注文Ⅲ
「――――っ!?」
路地の角を曲がった先に人影が舞い降りた。
曇天の隙間から零れた西日に照らされて、侵入者の影法師を自分たちの足元にまで投げかけている。全身をローブに包んでいるためか、所持品どころか性別すらも見分けがつかない。
陽の当たる場所だからこそわかる異様さに、ユーキたちは思わず数歩下がる。
ユーキとフェイが周りを見渡すも、左右は壁、後ろには四、五歩で元の路地へ引き返すことができる。
「…………」
しかし、それを目の前の人物が許してくれるかは別である。部屋を縦横無尽に跳ねまわった身体能力を考えれば、蜘蛛のように壁を這い、回り込むことも可能だろう。
つまるところ戦わずしてわかる圧倒的戦力差。そもそも迎え撃つという考え自体が馬鹿げていて、人が隕石に挑むようなふざけたくらいの格の差を感じてしまった。
ゆっくりとローブから両手が上がる。それに反応できたのはフェイだけだったが、剣を抜くのが精いっぱいで、既に息が上がって顔にはいくつもの汗が浮かんでいた。
それを意に介さず、相手は肩の位置まで両手を上げる。やはりそれは、まるで戦う意思がないように見えるジェスチャーだった。
「前回は油断したけど、その手はもう食わないぜ」
震える手で杖を向けるマリー。遅れてアイリスとサクラが杖を抜く。その前方にユーキがフェイと並ぶ。
そのままユーキは口を開いた。
「お前の目的は何だ。できれば話し合いで解決したい」
「…………」
数秒、沈黙が流れる。ユーキとしては戦いたくないのは事実だし、時間が稼げれば、その分だけ他の人が気付く可能性もある。――――尤も、犠牲者だけが増えるという可能性もあるが。
「騎士団やローレンス伯爵に何の恨みがある? 言いたいことがあるならはっきり言え!」
フェイが振り絞って声を張り上げる。すると、今度は意外な反応が返ってきた。
「……?」
顔をほんの少し斜めに傾けたのだ。
それこそ、「一体、何の話だ?」と言わんばかりのジェスチャーだ。
「白々しい。昨日と一昨日、伯爵家の騎士団と王都の騎士団が何名も素手で貴様に大怪我をさせられているじゃないか。わからないとは言わせないぞ!」
「…………」
だが、フードは横に振られた。それは、否定の意味か隠し通せないことへの諦めか。いずれにしても、相手は一切言葉を発しない。
フェイは苦虫を噛み潰したような表情で、さらに一歩下がる。あと数歩の道のりが短いようで長い。
その様子を見てか、相手はやれやれといった様子で両手を上げたまま肩を竦める。そして、おもむろに右手を懐に入れた。
全員が身を強張らせるが、その懐から出てきたのは盗まれたオルゴールだった。そのままオルゴールを道端に置くと片手で道を譲るかのように指し示した。
「俺たちにそれを返すということか」
今度は首が縦に振られる。肯定の意味と取ってよさそうだった。
後退していた足がわずかに止まる。勇輝は、それをマズいと思った。命とオルゴールを天秤にかけてしまった、と。しかし、それを見てもローブの人物は動かない。それどころか、そのどっちつかずな態度に業を煮やしたのか、オルゴールを拾い上げて――――
「――――ちょ、まじか!?」
そのまま、ユーキの方へ放り投げた。
その隙に襲い掛かってくるのかと身構えるフェイだったが、棒立ちのまま相手は一歩も動かず見つめていた。
オルゴールを受け止めたユーキは、そのままマリーへと後ろ手で渡す。それをマリーは素早くカバンへとしまい込んだ。
「…………」
再び手が上がるが、その手はユーキを指さしていた。
ガンドかと警戒するが、すぐさま手の平を上にしてクイクイッと二度指を折り曲げる。
「俺に……かかってこい、ってか……?」
確かにこのまま逃げても後ろから襲われる可能性がある。だが、一人でも残って交戦すれば、逃げている側は安全である。それを察して、わざとユーキを足止め役としてわざわざ指名してきたのか。
「俺だけ……か」
その言葉に呼応して相手も頷く。
なぜ、自分なのかと運命を呪いたくなる気持ちを堪えて、手を握ったり開いたりする。ふと、気づけば口の中がからからに乾いていた。
「ユーキさん、ダメ!」
サクラがユーキの服を掴んできた。それに一瞬の迷いが浮かぶが、すぐに頭を振ってフェイに話しかけた。
「フェイ。どれくらいで戻ってこれる?」
「十分、いや五分だ。先輩たちならもっと早く駆け付けられるかもしれない」
「わかった。後は頼むぞ」
「あぁ、死ぬなよ」
短く言葉を交わしたフェイは、ユーキの脇腹を軽く小突いて他の三人に路地を行くように頷く。
「ユーキ、必ず耐えろよ」
「必ず助けを呼んできます」
「何も出来なくて、ごめん」
三人を見送った後、軽く頭の中でシミュレーションする。別にこの状況を想像していなかったわけではない。
それでも、改めて実行に移そうとすると体がうまく動くか不安になる。
後ろで聞こえていた足音がやがて聞こえなくなった。早く援軍が来てくれることを祈りつつ、ユーキは体内の魔力を練り上げる。
(身体強化――――開始!)
それを合図と取ったのか、敵は一歩踏み出し、体がやや前屈みになる。
相手が動き出すよりも早く、ユーキは立て続けに体内で行動を起こす。
(魔眼――――解放!)
辺りが極彩色の光に包まれる中、やはり敵は色を発していない。先読みもほとんどわからない。
そんなことは関係ないとばかりにユーキはさらに見えざる一手を打つ。
(ガンド――――装填!)
爆竹がはじけるような軽い衝撃が手の中に走る。
それと同時に相手が地面を蹴った。
「――――喰らえ!」
四発の魔弾連続発射。最初の二発は躱されたが、その後の一発が交差した腕に命中、続くもう一発は左手で弾き飛ばされた。
舌打ちする暇もなく相手が距離を一息に詰めてくる。
そして、以前と同じように刀を抜こうとする手を抑えにかかった。
(同じ手は使わせない!)
ユーキは右足を振り上げる。強化された足は音を伴って相手の突き出した手を、天高く跳ね上げた。
さらに右足をすぐに振り下ろし刀を抜き放つ。形としては抜刀術のように見えなくもないが、相手は既に刀の届く範囲から離脱していた。
距離をとった相手が軽く息を吸った音が響く。それに対し、ユーキは刀を中段で構えて苦笑いした。
(さて、ここからどうしようか?)
背中を嫌な汗がしたたり落ちるのを感じながら、ユーキは刀を握りなおした。
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