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風の娘と帝王の鳥籠(大根と王妃の過去番外編)  作者: 大雪
第二章 風の娘を巡る軍と帝国の攻防
14/23

軍と帝国の攻防は意外な結末を見せる【第二章終了】

 萩波達が駆けつけた時、そこは凄まじい惨状となっていた。

 結界が張られているにも関わらず、周囲は濃い瘴気が霧となって漂い、魔物が闊歩していた。拠点は幾重にも張られた結界によって守られていたが、それでも時間の経過と共に恐ろしいスピードで広まっていく。


「何よ、これっ」


 明燐が叫び、拠点の有様に呆然とする。


「どこから漂ってるんだ?」

「おい、見ろ!」


 結界が張られている筈の拠点。けれど、障壁の向こうで膝を折り、崩れ落ち、倒れている者達が見えた。まだ動ける者達が必死に彼等を安全な場所まで引きずっていこうとしていた。


「結界が張られているのにっ」

「しかも、萩波が張った結界もあるのに……」


 その時、咆哮が聞こえ、瘴気の霧を切り裂く様に魔物が突進してきた。


「きゃっ!」


 その速さに、明燐が鞭を振るう間もない。明睡が寸での所で妹を抱き抱えて横に避ける。そしてそのまま、魔物は萩波へと向かった。


「萩波!!」


 呆然としている萩波に迫る魔物。此処からでは間に合わないし、下手すれば萩波を巻き込んで--。


 魔物は萩波によって弾き飛ばされた。


 空高く舞い上がった魔物は、そのまま地面に落下した。その速度は凄まじく、グシャリと潰れた光景は潰れたトマトを思わせた。


「果竪っ」


 いやいやいや。

 その前に思う事があるだろう。


 萩波は自分が叩き付けた魔物の事など、頭の隅に存在する事すら許さずにさっさと自分の妻を探しに行った。


「いつも思うけど、あいつチートだよな」

「チートというか、化け物だよな」

「そりゃ果竪も逃げられないわ」


 何故か最終的にチートの萩波から果竪が逃げられないという結論に至ってしまったが--とにかく、明睡達は二手に分れて片方は萩波を追いかけ、片方は拠点で苦しむ者達の対応へと走ったのだった。




 気絶した楓は、今にも魔物に踏み潰されそうだった。

 口にくわえられた果竪は、今にも噛み殺されそうだった。


「ちっ!」


 茨戯は鞭を器用に操り、近づく魔物を打ち据えていく。その後方では、忠望と修羅が迫り来る魔物と対峙していた。


「邪魔よ!!」


 茨戯は術を放ち、魔物を弾き飛ばす。けれど、どれだけ術の餌食にしても、新たな魔物が襲いかかってくる。まだ神力と体力には余裕があるが、このまま続けば次第に疲労で動けなくなるだろう。


「……くっ……」


 こんな事をしている暇など無い。

 けれど、下手に動けば茨戯は倒れ、他の者達に負担がかかる。


「結界があったのに……どうしてっ」


 今度は地中深くまで結界を張り巡らせた。なのに、それに反応せず、かといって地上の結界に反応する事なく、この魔物達は襲いかかってきた。


 いや、今はそんな事はどうでも良い。

 とにかくこの魔物達を一掃しなければ、果竪達を取り返す事すら出来ない。それに--。


 茨戯はちらりと朱詩の後方を見た。


 そこには、青ざめた顔で地面に座り込んだり、横たわる少女達が居た。葵花などは呼吸も荒いままに横たわり、青ざめた涼雪が地面に座り込んだまま葵花を揺さぶっている。小梅が必死に声をかけているが、このままでは確実に彼女達は--。


 朱詩の結界がある筈なのに。


 確実に、周囲に漂う時間と共に濃くなっていく瘴気の影響を受けている少女達の様子に、このままでは命が危ない事を確信する。


「……萩波」


 茨戯は自分の主の名を呼ぶ。


 と、その時--茨戯は魔物がぶんぶんと振り回していた果竪の体が解放され--いや、宙を舞うのを見た。




 果竪の体が宙を舞う。

 力無い体は、神形のように弧を描き、空を舞い、そして落ちていく。しかし、その下には新たな魔物が居た。ギラリと光る鋭い牙が伸びた口を開き、獲物を待ち受けている。


 萩波は、走りながら術を放つべく構えた。


「殺す」


 どこまでも冷たい美声を形好い唇から漏らし、萩波は陣を完成させる。それを放とうとしたその時。



 凄まじい轟音と共に、その場を覆っていた瘴気の霧が吹き飛ぶ。それは、空に浮かぶ雲すらも吹き飛ばし、明るい太陽の光が地上に降り注いだ。

 と同時に、魔物達の体が空高く舞い上がる。


 萩波がその光景に目を見開いた時には、魔物達が切り刻まれ細切れの肉片とされていった。


 しかし、それでもしっかり落下してきた果竪を抱き留めている所は、流石と言えるだろう。


「果--」


 その名を呼ぼうとした萩波の視界の隅に、キラリと光るものが映り込んだ。


 間に合うはずが無かった。


 ただそれでも間に合ったのか、萩波の軍神としてのセンスが恐ろしく飛び抜けていた事と、常日頃の経験の賜だろう。ほぼ反射的に放とうとしてストップさせていた術を離れた地面に向けて放てば、その氷の針を弾いた。それに毒が塗られていた事は、弾かれて刺さった魔物の肉片をみるみるうちに溶かしていった事からも分かった。


 腐溶毒--。

 強力な毒の一つであり、体内に取り入れれば内蔵を溶かし肉を溶かし--主に暗殺の道具として使用される。


 しかし、生成がかなり難しい為、神一神を溶かすだけの毒を作るには、材料も足りなければ時間もとんでもなくかかる代物である。それに、ちょっとした事で生成は失敗する難易度の高い毒である事から、裏の世界では目が飛び出る程の金額でやりとりされている。


 また、近年この毒に対して解毒薬が作られたが、それでも体内に取り入れてから一分以内に解毒薬を摂取しなければならないという超難易度の高い制約がある事から、まだまだ実用性の高い物とは言えない。しかし、それでも解毒薬がある事は今までの歴史を考えれば一条の光明と言えた。


 萩波もその解毒薬を持っていた。しかし、持っていたからといって、体内奥深くに毒が入ればそれが腐溶毒かどうか判断するだけで解毒薬の摂取可能時間を大幅に超えてしまうだろう。


 危なかったと安堵の息を漏した萩波の肩に、そっと何かが触れた。


「借りが出来たな」


 反射的に振り払う間もなく、耳元で囁かれた美声に萩波はゾクリと背筋が泡だった。まともにそれを受けてしまった自分に舌打ちをしながら、こちらを見向きもせずに歩いて行く相手の背中を見つめた。


 美しく艶やかな黒髪を揺らし、長い裾と袖を翻しながらその相手は、目的の場所へと辿り着いた。


「……酷い有様」


 衣服もボロボロとなった楓を見下ろしながら、笑った。


「いつもいつも」


 そっと伸ばした手が楓に触れようとしたその時だった。



「皇帝陛下!!」


 叫び声と共に、駆け寄ってきた者達に皇帝と呼ばれた存在は顔を上げる。それは、自分が遣わした者達だった。


「ああ、皇帝陛下! 御自らお出でになられるとはっ」


 菖蒲が這い蹲るようにその場に傅くと、他の侍女達も次々と傅き深く頭を下げた。


「我が帝国の国土内--帝都付近での出来事となれば、我が出てくるのも当然の事だ」

「皇帝陛下の手を煩わせてしまい、申し訳ありませんっ」

「よい。それに、我の膝元で面白い事をしている者達に灸を据える機会は必要だったからのう……」


 そうして、皇帝は足元に倒れる楓を見下ろした。それに気づき視線を動かした菖蒲は、そこでようやく楓に気付いた。


「あ、あ--」


 最後は最早言葉にはならなかった。ただ、顔の火傷の痕を露わにしただけではなく、体中が傷だらけの楓に菖蒲はパニックを起こしていた。他の侍女達が慌てて自分達の主を宥めるが、彼女達の動揺も大きく、むしろ舌を噛まないのが不思議なぐらいだった。


「治癒の術者を呼べ。また辺り一帯に漂う瘴気の発生源を探れ」


 皇帝によって吹き飛ばされた瘴気は、再び集まり霧となって漂い始めようとしていた。吹き飛ばしたものがこの様にして再び現れる等、瘴気を引き寄せる何かか、発生源があるとしか考えられない。


「この地は暫し浄化で忙しくなる」


 皇帝は、背後に立つ萩波に背を向けたまま告げた。


「我が帝都に軍を率いる事を許そう」


 帝都は広い。

 今在る拠点と同じぐらいの土地を、そのまま萩波の軍に拠点として与えてもなんら問題は無いと言う程に。


「おやおや? 私達の軍の危険性を声高々と訴えていたのはどこの誰でしょうか?」


 萩波が嘲笑えば、周囲から鋭い殺気が幾つも突き刺さる。しかし、萩波はそれを物ともせず払った。


「確かにそなた達は危険だ。それ程の神力と戦闘センスの持ち主となれば……しかも頭の回転も速すぎる。だが、逆に味方に引き入れれば--それに、そなた達は我が遣わした使者とも言うべき者達を守り抜いてくれた」


 それが菖蒲達である事は明白だった。


「それに、我が帝国に闊歩している魔物がそなたの軍を急襲したとなれば、安全面で色々と言われてしまう」

「それは、かなりのこじつけ--強引な意見ですね」

「ならばどうする?」

「……」

「拠点に居る者達には、瘴気で被害を受けている者達も多い。今この状況で、もう一度襲撃を受ければ更に被害は広がる」

「帝都が必ずしも安全とは限りませんが」


 帝都で一度魔物の騒動に巻き込まれている。それを訴えれば、皇帝は笑った。


「だから、我が帝宮の近くとする」

「……」

「それに、そなたも不思議ではないか?」

「……」

「何故、平凡で何の取り柄も無ければ地位も身分もない女性が暗殺されかけたか--」


 萩波は皇帝を見つめた。


 裏の世界でも高価な毒の塗られた氷の針が飛んできた。氷は解ければ水となり地面に染みこんで証拠は残らない。


 ただ神力で作られた物であればその限りではないが……あの針には、他にも高度な証拠隠滅の細工が施されていた。


「出来過ぎているのではないか? 先日の襲撃もそうだ。そなたの軍の仲間の姿を写し取ったウツケが紛れ、今回は罪の無いいたいけな女性が暗殺されかけた。特に今回はとても不可思議ではないか? そなたの軍を狙う者達は今までにも多く居ただろう」

「--それも、『諜報活動』での情報ですか?」

「違うか?」

「いえ、その通りです。そしてそういう輩は、楓の様な存在には見向きもしないか」

「徹底的に殺そうとした。だが、それとも今回は違う」

「……」


 やり方が違う。

 その通りだ。


 こんなまだるっこしい事はして来ない。


「そなた達は色々と分からない事だ。そして、我らも分からぬ。ただ、我の膝元でこの様なふざけた事を……しかも、我とそなたの軍が会談中にも関わらず、敵でもない者達に喧嘩を売る輩はそのままにはしておけぬ」

「敵でもない……ですか」

「そうだ。敵ではない。にも関わらずこの様な喧嘩を売る行為がどれ程愚かか--我が帝国を窮地に陥れる輩を我らは許す事は出来ぬ」


 まるで演説する様に皇帝は告げる。その絶対的、圧倒的なものに、萩波は気圧されない様に相手を見つめた。


 二神の視線がぶつかり合う。


「つまり、今はその共通の敵の為に協力し合うと?」

「断るメリットでも?」

「その協力の証として、彼女を寄越せと言わなければ」

「言うも何も、死にかけているこの状況では『証』として認めないと煩く言う者達が居る」


 だから、今は休戦。

 証は無くとも、帝国を危機に陥れる輩の排除の為に協定を結ぶ。


「期間は」

「共通の敵を倒すまで」


 皇帝は微笑み、萩波は笑った。


「あれだけグダグダと言っていた帝国様とは思えませんね」

「あの時と今は違う。それに、そなたの軍は誰が見ても脅威。その様な提案でもせぬと小うるさい者達が多い」


 本当か?


 そんな風に萩波は心の中で毒づいた。


 相変わらず食えない野郎である。


「それに、あれにはそなた達が色々と要求もしてきたのもある。国の『秘宝』を渡せと言っているのだから」

「まあ、確かに」

「国の『秘宝』はただの道具ではない。使いようによっては」


 そこで言葉を区切る皇帝に、萩波は溜息をついた。


「分かってますよ」


 そんなものを萩波の軍が手に入れれば、帝国は大きな力を明け渡す事にも繋がる。そうでなくとも、それによって『結界』が解かれる事が帝国には影響が出るのだ。


 ただ、『結界』が壊れてきているとはいえ、『結界』が張られている状態である今はまだ安全だが……逆に言えば、自然と壊れてきている『結界』が完全に壊れた時、起きる惨劇はその比となるかどうか。


 いや、ならないだろう。

 しかし、『結界』が解けるまでにはまだ時間はあるし、この帝国ならそれ相応の対処をするだろう。ただし、そうなると自分達はその先に進むことが出来なくなる。


 帝国は待てば良い。

 自分達は待っていられない。


 それに--。


 萩波はちらりと楓を見る。菖蒲達に抱き起こされた楓はぐったりとしていた。そして気配を探れば、拠点内を始めあちこちで仲間達が負傷しているのが分かる。


 安全な場所で休ませてやりたい。


 少なくとも、帝宮の側は、ここよりは確実に安全だろう。


「……期間は」

「共通の敵を倒すまで」


 今度は萩波が期間を問い、皇帝がそれに答えた。


 その瞬間、萩波は皇帝と契約を結ぶ事を決めたのだった。


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