風の娘は仲間達と拠点の外に出る
萩波は約束を果たしてくれた。
果竪は朝早くに楓の所に来ると、楓と一緒に居てくれた。
「贈り物、ありがとうございました」
たどたどしくはあるけれど、ペコリと頭を下げてくる果竪に、菖蒲達は少しだけ目をパチクリとさせた。彼女達には珍しい姿だったけれど、むしろ楓は好感を抱けてしまった。
「いえ、それは陛下からの贈り物ですから」
「はい、でも届けて下さったのは使者の方達ですし。そちらの方々にもお礼を言いたいのですが」
果竪はどこまでも素直で真面目だった。その姿に、菖蒲達の方が毒気を抜かれてしまったらしい。
「不思議な方ですね」
そんな感想に、楓は苦笑してしまった。
それから、三日ほど過ぎた日、楓は久しぶりに外に出た。
拠点の中をリハビリがてらに歩き回った後、楓は果竪から教えられた花畑へと向かった。そこは、拠点のすぐ側--いわば隣接した場所にあった。
沢山の美しい花々が咲いており、近くには川も流れている。
「本当に大丈夫なのですか? まだ魔物の襲撃があってからそれ程日も経っていないと言うのに」
拠点がすぐそことはいえ、拠点の敷地内から出た事に難色を示したのは意外にも菖蒲達だった。
「しかも、将軍夫神がこの様に気軽に外に出るなど感心できる事ではありません。それに、高貴な女性というものは、奥で守られるものです」
「果竪、田舎の村出身ですよ」
果竪は山深い山奥の村出身だったと聞く。しかも、普通の農家の娘で、高貴さの欠片も無かったらしい。
楓も素性が知れないけれど、確かに豪農とかでない限りは贅沢とかとも無縁ではあるだろう。
「それに果竪の趣味は大根栽培ですし」
「……」
「特技も大根栽培ですし」
「……」
「夢は全世界を大根で埋め尽くす事」
「軍の目的はそれなのですか?!」
んなわけあるかぁぁぁぁぁあっ!!という叫び声が、後方から聞こえてきた。振り返れば、朱詩と茨戯が青筋を浮かべている。修羅は気が遠くなりかけているし、忠望は我関せずとばかりに花畑で新しい薬草探しをしていた。この花畑は、傷に効く薬草も結構生えているらしい。
因みに、小梅と涼雪、葵花は少し離れた所で花冠を作って遊んでいて、こちらの騒ぎは聞こえていない様子だった。いや、あえて聞いていないのかもしれない。
「いい?! そんなロクデモナイ目的でうちの軍は動いてないのっ」
「どこの世界に大根の為に軍を出す--」
「美男美女や男の娘を巡って戦争する国は沢山あるけどね」
果竪が小さなスコップを片手にボソリと呟いた。
朱詩と茨戯が謝った。
菖蒲も「そうですね」と頭を下げた。
美男美女や男の娘の為に国を傾け戦争をして、幾つもの国が滅亡していくのだ。それだって、神によってはたかだか美男美女な男の娘の為にとか、どこの世界にそんな……とかいう話になる。
大根と美男美女や男の娘は前々違う!!という者達の方が多いかもしれない--いや、大半だろう。しかし、この場にいる者達の大半は、美男美女や男の娘の価値など、大根以下!!という考えをしていた。
むしろ、美男美女や男の娘で彼等が得をした事なんて、殆ど無い。いや、前々無いと言った者達の方が多すぎた。
地獄よりも最悪な過去は勿論の事、美男美女とか男の娘のせいで意中の相手にフラれる--ならまだマシだ。相手にもされない、下手すれば全力で逃げられる。何かを言う前に全力疾走で逃げられた時なんて、もう。
美しさなんてむしろ呪いだった。
「それに、私は食料栽培にも貢献してるんだからっ」
「愛しい大根を食べるの?」
「大根食べないで何を食べるの?」
物凄く不思議そうに見られ、朱詩はなんだか釈然としない気持ちにさせられた。
「それに、この帝国での滞在は長くなりそうなんでしょう? 帝国から物資の補給も受けてるけど、全部を頼るのは迷惑だと思うし」
「いや、その大根栽培の土地は帝国の土地だからね? 勝手に土地に大根を植えられた方が迷惑」
「芋も植えてるわよ!」
小梅が離れた所から胸を張って宣言した。やっぱり聞いてたのか。
「って、なんで芋を!」
「きゅうりとトマトの苗も植えたわ」
どやんと凄く良い笑顔だった。朱詩のツッコミにも小梅は大いばりで返した。
「抜け」
「嫌よ」
「神様の土地に勝手に畑を作るんじゃない!」
「実ったら大豊作よ! 私は帝国の食糧自給率に貢献してるだけよ!!」
朱詩と小梅が喧嘩を始める。いつもの事だと生温かい眼差しを向ける軍の者達に対して、菖蒲達は目をパチクリとさせた。
「す、すいません、いつもの事なんです」
楓がそう説明する中、小梅が朱詩に飛びかかり、取っ組み合いが始まった。
「流石小梅ちゃん! 私も負けないっ」
「馬鹿! 作業スピードを速めるんじゃないわよっ」
果竪がザクザクと地面を掘り、大根の種を植えていく。きっと、数ヶ月後には大豊作だろう。美しい花畑の中に青々と茂る大根の葉っぱが眩しい--。
「楓お姉ちゃんも一緒に植えようよ」
「え」
「止めなさい! 楓を悪の道に誘うんじゃないっ」
「悪の道?! 私の愛する艶かしく白い裸体のマイスイート大根になんて事を!!」
信じられない!!とばかりに果竪が叫ぶ。彼女からは大根への溢れんばかりの愛が見て取れた。
「……とても個性的な方ですね」
菖蒲は果竪をそう評価した。例え、好感を抱いている相手とはいえ、あれほどの大根への愛は一種の恐怖かもしれない。
しかし、楓からすると果竪を非難する者達が多い中、そう表現された事は褒められたようなもので。
「ありがとうございます」
もし、朱詩か茨戯が側に居れば、きっと全力でツッコミを入れただろう。しかし、朱詩は小梅と取っ組み合い中だし、茨戯は小梅達の喧嘩に泣き始めた葵花を宥めに席を外してしまっていた。
少し離れた所では、忠望と修羅が薬草片手に「あ~でもない、こ~でもない」と騒いでいる。
だから、誰も楓を止められなかった。
その間に、果竪はせっせと大根の寝床造りに集中し、どんどん前に突き進んでいった。
「嬉しいです、果竪を褒めてくれて」
褒めたのではない。
でも、貶したわけでもない。
どう表現して良いか迷った末の婉曲な言葉だったが--嬉しそうに微笑まれて、菖蒲や彼女の配下の侍女達は思わず頬をほんのりと赤く染めた。
「楓様は、将軍夫神様を慕われているのですね」
「ええ、果竪は可愛くて素直で、それになんといっても私の命の恩神ですし」
「命の、恩神」
菖蒲が小さな声で呟いた。
「川の岸辺に打ち上げられていた私を一番最初に見付けてくれたのが果竪なんです」
そして--。
「私をせっせと軍まで連れていってくれたのも」
寒さでかじかむ手で半分水に浸かった自分を引き上げ、安全な軍まで運んでくれた。それこそ、見た目は死んでいてもおかしくはないといった様子だったのに。
行き倒れなんて、見捨てられても仕方が無いこのご時世で、果竪は一見すれば死んでいる様な楓を助けてくれたのだ。
楓はその事を熱く語り、菖蒲達に言い募る。
「全身傷だらけで、先立つものもなければ記憶もない私が生きて来られたのは、果竪が助けてくれて、更にこの軍で生活をさせてくれるからです。他の皆さんも最初は戸惑われたようですけど、今ではとっても仲良くしてくれて」
最初は色々とあった。
特に、周囲がまだ果竪に対して冷たかった頃から果竪の側に居た事もあって、一筋縄ではいかない事も多々あった。
それでも喉元過ぎれば熱さを忘れる--という言葉がある様に、楓はその事を特に気にする事は無かった。
誰だって間違える。
取り返しの付かない間違いもあるが、周囲の楓に関するものはそうではないと思っている。
「私が今も生きていられるのは……生きていても良いと思えるのは、果竪に拾われて、この軍でみんなと出会って一緒に生活出来ているからです」
色々とあったけど、楓は心からそう思っている。
「そう……ですか」
菖蒲が楓を見つめた。
「ですが、お辛い事もあったのでは?」
「う~ん……まあ、最初からこんなに仲良くして貰えたわけではないですけど、それは普通の事じゃないですか? それに、最初から優しくしてくれたり、仲良くしてくれた神も皆無では無かったですし」
「楓様」
「私、顔もこんなんで……」
楓は髪で隠されている火傷の部分に手で触れた。
「普通なら、こんな顔になったら生きていけないとか思うし、思った事もあるけど……ここなら、ここでなら私は生きていても良いんだって思えたんです」
「そんな、顔の傷なんて」
「そういう所を突っつく神達も居るんですよ」
むしろ多いと言っても良い。
「でも、そういう方達ばかりじゃないって知ってますし--菖蒲様達もそうですよね」
「呼び捨てで構いません--むしろ、貴方様の傷を揶揄する様な輩はクズですわ」
「く、クズ?」
「ええ、クズです。貴方様の本質を理解せずに、見た目だけで判断するなど目が曇っているどころか腐り落ちているとしか思えません。むしろ、生きる価値すら無い」
そう言う菖蒲は、どこか憎々しげに目を伏せていた。その強すぎる感情に当てられた楓は少し後ずさる。そして、菖蒲以外にも侍女達が同じような表情をしているのが分かった。
「あ、菖蒲様?」
「……菖蒲です」
「あ、菖蒲さ」
「そんな他神行儀な呼び方をしないで下さい!」
様付けで他神行儀?
ちょっと違う気もするが、今の楓にはそこまで考える余裕は無かった。むしろ、この美しい神を怒らせてしまったのかと慌てふためいた。
「私は、私は--」
「菖蒲?」
泣きそうな顔に、楓は自分が菖蒲を呼び捨てにしている事に気付かなかった。ただ、自分の中の何かがこれ以上菖蒲に悲しい顔をさせるのを良しとはせず、無意識に伸ばした手で菖蒲の頭を撫でていた。
「っ」
「泣かないで」
菖蒲に泣かれるのは悲しい。
そういえば、昔もこんな事があった気がする。
『お願いです! どうか、どうか姫様を助けて--』
縋り付いて泣きじゃくる美しく幼い少女に笑いかけた。
当り前でしょう?
「私は」
まるで夢遊病の様に、楓はその言葉を口にしていた。
「私は、あの子の姉なのだから--」
私が守らないと
私が助けないと
守るものは沢山ある
今は隠さなければならないけれど
いつか
いつか
あなた達を、日の光の下に
大丈夫、きっと--
笑い合う、美しい二神の姿が遠くに見えた。
日の光の下、彼女達は笑い合っている。
美しくて、触れれば壊れそうな程に儚く、そして手を伸ばすだけで穢れてしまいそうな程に清らかな……。
決して、私が側に近づく事すら出来ない--
『お姉様--』
彼女はそうやって慕ってくれた。
その隣で、いつも自分に相手はその表情を向けてくる。どこか不満げで苛立たしげな表情を。そして、馬鹿にした様な--笑みを。それすらも美しい……相手の目には、妹だけが映り込んでいた。
決して、許されない仲だと言うのに。
いや、それは私も--。
「楓お姉ちゃん!!」
果竪の悲鳴が聞こえたが、まるでそれを上塗りするかの様に轟く咆哮に楓は身体を大きく震わせた。
「え--」
ようやくそれだけを口にして、ゾクリと泡立つ肌を必死に手でかき抱く。迫ってくる威圧感に、それでも楓が後ろを振り返って目にしたのは。
「な--」
魔物が居た。
それは、帝都や拠点を急襲したのは別の魔物だった。
「楓! 後ろに下がれ!!」
楓が一番魔物達に近かった。今までの動きが嘘のように跳ね起き、自分の上に乗っかっていた小梅を胸に抱いた朱詩が叫ぶ。
茨戯が葵花を抱き抱え、涼雪の手を掴み下がらせる。修羅と忠望がいち早く楓の所に駆けつけた。
「なんで、魔物が」
「おかしい。結界に反応しなかった」
忠望が淡々と告げつつ、楓達を後ろへと下がらせる。
「あの魔物もこの地域特有のか」
苑舞帝国に居る魔物は当然ながら一種類では無い。
あの魔物は、集団行動を基本とするタイプで、五~十程度の群れで行動する。今も、ざっと見て十体は確認出来た。
どちらかと言うと豹に似た体型だが、豹よりは足は短足だ。その為、狭い所でも入り込めそうだが、残念な事に体は巨体だった。小さなものでも、二~三メートルはあるし、大きなものでは五メートルという巨体も確認されていた。尻尾は八つに分れて、それぞれが毒針を持ち、口から伸びる二本の長い牙にも毒を出す部分がある。大変危険な魔物として、広く知れ渡っていた。
また豹に似ているのは見た目だけではなく、その身体能力も同様で、優れた運動能力とリーダーを中心として統制された動きは、過去に結成された討伐隊を逆に返り討ちにした事もあるという。
前皇帝の下に組織され、返り討ちにされた討伐隊は数え切れない。現皇帝になってからは、返り討ちは殆ど無くなったが……それでも、危険な魔物には変わりなかった。
ただ、この手の魔物は帝都付近よりは、地方に多く出る。特に走りやすい場所--草原などでよく見かけていた。
確かに、帝都の周辺には草原が広がっているが、それ程大きくはなく、またこの周辺に居たこの魔物は既に殆どが狩られていた。
殆どと言うからには、残っていたグループも居たのかもしれないが……それでも、流石に十体の群れともなれば、それだけで噂にはなるだろう。
しかし、その様な噂は無かったし、帝国からの注意も受けなかった。それに、そもそも拠点を中心として強力な結界が張られているし、拠点から出ているとはいえ、果竪達が遊んで居た花畑は忠望と修羅が二神がかりで結界を張っていた。
なのに、それが反応しないまま、この魔物達は現れた。
「なんで……」
結界は得意とは言えないが、それでも術者の中では実力者に名を連ねる忠望と修羅の作り出す結界は強力だ。
だと言うのに、それが反応しないなんて。
「とにかく、楓達を拠点まで下がらせろ」
ここから拠点まではそう離れてはいない。というか、すぐそこだし、ここから拠点の入り口が見えている。
ただ、普通に楓達を下がらせただけでは拠点まで魔物が侵入するし、そうなるとこの前の二の舞になってしまう。
だから、戦える者達は二つに分れて、半分が楓達を拠点まで連れて行き、残った者達でこの魔物を撃退しなければならない。
とはいえ、戦いの場と拠点が今回は近すぎた。
拠点の中に侵入されなかっただけマシだとは思うが。
「修羅、行けるか?」
「勿論! 朱詩、茨戯、君達は果竪達を」
「え? 普通逆だろ?」
「この位置関係からだったら僕達が戦った方が良いんだよ!! 余計な時間を使ってややこしくなる前にさっさと行って!!」
文句をつける朱詩に修羅は怒鳴りつけた。確かに、朱詩と茨戯が前に出て、修羅達が下がるとなればそれだけで時間はかかるし、そこを襲われれば厄介だ。
忠望が睨みを利かせ、その迫力に魔物達はその場から動けないで居る。しかし、隙は窺っており、油断すればあっという間に飛びかかってくるだろう。
「修羅様、忠望様」
「良いから行け、楓」
「苑舞帝国の方々も」
「楓様、行きましょう」
「でも」
「私達が居れば彼等は全力で戦えません」
菖蒲の言葉に、楓は衝撃を受けた様に目を見開く。
「それに、こうなっては私達に出来る事は無事に安全に拠点まで戻る事です。でなければ、彼等はいつまで経っても私達が気になって集中出来ず、下手すれば--」
「楓お姉ちゃん」
いつの間にか果竪が戻って来ていた。楓の手を掴み、顔を見つめてくる。その顔は、どこか悔しげだった。
「果竪」
「菖蒲様の言うとおりだよ。……悔しいけれど、私達が居れば、忠望も修羅も全力で戦えない。それで二神が怪我をしたら嫌だよ」
果竪にも諭され、楓は彼等を振り向く。既に魔物達とにらみ合い、こちらには視線すらくれない。だが、それが当然なのだ。
彼等は今、死と隣り合わせの状態となっている。それも、自分達が居る限り、彼等の命の危険性は時間と共に増していくだろう。
「楓様、戻りましょう」
「……分かりました」
楓は、頷いた。心の中で、忠望と修羅の勝利を願いながら。




