注文Ⅴ
伯爵家ではフェイの連絡を聞いて、騎士団四分隊が動いていた。
最低限の装備だけ身を包み、味方識別用の外套を羽織っている。
その外套には伯爵家の紋章が書かれていた。二体の赤い不死鳥が盾を両脇から支え、その上の甲冑の頭部を表す場所からは炎のようにも見えるぼろぼろのマントを表したものが描かれている。
「王都内での不穏分子だ。少しばかり急ぐぞ!」
「おうっ!」
戦闘状態へと意識を切り替えたアンディの声が伯爵家の門に響きわたる。
その声に応えるように騎士約四十名が身体強化を発動して駆けていく。鎧を着ているにも関わらず、その速さは何も装備していない一般人が走るよりも上を行った。
「私たちが行っても……足手纏いかな」
サクラからぽつりと声が漏れる。
その横でどのように声を掛けていいかわからないようで、マリーとアイリスはお互いに顔を見合わせる。
「僕は行く。騎士でもない彼を戦場に置いてきたんだ。それを迎えに行く義務が僕にはある」
装備を整えたフェイは通り過ぎながら呟く。それは自分を奮い立たせるために言い聞かせるような声だった。
そうして、やっとマリーたちに目線を合わせる。
「必ず、彼を連れて戻ってくる。だから、ここで待っていてくれ」
「……悪い」
迷った末にマリーから出た言葉は謝罪だった。それがどういう意味なのかはマリー本人にしかわからないが、それでもフェイは笑顔で返した。
「フェイも、気を付けて」
アイリスからの励ましにも頷いて、フェイは敷地を出ていく。少しばかり駆けていくと建物がいくつか連なる場所に出る。
「くっ、人が多いな」
先輩の騎士たちが通った時には少なかった人が、帰り道を急ぐ人々で少しばかり賑わい始めていた。全力で走り抜けるには危険が伴う。しかし、フェイにとって先ほどとは状況が違う。伯爵家まではマリーたちを護衛するという足枷があった。今ならば、それがないため、もう一つ手が増える。
(身体強化――――『制限解除』)」
石畳に鈍い音が響き、土埃が小さく舞う。
次の瞬間、フェイは空中に飛び出していた。目標地点は屋根の上、人ごみの中ではなく空中の広い道を駆け抜けることを選ぶ。
着地と同時に背中と足の裏で風が爆ぜ、前方へ加速する。ただの身体強化だけでも先輩騎士たちと同等。いや、それ以上の速度をたたき出すフェイだったが、そこに風を纏って自らの速度を後押しする。
おまけに屋根の上は遮るものも無い。ショートカットができるので、目的の路地まですぐに距離を縮めていく。
フェイの得意とするのは間合いの外からの急襲と素早い剣の連続技である。つまり、それ専用の魔法術式も当然用意されている。
その為、今まで培ってきた術式は魔力の消費という点に目を瞑れば、移動という面においても如何なくその力を発揮する。
風が頬を撫で、周りの風景があっという間に流れていった。時折、舞っている葉を首を傾けて避けながら、さらに加速をする。
最初に舞い上げた土埃が収まる頃にはフェイは騎士の一団の最後尾までに追い付いていた。
一団の周囲を確認して、フェイは七メートルほどの高さから地上へと飛び降りる。
「追い付いてきたか、坊主」
「はい、目標の場所はすぐそこです。みなさんもお気をつけて」
「あぁ、あいつらのやられた分まで利子付けて返してやる。フェイ、お前はアンディ小隊長のところへ行け。一番状況を分かっているのは、お前のはずだ」
「了解」
並走していた速度を上げて、一気に二十メートルほどの距離にいる先頭を追い上げる。
「隊長!」
「フェイか。よく追いついた。先導を頼む。次の路地で第三、四分隊は裏から回れ、第三分隊長が全体の指揮をとれ。間違っても表通り側に被害を出すなよ」
統率された動きで二十数名ほどが手前の路地に向かって吸い込まれて行く。
周りの一般人たちは何事かと路地裏や騎士たちを見守るが、数秒後には興味をなくして元の日常へと戻っていった。
そんな光景をいくつか抜けると目的の場所にたどり着く。辺りは驚くほどに人影が少ない。空も曇天が覆い尽くし今にも降りだしそうだったが、それを踏まえてもあまりに少なすぎる。
フェイたちは足音をたてないように路地へと近づいていくと、唐突に眩暈が襲ってきた。
「これは、人払いの魔法か……」
「意志を強くもて、幻惑系の魔法は不意打ちに弱いが、準備さえ整えれば一定ランク以下は無効化できる」
自分が何者で、どこにいて、何をするために行動しているのか。目的は、方向は――――――。
あまりにも基礎的なことを頭で何度も反復して思い出す。それと同時に自分の中のオドを活性化させる。
自己を確立させて、外界からの侵入・侵食を拒絶する心の結界を創り出す。自分が霧の中にいるような感覚に陥るが、そのまま気にせず前へと歩を進めた。
――――路地が狭い……三名で地上から追撃。五名は屋根の上で待機。その他は路地裏から出てこれないように辺りの入り口を封鎖!
アンディはすぐに作戦を練り上げて手で指示を出す。数名だけ、路地の先へと行かなければならないため、突入と同時に駆け抜けられるように待機となる。
そこでアンディは思い出したかのように振り返って、小声でフェイに語り掛けた。
「フェイ、君は――――」
「――――僕も行きます。行かせてください」
「危険だ。相手は君が思う以上に強敵だぞ」
「……それでもです。僕は彼を迎えにここへ来ました」
「――――」
フェイの瞳に宿った光を見てアンディは頭を抱えた。これは、理論では片付く問題ではない、と理解したのだろう。
「フェイ。ユーキを保護した後に全力で離脱せよ。間違っても戦闘に加わろうと思うな。何があっても、だ」
「了解」
「彼が殺害されていてもだぞ」
「――――了解っ」
アンディは頷いて、周りにハンドサインを送る。屋上と自分の背後、そして回り込んだ第三、四分隊の連絡係が合図を送り返す。
(――――三、二、一、突撃!)
金属や布が擦れたり、石畳を足が踏みしめたりする音が路地裏に木霊する。辺りは暗く、影が辺りを飲み込んでいた。
水音が足元から聞こえたのをフェイの耳が捉えた。遅れて、下に視線を向けると石畳が濡れて黒く変色している。
その後を辿っていけば、その先にいたのは――――
「ユーキ!」
「待て、フェイ!」
アンディの静止を振り切ってフェイは駆けだした。壁に背を預け座り込んでいるユーキ。その体と背後の壁も、また黒く染まっていた。
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