど、身近な人から潰していかないときりがないし。
味方を少しずつ増やしていきたい。
……どうやったらフリードマンさんが無実ってわかるだろう?
悪魔崇拝者でない事が分かればいいのかな?
どうやったらそれは分かるんだろう?
……美味しい餌を前に、我慢できるかどうか? 私という餌が無防備になった時、襲い掛かってこなければ悪魔崇拝者じゃない、と言っていいんじゃないかな。
とっても危険だし、ティナとアーネは許してくれない気がする。
『あいつ、ほんと行動力だけは半端ねぇよな。思い立ったら即行動って奴だ』
『ちょっと見習いたい気もするね……』
……ちょっとクリスさんの行動力を見習ってみるか! フィルの命がかかってるんだし!
「ねぇフリードマンさん、ちょっと武錬場の裏まで来て。お話があるんだ」
「殿下!」
「なりません殿下!」
武錬場から出ようとする私の前に立ちふさがるティナとアーネに、私は頼み込む。
「お願い、フィルを助けたいんだ」
私の眼差しを見つめた二人が、渋々道を空けてくれた。
きょとんと様子を見ていたフリードマンさんに私は振り返り、もう一度告げる。
「さぁ、武錬場裏まで行こう」
****
――武錬場裏。
武錬場から外に出て、学院の敷地の裏手にあるその場は、人気のない、何もない空間だ。
周囲を木が囲み、人の目も届かない。
内緒話をするには丁度いいだろう。
「――で、話ってなんだ?」
フリードマンさんが怪訝な顔でこちらを見ている。
私の後ろにはティナとアーネ。さすがに一人にはさせてくれなかった。
「……フィルが悪魔崇拝者に攫われたの。フリードマンさんには心当たりはない?」
それを聞いたフリードマンさんは一瞬酷く狼狽して、目を見開いていた。
「馬鹿な! なぜフィルが狙われるんだ! あいつらの狙いはお前だろう?!」
私は首を横に振った。
「私たちにも分からない。フィルと長年親しくしてきたフリードマンさんなら、なにか思い当る事があるんじゃないかと思って」
嘘じゃないけど本当でもない、それっぽい言葉が勝手に口から流れて行った――ああ、嫌な気分だ。
フリードマンさんは両腕を組み顎に手を当て、俯いて考え始めた。
「……フィルが狙われる理由か。お前たちの中で、どれだけ犯人の絞り込みが出来ている?」
「多分、武錬クラブのメンバーが一番可能性が高いと思う」
フリードマンさんが弱々しく笑った。
「ははは、それでよく、こんな場所に俺を呼び出せたな――ああ、それで侍女たちに引き留められてたのか」
私は黙って頷いた。
「そうか……もう少し話を詳しく聞いてもいいか?」
「休日、私とフィルは神殿で合流する予定で別々に王宮を出たの。”人と会う”と言ってたけど、誰に会うかは分からなかった。神殿で合流したフィルは、既に偽物だった」
「……なるほど、昼間の質問はそういうことか。それで俺かクリス、どちらかと目星をつけてまず俺の可能性を潰しに来たのか」
「そういうこと――フリードマンさんは、悪魔崇拝者?」
フリードマンさんがニヤリと不敵に笑った。
「……どちらだと思う?」
私はゆっくり首を横に振った。
「私には判断が付かない。今この状況は、襲うに十分な状況のはず。これで襲われなければ、悪魔崇拝者ではない。襲って来れば、悪魔崇拝者」
フリードマンさんが大笑いを始めた。
「ははは! 蛮勇にも程がある! 俺が悪魔崇拝者だったら、お前もフィルも命が無いんだぞ?」
私は俯いたまま応える。
「そうだとしても、このまま放置していてもフィルの命が危うい。今は少しでも手掛かりが欲しい」
笑い終えたフリードマンさんが、小さく溜息をついた。
「お前、運がよかったな。だが二度とこんな真似はするな。命がいくつあっても足りん。お前が死ねばフィルを救えなくなる。それを忘れるな」
私は顔を上げた。
そこにはいつもの頼れる笑顔を浮かべるフリードマンさんが居た。
「俺は人間、創竜神を信仰する人間だ――だが、そうなるとクリスが悪魔崇拝者ってことで確定しちまうのか。それもなんだか納得いかないな」
「……さっき言ったみたいに、悪魔崇拝者は偽物のフィルに化けて私たちと会っていた。私たちもしばらくの間、偽物と気づかなかった。そのくらい巧妙に他人の姿に化ける能力があるみたい」
「そりゃつまり、クリスも悪魔崇拝者じゃない可能性があるってことか」
私は頷いた。
「今は手掛かりと、何より信用できる味方が欲しい。誰も彼も疑っていたら、心が疲れて死んでしまう気がするから。だから悪魔崇拝者じゃないってわかるだけでもいいんだ」
私は静かに、淡々と告げていった。既に心から力が失われかけてるのが、自分でもわかる。
フリードマンさんが少し考えてから尋ねてきた。
「モフィス侯爵子息は? 確認したのか?」
私は頷いた。
「一番最初に。彼は違うよ。信用できる人間」
「と、なると残るのは本当にクリスだけだな……あいつも無実であることを祈ろう」
「そうだね……」
私の背中をフリードマンさんが叩いた。
「そう気落ちするな。竜の寵児なんだろう? 必ず創竜神の加護がある。もっと気持ちを強く持て!」
私は苦笑を浮かべながら、フリードマンさんと武錬場裏を後にした。
****
クラブ活動が終わる頃、クリスさんが汗だくで武錬場に返ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ。ただいま……」
フリードマンさんが怪訝な顔でクリスさんを見ている。
「どうしたんだ? 何かあったのか?」
「それがね、モフィス侯爵子息は、昨日から、帰って、ないんだって。はぁ。でね、クラインも、まだ、家に、はぁ、帰ってないって。はぁ。ごめん、ちょっと水頂戴」
フリードマンさんが渡した水を、ボトルで飲み干したクリスさんがようやく一息ついた。
「――ぷはぁ! 生き返る! ――ねぇ、何が起こってるの? さすがに何かおかしいって私でも分かるわよ?」
私とフリードマンさんの目が合う。
フリードマンさんが頷いた。
私はクリスさんをまっすぐ見て告げる。
「クリスさん、武錬場裏に来てください」
私とティア、アーネ、それにフリードマンさんが、クリスさんと向き合っていた。
クラブ活動が終わる時間、付近からは人気がほとんどなくなっている。
今なら大声を上げても、多分すぐに人はこない。兵士が駆け付けるとしても、到着までかなり時間がかかるはず。悪魔崇拝者なら、私たちを殺して逃げるのに充分な時間。
襲うには絶好の状況だ。
事情を話している間、クリスさんは狼狽しながら聞いていた。
「フィルがそんなことになってるなんて……」
「それで、クリスさんはどっち? 悪魔崇拝者? 創竜神様の信徒?」
クリスさんが疲れたような(実際、走り回って疲れているだろう)笑みを浮かべながら私に尋ねる。
「アデラガルト王女、あなたはどちらだと思ってるの?」
私は首を横に振った。
「私には判断が付かない。今なら、悪魔崇拝者の力で私たちを――いえ、私を殺せる。目的を果たせるはず。貴方は私を殺すの? 殺さないの?」
「――それ、フリードマンにもやったのね? あなた命知らず過ぎない?」
「同じことをフリードマンさんにも言われたよ。けど、クリスさんの行動力を見習ってみようかなって」
クリスさんはしばらく呆気に取られた後、とても可笑しそうにお腹を抱えて笑い始めた。
「あははは! あなたそれ、見習っちゃいけない奴よ! 見習う相手はちゃんと選びなさいな!」
笑い終わったクリスさんは体を起こし、まっすぐ私を見て、余裕のある微笑みを浮かべた。
「――見ての通り、私は貴方を殺さないわ。どう? これで満足?」
私はその目をまっすぐ見つめ返す。
普段よりずっと冷静で余裕のある微笑み。
今まで武錬場で時折見せていた弱々しさなんて欠片もない、自信に満ちた笑みが私を見つめていた。
――なんて力強いんだろう。
悪魔崇拝者だったとして、標的を前にこうも笑っていられるものだろうか。それはできない気がする。
でも、判断が難しい。私は自分で思っている以上にクリスさんを知らなかったんだな、と痛感した。
迷っていた私の肩を、フリードマンさんが叩いた。
「……満足したか? これだけ隙だらけのお前を襲わずに居たんだ。クリスも悪魔崇拝者ではないだろう」
私は黙って頷いた――長い付き合いのフリードマンさんがそう判断するなら、私の判断よりは間違っていないはずだ。
フリードマンさんが大きく溜息をついた。
「――はぁ。俺たちが濡れ衣を晴らせたのはいいことだが、これで手がかりが無くなっちまったな」
クリスさんも腕組みをして考えこんでいる。
「呼びだした時に、私かフリードマンの姿になっていたのはほぼ間違いないと思うわ。フィルがアデラガルト王女より優先する人間なんて、今の学院には私たちくらいしか居ないもの……でもこれ以上は手掛かりがないわね――学院関係者ってのは確かなの?」
私は黙って頷いた。
「それは間違いないよ。その上で少なくとも、今クリスさんが言った条件を知っている人間である必要があるの」
クリスさんが私をじっと見つめた。
「自信満々ね……いいわ、その可能性で追跡するしかないわね。フィルが居ない分は私たちもなるだけ貴方についていてあげる。それで少しはマシになるはずよ。私たちの付き合いの深さを分かるのは、やっぱり武錬クラブのメンバーかしらね。他にも同じくらい長く所属してる連中も居るから、彼らならそのくらいは分かるはずよ。気分は悪くなるけど、一人ずつ可能性を潰していくしかないのかしら――人を疑うのって、嫌な気分ね」
私も黙って頷いた。
疑わずに居られればどれほどよかっただろう。
ゴロツキを”親切な人”と言えた私は、もう居ないのかもしれない。
そう思うと、なにか大切なものを失ってしまったような喪失感が胸を占めて苦しくなっていった。




