激突Ⅶ
阿上はものともせずに尾兎無へと指示を送る。すると、尾兎無は一度、真行を地面に落とし、刀を抜いた。
それを見て、誰もが最悪の事態を想定するが、尾兎無は、ゆっくりと刀を近付けると、足の縄を斬り裂いた。続いて、猿轡を解いて、指で顔の文様を擦って消す。
すると、今まで動かなかった真行が瞼を開けた。
「こ、こは……?」
掠れた小さな声で呟く。自分が今どこにいるかも理解できていないようで、虚ろな瞳で蜻蛉たちへと視線を向けた。
「おら、立てよ」
刀を持ったままの尾兎無が、左手で襟首を掴んで無理矢理立たせようとする。操り人形のように脱力している真行は、何度か足をふらつかせながらも、やっとのことで自分の足で地面に立つことができた。
腰の辺りを尾兎無に捕まれ、促されるままゆっくりと僧正の方へと近づいていく。
「あぁ、そう言えば、忘れてた。こっちの方はどうする?」
半ばまで進んだところで、阿上が声を上げた。
「こっちとは?」
「こいつだよ。この式神。こんな戦闘狂を連れてたら、喧しくて仕方ない」
口元を鉄扇で隠したままの巳式が、苛立ったように鉄扇を音を立てて閉じる。戦闘を中断させられたのがよほど腹に据えかねたのだろう。舌をチロチロと覗かせて、僧正の方を凝視していた。
「聞くなら、そこに隠れている奴に聞いた方が早いか。姿を隠していないで、出てきたらどうだ? 元飼い主さんよ」
「――――なるほど、やはり私に気付いていましたか」
僧正の背後から唐突に姿を現したのは、広之本人だった。少し咳き込みながらも、柔和な笑みを崩さずに僧正の横まで歩み出る。
「しかし、鏡と式神以外で自分のそっくりの姿を見ることになるとは思ってもみませんでした。しかも、言動はこちらの予想とかけ離れている。ある意味、貴重な体験ですね」
「ふん。余裕そうにしているが、内心は焦っているな? 大方、隠形の術でこちらの隙を伺い、これを取り返そうとしていたようだが、その手は使えなくなったというわけだ」
阿上は自身の有利を疑っていないようで、広之を嘲る。しかし、広之は表情一つ変えることなく、阿上へと問いかけた。
「えぇ、そのような手を使わなくても巳式を取り返す手はいくらでもあります。それよりも気になっているのは、私に変化した手段です。異国には人に化ける魔物がいると聞きますが、あなたはその類ではない。あくまで、基礎にあるのは人間でしょう?」
「はっ、どうだろうな。何度も変化を繰り返したせいで、覚えちゃいないな」
「私の屋敷に侵入した形跡はなかった。そうなると手段としては一つ、『見る』こと。すなわち、魔眼の類に近いものと推察します。尤も、肉体を作り変えるのだから、かなりの負担になるので使える頻度は少ないでしょうけど」
広之の推測が当たっているのか。阿上は不機嫌さを隠さずに表情を歪めた。同じ顔でも中身が違うだけで、こうまで表情が異なるのかと傍から見ている勇輝は驚かざるを得なかった。
「それで? 講釈を垂れるのは良いが、姿を現したお前はどうするつもりだ?」
「特に、何も?」
その回答に阿上は眉を潜める。
式神を取り返す方法はいくらでもあるというのに、その手段を取らない。罠を疑い始めたのか、周囲を見渡している。
「ふっ、もしや俺の他の仲間を見つけようと動いている別動隊で、何かしようとでも?」
「いえ、そちらも別に関係ありません。ざっと見る限り、ここにいるあなたの仲間は彼くらいのようですし」
他に仲間がこの場にいない。それを確信して言うことができるということは、その他の仲間が今どこで何をしているかを把握しているから。そんな印象を与える口ぶりだ。
そんな広之と話を続けるのは得策ではないと判断したのだろう。阿上は尾兎無を顎でしゃくりながら指示を出す。
「くだらない話に付き合うのも飽きた。さっさとそいつを返してやれ。間違っても怪我をさせるなよ」
含みのある言い方に違和感を覚えながらも、勇輝は尾兎無が警戒しながら一歩一歩と僧正の方へと真行を盾に近づいていくのを見守る。あと数歩というところで、尾兎無は立ち止まって僧正と広之に問いかけた。
「こいつをお前たちに引き渡す。これで問題ないな?」
「うむ、確かに真行は生きておる。弱ってはいるが、体の欠損なども見られない」
「あれの機嫌が悪くて蹴飛ばされていたから、内臓は少しやられているかもしれんが、ここまで生きていられたのならば、命に別状はないだろう。結果論だがな」
そう言って、尾兎無は真行の背を押した。ふらつく真行を慌てて広之が抱きかかえる。
「広之殿!」
異変に気付いたのは最も近くにいた僧正だった。大声を張り上げる僧正に勇輝たちが何事かと驚くと、次の瞬間には広之の背中から刀が生えていた。
【読者の皆様へのお願い】
・この作品が少しでも面白いと思った。
・続きが気になる!
・気に入った
以上のような感想をもっていただけたら、
後書きの下側にある〔☆☆☆☆☆〕を押して、評価をしていただけると作者が喜びます。
また、ブックマークの登録をしていただけると、次回からは既読部分に自動的に栞が挿入されて読み進めやすくなります。
今後とも、本作品をよろしくお願いいたします。




