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12.嫉妬

 ――王宮、朝の礼拝堂。

 いつものように私が祭壇で祈りを捧げ、その後ろでナディアたちやフィルが一緒に祈りを捧げる。

 私が目を開けて立ち上がる。


「じゃあ学院に行こうか!」


 そして馬車に乗り込む私は、呆気に取られることになる。





「……ねぇナディア?」


「はい、何かございましたか殿下」


「何かって言うか……えっと……いいの?」


「要領を得ない発言はお慎みください」


「だって……」



 今、私の目の前では青空のような瞳が私を眩しそうに見ているのだ。

 隣にはナディア、対角線上にティナとアーネが座っている。


 あっるぇ~? どういうことかな?

 馬車に乗る時も先にナディアたちが乗り込んで、その後に乗り込んだフィルが手を差し伸べてきて、私が戸惑ってるうちに手を取られて馬車に引き込まれたし。

 え? あれ? 近づいちゃいけないって言ってなかった?

 どういうこと?


 混乱する私の姿を、フィルはひたすら微笑んで眺めている。

 ナディアも微笑みを浮かべながら横目で見ているのが分かる。

 ティナとアーネも、なぜか分からないけどニマニマと楽しそうだ。


 分からないのは私だけかぁ~~~~~い!!


 一人で頭を抱えて馬車の中で悶えている内に学院に到着した。らしい。

 らしいというのは。

 気が付いた時には三度目のお姫様抱っこで運ばれていたからだ。


「――ちょっと?! 人が混乱してるうちにこれはどういうことかな?!」


 頭が茹だった状態で必死にフィルに抗議する。

 当然、朝の生徒たちからの視線を浴びまくっている。


「どういうこともなにも、ゲルダさんが学院に到着したのに気付いていなかったので、礼拝堂までお運びしている最中ですが?」


「普通に! 教えれば良かったんじゃないかな?!」


「教えましたし、肩も叩きました。それでも頭を抱えて悶えてらしたので、そのまま抱え上げて運んでいます。明日の朝もまたお運びしますから、ご遠慮なく悶えていてください」


「できるかそんなことーっ?!」


 ははは、と軽妙な笑い声と共に、私は祭壇前に降ろされた。

 言いたいことは山ほどあるけど、まずは礼拝、巫女のお勤めが最優先だ。


 心を落ち着け、静かに祈りを捧げる――


 祈り終わって振り返ると、再び私は抱え上げられた。


「――?!」


 口を開けて何かを言おうとするけれど、言葉は何も音にならない。ぱくぱくと開閉するだけだ。

 そのまま私は校舎の中に連れて行かれ、生徒の奇異の目を浴びつつ武錬場に入っていった。





****


 私は武錬場の隅っこで座り込んでフィルの姿を追いかけていた。

 フィルはアーネと組手を行い、中々の良い勝負を繰り広げている――らしい。私の目ではさっぱりわからないので、横に居るナディアが時折戦況を教えてくれる。

 楽しそうに身体を動かして組手をするアーネが、なぜかとても羨ましい気がする。

 自分の手首を眺めてみるけど、とてもあんな動きが出来る身体じゃない。小さく溜息が出た。


 視線をフィルに戻すと、フィルが大きくアーネの身体を巻き込んで床に投げ飛ばし、そのまま抑え込んでいる所だった。

 アーネの身体に覆いかぶさり、身動きが出来ない様に手足を固めている。


「――だめっ!!」


 気が付くと、武錬場の時間が止まっていた。

 いつのまにか私は立ち上がっていて、みんなの視線が私に向けられている。


 ……今の声、私が叫んだの?


 横からクスリと笑う声が聞こえ、大きく手が叩かれた。


「アーネ、フィリップ王子、そろそろ休憩してください」


 ナディアの声で二人が体勢を整え、立ち上がって礼を交わしてこちらに戻ってきた。

 私は自分の行動が信じられずに、まだ呆然と立ち尽くしていた。

 そんな私にナディアが「殿下、お座りください」と言ってくれたので、ようやく腰を下ろせた。


 フィルはそんな私の右隣りに腰を下ろして汗をタオルで拭いている。


「どうしたんですか? 急に叫んだりして」


 フィルに尋ねられたけど、私にも分からない事を答えられる訳もなく。

 黙って俯いていると、左隣から声が聞こえてくる。


「フィルったら鈍いわね。女子に対してあんな寝技仕掛けたら、殿下に嫉妬くらいされるに決まってるでしょう?」


 嫉妬? 嫉妬とはなんぞ?

 くるりとそちらに顔を向けるとナディアの向こう側に、いつの間にか背の高い、武錬服の女性が座り込んでいた。

 長い金髪を一つに束ねた人で、見覚えはない。


「貴方は誰なの?」


 にこりと笑った女性が名乗る。


「クリスティン・マイコフ。クリスでいいわ。貴方たちの二歳上、来期の最上級生よ。女子部のリーダーをやってるの」


「えっと、アデラガルト・ノル・フリートベルクです――クリスさん、嫉妬ってどういう事ですか?」


 クリスさんはきょとんとした顔で私の顔を見つめた。

 気が強そうな人だけど、こうしていると愛嬌もある。中々の美人さんだ。


「――本気、みたいね。あれだけ大声で叫んでおいて自覚がないの?」


 私は黙って頷いた。

 クリスさんがニヤリ、と笑って耳元で囁いてくる。


「じゃあ、私とフィルが、さっきのアーネさんみたいにぴったりくっついてる所を想像してごらんなさいな」


 んー、さっきのフィルとアーネみたいに……?

 寝転がるクリスさんの上に覆いかぶさるフィルが――


「だめです!! 絶対だめです!!」


 またもや武錬場の時間が止まったらしい。再び立ち上がっていた私に視線が注がれ、私は真っ赤に茹で上がりながら腰を下ろした。

 茹だりながら俯いている私に、またクリスさんが囁いてくる。


「それが”嫉妬”よ」


 よくわからないけど、つまり私はフィルが組手で女子と密着するのを嫌がってるのかな?

 私は戸惑いながらクリスさんに尋ねる。


「これは、どういうことなの? なんでこんな嫌な気持ちのなるの? クリスさん、知ってる?」


「さぁ? どういうことかしら? ――知りたい?」


 私は恐る恐る頷いた。

 この気持ち悪いものの正体が何なのか、確かめておきたかった。


「あなたはね、独占欲が強いタイプなのよ。自分だけのものに、他人が触れるのを嫌がる――そういうタイプ。フィルも同じね。貴方たち、似た者同士なのね」


「フィルも同じ? どういうことですか?」


 クリスさんがニマァっと笑った。

 なんだかちょっと怖い笑いだ。フレドの浮かべる不敵な笑みとは違う、悪戯を企んだ子供のような笑み。


「聞いてるわよぉ? 侯爵子息が恋人に立候補した瞬間にフィルが割り込んで”俺が先約だ!貴様は失せろ!”って叩きつけたらしいじゃない? 女に興味が無い振りをしておいて、本気になると粘着質になるタイプね」


「そんなんじゃない――彼女が特別なだけだ」


 ぶすっとしたフィルの声が背後から聞こえてきた。


 彼女? 特別? その彼女って誰の事? 特別ってどういう意味?


 私はフィルに振り向いて尋ねてみる。


「ねぇフィル、言ってることが全然分からないんだけど、どういうこと? 私とフィルが似た者同士ってのも、よくわからないんだけど、フィルは分かる?」


 フィルは頭をタオルでガシガシと乱暴に拭きながらクリスさんに語りかける。


「クリス! あまりアデラガルト王女を混乱させるな! 彼女は箱入り娘なんだ。迂遠な言い回しをしても伝わらん!」


「あらそう? じゃあストレートに言うわね? ――殿下はフィルに他の女が近づくのが嫌なのよ。フィルも殿下に他の男が近づくのが嫌なの。だから似た者同士ってこと。お互いがお互い以外を傍に置くのがとっても嫌なの。思わず叫んでしまうくらいにね。とっても羨ましい関係だわ」


 そう言われるとそうかもしれない。でも――


 私はクリスさんに振り向いて尋ねてみる。


「ねぇクリスさん、どうして私はそんな事を思うのかな?」


 どうして私はフィルに女性が近づくのをこんなに嫌がるの?

 それっていったい、どういうこと?


 クリスさんは優しく微笑んだ。


「どうしてかしらね? そこは貴方にしか分からない、貴方の心の問題よ? よく考えてごらんなさい」


 そう言い残して、クリスさんは他の女子部員との組手に戻っていった。



 私はちらっとフィルを見る。まだどこか不機嫌そうだ。


「ねぇフィル。フィルは私にフレドが近づいたのが嫌であんな事を言ったの? フィルも私に他の男の子が近づくのが嫌なの? フィルも、私みたいに心の中が気持ち悪くなるの?」


「それは……」


 フィルが言い淀んだ。

 あれ? 私の勘違い? 何か違う意味だったの?


「それは? 違うの? 私だけだった? 私がフィル以外の男の人に抱え上げられてもフィルは平気なの?」


「――平気な訳がないだろう。僕がゲルダを他人に渡しても構わないなど、わずかでも思うものか。髪の毛一筋だって他人に譲りたくはない。ゲルダが他人に抱え上げられるなど、想像するだけで気が狂いそうだ」


 フィルが私に対して丁寧な言葉遣いを止めるのを、私は初めて聞いた。

 きっと本音をさらけ出したんだ。


 私が床に置いていた手のひらに、フィルの手のひらが重ねられた。

 その手のひらが、優しく私の手のひらを握りこんでいる。


 そっか……一緒なんだ……

 なんでこんなに安心するんだろう?

 前を向いて、むすっとしたフィルの横顔を、私は静かに見つめていた。

 ほのかに頬が熱いから、私はきっと赤くなってると思う。




「コホン、あー、ここは武錬場で武錬クラブだ。場を慎んでくれ」


 フリードマンさんが咳払いをして、大声を上げた。

 びっくりしてそちらを見たら、フリードマンさんがそっぽを向いて気まずそうにしていた。

 辺りを見渡すと、武錬場の視線が私たちに集中していた。

 私たちのやりとりは、どうやらずっと見られていたみたいだ。


「あの……ごめんなさい」


 私は消え入りそうな声で謝って、茹で上がった顔を伏せていた。





****


 昼食になり、私とフィルは向かい合わせで座っていた。

 私の左右はナディアとティナにアーネ。ここまではいつも通り。


 今日、フィルの隣にはフリードマンさんとクリスさんが座っている。

 午前から武錬クラブに打ち込んでいた流れで、武錬クラブのメンバーで食べる事になっていた。



「……ねぇ殿下、視線が怖いわ。大丈夫、不用意に近づいたりしないからそんなに睨まないで?」


「――え? 私、睨んでる?」


 私は小首を傾げてクリスさんに尋ねた。

 全くそんな事をした覚えはない。


「睨んでますね」

「ガン見です」


 横に居るティナとアーネからキッパリとした返答が飛んできた。

 ……どうやら、本当に睨んでいたらしい。


「そう言われても、勝手に目が追っちゃうんだからしょうがないじゃない! 見たくて見てるんじゃないよ?!」


 私には見てる自覚はない。それで睨んでると言われるなら、目が勝手にクリスさんを睨んでしまうんだろう。


 叫んだ私と、クリスさんの目が合った。

 クリスさんがニマァ、と笑う――嫌な予感がする!


 クリスさんの指がフィルの顎に付いてるソースに伸びていき、素早くすくい上げ、その指を自分の口に運んでいった。

 気が付いた時には私は立ち上が――れず、横に居たナディアに肩を強く押さえつけられていた。


「殿下、少し自分の御心を抑える訓練が必要ですね。そのような反応をするから、あのように遊ばれるですよ」


 私が涙目になりながらクリスさんを睨んでいると、クリスさんが頭を下げた。


「ごめんなさい殿下。ちょっと調子に乗り過ぎたわ。だから機嫌を直して?」


 そう告げた直後に席を立ち、「ここに居ると殿下の食事の邪魔になるから」と言い残して席を移っていった。




「クリスさんって善い人なのか悪い人なのか、よく分からない……」


 私は紅茶を飲みながらぶつぶつ文句を零していた。

 私が嫉妬するタイプだと親切に教えてくれたのはクリスさんだ。

 それなら、あんなことをすれば私がどんな気持ちになってどんな態度になるかなんてお見通しのはずだ。

 なのに悪ふざけであんなことをするだなんて。


「まぁそう言わないでやってくれ殿下。あれで面倒見が良い女なんだ。ちょっと悪戯が過ぎる時があるがな」


 フリードマンさんがクリスさんの擁護をした。

 確かに、私に色々とアドバイスをしてくれた人だ。

 おかげでフィルとの心の距離が縮まったような気さえする。それはとっても感謝してる。

 でも最後のは……悪戯が過ぎるを通り越してないかなぁ。

 私が反応しすぎだ、というナディアの言葉通りなのかもしれない。だから悪ふざけしてしまう彼女を余計に刺激したのだろうか。


 ……心の距離が縮まる? それに感謝してる? なんでだろう? 嬉しいのかな?

 心の距離ってなんだろう? でもフィルを前より傍に感じられるようになった気がする。

 この気持ちは、私にしか分からない私の心の問題だって、クリスさんは言ってた。”よく考えろ”って。考えれば分かるのかな。


「――さぁ、そろそろ午後の時間を開始しよう!」


 フリードマンさんの号令で、武錬クラブのメンバーが立ち上がり、武錬場へ戻っていった。


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