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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第三章 風の娘は帝宮で保護される
22/23

風の娘は幼女を助け、将軍は報復する【第三章終了】

 母は、所謂ガサツな神だったと思うーーと言う感想を抱くのは、その双子の息子達だった。


 彼らの母は、よく笑う女性だった。

 父と同い年で、小さい頃からの幼なじみだったらしい。父はこう見えて、小さい頃はとても内向的で、そんな父を母は引っ張り回していたという。


 右宰相様の所も幼なじみだけど、父と母はそれよりもずっとずっと昔からの、それこそ産まれた時からの幼なじみだ。


 上品とかそういうのとは無縁で、時折こっちがギョッとするぐらいにガサツな母。


 だけど母は父を愛し、息子である自分達を全力で愛してくれた。



伊吹(いぶき)芙吹(ふぶき)はお母さんの宝物よ!!」



 まるで子供みたいに、自分の感情を露わにする。

 純粋で、いつも一生懸命で。


 そんな母だったからか。


 ようやく再会出来た母は、壊れてしまっていた。



「真紫、泣かないでくれ」

「あ~っ」


 美しいーーたぶん、母と引き離された時よりも更に美しく麗しくなった父を母は拒絶する。どんなに父が母に懇願しても、母は手足をばたつかせて、父を遠ざけようとするのだ。けれど、それで引き下がる父では無い。


「真紫っ」


 父は強い口調で呼び、母の泣声が響く。その泣声が次第に大きくなっていき、悲鳴じみたものになった時ーー。


「あ、美桜っ」


 桜が満開の日に産まれた小さな妹は、泣声を上げて兄達の手から抜け出した。追いかけようとすれば、思い切り叫ばれる。

 いつもの事だけれど、今日は少しだけいつもより躊躇して……気づけば、美桜の姿は見えなくなっていた。


「坊ちゃん達、スタートダッシュの遅れは命取りですぜぃ」


「「五月蠅いっ」」


 父の部下であり、女顔ではないくせに、どこか中性的な美貌に加え、前身から蠱惑的な色香を垂れ流しにしている顔見知りの青年に言われ、思わず二神同時に怒鳴った。

 彼は父の側近で、自分達のお目付役だ。


 そりゃそうだ。

 父譲りの傾国と謳われた美貌は日を追うごとに磨かれ、年齢に似合わぬ壮絶な色香は制御できずに垂れ流しだ。それだけでもまずいのに、強大な神力をその身に内包する双子なんてある意味危険神物である。


 どれも、まだ十歳にならないというのにこれなのだから、年頃ーー成神すれば一体どうなるやら……と周囲は大いに心配するが、これだけは言いたい。

 そういう奴、男女問わず結構居るから。


 特に、前皇帝の『後宮』の妃達や前宰相や前上層部の妻妾やら囲われ者には多い傾向だ。


 しかし、常神にはかなり厳しいらしいそれらは、最悪な結果ももたらしていた。


 常神の代表例ーー母に似てしまったが故に、顔も神力も平凡な妹の美桜から怯えられるのだ。そう、通常運転で怯えられるのだ。


 先程抱っこしていたけれど、抱っこするまでが大変だった。母付きの侍女達には何とか抱っこさせても、自分達は駄目だ。もう泣きわめく。父なんて近づいただけで大泣きされた。


「……美しすぎるからじゃないのか?」


 皇帝陛下様は困った様に言われた。


「神力が強すぎるとか」


 右宰相様はどこか申し訳なさそうに言われた。


「むしろ両方」


 外務長様は、諦めろと言わんばかりに言った。



「うぇぇぇんっ!」


 妹は母似だった。

 父は言葉は少ないが、現実は母にべた惚れだった。父は父に似た自分達も心から愛し慈しんでくれているけれど、母に似た妹はそれこそ別格だった。

 父の気持ちは分かる。

 ずっと離れて暮らしていた妹が、ちょこまかと動き回るのは可愛いし、皇宮の一角で飼われている子兎と戯れている姿は思わず身悶えする程の愛らしさだった。


 しかし、そんな妹は父が姿を見せると泣き、自分達が追いかけると飛び上がって逃げ出す。


「うん、あの、世の中には慣れっていう言葉もあるし」


 右宰相様の慰めの言葉が胸に痛かった。


 いつ、慣れるのだろうか?



「美桜っ」


 今回も逃げられ、母達の居る離宮から離れて妹を探す。小さな体だから、そう遠くまでは行けないだろうが……どこに危険が潜んでいるとは限らない。


 まあ、皇宮の敷地内に忍び込む変態達の狙いはたいてい、自分達や父、父の仲間達ーーという上層部に所属する者達やその関係者狙いだけど。


 しかし、今までがそうだったからといって、この先もそうとは限らない。


「美桜、どこ?!」

「美桜、怖くないから出ておいでっ」

「いや、坊ちゃん達みたいな美しすぎる少年が鬼気迫る迫力で追いかけてきたら怖いと」

「「帰れ」」


 同時に言うが、父の側近はにこにこと笑うだけだった。かなり酷い事を言っているが、向こうからすれば言葉遊びのようなものなのだ。


「それよりくっついてくるなら美桜を探してよ!」

「そうじゃなきゃ帰れっ」

「はいはい、坊ちゃん達は神使いが荒いですねぇ~、いえいえ、俺も美桜嬢ちゃんが怪我したり危険な目に遭ったりするのは嫌ですからね、頑張って探している途中ですーーえ?」


 側近の青年がハッとした様に目を見開き、すぐにキョロキョロと辺りを見回す。


「坊ちゃん達、行きますよ!」


 何が起きたのか?

 しかし、それを聞く前に青年が走り出し、伊吹と芙吹は慌てて追いかけたのだった。



 そして、そんな双子の目に映り込んだのは。




「大丈夫、もう怖くないわ」



 泣きじゃくりながらしがみつく美桜を抱きしめ、池から上がろうとしているーー



「「……ひめ、さま」」



 双子が揃って、その名を口にした。





 あ、落ちるーー。


 なぜ、あそこにあんな小さな子が居るのか楓には分からなかった。

 けれど、気づいた時には走り出していた。

 その前に、その小さな子は池に落ちてしまっていたが。


「楓お姉ちゃんっ」


 すぐ後ろから果竪の声が聞こえてきたけれど、楓は気にせず池に飛び込んだ。最初は足が地面についていたから、そのまま水の抵抗に抗って進み、足がつかなくなった所で泳ぎ始めた。


「ああもうっ!」


 水の音でよく聞こえないが、何かがバシャバシャと近づいてくる音が聞こえる。というか、泳ぎにくい。


 楓は岸辺に打ち上げられていた所を助けられたが、水に対してはたいして恐怖心も抵抗もなかった。これで、泳ぎは上手な方で、水場では他の女子と共に泳ぐ事も多かった。泳ぎながら魚を捕った事もあった。


 しかし、今、思うように進まない。


「あーー」


 そう、着ている服が違うのだ。

 裾も袖も長い。

 これでは絡みついて泳ぎづらい。



 しかし、一度岸辺に戻っている暇はないし、そんな事をすれば後ろで絶叫している菖蒲達が二度と池に飛び込ませてはくれないだろう。


 いや、着衣水泳も一応は出来る。

 このまま、進むしか無い。


 池は大きいけれど、楓の泳ぎも早かった。

 海の様に波が無い事も幸いした。


 バシャバシャと水面に顔を出して溺れている小さな女の子まで、あと少しという所だった。


 バシャバシャ、バチャンーー


 女の子が、突然水面から消えた。


 沈んだーー


 楓は動きを止めた。

 いや、きっとすぐに浮かび上がってくる。


 しかし、言いようのない恐怖がこみ上げ、楓は自分もザブンと音を立てて水の中に潜った。



 楓は恐ろしいものを見た。



 少女の小さな体に巻き付いた黒いもの。それは、細長い帯のようだが、一見して禍々しいものである事がはすぐに分かった。だが、本当に恐ろしいのは、その帯の先ーー水底にずっと伸びるその先にあるもの。


 それは、ぐにゃりと歪んだ黒い部分から伸びていた。



 『歪み』ーー。



 大戦が始まってから、世界は歪み始めた。

 それらは空間、時空にも及び、時には周辺のものを全て飲み込んだり、逆にどこかの空間や時空とつなげて向こうの物をこちらにまき散らしたりした。


 楓も、何度か『歪み』を目の当たりにし、その被害を受けた事がある。


 だから、楓には分かった。


 あれは、紛れもない『歪み』。


 しかも、そこから出ているこの黒い帯状のものは、向こうの世界から何かをーーいや、もしかしたら向こうに引きずり込もうとしているのかもしれない。


 楓は、少女を追いかけ、その体を掴んだ。


 しかし、強い力で引っ張られる。

 楓ごと、どんどん水底へと引っ張られていく。


 このままでは息が続かない。


 その上、体にかかる水圧は更に強くなっていく。どちらかと言うと、体が大きい分、楓の方が先に意識が飛ぶだろう。だが、ぐったりとされるがままの小さな少女も、このままでは危ない。


 楓は、何とか少女を絡め取る黒い帯状のそれを引き離そうとした。


(って、きついっ!)


 それはがっしりと少女の体に食い込んでいる。


 それどころか、楓の腕にも絡みついてきた。


 駄目だ、このままでは一緒に引きずり込まれてしまう。



 と、その時ーー。



(え?)



 自分の横をすり抜ける様にして泳いでいく後ろ姿が見えた。



 あれはーー。



(果ーー)



 手に持つ短刀を振り上げ、水底から伸びる黒い帯を切り裂く。少女の体を締め付ける黒い帯が緩んだ。


(あーー)


 少女を抱きしめた楓に、果竪はちらりとこちらを見る。そして口パクで何かを伝えた後、持っていた短刀をその歪みに向けて投げつけた。


 と、その短刀が歪みに吸い込まれていったかと思うと、その歪みは大きく膨張し、そして爆発した。その衝撃に、楓の体が水面へと向かって押し上げられていく。


 そして、程なくザバァァンと音を立てて楓の体は水面から上半身を突き出した形で浮かぶ事となった。


「げっほ!」


 押し上げられた衝撃に、少女が口から水を吐いたようだ。ゲホゴホと激しく咳き込む少女が泣きじゃくる。


「ーー良かった」


 これだけ咳き込めればもう大丈夫。


 思わず声を漏らした楓に、腕の中の小さな少女はこちらを見上げる。


「あーー」


 少女……いや、まだ幼女か?

 その小さな女の子は楓を見たまま目を見開き、そしてーー。


「ふ、ふぇぇぇんっ」


 楓にしがみつき、泣きじゃくった。



「大丈夫、もう怖くないわ」



 まるで母を求める様に泣きじゃくる幼子を抱きしめ、楓はその背をなでた。いや、今は一刻も早く安全な場所に連れて行かなければ。



 と、まるで何かに促されるように、楓はふとその方向へと視線を向けた。



 そこは、先程この幼子が池に落ちる前に居た場所だった。そこに今、三神の神物が居た。美しいーー息をする事すら忘れる麗しい男性が一神と、美しく麗しい美少女が二神ーーいや、あの美少女は少年だ。


 こちらを凝視ーーいや、どこか驚いた様な顔をしている。


「あーー」


 何かを言おうとした。

 でも、何を言おうとしたかは楓にも分からなかった。



「楓お姉ちゃんっ!」


 後ろからの悲鳴に、楓は頭だけで振り向く。そこに見えたのは、あの黒い帯状のものだった。


「っーー」


 楓はそれが自分に迫る瞬間、腕の中の小さな女の子を三神に向けて放り投げた。幸いにも、三神が居る場所から楓の居る場所は余り離れては居なかった。


 少し、彼らが水の中に入ってきてくれれば、女の子は助かる。



 そして、慌てた様に水の中に入り少女を受け止めた青年の姿に安堵しながら、楓は水の中に引きずり込まれていった。




「なん、でっ!」


 果竪は急いで楓を追って水の中に潜る。

 すると、水底に先程自分が散らした歪みがあった。それは、先程よりもずっとずっと大きかった。


 歪みが大きくなっている?


 と、そこで果竪は自分が思い違いをしている事に気づいた。

 あれは、歪みではない。

 いや、少なくとも自然発生した歪みでは無い。


 あれは、あれはーー。


 果竪の目の前に、黒い帯状のそれが迫る。


 あーーと思った時には、果竪の体は弾かれ、そのまま水上へと体が飛び出た。



「あーー」



 体は空高く上がる。

 そして、また落ちていくだろう。

 ただ、このままの勢いで水面にぶつかれば、果竪は確実に命は無いだろう。いつの間にか足に絡みついた黒い帯状のそれが、果竪の体を水面に激突させようと動く。


「くっ!!」


 楓を助けられずに死んでなんかいられない。

 しかし、果竪にはその黒い帯状のそれを引きはがす余裕は無かった。

 足に絡みついたそれに引っ張られ、果竪の体が水面へと向かっていく。


「果竪、此処に居たのですね」


 果竪の耳元で聞き覚えのある声が聞こえたかと思えば、次の瞬間果竪の足に絡みついていた帯状の黒いそれがズタズタに切り裂かれていく。


「ああ、逃がしませんよ」


 果竪の体を優しく抱き留めた相手は、柔らかな口調だが氷よりも冷たい声音で囁くと、指をパチンと鳴らした。


 すると、とんでもない事が起きた。

 まるで、お椀の中のゼリーが勢いよく宙に浮かぶかのように、池の水が一気に上空へと移動する。それは、ふよふよと大きな水の塊となって空に浮かんだ。


「え?」


 驚いたのは果竪だけではない。

 何とかしようと池に飛び込もうとした菖蒲達も、楓が投げ渡した小さな女の子を抱き留めた青年や側に駆け寄った双子の少年達も驚いていた。


 そして、水底でうぞうぞと蠢き、楓を捕らえるそれも。


「これで隠れる場所はありませんよ?」


 隠れる場所ーーどころか。


「よくも、私の妻に無体な仕打ちをしてくれましたね」



 にっこりと微笑み、隠れる場所も逃げる場所も奪った萩波は、上空に舞いあげた水を操作してその黒い物体を貫いた。


 数千もの水の針を打ち込まれたそれは、空気を振るわす絶叫をあげながら霧散していった。



「馬鹿ですねぇ」



 クスクスと笑いながら、萩波は水底へと降り立ち楓の下へと歩いて行った。既に、あの黒い物は無くなっている。


「私が、取り逃がすわけがないじゃないですか」


 その黒い物があった場所に落ちていた、木の札を手に取る。それは、萩波が手に持った瞬間、パキンと二つに割れ、砂となって風に舞った。


「ま、どうせとかげのしっぽ切りでしょうけどねーー」



 そう言ってクスクスと笑う萩波は、呆然としている果竪の視線に気づくと、それは蕩けるような甘い笑みを浮かべた。



「大丈夫ですよ、果竪。楓は無事ですよ」


 ただし、あと少し遅ければどうなっていたかは分からないが。

 あの黒い物体が消え去る前に、楓の首筋に当てていた刃は、それでも引かれる事なく消え去った。




 その日、同時刻。

 一神の優秀な術者が急逝した。


 突然心臓の辺りを掻き毟り絶命したその術者は、流れの術者だという。しかし、それと同じくして、数神の貴族の当主が胸に激しい痛みを受けて倒れたという知らせは決して表沙汰になることは無かったが、それでも放たれた『目と耳』は確実に察知していたのだった。



「萩波、お前結構えげつないな」

「貴方には言われたくありませんけどね、明睡」

「いやいや、だって術を返したら相手が死ぬと分かっていてそれを返し、術者と細い糸で縁づいている雇い主達にまで影響を与えるんだからさ」

「といっても、所詮はとかげのしっぽ切り。本命にはまだ遠いですよ」

「少しずつそぎ落としていくのも楽しいもんだがな」

「どっちがえげつないのやら」



 クスクスと笑い合う主従に、朱詩と修羅は顔を見合わせ苦笑したのだった。

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